第4話 登校
「え、え、ええぇぇぇぇーー」
気付いたときには僕の体勢は崩れ、尻がぴったりと床に着いていた。
「さい…とう…さん?」
僕は捻り出すように声を出す。
そんな僕を見て斎藤静香は少しびっくりしたような顔をする。
だが、その顔はすぐに元のにこやかな顔に戻り、苦笑しながらまたとてつもなくきれいな声を出す。
「どうしたの乗丸くん」
「何でこ、こ、ここに?」
僕は持ち前のコミュニケーション能力の低さで、どもりながら言う。
だってしようがないだろ、家族以外となんかほとんど話さないし、話し相手があの斎藤静香だぞ。
「あれ?お父さんから聞いてない?」
「え?何を?」
何をかは見当はついていた。だが、その真実は現実とはかけ離れたものであったため確認をとりたかった。
「じゃあ私の口から言わせてもらうね、私斎藤静香は乗丸君の彼女になりました」
「本当、なんですか?」
「本当だよー、ていうか何で敬語?」
「あ、ごめん」
「あはは、乗丸君は面白いねー。私たち付き合ってるんだから敬語はなしねー、分かった?」
「はい」
「また敬語じゃん」
静香はコロコロと笑った。
斎藤の笑顔は可愛いな、などと思っていると、やっと僕は頭の整理がついてきた。僕の彼女は斎藤、その事実は僕の心を踊らせた。
やったーー。
僕は嬉しいどころじゃなかった。ただひたすら神に感謝していた。人生続けていて良かったと心のそこから思った。
そんな喜びにふけっていると、僕の中にはふと疑問が生まれた。何で斎藤が僕の彼女に?
考えてもどうせ分からないと分かっていたので、目の前の彼女に聞くことにした。
「何で斎藤さんが…」
だが、その言葉を僕は最後まで発しなかった。
頭をかきながら、言葉を放った途中で気付いてしまったのだ。髪がボサボサであることを。それが分かったと同時に僕は自分の服装を見る。
「僕、パジャマだった」
僕の顔は自分でわかるほど赤く染まり、熱くなった。
そのまま斎藤の顔を見ずに自分の部屋に直行した。
まさか斎藤にこんな姿を見せてしまうなんて、恥ずかしさで押し潰れそうだ。
なるべく急いで制服に着替え、寝癖も鏡を見ずに頑張ってなおした。
その間は斎藤のことを考えた。
斎藤急に2階へ行ったから怒っているかなー。
もしかして怒って帰っちゃったかなー。
怒っていたらちゃんと謝らないと、なんて言おう?
ごめんなさい、かな? いや、敬語は注意されたんだ、さっきはごめん、これでいこう。
セリフが決まったところで玄関に行くと、まだそこには斎藤がいた。
良かったー、帰ってなかった。僕はドキドキしながら斎藤に近づいた。
斎藤は僕に気がつくとまるで何ごともなかったかのように話かけてきた。
「おー来た来た乗丸君」
「あの、斎藤、そのさっきはごめん」
もし斎藤がまだ帰ってなかった場合のために考えておいた言葉を言った。もちろん敬語は使っていない、さっき言われたばっかりだからな。
「……」
斎藤は僕の目をじっと見つめた。ただ何も言わずに、じっと。
やっぱり怒っているのだろうか、それとも僕のしゃべり方や声が斎藤を不快にさせてしまったのだろうか。
「えっと……ごめんなさい」
その言葉に、斎藤は心底呆れた表情。はぁ、と深いため息をつき、僕にたずねた。
「乗丸君、なんで謝るの?」
「え、だってさっき僕が、話している途中に急に部屋に着替えに行っちゃったから悪い事をしたなと思って」
「うん、でも今日は初日だから私が早く来てしまったこともあるし、そもそも乗丸君は私が彼女になったってことも知らなかった様だし、乗丸君が準備できていないのはあえて言えば私のせいだよ、それに私って謝られるのは嫌いなの、だからね、乗丸君はもっと堂々としてただ待っててくれてありがとう、て言ってくれればいいの、分かった?」
斎藤は僕の事をビシッと指で指して先生のような口調で、でも頬を膨らませながら可愛く話す。
いや、さすがに準備ができていないのは斎藤のせいではないだろ、そう言おうとしたが、すんでのところでその言葉を飲み込んだ。
「うん、分かったよ」
僕が答えると、斎藤はぐっと前に顔を出し、鼻と鼻がくっつきそうなくらい僕の顔に近づけてきた。
