第五十六話「今城の覚悟」
一方、宿屋「かざぐるま」では驚きの声があがっていた。
「なに、ステファンがさらわれた!?」
松五郎たちがそれぞれの仕事から宿に帰ってきたのはほぼ同じころだった。
松五郎は帰るや否や主人に土下座で謝られた。何のことかわからず、マックスから事の顛末をきくと腰を抜かすほどおどろいた。
猿飛はマックスをにらんだ。
「なんで助けられなかったんだ!」
「そんなの無理だ。桜の木の下で、あいつが来るなって合図をしたんだ。なにか考えがあると思うだろ。もちろん、籠の後を迅とムサシで追って、いまもしらべている」
「不測の事態を乗りこえてこそ、忍者だろう!」
「猿飛、忘れるな、俺は忍者じゃない!」
「こらこら、こんなところで争うな。今こそ冷静になるときだ」
そうこうしていると、迅とムサシが帰ってきた。
「おお、ご苦労だったな。それでステファンはどこだ?」
「松五郎さん、ステファンは四条にある大きな屋敷に連れていかれました」
「四条の大きな屋敷……もしかして東山か」
「その通りです」
「ああ、またよりによってあのバカのところに連れていかれるなんて」
「だれだ、その東山って」
「ああ、三老の一人、日吉孝之助に仕える家臣だ。東山の父はできた人物だったので日吉に重宝されたが、父の死後、後を継いだ息子はダメ息子だ。父親の七光りで現職についているが、遊び三昧のボンクラだ」
「松さん、どうしますか?」
猿飛がたずねた。
「ステファンがどういう状況にいるかわからない。命を狙われている可能性もある。まずはいつでも助け出せる状態をつくる。しかし、下手に乗りこんで家来と交戦になり、そんな騒ぎが将軍の耳に入ると、警備を強めてエミーラが助けにくくなる。助けだす時機がカギだな」
「わかったよ、松さん。俺たちが忍び込む。だが俺は政治的なことはどうも苦手なんで、判断を頼みます」
猿飛は頭をかきながら松之助にたのんだ。そして、マックスのほうをむいた。
「マックス、さっきは怒鳴ってわるかった」
「いいんだ、気にしてねぇよ」
二人のやり取りに松五郎はうなずいた。
「それじゃ、ステファンを助け出すぞ! マックスは宿で待機して情報の中継点になってくれ」
「ああ、わかった」
松五郎は、よし、と言って立ちあがった。
「東山邸にむかうぞ。ステファンのことだから、そんなに事を荒立てずに乗り切ってくれるとおもうが……」
東山邸の庭では、刀を抜いた今城がステファンに向き合っていた。
「東山様、この者はそれでも切れぬと申しております。こんな輩、私が切り捨ててお見せします」
「おお、やれやれ、こんな忍者のなりそこない、切ってしまえ、はっはっは」
東山の笑うと、周りの者も見世物を見るようにわきたった。
庭に連れてこられた下女はまだうずくまって泣いている。
今城はじっとステファンの目をみている。そして、一瞬その目がほほえんだ。
それは「すまぬ」とも「生きろよ」ともとれる微笑みだった。
今城はステファンにむかって刀を振りあげ、そしてさけんだ。
「いけ、デューク!」
今城は、素早く東山のほうをむき、主にむかって襲いかかった。
「な、何をする、今城!」
「もうあなたの心無き
「だ、だれか、こいつをとめろ!」
今城が東山に刀を振り下ろした瞬間、
カンッ
東山の横にいた侍風情の男が刀で今城の一撃をとめた。
「くっ」
危うさを伴う金属の響きに、宴会場の女たちはキャーと叫んで逃げだした。
侍風情の男が鼻でわらった。
「ふん、こんなことだろうと思ったぜ、いさぎよく死ね!」
男が今城に切りかかった。
ヒューーーッ
そのとき、後ろから苦無が飛んできて男の右腕に突きささった。
「うっ、な、なに!?」
後ろを見るとクナイを構えたステファンがいた。その目は怒りにもえていた。
「お、お前、なぜ逃げなかった!?」
「今城さん、家族に言いたいことがあるなら自分で言いなよ」
その場にいた全員がおどろいた。ステファンが和ノ国の言葉を話したからだ。
「お、お前、しゃべれるのか」
東山は怯えながら
「こ、こいつらは私に刃をむけた不審者だ、切ってしまえ!」
「何が不審者だ! 人の命をおもちゃのように扱って、お前こそ人間のクズだ」
周りにいた十人ほどの男たちが立ちあがり刀をぬいた。男たちはにやけていた。
「忍者の見習いとへぼ侍相手だ。さっさとやっちまおう」
中の一人がそういうと男たちが一斉にステファンと今城におそいかかった。
「今城さん、下がって」
そういってクナイを連続でなげた。投げたクナイは後ろに下がる今城の間
を見事にかいくぐり、三人の男のたち三人の右腕に正確につきささった。
「な、なに!」
ステファンはとまらない。素早い動きでさきほど投げた手裏剣をひろい、すかさず男たちに投げると、また全員の腕に命中した。
今城はおどろいて目をみひらいた。東山たちも顔色をかえた。
「お、お前は、まさか本当の……」
ステファンは隙を見て庭の下女の縄を切り、「危ないから下がってて」と庭からさがらせた。
騒ぎを聞きつけた家臣が部屋になだれこんできた。
ステファンは気にせず、素早く男たちのふところにかけこんだ。男たちはステファンに切りかかるが、ステファンとひらりと身をかわし、逆に相手の手や足の腱を小刀で切りさいた。
「ぐわぁっ」
つづいてステファンは飛びあがり、男たちの顔面を蹴り飛ばした。そしてその反動でまた高く飛び、空中で一回転して手裏剣をなげた。
次々と腕や足に手裏剣がささった。そのうちの一つは東山の右腕にあたった。
「ぐわぁぁぁぁぁ」
あっという間の出来事だった。宴会場にいた十五人の男たちが、負傷してたおれていた。
東山は顔を青ざめてにげだそうとした。
しかし、東山は逃げ道にたちふさがる者がいた。
東山は男の顔を見あげた。
「い、今城、おまえ!」
今城は、刀を高くふりあげた。
「だめだ、今城さん!」
今城は東山を見おろした。
「……この男に」
「殺しちゃだめだ!」
ステファンの声は今城にとどかない。
「この男に、忠義ぶかき私の仲間がどれだけ苦しめられ、どれだけその命を断ったか」
今城の目には怨恨の炎がおびていた。
「こんな、男のために……。彼らの恨み、おもいしれ!」
今城は刀を思い切りふりおろそうとした。
そのとき、バタンッと部屋の扉が開く音がし、
「そこまでだ!」
と大きな声でだれかがはいってきた。
「ひ、日吉さま!」
東山は九死に一生を得た思いで、訪問者をみた。
その初老の男は、幾たびの政争を生き抜いてきた威厳を放っていた。この男が、三老の一人、日吉孝之助だった。
日吉とともに武装した侍たちがなだれこんでくる。
「主君に剣をむけるとはこの上なき重罪だぞ。この者たちをとらえろ!」
今城は、すかさず日吉の前にひれふした。
「日吉様、あの異国の者は、巻き添えを食らっただけでございます。どうか、私だけを捕られください」
日吉は東山をみた。
「そうなのか、東山」
東山は首を何度もふった。
「と、とんでもございません。今城とあの異国の忍者が私たちの命を狙ったのです」
「お前が下女を見世物で殺させようとしたからじゃないか!」
今城が食いつくが、日吉は聞かなかった。
「かまわん、二人ともとらえろ」
今城とステファンは捕らえられ、五条にある奉行所に連行された。
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