勇者:3日目
異世界生活3日目の朝、おれはラッシュと共に、草原の一角にある崖にぽっかり空いた穴の前に立っていた。これは俗にいうダンジョン。らしい。なんせおれもラッシュもダンジョンに出くわすなんて初めてだ。昨日の夕暮れ時に見つけたが、時間も遅いし多少なりとも装備を整えて挑むということで潜入することは諦めた。そして昨日のクエスト報酬で薬草やマナ回復のためのエリクサーなどを買い揃えて今朝早くからこのダンジョンの入り口にやってきたのである。だが、おれらは油断をしていた。浮き足立っていたのは間違いない…。
まずおれが異世界に飛ばされて最初に訪れた街、これは本来"旅立ちの村"であった。では何故街にまで発展したのか…?簡単だ。想像してみるといい。もしゲームの世界で戦いを引退して暮らすならどこか?まず候補の1つとして一番安全な旅立ちの村があがるだろう。するとその中から何人かの歴戦の冒険者達がこの村に住み着くわけだ。では次。ベテランの、つまりだいたいはしこたま金を稼いだ奴らが住み着いた村、商人達がほっとくだろうか?勿論ノーだ。ではそうするとこの村の評判はどうなる?単純だ。流通は活発で、村の周りに危険なモンスターはいない。そしていざと言う時には古参の戦士達が控えている。異世界スローライフを送るには最高じゃないか!というわけでこの街は異世界有数の街にまで発展した。まあこちらの世界の事情とは関係なしに転生者達はまずこの街周辺に飛ばされるのらしいのだが、施設が充実した街で簡単に装備は揃い、転生者達は稼ぎの悪い、初心者の村なんてさっさと出て次の村へと行ってしまう。となるとこの辺りを狩場にする奴らなんて誰もいなくなるわけで、昨日のおれらは好き放題モンスターを狩りまくって荒稼ぎしたわけだ。その金で準備を整え、貯まった経験値でラッシュは新たに飛び道具に纏わせる風魔法『風の加護』を、おれは軽量級武器専用の攻撃スキル『クイックスラスト』を取得し、意気揚々とダンジョンに乗り込んだ。
ダンジョン内に足を踏み入れたおれの目が暗さに慣れてくると、荒削りでどこまでも続きそうな洞窟が目の前に続く。とりあえず深呼吸をして洞窟独特の匂いをいっぱい吸いこn…
「げっ!!そーちゃん、もうきたのっ!!?」
いきなりの洞窟内を木霊する声に意表をつかれ、おれはむせ込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ!なんだこれっ!?今のは綾の声かっ!!?」
「お、なんだ、なんだ!ソウ、ここのダンジョンマスターってお前の知り合いかっ!?」
事情を知らないラッシュが興味津々で食いつく。これは噂好きな奴が何かネタを見つけた時のめんどくさいやつ。そんな感じがラッシュからしてきた。まあちゃんと説明してやる気はサラサラないが…
「まあ?ライバルってとこか?っと、さて…」
おれは真っ暗な洞窟のその先にいるであろう綾を見据える。不敵に笑みを浮かべ、片手を宙にあげる。そしてゆっくりとそのセリフを述べる。この2日間ずっと胸に秘めていたセリフ…。異世界、しかもゲームの世界となると、このセリフしかないだろう。まぁ、あっちはゲームの中の世界ではないが…
「『盟約に誓って』…!!」
