ダンジョンマスター:1日目
次に私が目を覚ますと土でできた部屋の中で立っていた。部屋の真ん中には机と椅子が一組、隅にはベッドがあった。何も無い本棚のようなものもあって、この部屋から外に出るには木製のドアが一つついているだけだった。窓もなく灯りは、不自然に天井付近で灯る明かりだけだ。一応の生活ができるようにでもなっているみたいで、私はさっと他に人がいないか確認した。きっと私はダンジョンマスターの方で、ここはゲームでいうところのマイルームかそんなところだろう。現状を把握できたところで小さく息を漏らし目を閉じる。いい加減限界だった。
「ああああああ!!!!」
私はあらん限りに叫びながら椅子を蹴り上げた。耳障りな音をたてて机にぶつかり部屋の隅へ弾けていく。足に走る激痛などあってないようなもので、感じなかった。無視をした。今度は机を掴むと両手で思いっきりひっくり返した。もう何もかもを壊してしまいたかった。いつも私はうっかりだなんだというが、もう許せるものではなかった。許せる筈もない。心底自分に嫌気がさしていた。誤って二人分連れてきてしまった?それはどう考えても死ぬ筈だった私が死ぬ必要のなかったそーちゃんを道連れにしたという他ないではないか。「なんだ、綾も来たのか」じゃない。そーちゃんこそなんで来ちゃったのか、こっちのセリフだ。そーちゃんを殺してしまったことがただただ許せなかった。めちゃくちゃに髪を掻きむしり、手に血が滲む程地面を殴り付けた。そうして小一時間程泣き叫ぶと疲れ果てて、床に倒れ込んだ。涙と泥と幾ばくかの血で汚れた自分の手を眺めながら、先程の閻魔大王の言葉を反芻していた。荒い息を整えつつ徐々に覚めていく頭で考える。もううっかりは許されない。きっと次はないたった一度きりのチャンス。絶対にそーちゃんを倒さなければいけない。絶対に負けないんだから。そう強く拳を握りしめた。
泣き疲れた私はゴロンと仰向けになると深呼吸をして一気に立ち上がる。とりあえず乱暴に蹴ったりした椅子と机をもとの位置に戻すと、ドアから外の様子を見に行った。そこはマイルームよりも一回りだけ大きい部屋で四方にドアがついていた。一つはキッチンのようなところでキャビンなどがあったが食べ物はとくになかった。もう一つはトイレや風呂場、洗面台のようなところに繋がっていた。そして最後の1つは真ん中に水晶のようなものが浮かぶ小部屋に繋がっていた。この部屋はなんだか他の部屋に比べ荒削りな感じで、反対側に伸びている通路にはドアも付けられてなかった。きっとこれがダンジョンへと続き、ダンジョンに入る側からするとここが最深部なのだろう。その先がどうなっているか興味があったが、何も知らずダンジョンへ行くのは危険だと思い、暗がりを少し眺めてみてから私は水晶に手をかざしてみた。
使い方は教えて貰わなくともなんとなく理解できた。きっとダンジョンマスターとはそういうものなのだろう。私の前にダンジョンの全体像が浮かぶ。だが大したことはなかった。コアルームと示された部屋とそこに私らしきマーカーが立っていて、あとはその部屋から先に伸びる通路を少し行けば入口という簡単な造りだった。そしてダンジョンの上には『メニュー』と書かれたホログラムのようなものが浮かびゲームみたいだな、と思った。だがまあ、そのおかげで多少は直感的に理解できたので助かった。昔そーちゃんと一緒によくゲームをしていたことを思い出す。なんだかんだ2人とも負けず嫌いでよく喧嘩をしながら遊んだ気がする。まあ私の場合は負けず嫌いってのよりもそーちゃんに負けたままが嫌ってのもあったかもしれないけれど。兎に角、今回の勝負だけは負けられない。そう気合いを入れ直して『メニュー』に向き合った。
