第七十九話「執務室への来客」
忍者たちが急いで竜山にむかっているころ、バルアチアではマジェスタはその地位を確実なものにしようとしていた。
副大統領カシムの兵隊を打ち砕き、その後マジェスタの潔白が明らかになったのだ。
国民はマジェスタの読み通り「悲劇のヒーロー」として次の大統領の立候補を期待していた。
マジェスタの大臣執務室に秘書官が入ってきた。
「マジェスタ様、さきほどカシムが
「了解した」
マジェスタは淡々とこたえた。
「あの、ウォールをはじめ、あなたに逆らった科学者たちはどういたしましょう?」
「ああ、そのまま牢に入れておいてくれ。大統領選後に処遇をかんがえる」
「かしこまりました」
執務室から秘書がさがり、一人になったマジェスタは、バンッ、と忌々し気に机をたたいた。
「えい、せっかくの副大統領になれるというのに、あいつらのことを考えるだけで腹立たしい! いっそこのままウォールも紅蓮も殺してやろうか」
そこには政治家としての冷静な顔はなく、怒りに憑りつかれた悪鬼のようだった。
「そもそも、紅蓮が研究室を焼かなければ、今ごろ龍鈴を増産し、無敵の軍隊を作れていたものを!」
マジェスタは、自分の腕にある黒い龍鈴をながめた。それは他の龍鈴とは違い、破片をつなげただけのもので、いびつな形をしていた。
「いや、一番殺してやりたいのは、四つの目の龍鈴を作ったあと、資料も材料もすべて焼き払おうと決めていた、『若き日の』愚かな私だ! なぜ目の前の大きな力をわざわざ捨て去ろうとする!? まったく、理解不能だ!」
マジェスタはまるで他人を激しくののしるかのように吐きすてた。
やがてマジェスタの表情が、政治家の顔に戻ってきた。
「……まあいい、この国を支配したあとに、ウォールから増幅器の仕組みを聞き出し、科学で龍鈴を作りだしてやるさ。私に逆らったやつらは、そのあとじっくり苦しめてやる」
そこへ秘書官がふたたび執務室のドアをノックした。
「マジェスタ様、来客がございます」
「だれだ?」
「グロンドという巨漢の男ですが、お知合いですか?」
「知らんな、帰らせろ」
「それが、妙なことをいっています」
「妙なこと?」
「ええ。マジェスタ様が不老の力を得ている、と」
マジェスタの眉がかすかに動いた。
「やはりカルト宗教かもしれないので帰らせます」
「いや、面白そうじゃないか、少し会ってみよう」
そこに通されたのは、科学研究所の地下でステファンの父の隣の牢にいた、あの巨漢の男だった。
忍者たちは竜山のふもとに到着した。
そびえ立つ竜山は、ステファンに、また来たのか?、と見おろしているようだった。
「たしか、あの場所はこっちだ」
この辺の土地勘は猿飛や雷太郎たちのほうがすぐれている。
竜山の麓の森を抜けると、見覚えのある景色にでた。
「ここだ」
雷太郎は指をさした。そこには崖崩れで現れた洞窟があった。
(なつかしい)
ステファンは洞窟の入り口をみた。嵐の夜に獣に襲われたあの日と変わっていない。
洞口の奥は暗く、その闇は果てしないようにみえた。
流と椿が忍者たちにつたえた。
「みんな、悪いがここから先は龍鈴をもつ俺たち三人でいく」
「そうじゃないといけない気がするの」
猿飛や雷太郎はくやしそうだったが仕方がないとあきらめた。
流と椿はステファンをみた。
「さぁ、いくぞ」
三人は洞窟の中を進んでいった。
洞窟は案の定かなり深く、たいまつを照らしても先がみえない。
しかし、進んでいくと、少しひらけた場所にでた。
「あっ!」
そこには腐った机や研究道具のようなものがあった。
「やはりここで紫電様は龍脈の研究をされていたんだ」
流は朽ち果てた紫電の研究の残骸をみていった。
しかし、ステファンは違和感があった。
「変ですね、道具はありますが、龍鈴の素材や資料のようなものはありませんね」
「何十年も前のことだからね。きっとネズミに食べられたんだわ。それより、まだまだ洞窟はつづきそうね」
「あぁ、いこう」
流と椿はまた走りはじめた。
ステファンはもう一度研究の跡を振り返り、二人を追いかけた。
洞窟はさらに奥につづいていった。
どれくらい走っただろうか、暗闇が続き、ステファンの感覚がおかしくなりかけたころ、椿があることに気づいた。
「あれ、水の音がしない?」
たしかに水がゆっくり流れる音がきこえる。
「おい、みろよ」
流が洞窟の先を指さした。
その奥にはうっすらと明かりがさしていた。
バルアチアの科学省、大臣執務室では秘書を下がらせ、マジェスタは巨漢の男と向きあっていた。
「ほう、すると君はあの副大統領の暴乱のときに、どさくさにまぎれて逃げ出したというんだね。たしかに地下までやつらの兵がやってきたと聞いていたが、よくのこのこと私の前にあらわれたね」
マジェスタの目は鋭かった。巨漢の男は少しひるみながらもニヤリと愛想笑いをうかべてこたえた。
「は、はい。じつはあの夜、俺の隣の牢に客人が来たんです。あなたのことだったのでご報告しようと」
マジェスタの眉がうごいた。
「君の牢の隣というと、ウォールのところにか」
「はい。若い少年でした。それでモールス信号でやりとりをしていたんです。あっ、俺、通信をやっていたので、わかるんです」
へへっ、と笑う巨漢の男に、マジェスタはさっさとつづけるように目でうながした。
「それで、あなたが不老だの、増幅器だの、ベンジャミンコロなんたらの理論だの、いっていました」
マジェスタは少し考えながら自分のひげをなでた。
(ベンジャミン・コロンバイン。確か、異端の科学者としてかなり昔に科学会から追放されたときいたが、なるほどそいつの理論であの増幅器ができているのか。ふっふっふ、思わぬ収穫だ。これで科学の力で龍鈴をつくることができるぞ)
心の高笑いを一切表情にださず、マジェスタはつづけた。
「それで、他にはなにかいっていたか?」
「あなたの倒し方の話をしてましたぜ、バカでしょう、はっはっは」
「たしかにバカだな。それでどうやったら私を倒せるんだい?」
「なんか、受信機を奪えとか壊せとかいっていました。あとママはどことか」
(ふふふ、この私から龍鈴を奪えるわけがない。これで完全に勝利だ)
「さあ、他に何もなければ帰ってもらおう。情報提供の礼にお前は無罪放免だ」
「えっ、えっ、もっとご褒美を」
マジェスタはまた鋭い目で巨漢の男をにらんだ。
「私の気がかわらないうちにでていったほうがいいぞ。私には、来客があとを絶たないんだ」
巨漢の男は、しぶしぶドアへむかった。
しかし、ドアの前で立ちどまった。
「そうそう『あとを絶たない』で思いだしましたが、あなたを倒すには『元を断て』っていってましたよ。なんのことだか」
男が閉めていったドアをマジェスタはしばらく茫然とながめていた。
関係者がもしこの部屋にいたら、こんな青い顔をしているマジェスタをみたらおどろいただろう。
「『元を断つ』だと。まさかな。だが……」
マジェスタは腕の黒い龍鈴をぐっとつかんだ。
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