勇者&ダンジョンマスター:10日目(後半)
勇者:10日目(後半)
ある晴天の日の回廊か何かのような穏やかなダンジョンの通路、だがその柔らかな雰囲気に油断をすると痛い目にあう。いつ何時でも油断してはならない。冒険者の鉄則だ。『気配察知』で周囲の様子を警戒するおれの心の中に僅かなダンジョンの違和感が首をもたげる。開戦前の、嵐の前の静けさと言うようなピリッとした空気…、
「おい、ラッシュ…、岩陰に隠れろ…!」
おれはラッシュの首筋を引っ掴むとダンジョンの小部屋に素早く飛び込み、素早く岩陰へと身を潜める。
「おい、ソウ…っ!急に何だよ…!」
突然のことにラッシュが小声で非難するが、おれは「しっ」と指を口に当てる。
「おかしな動きの気配がすんだよ。くるぞ…!」
おれとラッシュが通路からくる気配に警戒していると、1羽の鼻歌鳥が小部屋に舞い込んでくる。鼻歌鳥はパタパタと何回か小部屋の中を行き来するとすぐまた別の通路へと消えていく。その様子を見送りラッシュが警戒を解く。
「なんだよ、ただの鼻歌鳥じゃねーか」
「"ただの"鼻歌鳥がダンジョンの中を飛び回るか…」
「あ?何がいいてぇんだよ?」
おれの呟きにラッシュが首を傾げる。なに、簡単なことだ。モンスターに対する撃退手段を特に持たない鼻歌鳥があんな風にダンジョン内を飛び回るのはリスクがでかすぎる。このダンジョンならそこそこの広さの大部屋もあるし、その中で充分こと足りるだろう。つまりそこから出てダンジョンを飛び回る必要なんてない筈だ。あるとしても少なくとももう少し警戒する筈だ。不用心すきる。とまあ、ラッシュに詳しく説明しても無駄だろうなと心の中で一つ嘆息しつつダンジョンの奥へと急ぐ。
「あれはテイムされたダンジョンの斥候役のモンスターだろうよ…!」
すかさずラッシュが「あぁ、なr…、いや…、そんなことか。おれも気付いてたけどな!」とか抜かすが無視する。それよりも問題は鼻歌鳥が飛んできた方向だ。単純に考えればそちらがダンジョンの最深部、ダンジョンマスターの綾が待ち受けるコアルームの可能性が高い。スキル『気配察知』を使いダンジョンの奥へと意識を向けると鼻歌鳥と思しき気配がいくつも飛びまわっているのを察知する。
「ビンゴだ…!行くぞラッシュ、ここからは強行突破するぞ!」
おれはスキル『隠密』を解除すると一気に駆け出す。ラッシュも「お、おう…?」と一瞬出遅れるがすぐに矢を構え、囀る鼻歌鳥を牽制しながら奥に向けて駆け出す。
「奥からどんどん鼻歌鳥が出てきやがるぜ、ラッシュ!最深部まで一気に行くぞ…!」
「おうともよぉっ!いっちょガツンとなぐr…、んあ?!」
おれとラッシュの間抜けな声が岩壁に吸い込まれていく。床が抜けた。ほんと突然に。足が空を蹴り、頭が空白で埋め尽くされフリーズする。時が、止まる…何が起きた?
ベチャベチャッ!!
刹那の悠久の後、おれ達はプルルンというかねちゃっとした何かの上に着地した。ナメクジのような気持ち悪い何かがぬめぬめと波打ち身体を包み込むように流動する。べとぉー…うぇっ…、気持ち悪ぃ。吐きそう…。…。…っ、違う!!この気分の悪さはこの気持ち悪い何かのせいじゃない!いや、確かに気持ち悪いことは気持ち悪いがそうじゃない…。これはバッドステータス、状態異常だ…!とにかく…、状況の、確認を…。慌ててコアを取り出しステータスを確認すると毒、麻痺、眠気、衰弱、酩酊、etc…。なんだこれ…、状態異常バラエティパックか!かなり朦朧としてきた頭でなんとか万能薬を2本取り出しおれとラッシュに振りかける。すると頭にかかっていたモヤがすっと晴れる。
「…っ!!『フレイム』!!」
すかさず足元に撃ち込んだ炎の渦は、おれとラッシュ諸共周囲を焼き尽くす。炎の渦の中からラッシュがポーションを割っておれに振りかけた。
「おらっ、ソウ!とりあえずの回復だ!」
焼き払った何か、いや『スライム』がまた身体を覆い尽くす前に『落し穴』から脱出する。くそっ!綾のやつやりやがった!あのヤロー、『落し穴』の中にしこたま『スライム』を詰め込んでやがった!しかもダメージ目的じゃない!状態異常が目的の『変異スライム』をアホ程入れてやがる…!だが悔しがっている場合ではない。状況は最悪だ。たった一手で一気に追い込まれた。しかも落し穴から抜け出る間だけでもまた状態異常を食らってしまった。打つ手なしだ。開きっぱなしだったウィンドウには毒、恐怖、弱気の文字が並ぶ。っ!このネガティブ思考は恐怖と弱気のせいか…!だが万能薬がない以上対処のしようがない。とりあえず回復できる毒だけでも毒抜きの葉で解毒を済ませ、ラッシュの様子を確認する。しかし頼りにしようとしたラッシュの足元は覚束無い。くそっ!最悪だ!ラッシュのウィンドウに高揚、酩酊、眩惑と書かれているのが目に入る。ヤバイヤバイヤバイ…!
「おーウぃ、ショうー!!しゃっしゃとガツンと殴り込ミ二いこぜェーー!!」
くそ!こんな状況でガツンと殴り込みなんて無理だ!おれはラッシュをおいて逃げ出した。勝てるわけねえだろ!
「ふぁおい、ショぉ!ホォれをほンてクンやョお!オお?きゃけっコにゃるあ、ミャけねぇほぉ?なんへ、らいにょんにょラっふとはホれのことおぉ!」
「うるせぇ!何言ってるかわかんねぇよ!怖ぇ!あとライオンはそこまで足の早ぇ動物じゃねえだろ!」
もうおれはラッシュのことなんか気にかけずダンジョンの入口を目指す。もうヤダこのダンジョン怖い!まあ幸いなのはラッシュが「やってみなきゃわかんねぇだろ!(意訳)」とか叫びながら一応あとを追いかけてくれていることだろうか。いやそれも怖いけど!だかこのダンジョンにラッシュの救援のためもう1回潜入とか死んでも嫌だ。死にたくなんてない!なんとか死にものぐるいでダンジョンから脱出すると街へと一目散に逃げていく。だがまあこんな状態で街に逃げればどうなるかはお察しだ。宿屋の女将さんにおれが泣いてすがりつき、その横でラッシュが看板娘さんに介抱されながら口説いている…。地獄絵図…。どこからともなく野次馬の人だかりができ、噂は野火のように広がり、おれ達は恥ずかしさの余り翌日にはすぐ逃亡していた。綾のやつ許さねぇ。
ダンジョンマスター:10日目(後半)
チッと舌打ちをしながら私は指を鳴らす。逃がしたかぁ…。そーちゃんが尻尾を巻いて逃げ出していった様子を映し出していたコアメニューのウィンドウから目をあげ、マイルームの椅子へとドサッと座り込む。ほんの少しの取り逃した悔しさと若干の安堵、あとはまあ面白いものがみれた満足感のような複雑な気持ちを纏めてため息とともに吐き出す。なんてことはない『落とし穴』だ。決め手にはかけると最初から思っていた。だから行動を制限するありったけの状態異常を詰め込んで足止めをしてその間にクロ達に出撃して貰う作戦だったが、最初の多量の状態異常は万能薬であっさり解除されてしまい、ほとんどのスライムはその後すぐに焼き払われてしまった。それにこれは不意打ち的な側面もあったし次からは対策されてこのスライム地獄落とし穴はもう使えないだろう。ただ収穫もあったわけでそれは良かった。遊び半分で作ったこの落とし穴だが、スライム達が連鎖的にどんどんと変質し、次々に新しい状態異常持ちが生まれていった。そのおかげで私の眷属達の扱える状態異常も増え、ダンジョン内の野良モンスターなら難なく撃退できるようになった。だけどそれは同時にこのダンジョンには状態異常とか魔法とかちょっとあれば脅威になるモンスターがいないということだ。現にそーちゃん達はこちらが気付かないうちに生態系トップのポチウルフ2匹を瞬殺している。流石に強い野良モンスターを召喚し過ぎて生態系のバランスが崩れたり、うちの子達が防衛できなくなるのは問題だけど、もう少し強いモンスターを召喚しても問題ないだろう。私は召喚するモンスターの相談をするためと、そーちゃん達の迎撃に向かったクロ達ネームドの眷属をお迎えも兼ねて防衛部屋へと足を運ぶ。
私が防衛部屋の傍に差し掛かると中から何やら騒がしい声が聞こえてくる。ドォーン、バァーンとお腹に響くような低音に紛れて叫び声が耳に届く。
「ああああ!!ルーシュ、やめるれすぅ!!」
「こら!降りてきなさい!レース!!」
「うおっと!レース殿!これは、ルーシュ!殿も!本気!ですぞ!これ!私もぉ!巻き添え!くらうやつ!では!あり!ません、か!」
そこではコンダクターバードにしがみついたレースに激昂したルーシュが次々と炎魔法を撃ち込み、それをコンダクターバードが寸でのところで躱していた。回りでは子分うさぎや兵隊イタチが巻き添え喰わないか怯えて震えている。まあ仕方がない、バスケットボール大の火の玉が乱れ飛んでいるんだから、小さな災害のようなものだ。その様子を苦笑いを浮かべて見守る山賊うさぎとノーブルラビットの元に私は向かう。
「おう、ボスじゃねえか」
「あ、ようこそおいで下さいましたマスター。これはなんとも悪いタイミングに…」
「2人ともおはよ。ところでこれ、何があったの…?」
私の質問に山賊うさぎはケッとため息と共に「知るかよ」とだけ返す。ノーブルラビットも頭をかいて苦笑いが更に深くなる。
「私達にも原因はさっぱりなもので…。ただ迎撃へ向かわれた後レース殿が脱兎の如く飛び込んで帰ってくるとそれを追いかけるように怒ったルーシュ殿が帰ってきた感じですよ…。」
「にゃっ、まあいつも通りのことがあっただけにゃ!」
「あ、クロおかえり!」
いつの間にか現れていたクロが私の肩へとぴょんと跳び乗ると、少し汚れた毛並みを毛繕いで綺麗にし始める。クロの掻い摘んだ説明によると、そーちゃん達に逃げられ、出撃も徒労に終わった帰り道に、レースが途中に現れたポチウルフを鬱憤を晴らすためオーバーな水魔法で倒し、その余波がルーシュにも及んだらしい。まあいつも通りのことね…。最近はちょっとジャレ合うレベルを超え始めてきたのは不味いかもだけれど。と、ここでノーブルラビットが私の思考を遮る。
「ところでマスター。何か私どもにご用があったのではありませんか?」
「あ、そう!忘れるとこだった、ありがと!そのね、何か適当なモンスターを新たに召喚しようと思うの!眷属モンスターってよりは野良モンスターでダンジョンの生態系の幅を広げようかなって、」
ダンジョンの防衛関係の話だ。自然と視線は山賊うさぎに集まる。彼はふーっと息を細く吐き出すとこちらに片腕を伸ばす。そして順に指を立てて候補を上げていく。