色々な項目があったけど、できそうなことも少なかったからとりあえず『召喚』を選択してみた。そこにはいくつかのモンスター名と残りは?で埋まっていた。名前のあるモンスターは選択すると多少の説明とそのモンスターの外見が確認できた。私は適当に説明を流し読みしながらスクロールをしていった。それでどうやらダンジョンにも生態系が必要で多少は無理もできるがそういうのも意識しないといけないらしいことを理解した。そして何項目かで私の指が止まった。『ケット・シー』。よくゲームの序盤とかにでてくるような有名な猫のお化け。なにも有名だから目に留まったわけではない。それだったら今までも『スライム』みたいなメジャーモンスターは沢山いた。ただこの『ケット・シー』は可愛いかった。たったそれだけ。小さな黒い毛玉が走ったり丸くなったりとそのホログラムが愛らしさをこれでもかという程振りまいていただけだった。即決。召喚。選択の余地などなかった。すると部屋の一角がぽっと白い光に包まれそこには『ケット・シー』がいた。
「にゃあああっ?!!」
光が収まりその中で可愛いらしく毛ずくろいをしていたケット・シーに私が飛びつくと、ケット・シーが叫び声をあげた。
「ご、ご、ご、ご主人っ?!!急になんにゃっ?!!」
「やー!もう可愛いわね!我慢できないわー!」
私が抱き上げて頬ずりをすると最初は抵抗をみせたがすぐにに観念して『ケット・シー』は私にされるがままにされていた。
「にゃー…、この様子だとぼくが召喚第一号ってとこかにゃ、ご主人…?」
「そうよ!自己紹介がまだだったわね!私は綾。さっきダンジョンマスターになったばっかりの新米さんよ!そうね、あなたにも名前が欲しいわね…。んー、クロなんてどう?」
「にゃあっ!?ご主人、それはダメにゃあぁ…って、もう手遅れかにゃ…」
突然慌て始めたクロに私が首を傾げていると、クロはポワッと輝き、すぐに収まる。そしてクロが深々とため息をついた。
「モンスターに名前をつけるとソイツはネームドになって強化されるにゃ…。でも名前はつけれる限度もあるし、何より大量にポイントをくうにゃ…。」
クロに指を指されて『メニュー』に目を戻すと左上に『485DP』と表示されていた。微かな記憶によると元々『1000DP』で、確か『ケット・シー』の召喚には『15DP』だった筈だから残りは『985DP』の筈だ。つまりクロと名付けただけで元々あったDPの半分の『500DP』を一気に消費したことになる。私はメニューからクロの方に目を戻すと恐る恐る聞いてみた。
「もしかして私、やらかしちゃった?」
「それも大分にゃ…」
クロがそっと目を逸らす。あぁ、まただ。またいつものうっかり発動。苦笑。私とクロの間に微妙な空気が流れる。その空気を払拭しようとクロが胸を張って健気に頑張った。
「だ、大丈夫にゃ、ご主人!ぼくが500DP分の働きをすればいいだけにゃ…!!」
「あぁ、もう焦れったい!15ポイント足りないけど十分よ!もう可愛さだけで1000ポイント分の働きをしてるわっ!」
「にゃ!ご主人ストップにゃ…!遅れを取り戻すんじゃないのかにゃっ!!?このままじゃ、ぼくもご主人も餓え死ににゃ…!!」
クロの声でクロに抱きついていた私はハッと我に返る。餓え死にはダメだ。私はともかくクロはちゃんと養ってあげなければ!まあそれに私もそーちゃんに勝つまでは死ぬわけにはいかない。こんなんで負けては洒落にならない。そこで私はクロと作戦会議を始めた。
「クロ…!まず何から始めようかな?とりあえず、生態系を確立するのが一番最初かな?」
「うん、そうだにゃ…。それが先決かにゃ。ぼくとしては地下ダンジョンでも繁殖しやすい『クラガリソウの種』とそれをエサにできて低コストの『穴掘りネズミ』なんかいいと思うにゃ。コイツらはぼくらケット・シーのご飯にもなるし、勝手にダンジョンを拡張してくれるからぴったりだと思うにゃ。」
