第五十四話「誘拐犯の苦悩」

 さすがのマックスも起きあがった。ムサシも耳をたてた。


「しかも!」

 と、迅が続けようとしたとき、

「まってください!」

 追いかけてきた主人があわててとめた。

「いえ、いいんです、お客様。私たちの問題ですから」

 しかし迅はきっぱりといった。

「よくありません。むしろこちらが巻き込んだ可能性が高い」

 状況がよくつかめないステファンとマックスに、迅は通訳に見せるため耳打ちをした

「宿の入り口に手紙があって『子どもは預かった。生きて返してほしければ二階に泊まっている青い目で金髪の男を六条庭園の桜の木の下に一人で来させろ』って書いてあったんだ」

 二人はおどろいた。なