勇者:1日目
まず最初の感想、異世界は不親切だった。それもかなりのレベルで。おれの異世界転生譚はまず放浪から始まった。右も左もわからない転生者を草原の真っ只中に放り出しやがった。もっと丁重に扱って欲しいものだ。だがもうこうなれば歩き回る他ないではないか。それでも異世界ってことで若干ワクワクしているおれもいたわけで、探索開始。何か適当にアイテムを、と思っても見つからず何ともなしに歩くハメになった。そしておれが暫く散策をしていると、異世界生物との初エンカウント。こうゆうのをモンスターというのだろうか、元の世界にもいた犬のようなモンスターだった。いや、オオカミのが近いか?まあ違いは好戦的かどうかだろうな。流石は異世界といった雰囲気でめちゃくちゃ威嚇してきていた。おれはゲームならあるべきコマンド選択画面を頭の中に思い浮かべた。勿論選択するのはこれだろう…。『にげる』。おれは泣き叫びながら途中で拾った木の棒を振り回して、その犬畜生から必死に逃げた。しかし、おれはすぐに疲れてしまう。肺が痛い!そんなものかおれの体力!もう犬に追いつかれてもうダメかという時、視界の端にこちらに向かって走ってくる人影がみえた。救援!助かった!いや、嘘だ。ソイツは間に合わない…。おれの視界は飛びかかってくる犬でシャットアウトされる。もうダメだ。犬に引き倒され、首筋に食らいつこうとしてくるのに必死に抵抗した。身体中を引っ掻かれ、血が滲む。そして犬の牙がギラリと煌めいた時、ドスリとおれの顔の脇の地面に矢が突き刺さる。は?おれと犬が一瞬固まる。そしてもう一発、矢が犬の背を越えて飛んでいく。いや、だから…あ、もしかして下手くそ??駆け寄ってきていた男が更にもう一回矢を引き絞る。いや、怖い怖い怖い…!恐怖の余りさっきまで引き剥がそうとしていた犬の足をガッチリと握りしめていた。犬も慌てて逃げようとしたがおれにホールドされて逃げ出せない。そして…ドスリ!
「しゃあ!おら命中だぜっ!」
「いや、ふざけんな!下手くそ!おれに当たるんじゃねぇかってヒヤヒヤしたわ!」
喜ぶ男におれはそう叫び返しながら、怯んだ犬の腹を蹴り上げた。
「は?うるせぇ!助けてやったんだから文句言うな!」
ソイツは次の矢をサッと番え、放つ。流石にこの至近距離は外さないだろう。犬の左前足を矢が貫き、犬はキャインと崩れ落ちる。いやまさか、この距離で狙いの胴体を外したとかないよな?おれの疑惑を他所に男は犬に近づくとスラリと短剣を抜き放ち犬にトドメを刺した。そして倒れた犬のモンスターに男が手をかざすと小さな水晶が現れ瞬いた。そしてその水晶から放たれた光の粒が犬の周りに集まったかと思うと犬はパッと光り、犬は消えてしまっていた。
犬のモンスターを倒したソイツは近くの街に戻るということだから、おれも同行して色々と話を聞くことにした。まず男の名前はラッシュ。彼も転生者らしかったが元いた世界はおれのいた世界とは別の世界らしい。それでも似たような魔法のない世界の出身で、おれより1ヶ月程度早く転生したらしい。そしてラッシュはラノベのテンプレの如く科学知識でも売れば大儲け出来るんじゃね?と商売を始めたらしいがあっさりと破産したらしい。どうもこの世界にはこの世界のルールがあるらしく、科学をそのまま持ち込むのは無理があったらしい。そして何よりこの世界の殆どは転生者らしかった。異世界出身の奴に異世界の知識なんて売れる筈もない。そしてこの世界はまだ出来て間もないものらしく、まだ50年とそこら程度だろうと推測されていた。転生者達の見立てでは「ゲームが好きな奴らのためのゲームをベースとした転生先」というものが大勢であった。だが少なくとも今までの世界とは根本が異なるってのは頭の隅に置いておいた方が良さそうだ。