「まず1、ポチウルフ以上の捕食者、生態系のピラミッドの更に上に立つモンスターを召喚する。
次に2、ドスネズミやファングウルフのような現行のモンスター共を統率するモンスターで生態系の質を補強する。」
と、ここで一旦言葉を切ると山賊うさぎは目を細める。最近気付いたのだが、これは山賊うさぎのキメ顔だ。つまり自信満々の本命。心して聞かねば。私はゴクリと生唾を飲む。
「最後に3つ目、特に生態系のパワーバランスも変えない程度でまだこのダンジョンにいないようなモンスターを召喚する。だ!」
「え?」
一瞬私はポカンとする。え?だってそれは特に何も変わらない無駄な召喚なんじゃ…?困惑する私を見て、山賊うさぎは少し満足そうにニヤリとする。どうやら私が彼の真意に気付けていないらしい。
「まあボス、簡単な話だ。前の2つは単純に生態系崩壊のリスクを抱える手だ。だが、リターンはなんとなく強くしたって程度で正直いいリターンでもねぇ。その点、弱いモンスターは生態系崩壊の危険性がねぇ。だかまあそれでなんのリターンがあるかってのが問題なんだろ、ボス?」
あー、うん。そう!よく分かりました!そして私の疑問も仰る通りです、頭どの。
「うん、続けて」
勿論すまし顔で私が先を促す。
「まあダンジョンを強くするってえも、どう強くするかが大事なんだよ、ボス。なるべく強いモンスターを召喚するんでもいいが、んなことよりもなるべく欠点を補う方がいい。で、今回このダンジョンの弱点が露呈したろ、ボス?」
今回…?なんかあったっけ?そーちゃんが落とし穴に落ちてって、そこは問題じゃないよね…?ならなんだろ…。上手く読み通りで、落とし穴に嵌めれたし…、あれ?読み通り?確か元々作戦があった筈で…
「あ、索敵!今回はたまたまなんとかなったけど、上手くダンジョンを踏破されて、ネームドの子達もいない防衛部屋に奇襲をかけられたら一気に防衛線が崩壊しちゃう!」
そうだ!私はすっかりこっちが罠に嵌めることしか考えてなかったけど、防衛面を考えるとかなり危険ではあったのだ!私たちは『潜伏』待ちに何も出来ていない。今回そーちゃんが"侵入していること自体"に気付けず手遅れになった可能性も充分にあった。これは無視できるような問題じゃない。
「その通りだ、ボス。そこで『シノビリス』、『カゲトカゲ』、『アラートバード』辺りの『潜伏』持ちと『索敵』系をもったコイツら辺りが候補か?特に『カゲトカゲ』以外の2匹はうちの奴らで『テイム』できるしな」
「ふーん、なら召喚っと!」
ちょちょいっとね!それぞれ10匹ずつ。最近はDPに余裕が出来てるし贅沢に召喚できる。私はそこかしこに現れた光の中から、浮かび上がり始めるリスのシルエットを見つけ出し早速飛びつく…!
ガバッ!
刹那、光が閃く
メキ…!
「えぐしっ?!!」
気付けば私の頬にシノビリスの飛び蹴りがめり込んでいた。襲いかかる私を即座に察知してのクロスカウンター…。やるなコヤツ!ドサァ…
「ご、ご無事ですか、マスター?!」
ニヤケ顔のまま撃墜された私の元にノーブルラビットが駆け寄る。その隙に当のシノビリス達はドロンと姿を隠す。他の召喚したモンスター達も蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。流石は潜伏や索敵に優れるモンスター達だ、こうなってはもう簡単には見つけれない。一撃で打ちのめされた私はモゾモゾと起き上がり、膝の砂はパッパっと払う。そして何事もなかったように赤くなった頬を擦りながら言う。
「もう1匹だけ召喚しよっか」
「結果は変わらないと思いますよ、マスター…」
メキッ!
こうして私は2度目の敗北に倒れることとなった。
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