第3話 父

「あー今日から学校か」


 椅子は倒れ、本やプリントが散らばっている汚ならしい部屋で僕は床に座っていた。昨日の件で感情が押さえきれなかった僕は夜中の間ずっと部屋にあるものに八つ当たりをしていた。

 感情を他のものにぶつける癖はどうにかしたいと自分でも思ってはいるが、どうにも直せない。


 倒された椅子を直し、散らばっているプリントを集め、本を本棚に直し、憂鬱な気持ちで学校の準備をした。


 今日は最初の日だから自己紹介とかあるんだろうな、どうせそこでまた笑われるんだろう、と思うと僕は学校をものすごく休みたくなった。


 その後も色々思案を巡らした。もしかしたら昨日の件が逆に僕をクラスの人気者にしたり、などと思ったが、それはイケメンでないとあり得ないと思った、それに僕はクラスで孤立している自分しか想像できなかった。

 何とか人気者の自分を想像しようとしても、なぜか孤立している自分が鮮明に想像された。 

 気がつくと窓からは太陽が覗いていた。そして僕は決意し、父のところへ言った。


 階段を降りている途中でも決意したはずなのに迷いが生じた。

 そして父の部屋の前についた、緊張が僕の腕を震えさせる。それを何とか押さえ、ノックをする。


「父さん、話があるんだけど」


 返事は聞こえなかった、やはり寝ているのだろう。そう思い、静かにドアを開ける。


「えっっ」


 そこには真剣な顔で僕の方をじっと見つめる父の姿があった。一瞬またからかっているのかと警戒するが、その眼はまっすぐただまっすぐ僕を見つめていることが分かり、その眼が嘘ではないことに気付く。

 まさか、俺の気持ちを察してずっと待っていてくれたのか、いや、そうに違いない。

 そう思うと、僕の口は自然に開いた。


「ありがとう」


「えっっ」


 僕の言葉を聞き、父は驚きの声をあげた。


「まさか、気付いてたの?」 


「当たり前じゃん、父さん」


「それにしてもよく分かったなー、これが長年の俺との付き合いからの勘か」


「そうみたいだね」


 僕は父に笑いかける。


「ハハハハハ、そうだな、覚悟はできたのか?」


「うん、学校は休むよ」


 父が分かってくれていたことが分かったので、安心して言葉に出せた。


「ああ、そうだ……ってお前学校休むのか?」


 父は何故か驚きの声をあげた。 

 それが不思議であったので、僕は父に確認をとる。


「うん、そうだよ! だってそれをいいに来たんじゃん! 父さんもそれに気付いて待っててくれたんでしょ」


「いや、そんなつもりはなかったんだが、じゃあお前、気付いてたってこの事か」


「えっ違うの?」


 僕は顔に驚愕の色を浮かべながら問う。


「ああ、違う。そしてお前に伝えなければいけないことがある」


 いやに重々しく言うけどなんだろう?

 まあ、どうせまた下らないことだろうな。


「お前に彼女ができた」


「そんなことだろうと─はっ?」


 言いかけていた言葉は最後まで言われずに、僕の頭は混乱した。

 え、え、えーー、僕に彼女が、僕に彼女が、できた!?

 でも、本当か?

 父の性格を考えてみろ、僕をいつもからかい、それを見て楽しんでいる。

 それなら今回も嘘か?

 でもそれにしては不可思議な点がある。

 それは父のあの目、あれで僕は父がからかっているのではないと確信した。

 なら、父は嘘をついていない。

 その結論にたどり着くと、僕は更なる混乱に陥った。


「ほ、ほ、本当か?」


「あぁ、本当だ」


 その重々しいまっすぐな言葉を聞いて、それが

本当であることが事実だということが分かった。


「誰、だ?」


 ピーンポーン


 その時、インターホンが押される音がした。

 どうせ大したことじゃない。今はそんなことよりも、僕の彼女が誰であるかが大切だ。

 だがそんな僕の考えは、すぐに覆えされた。


「乗丸君いますかー?」


 とても清楚で、美しい声が僕の家に響いた。


「乗丸、今外にいる子がお前の彼女だ」


 その父の声を聞き、僕はすぐに外の子を見ようとする。

 部屋を出て、廊下を通り、洗面所を通り……そこで僕は見た。洗面所の鏡の中にボサボサで寝癖を整えてない髪でパジャマを着ている男の姿を。


「あ、これじゃ外出られない」 


 思ったことを言葉にしただけだが、その言葉を放った後その声があまりにも大きかった事に気付く。


「あっ」


 僕の前にはドアがあった。鍵をかけていない玄関のドアが。だが、今はそのドアは開かれて女子が顔を覗かせていた。


「おはよー、乗丸君」


 それはあまりにもきれいな声であった。

 だが、今はそんなことどうでもよかった。


 僕の目の前には僕の片想いの相手、斎藤静香が立っていたのだから。

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