私がメニューからクロの言う2つの名前を探すとすぐに見つかった。『穴掘りネズミ 3DP』と『クラガリソウの種 3DP』だった。この2種類は生態系の基盤になるモンスター達だから奮発して『穴掘りネズミ』を20匹、『クラガリソウの種』を30個、計150DP分を選択すると召喚を開始した。そして辺り一面が薄く輝くとパッとモンスターの召喚が完了した。それは20匹ものネズミの大軍…。しかもモンスターなだけあってそれなりにデカい…、ガビパラより一回り小さいサイズといったところか。思わず私は「ひっ?!」とだけ小さな悲鳴をあげた。1匹1匹は可愛いものだが、こう大挙して押し寄せられると怖いものがある。クロが散り散りになったネズミ達を追いかけてコアルームから全部ダンジョンへと追い払うと私はそっと胸を撫で下ろした。私が気持ちを落ち着けている間に、クロは散らばっていたクラガリソウの種を集めて私の所へ持ってきてくれた。もう、この子ったら健気で頑張り屋さんで可愛いんだからっ!私がクロをモフってやろうとすると流石にもうわかってきたのかヒラリと躱されてしまった。
「ご主人、モフるのはまた後にして欲しいにゃ…。ところで忘れてたことが一つあったんだにゃ。このクラガリソウも流石に完全に暗闇では育たないのを失念してたにゃ…。だから『ライトモス』か『チカホタル』のような光るモンスターを召喚して欲しいにゃ…。」
私を避けた時にクロの手からこぼれ落ちたクラガリソウの種を一つ、クロの腕の中にもどしてやると私はメニューに向き合った。クロの言っていた『チカホタル』は見つからなかったが『ライトモス』はちょっとスクロールすると見つかった。一つあたり10DP。中々お高めだが仕方がない。思いっきって私は10こを召喚することに決めた。するとメニューにゲームの注意事項よろしく、何かが出てきた。
[このモンスターは移動が出来ませんが本当にここに召喚しますか?]
「え?何?好きな場所に召喚とか出来たりするのっ?!先に教えてよ!そしたら私ネズミに襲われることもなかったじゃない!!」
私は文句を言いながらダンジョンのあちこちを適当にタップして召喚していった。ダンジョンは既に穴掘りネズミに穴だらけにされて大分拡張が進んでいた。私がそれを眺めて頷いていると、クロが肩に登ってきてメニューを覗きこんできた。
「とりあえずこの種を植えてくれば基盤は完成ってとこかにゃ?残りのDPも少にゃいけど、眷属がぼく一人じゃ手が足りないし、眷属を思い切って召喚するかだにゃ…」
「ふーん、ところで眷属って何??」
「にゃー…、やっぱりご主人は知らなかったのだにゃ…。まずモンスターには眷属と野良って2つのカテゴリがあるにゃ…。野良は外にいるモンスターをただこのダンジョンに呼び寄せたのと同じような感じでご主人の言うことも基本的に聞かず外に逃げ出すこともあるにゃ。逆に勝手にダンジョンに入ってくることもあるし、野良のモンスターがダンジョン内で倒れると『DP』がちょこっと獲られるにゃ。で、次に眷属だけど、基本的にはご主人の指示が聞けるモンスター達って思えばいいにゃ。こっちは倒されちゃうと消えずに待機状態になるにゃ。そうなったらご主人がコアでDPを消費すれば復活できるから安心にゃ。」
「ちょっと待って、ちょっと待って!理解が追いつかない!えーっと、野良は私が召喚してもただダンジョンにいるだけ、野生のモンスター。それで眷属はゲームで言うところの魔王軍。私の下僕?」
「まぁ、そんなところにゃ。あと眷属同士は食べたりできないにゃ。生態系からは外れたご主人が守らないといけないモンスターって考えた方がいいかもにゃ。」
私はクロの説明に「なるほど…」とだけ呟いて情報を整理してみた。まず、野良モンスター。これは私の統治下にはないけどダンジョンの基盤となるモンスターだろう。基盤と言えども私の統治下にないのだから考えも無しに召喚し過ぎれば生態系が壊れてしまう。だから慎重にならないといけないだろう。次に眷属。こっちのは私の指示が聞けるのだからこちらばかり召喚すればいいじゃないかと思うが、そうは問屋が卸さない。眷属ばかりの召喚だと食料が足りなくなる。眷属同士は食べれないのだから。考えてみれば当たり前か。なら…とそこでとある疑問が浮かぶ。
「ねぇ、クロ。あなた達ってここを拠点にして外に狩りに行くとかは出来るの?」
「うーん、きっとそれは無理にゃ…。ぼく達は基本的にはご主人の魔力がなければすぐに動けなくなっちゃうからご主人のマナが満ちていない場所にはいけないにゃ。ぼくらはダンジョンの外には出れないにゃ…」
