絢爛で陰鬱なる裏競売(上)
「皆々様!本日はわざわざ僕の屋敷に足を運んでくれてありがとう。今日も珍しいものから、危険なものまで、沢山の物を取り入れているから、是非とも買って行ってくれ!」
その後、噴水の所にいた人とは違うメイドさんに案内されるままに連れてこられたのは、少し薄暗い、簡易講堂のような場所だ。
ステージには大きな白布の被せられた大小様々なものが並び、それぞれにスポットライトが細く浴びせられていた。
私たちが案内されたのは、真ん中の席。
壇上が良く見えるベストポジションだ。
時計を見ると10時を少し回った所だった。
少し遅刻してしまったが、幸いなことに今は最初に行われる当たり障りのない挨拶の時間のようだ。壇上に堂々とした出で立ちで、マイクを持ち立っているのは、黒髪黒目のこの国では珍しい容姿の男性だ。
歳は二十代後半から三十代といった所だろうか。競売用なのか、ぴっちりとしたフォーマルなスーツに身を包み声高々に話している彼が多分ルーカス・フェルミー氏。
今回の主催者であり、裏国マニア。
そして名家らしいフェルミー家の御曹司。
「さーて!それじゃあ早速競売に移りたい所だけど、今日はななななんと!初めてのお客さんが来てくれているんだ!だから、知っている皆には悪いけど、少しだけこの競売の説明をさせてね。大丈夫、すぐ終わるよ」
壇上に立つ彼の黒曜石の瞳が何かを探すようにうろうろと彷徨ったかと思えば、私と目を合わせてふわりと微笑んで見せた。
初めてのお客さんというのは私のことか。
「まずここは裏競売。僕は各国にある屋敷で都度競売を開いているけど、この裏競売は裏国に住んでいた人達を対象として、格安でとっておきの商品を売り出しているんだ。裏国の住人でなかった人も同伴であれば入場を許可しているけど、この競売は主に純クレアメイテルの人を対象とするものではないから、その辺りは弁えてくれよ?」
さり気なく周辺を見回してみたが、皆それは把握しているのか特に不平不満を零すでもなく、ルーカスさんの話に耳を傾けている。
ただ貧乏揺すりをしている人もぽつぽつ伺えて、早く始めて欲しそうではあるが。隣に座っているシャルルさんは瞳を閉ざし、聞いているのか聞いていないのかは判断が難しい。
ルーカスさんは、ステージ上を忙しなく動き回りながら、感心を引くような大仰な身振り手振りで会場内の空気を震わせる。彼の動きを追いかけ、スポットライトが右へ左へと駆け回る。
「さて、長々と話していると皆が飽きてしまいそうだから次で最後にしようかな。ここに入る際にメイドから紙を渡されただろう?これは落札証だ。競売後、これを僕の所に持ってきてくれれば、落札した商品を渡すから、無くさないようにしてね」
案内の最中に渡された紙を見る。見た目は何の変哲もない用な白い紙だ。メモ帳ほどのサイズで嵩張(かさば)ったりする事が無さそうなのは有難い。
競売の方法は簡単にではあるが、案内のメイドさんに教えて貰っていた。
まずはルーカスさんが予め決めていた金額から競売が始まり、客たちが最初に定められた金額よりも高くコールを行う。
最終的に一番落札値が高かった者に、競り落とされるといった寸法だ。
この方法自体は私が知識として知っている競売と差異はない。要はネットオークションと同じ様なものだ。コールの際は右手を上げて、金額を提示する。この際の手の形にも意味があるらしく、人差し指を1本立てるのが前の金額よりも多く出すぞ、というサイン。
2本指を立てるのが前の額より2倍の金額提示を行う時などなど他にも沢山のサインを教えてもらったが、覚えられたのはこの二つだけだ。まあ、競り落すことはないだろうしいいけど。
「さて!長い説明はこの辺にしておしまして。それではお待ちかね!本日最初の商品をお見せしましょう。皆様、是非とも最後まで楽しんで行って下さいね」
言葉遣いを改めたルーカスさんの言葉が終わるか終わらないかというところで、ステージの左右の舞台袖からメイドさんが2人歩いてくる。
そしてそのままステージに置いてある、白布が被せてある何かの側に立ち、白布を引き下ろした。
白布に隠されていた物の姿が晒されると、観客席がどよめき、感嘆の声が次々とあがった。
現れたのは群青色をした光り輝く彫像だ。
スポットライトの光にあてられ、淡くどこか神秘的な色を纏っている。
象られているのは天使だろうか、大きな翼を広げ、祈る様に胸元で手を組んでいる。
「おい。見とれてないで貴様も手伝え」
そう隣から手渡されたのはメモ帳と万年筆。…ああそうだった。そういう依頼内容だった。
ぼんやりと鑑賞している場合じゃなかった。
それにしても_
「魔法が発達しているのに、こういう所は堅実的ですね」
「この部屋は安全を期すため、外部の人間からの魔法媒介、並びに魔術の使用は禁止されているからな。自然とこのような形に収まる訳だ」
そう言って「見てみろ」とシャルルさんが示した方を窺えば、座っている人達もメモ帳とペンを取り出し、さらさらと書き物をしている。
それに倣って私も壇上に現れる珍しい商品の数々を書き留めていく。
隣でも、万年筆が紙上を走る音がしているから、彼もしっかりと記録してくれているようだ。
舞台上に現れる品々は、どれ程の価値があるのか私にはピンと来ないが、次々と落札されていっていることからも希少価値が高いことがわかる。銅像や彫刻、それに絵画などなど商品は多岐に渡っていた。
「それでは!本日最後の活きのいい商品達をご紹介しましょう。一律5万ペリから」
そう言って運ばれてきたのは、大きな大きな鳥籠。普通の鳥を入れておくそれとは明らかに異なっているほどの大きさ。
大の大人が五、六人は入りそうだ。
鳥籠が揺れる度にチャリチャリという金属が擦れ合うような音が響く。
そしてそれには他の商品達と比べて違う所があった。まず第一に白布が被せられていない事。
そして_
「あらあら。今回はえらく綺麗な子を揃えてるのねぇ…どうしましょうか貴方、買っては駄目かしら?私寂しくて寂しくて…」
「ふむ。確かについ先日、アンが死んでしまったばかりだからなあ。代替品には丁度いいかな…。いやでも、少しばかり高くないかい?」
一つ前の席から聞こえてきた夫婦の会話を皮切りに、今までの中で一番大きな歓声が会場を満たした。
…第二に、売られているのは無生物ではなく、生きているもの…そう、正真正銘の人間だ。
少なくとも見た目は人間のそれだ。大きな鳥籠に入れられていたのは、手枷と足枷を付けられた男女数名の若い子供たち。
子供たちが身動きする度に、耳障りな金属音をたてている。しかし子供たちは皆輝かんばかりの笑顔を浮かべている。
これから売られていくとわかっているだろうに、次々と釣り上げられていく金額ににこりと笑みを浮かべ、自慢げに胸を張ってみせる子供もいる。会場は熱気に包まれ、様々な人の声が飛び交う。
「ワシは7番に10万ペリだ!」
「一番に7万ペリ!」
「一番が取られちまうよ。アタシは一番に倍の14万ペリ出すよ!」
人々は、子供たちが胸元から下げている商品番号を口々に叫びコールを繰り返していく。
あっという間に値段は上がっていき、更にそれに比例するように会場内はヒートアップしていく。
最早誰が何の商品にコールしているのか判断がつかない状況だが、ルーカスさんは何らかの方法でそれをしっかり把握しているようで、的確に商品を捌いていく。
「はい。7番は25万ペリで宜しいでしょうか?お次様はおられませんか?…はい。対抗はないようなので、7番25万ペリで落札です」
会場の人達も、ルーカスさんも、増してや売られていく子供達も、皆が皆楽しそうだ。
7番、と名指しされた男の子は嬉しそうにはにかみながら、会場を見回して小さく頭を下げた。
その顔には不安や絶望といったものは感じられず、浮んでいるのは喜び、希望、そんな感情ばかりだ。幸せそうな子供達を照らすスポットライトに目を焼かれてしまいそうだった。
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