近い、近い、顔が近すぎる。
こんなに近くで女子の顔なんか見たことないよ。
思わずドキッと胸が高鳴る。
あー顔が熱い、耳まで真っ赤になっているのが、自分でも分かるほど熱い。
「あ、照れてるでしょー」
図星をつかれ、一瞬たじろぐがなんとか否定する。
「照れてないよ」
「あはは、そんな真っ赤な顔で言われても説得力ないよ」
んー、なにか言い返せないものか、そう思い斎藤の顔をじっと見ると斎藤の頬がかすかに赤く染まっていた。
「あれ、斎藤頬赤くない、もしかして照れてるんじゃない?」
そんなことないと分かっていたので、冗談めかして言おうとしたが、少し硬い口調になってしまった。
え、と斎藤は自分の頬を触ると、たちまち顔全体が赤くなり、すぐそっぽを向いて慌てながら言った。
「な、何を言ってるのかしら乗丸君、そんなことあるわけないじゃない」
僕はその行動に驚くが、すぐに斎藤が言葉をつなげた。
「ほら早く行くよ乗丸君、学校遅れちゃう」
僕のことをちらと見ながら言ったその顔はまるで向日葵のような笑顔だった。
◇
「ねえ、斎藤さん」
「ん? なに?」
「なんで僕たち手を繋いでるの?」
そう、僕たちは学校の初めての登校日、というか喋ったことない関係から急にカップルとなったその日にもう手を繋いで歩いていた。
「なんでって私たち付き合ってるじゃん」
「でも、それもさっき知ったばっかりだし」
「それに僕なんかと手を繋いでいいの?」
「え? 何でだめなの?」
それはからかっている訳ではなく、単純に疑問をいだいたようだった。僕はその態度に驚愕しつつ、内心とても嬉しかった。
「いや、なんでもないよ」
軽い口調(自分ではそう意識した)でそれを流し、さっき言いかけた、さっきから一番疑問に思っていたことを口に出した。
「そういえばなんで僕と斎藤さんは付き合うことになったの?」
「あーやっぱりそれ聞くよねー、それはねー……」
◇
「えっ」
その言葉を言う頃にはもう斎藤と手は繋がれていなかった。
斎藤から聞かされたことをまとめると、僕のお父さんが斎藤に僕の彼女になってくれないか、頼み斎藤はそれをあっさり了承したらしい。
まあ斎藤が僕の事を好きだったなんてことは期待していないと言うなら嘘になるが、正直なんか理由があってしょうがなく付き合ったのだと思っていた。
それがこんなあっさりした理由だったのかと思い、耳を疑った。
けれど、なら何故斎藤は僕の父の言葉を了承したんだ?
カップルポイント狙いでも、斎藤ならいくらでも候補なんかいるだろうに。
「後、乗丸君の彼女になった理由はまぁ気分かなー」
思っていた疑問の答えをすぐ言われた。
まさか、エスパーか。
そんなバカな事を考える前に、呆れてしまった。
これだから美人は困る。気分で興味のない人と付き合い、気分で簡単に捨ててしまう。全然モテない僕にはできない生活だ。なんて羨ましいんだろう。
出来ることはやってしまうのが人間だから、斎藤がそういうことをやるのは仕方ないのだろう。元は父さんから頼んだんだし。
でも、もう僕の答えは決まっていた。
「ごめん、斎藤。 父さんの身勝手に付き合わせて僕と付き合うなんてやだよね、父さんには僕から言っておくから」
それを聞いた斎藤は一瞬驚いたかおをし、すぐに問おてきた。
「なんで? 私じゃダメだった?」
少し悲しそうな顔で聞いてくる。
「いや、斎藤は僕の理想の彼女だ、でも彼女法ができる前はそんなに簡単に付き合うなんて誰もしてなかったでしょ。僕も彼女はつくりたいけれど、そんなすぐ壊れてしまうもろい関係のまま付き合うのは嫌なんだ。ごめん、身勝手で」
今思った事をただそのまま伝えた。斎藤には嫌われてしまっただろうか。
「私簡単になんか……」
斎藤は少しの間難しい顔をし、そして答えた。
「そうだね、私の方こそごめん。乗丸君の気持ちを考えてなかった」
そして、その後僕たちは何も言葉をかわさずに学校へと向かった。
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