なるほど、理に適っている。ダンジョンの食料事情はダンジョン内で解決しろと。まあ当然かと納得する。今までの情報を頭の中で整理しながら召喚可能な眷属のリストを眺めていく。今の段階で召喚できる眷属モンスターはだいぶ限られてた。スケルトン、マミー、リザードマン、ゴブリン、コボルト、ケイヴバット…却下。まず見た目が無理。こんなのの召喚は死んでも嫌。結局残った候補は『ファーマーラビット』と『ケット・シー』だけだった。両方とも戦いにはあんまり長けず、支援だったりとダンジョンの管理に役立つモンスターだったけど、しょうがない。気持ち悪いものは気持ち悪いんだもん。今のところ、このダンジョンは侵入者の撃退手段を持たない紙装甲のダンジョンだった。多分あれだ、始まりの村の隣にあるチュートリアルとかで使われるようなダンジョン。まあそんなことを考えていてもしょうがないので『ファーマーラビット』と『ケット・シー』それぞれ2匹ずつ15DP×4の計60DP分召喚した。さっそく淡い光に包まれてクロとはちょこっと毛並みや模様の違うケット・シーが2匹とこれまた愛らしいウサギがちょこんと座っていた。
「あーん、かわ…」
「ご主人、ストップにゃ…。ファーマーラビットにすぐにでもクラガリソウを育てて貰わないと穴掘りネズミが全滅するにゃ…」
私がファーマーラビットに襲いかk…じゃなくてナデナデしてあげようとする前にクロに止められてしまった。ちょこっとだけ落ち込んでファーマーラビットにクラガリソウの種を渡して「埋めてきてくれる?」と頼むと嬉しそうにぷっぷっと鼻を鳴らし、小さな手でちょこんと敬礼をしてからダンジョンへと消えていった。勿論私はというとキュン死、尊死、即殺、クリティカルヒットだった。私がそうして身悶えているうちにクロは残りの2匹にテキパキと指示を出し、ダンジョン内の落ちてるアイテムを回収させに向かわせていた。何か拾うものなんてあったのかと私が首を傾げているとダンジョンマップに穴掘りネズミが掘った穴のあちこちに点滅する点が沢山出現していた。それのどれも大抵は石ころや粘土といった明らかに序盤も序盤に登場するのであろうアイテムだった。他には何かないかと広がりつつあるダンジョンを観察してると隣を新しく召喚した4匹の使い魔がいったりきたりして困っていた。
「ねぇ、クロ?この子達何してるの?」
「にゃ~、ダンジョン内に水がないから困ってるみたいにゃ…。ぼく達が生活をしていく上でやっぱり水は必要かにゃ…」
私はハッとしてメニューの中から慌てて水を得られそうなものを探していると『ダンジョンギミック』の中に『湧き水』という項目があった。100DP。高い。高いけど背に腹はかえられなかった。購入。ダンジョンに入ってすぐの冒険者に荒らされてもあれだからと今のところダンジョンで一番深いところに設置した。
そこまで終えたところで私のお腹がグ~となる。私が口を真一文字に結んでバッとクロの方を向くと、クロは下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。可愛い…!けどその優しさがちょっと辛い…!しょうがないから『食料』から一番コストの軽い『おにぎり』を購入した。50DP。それなりにキツい。おにぎりを食べ終わって一息をつくと再びダンジョンマップに向き合った。今の残りのポイントはもう25DPしか残っていなかった。これ以上は何かあった時にヤバそうだから使わずとっておこう。そうすると私に出来ることはもうなさそうだし疲れていたので寝る支度をしようとして気付いた。『洗面セット』と『パジャマ』それぞれ5DPと10DP。仕方ない、仕方ない…。残り10DP…。隣でクロが冷や汗を流しているのを感じる。私はマイルームへと逃げ込んでダンジョンマスターとしての初日を終えた。
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