おれがそう高らかに宣言すると、洞窟の奥から僅かに笑いを堪えるような声が漏れる。そして、同じ宣誓が返ってくる。
「全く、そーちゃんは…。うん、いいよ。『盟約に誓って』!」
愉しげに返ってきた返事だったが最後には明確な敵意を込めた声に変わっていた。どうやら綾もやる気のようだ。内心どこかでほっとする。今更ルールを確認することもない。倒された方が負け。単純だ。不正は出来ない。この世界の法則で縛られているから。ではイカサマはどうなる?それはいくらゲームのような世界であっても異世界であるために生じてしまう差異、そこを利用した攻略。つまり"ゲーム的ではない攻略"それが勝敗をわけるだろう…。おれは言葉を続けた…
「さぁ…」
「「ゲームを始めようっ!!」」
ダンジョン攻略開始だ。おれはダンジョンの中へと1歩を踏み出す。元ネタを知らないラッシュが一人ポカンとする。
「な、なあ、ソウ??え…?」
「同じような文明レベルの世界って言っても文化は違うよな…!ま、伝えたいことを伝えただけだ、流石にノーヒントはフェアじゃないからな」
おれはラッシュを適当にはぐらかす。めんどくさいし、何よりここでは説明が出来ない。おれはダンジョンのことへと頭を切り替える。普通のゲームならまずダンジョンとかに侵入した場合、最初はモンスターとエンカウントするまで入り口付近をうろつくのが定石だ。そこでダンジョンの敵モンスターレベルを把握して攻略できそうか見極めるのだ。だが今回はそんな小細工は通用しない。こちらはダンジョンを攻略するだけだが、綾からしたらそうではない。どちらかと言うとタワーディフェンスゲームに近いだろう。つまり、こちらに合わせて、綾が手を打ってくる。ダンジョンがこちらに対応してくるのだ。そうなるともう普通のダンジョンではない。重要なポイントだ。だから綾にこちらの手の内をみせて対策する時間を与えてしまったり、体力やマナを消耗してしまうよりもさっさとダンジョンの奥へと突き進んだ方がいいだろう。おれは綾の取りそうな作戦をシュミレートしながら戦略を練る。こちらの手札は綾には一切バレていない。だがあちらも隠し玉を持っているのは間違いない。問題はそれをいつ切るかだ…。こちらのワイルドカードは炎魔法といったところか?これをギリギリまで隠し続け、出来れば綾が先に切り札を切ったところでエリクサー頼みの炎魔法連発で一気に方を付けたいところだ。だがこちらも炎魔法を切ってしまえば切り札と呼べるようなものは無くなってしまう。どこまで炎魔法を温存しておけるかが勝負の分かれ目かもしれない。すると突然、隣から間抜けな声が聞こえる。
「うわっ、やべっ?!」
濡れた地面にラッシュがズルっと足を滑らせる。確かにダンジョンはだいぶ湿気を帯びていて、壁には苔も生えていた。滑りやすいのも無理はない。それよりもこの苔だ。黄色いヒカリを放つこの苔はダンジョン内をうっすらと照らし、松明を掲げなくともダンジョン内を歩くことができた。だがおれにそんな悠長を考察をしてる場合ではなかったようだ。転けたラッシュは何かを掴もうとおれの足首を反射的に掴む。は?待て待て待て待てっ…!!視界がガクッと揺れる。足を踏み外したラッシュがおれを道連れにダンジョン内を滑り落ちていく。このクソヤロウ…!!
「なにやってんだ、ラッシュゥゥ!!」
「あああ!すまん、すまん!わざとじゃねぇんだぁあああ!」
おれ達は綾の爆笑する声に包まれダンジョンを猛スピードで滑り落ちていく。勿論こんな風に滑走をするために整えられたダンジョンではないからあちこちに身体をぶつけ、そして最後には袋小路となった洞窟の壁に深々と激突する。だが幸いなことにそこは苔の群生地であり、激突によるダメージはそこまで大きくなかった。もし苔がなければそれだけでやられていたかもしれない。クラクラする頭で立ち上がり状況を整理する…。とりあえずラッシュのバカが…、ウッ…。突然の吐き気に襲われる。ただでさえクラクラしている頭を更に揺さぶられている感じだった…。よろめいた身体を支えきれず洞窟の壁に手をつく。
「ぐぁっ?!!」
手をついた壁に生えていた苔からジュワリと音を立てて紫色の液体が溢れ出る。『ポイズンモス』!!毒かっ!!これは不味いっ!!洞窟の壁やら岩やらに身体をぶつけ、更に毒の状態異常までくらったおれ達はいつ倒れてもおかしくなかった。
「お、おいラッシュ!薬草!早く回復しないとマズい!」
「それよりも毒をなんとかしねーと!あぁ、クソっ!!毒抜きの葉は買ってねぇ!!」
「仕方ねぇ、薬草で体力回復させて無理やり保たせるぞ!」
ふらふらの足取りで苔の群生地から抜けると、2人で慌てて薬草をガブ飲みする。そしてこのダンジョン、ムカつくのがこの状況を楽しそうに笑う声が聞こえてくるところだ。
「あはははっ!!そーちゃんも間抜けね!それより、クロ!チャンスよ、チャンス!トドメを刺してきてっ!」
間抜けはおれじゃなくてラッシュだ!だが綾の愉快そうな声にラッシュがビクリと反応すると、一層慌てだした。
「クロ…?!!クソっ、ネームドかっ!!不味いぞ、ソウ!!今ネームドなんかにこられたら一巻の終わりだ!」
「なんだ、ネームドってのは!?まあだがこれは1回立て直さねぇとヤバいな!」
「ネームドは名前持ちだよっ!!簡単に言えばボスモンスターだ!!おれ達じゃ万全な状態で戦って勝てるかどうかってとこかっ!!?なんでこんなダンジョンにいやがるっ!!」
ラッシュの言葉でハッとする。このダンジョンに入ってから見かけたモンスターは少なかった!ずんずん先に進んだとは言え少なかったように思う。しかも見かけたモンスターも穴掘りネズミやホーンラビットといった雑魚モンスターだ!とてもダンジョンの防衛に役立つようなモンスターではない。それは何故か?綾の性格を思い出せば簡単だ!アイツ、衝動的に場違いのレベルのモンスターを召喚してポイントを使い切りやがったなっ!?背筋に薄ら寒いものが走る。急いで入り口を目指すがかなり滑り落ちたせいもあって遠い…!!すると脇の通路から何かが勢いよく突進してくる音が響く。もう追いつかれたかっ…!!
「くそっ!フレア!!フレア!!」
一瞬炎が洞窟を明るく照らし、魔法が何かに連続で命中する。おれは反撃に距離をとりつつ身構えるが、その何かはそれ以上動かなかった。ラッシュがスキル『鷹の目』を使ってサッと振り向き様に確認する。
「穴掘りネズミだ、ソウ!!もうほっとけ、急ぐぞ!穴掘りネズミは本来襲ってくるモンスターじゃねえ!!あれはおれ達を襲いにきたんじゃなく、何かから逃げてやがっただけだ!!」
ラッシュのその意見にはおれも同意だった。ったく、クソっ!!何が来やがるっ!!もう脇目もふらず必死でダンジョンの入り口を目指した。その後も突進してくる穴掘りネズミやホーンラビットにおれの炎魔法やラッシュの風魔法を纏った矢を惜しみなく打ち込み薙ぎ払っていく。どうやらこのダンジョン内の雑魚モンスターはパニックに陥っているようであちこちから現れては突進してくる。そんなヤバい奴なのかっ!?だがおれ達はのんとか追いつかれずに入り口まで逃げ切る。
おれ達はダンジョンの入り口から勢いよく外へ転がり出ると、草原へと身体を投げ出した。大の字に倒れ、少しだけ荒い息を整えると、すぐに辺りを警戒する。いくらダンジョンから脱出できたとはいえ、まだモンスターが現れるエリアだ。油断は出来ない。残りの薬草とエリクサーで体力を回復すると2人で街に戻った。
今回は完敗だ。綾に完膚なきまでに叩きのめされてしまった。簡単なクエストで天狗になっていたおれ達には手痛い仕置きだった。とりあえずは近くの村とかである程度レベルをあげて再挑戦するということで2人の意見はまとまった。そしておれ達は悔しい思いで綾のダンジョンを後にする。
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