それからおれはラッシュの話を半分聞き流して頷いていた。仕方ないだろう。何故ならコイツ、かなりのお喋りだ。ラッシュはこの1ヶ月で蓄えた胡散臭いものも含めたこの世界に関する考察やらなんやらを延々と話続けていた。今はこの世界に初期の頃やってきた転生者達の話で、現地住民がいないものだからサバイバルに近い状態だったとか、それでも既に家とか街はあったのだから造られた世界だの、正直もうどうでもいい話を続けていた。おれにとって大事になってくるのはこの世界がゲームに近いものってとこだ。それなら多分ゲームの中に転生させられたと割り切った方がいい。ゲームならそれに則ったルールがあり、それに従うのが一番の近道になる筈だ。下手に邪道な攻略を試みればラッシュのように痛い目を見ることになる。それにおれには余り試行錯誤をする時間はなさそうだった。綾のダンジョン攻略。おれの意地とプライドにかけて何としてでも勝たねばならない勝負。おれがそんな風にひっそりと決意を固めているとラッシュの話も一段落ついたみたいだった。聞いてなかったけど。
「なぁ、ラッシュ。そういやお前さっき犬を吸収してるみたいに見えたが、なんだあれ?」
「ん?ああ。あれはリザルトとか精算って呼ばれるやつだよ。コアを出してちょちょいっとな。ってそういやお前、リザルトやってなかったの、やっぱりこっちに来たばっかで知らなかったからか!蹴ったりなんだりしてたからお前にもポイントありそうなのに勿体ねー!」
知らねぇっつってんだろ。ってよりその時に教えろよ、テメェ…。流石にイラッときたが、声には出さない。出してない筈…。たぶん…。それにコイツの場合、下手に食いつくと話が脱線しそうだ。文句をぐっと堪えて聞きたいことを聞く。
「つまりリザルトってのはゲームの報酬とかの受け取りみたいな感じでいいのか?」
「おぅ、そうだぞ。モンスター倒すと経験値、素材、お金が手に入る。まあお金は微々たるもので素材を売ったり、クエストみたいなものをこなすのが主な収入源か」
「ふーん、経験値ってのはあれか?集めてくと勝手に身体が強化されたりって感じか?」
「いや、そこは違うみたいだぜ?経験値って言ってもポイント制でそれでスキルとかを覚えていくって感じだ。身体強化のスキルってのもあるが、普通に筋トレとかしたりしてもステータスは伸びる。だから安心しろ、元の世界より弱くなってるってことはねぇ筈だぜ?」
なんと、おれの見立ては外れていた。てっきりおれが犬から逃げきれなかったのはレベルがまだ低いせいだと思っていたが、ただの運動不足とは…!ちくせう…。まあこれからは冒険者家業に明け暮れる予定だから適当に解決するだろう。そういうことにしておこう。
「おっ、街がみえたぜ!酒場行こうぜ、酒場!」
ちょっとだけウキウキしてるラッシュの声に、おれも少しだけ酒場、しかも異世界の酒場という言葉でワクワクしていた。だがやはり異世界は優しくない。
「おめえら未成年だろ、帰んな!」
「「はあっ!?」」
門前払いだった。異世界と言えども転生者達で成り立つ異世界なら元の世界基準なのも頷ける。つまり酒はお預け。少し凹む。だが、ちょっと待て…
「おい、ラッシュ!おれはともかく、なんでお前まで知らねぇんだよ?!1ヶ月前には転生してたんだろっ!?」
おれが問い詰めるとラッシュがふぃっと顔を逸らす。
「今まで金がなかったから…。ほら、な?お前転生したてなら金はあるだろ…?だから久しぶりのちゃんとしたメシにありつけるかな…って…」
「つまりおれからたかろうって魂胆だったわけか、テメェ!ならさっさと装備揃えてクエスト行くぞ、おら!金ねぇんだろっ!」
おれはとんでもないことを抜かしやがったラッシュに案内させて武器屋へと入っていった。武器屋に入ると店主があれこれ装備について話くれたが、正直ゲームのテンプレを越えるようなものではない。割愛。おれは綾のダンジョンを攻略することを見据えて、軽く戦略を練りつつ装備を選んでみた。まず綾の好きな戦略、それは各個撃破。アイツは1つずつ確実に潰していくタイプ、乱戦とかの先読みがしにくい戦いは嫌いだ。そう考えるとパーティでこそ活きる盾役やヒーラー、一撃重視の武器のようなものに特化するのは危険だろう。各個撃破のために分断されたら致命的だ。なら身軽で対応力がありそうな武器が有力候補だろう。ということで片手剣ともう片手には魔導書という魔剣士スタイルをとることにした。まあ察してくれ。魔法は浪漫だ。外せるわけないだろう。片手剣500ポイントと魔導書300ポイントで残りは200ポイントとなった。あとは隣の商店で薬草5ポイント10個を一応買っておいた。それとなんとコアにもショップという機能がついているらしく、そこからならいつでもアイテム買えるとのことだが価格は1つ20ポイントと高いものだった。まあそりゃ準備してく方が安く済む。当然だろう。それからおれ達は街の掲示板にあったクエストを見に行った。
「おい、これ行こうぜ『草原のポチウルフ討伐10体!』さっきの犬っころ倒すだけで500ポイントだぜっ!?さっきみたいにお前が囮やっておれが弓で仕留めればあっという間だろっ!?」
「あほかっ!さっきの10回繰り返せば8回は死ぬわ!あとそのうち3回くらいはお前のフレンドリーファイアだからなっ!それに一斉に襲ってきたらどうすんだよ!まずはこの『穴掘りネズミ』とかみたいな無害そうな奴狩って慣れるまではスキル拡充が定石だろっ!」
チャレンジャー精神旺盛なラッシュをなんとか説得して『森のホーンラビット討伐15体』というクエストに行くことになった。ラッシュも『穴掘りネズミ』の報酬の倍貰えるということで納得してくれた。おれはそこに不安しか覚えなかったが…。とにかく切り替えてクエストに行くことにした。
「おい、ソウ!早く狩っちまって日暮れまでには帰ろうぜ!」
「おうっ!」
なんだかんだおれも初めてのクエストってことで張り切って望む。だがまあそう簡単には行かなかった。ホーンラビットは逃げ足が早かった。それはまあいい。それが報酬額を上げてるのだったら良かったのだが、コイツらは割と反撃をしてくる。ラッシュが無闇に追いかけ、追い詰められるとクルリと向きを変えて、その角で突進をしてくる。角が突き刺さる。幸いだったのはダメージを食らっても多少が血が出たりする程度で穴が空いたりズバッと切れたりとかはしなかったことだ。わかりやすくいうと、ゲーム的な処理程度に収まっていた。だからスプラッター映画よろしくの絵面にはならず、ラッシュに突進をかまして隙が出来たホーンラビットを狩ることができた。あとは弓の腕がゴミみたいなラッシュだったが、『鷹の目』という遠距離型用のスキルを保有していたお陰で索敵には困ることはなかった。そうしてラッシュの索敵でどんどんホーンラビットを見つけて5匹くらい狩ったところでおれはコアから、取得できそうなスキルを確認してみた。そして…、見つけてしまった。『各種武器扱い』スキル。つまり片手剣だったり弓矢だったり、元の世界で武器を扱ったことがないであろう転生者が武器を扱えるようにするスキル…。
「おい、ラッシュ…。お前、『弓矢の扱い』ってスキル取得したか…?」
「は?んなもんセンスがない奴が取得するスキルだろ?要らねえって!」
くそが。問答無用で取得させた。そしておれは『片手剣の扱い』と『フレア』という火属性の初級魔法と『移動速度強化』というスキルを取得した。それからの戦闘はかなりサクサクと進んだ。まずラッシュが鷹の目で捉えたターゲットに弓で先制攻撃をしかける。当たるようになったのは当然として、威力が上がったのがデカい。大分弱ったモンスターがこちらに近づく前におれのフレアで仕留める。それで仕留めきれずとも片手剣で落ち着いてトドメを刺せばよかった。ラッシュが面白半分で攻撃を仕掛けたポチウルフやフォレストボアーといったモンスターもなんとか狩ることができた。まあフォレストボアーの突進にラッシュが弾き飛ばされたのは自業自得だろう。とにかく余分なモンスターを狩っても夕暮れ頃には街に戻ることができた。
街に戻るとおれ達はまず宿を探した。ラッシュがこの1ヶ月で染み付いた貧乏根性を発動し、野宿を提案してきたが異世界初日からそれは勘弁だった。宿は夕食付きのもので140ポイントと、先のクエスト報酬の300ポイントで2人分合わせてもなんとか泊まれるとこを見つけれた。それでもラッシュはブーたれていたが、久しぶりにまともなメシだったのだろう、夕飯後はかなり御満悦な様子だった。かくしておれの異世界生活初日は幕をおろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます