第五十五話「忍者のフリをする忍者」

 男からニンジャの説明を聞いたあと、ステファンは籠の中でかんがえていた。

(忍者である自分が、忍者でないふりをして、忍者を演じる……いったい、どういうことだ)


 頭が痛くなりそうだった。

 ありのままの忍術を披露すると、逆に解放されないおそれがある。

 かといって下手な姿をみせると、この人の首がとぶ。

 となると、ほどほどにすることになるが。

(ほどほどが一番難しい……)


 やがて籠がとまった。ステファンは目隠しをされたまま、籠をおろされ、邸宅の中に連れていかれた。

 どこかの部屋に通されたステファンは目隠しをはずされた。

 そこには中年のさえない侍がいた。

「目隠しをしてすまなかった。ああ、私は今城いましろ南平なんぺいと申す。訳あってバルアチアの言葉を覚えたのだが、それゆえこんな役目をさせられた。改めてお礼とお詫びを申し上げる」

 今城は深々と頭をさげた。

「名前を教えてもらえぬか」

「デュークといいます」

 ステファンはとっさに愛犬の名前をつかった。

「デューク、一時の余興だ、主の言うとおりのことをしてくれたらいい」

「でも、忍者じゃないので忍者のまねごとくらいしかできませよ」

「ああ、主は酒に酔っておられるからそれでいい」

「わかりました」

「じゃあ、私は戻ってきたことを伝えてくる。この部屋で待っていてくれ」

 そういって今城は部屋をでていった。ちゃっかり部屋の外には見張りをつけている。

 やれやれ、とステファンはため息をついた。

(こんなことをしている場合じゃないんだけどな)

 時々、自分の甘い性格が嫌になることがある。甘さで優先順位を左右されたらいけない。

(とはいえ、腹を切るといわれたら仕方がないじゃないか)

 ステファンは自分に言い聞かせるしかなかった。

 部屋の外からは宴の笑い声が聞こえてくる。

(最悪、逃げたらいい)

 そう決心したとき、今城がもどってきた。


「さあ、もうすぐ出番だ。これに着替えてくれ」

 ステファンは手渡された忍者の装束に着替え、手裏剣や苦無を手にとった。

「いくぞ、ついてきてくれ」

 今城に連れられ部屋の外にでた。そこはかなり大きな邸宅でずっと廊下がつづいていた。

 廊下を抜けて、いくつか曲がると、宴の声が大きくなってきた。

 今城は廊下から庭におりた。外の通路を曲がった先に明るく照らされた庭園がみえた。そこで宴がおこなわれているようだ。


「ここで、待っていてくれ」

 今城が先に行き、しばらくするとステファンに来るように手招きした。

 ステファンが庭園にいくと、庭園に面した部屋で大勢のきらびやかな格好の人たちが宴を楽しんでいた。

 つまりこの庭が屋敷から「見世物」を鑑賞する場所のようだ。

 ステファンは一瞬だけ目をあげ、宴の場をみた。中央には今城の主らしき人が顔を赤らめてすわっていた。まだ三十歳くらいで若く、その間の抜けた笑い顔はたしかにダメ主の「貫禄」があった。

 今城が主に頭をさげた。

「申し上げます。この今城が、東山ひがしやま様のお探しの異国人忍者を連れてまいりました」

 宴の席がざわついた。東山と呼ばれた今城の主が手をたたいた。

「おお、今城、そうじゃったな。よし、皆のもの、これから面白いものを目にかけよう。庭を見ておれ」

 ステファンは東山の「そうじゃったな」という言葉に引っかかった。それは、そのことを忘れていたということか。


 ステファンが宴の面々のまえで一礼した。東山が興味深そうにステファンをみた。

「おい、顔をあげろ」

(デューク、顔をあげてくれ)

 今城がバルアチア語で通訳した。

 ステファンが顔をあげると、またどよめきがおきた。

「ほぅ、本当に青い目をしているな。青い目の忍者とは面白い。なあ、そうはおもわぬか?」

 そうです、そうです、と周りの客があいづちをうった。

「それで、名は何という」

 東山がきくと、今城が前にでた。

「恐れながら東山様、じつはこの者はまだ和ノ国に来て短く、言葉を話せませぬので、私が通訳させていただきとうございます。この者はデュークと申します」

「ほう、デュークか。さすがかの国の者の名前はかわっておる。それでは技を見せてみろ」

「恐れながら東山様、デュークはまだ見習い忍者でございまして、忍術が巧みでないことをお許しください」

 東山は不機嫌になった。

「ええい、うるさい、さっさとみせろ!」

 今城はステファンのほうをむいて、たのむ、とバルアチア語でいった。

 今城は家臣に台が用意させ、その上に薪がおかれた。

「それでは、手裏剣をおみせいたします」

(手裏剣をたのむ)

 今城の言葉にステファンはうなずいた。

 手裏剣は五枚わたされていた。

 いまのステファンの実力なら五枚を的に当てるのはたやすいが、

(見習いに見せるにはせいぜい三枚というところか)

 ステファンは手裏剣をかまえた。

 すると東山たちが注目するのがわかった。

 少し間を持たせて、手裏剣をなげた。


 トンッ


 手裏剣はみごと薪にあたり、おぉ、と拍手がおこった。

 ステファンはつづけて手裏剣をなげた。


 シュー、


 次は薪からわずかにはずれ、後ろの岩にあたった。

 ああ、という残念がる声があがり、今城も渋い顔をした。

 ステファンは気にせず、次はあて、その次は外し、その次はあてた。

 会場はなんともいえない空気になった。可もなく、不可もなく、それがステファンの狙いだった。

 しかし、バカ主は満足しなかった。

「今城! こんな忍術、何の面白みもないわ!」

 東山は立ち上がり、激高した。そこへだれかが酔っ払った声でいった。

「東山様、この忍者をここで本当の忍者にしてやったらどうですか?」

 今城もステファンも眉をひそめた。

(どういうことだ?)

 しかし、東山はその意味が分かったようだ。

「はっはっは、それはいい。おい、そのへんから下女をつれてこい!」

 酔っ払った男たちが笑いながら走っていき、家の中から汚れた服装の少女をつれてきた。

 少女は「おやめください、おやめください」と泣きさけんでいる。

 東山は少女を庭にある台に縛らせ、不気味な笑いをうかべた。

「さあ、忍者よ。私がお前を真の忍者にしてやろう」

 今城もおそるおそるその言葉を訳してステファンにつたえた。

「真の忍者、それは人を殺めることができる忍者のことだ。さあ、そこの下女を切れ!」

 今城は目をまるくし、下女は「おやめください」と泣きさけんでいる。

 ステファンは自分の驚きが伝わらないようにこらえた。

「今城、はやくいま私が言ったことをつたえろ」

 今城は小さな声で訳した。ステファンは驚くふりをした。

「そんなこと、できませんよ」

 ステファンが答えると今城はうなずいた。

「恐れながら、この者は、まだ修行の身ゆえ、人を殺める資格がございません、と申しております」

 すると東山の眉がつりあがった。

「その資格を私が与えるといっている。私は三老、日吉ひよし孝之助こうのすけ様に仕えるものぞ。出来ぬと申すなら、お前こそ忍者の刺客などない、今城、この者を切ってしまえ!」

 今城はその言葉を訳さず、頭をさげたまま東山にも何も答えなかった。

「ほう、今城、出来ぬと申すのか。それなら私がお前たちもろとも切ってやろうぞ」

 東山は刀を抜いた。周りのからはおぉ、という声が上がり、我も参戦するぞ、という酔っ払いたちが同じく刀をぬいた。

「さぁどうする、今城!」


 家臣を見下ろす東山に、今城は覚悟を決めて顔をあげた。

「東山様がおっしゃることはごもっとも。この者にあの下女を切るよう、そして切らなければ私がお前を切ると、伝えてもよろしいでしょうか?」

 東山はにやっとわらった。

「おお、いいぞ。言ってやれ」

 今城は刀を抜いてステファンのほうをむき、息をすった。

 そしてバルアチア語で𠮟りつけるようにさけんだ。


「デューク、いまお前を叱咤するよう命じられ、このような話し方だが許してくれ」

 言葉の中身がわからないと、本当に今城がステファンを叱っているようだ。

「いまから私はこの主に刀をむける。巻き込んで本当にすまなかった。私が刀を振りあげて合図したらこの邸宅から逃げてくれ」

 ステファンはおどろいた。

(この人は死ぬ気だ)

「一つだけ頼みをきいてくれ」

 今城はつづけた。

「私にも妻とお前くらいの息子がいる。どうか、あいつらに私が『心から愛していた』と、伝えてくれないか」

 今城の目に一筋の涙が流れた。


 そして、覚悟を決めたように刀を振りあげた。

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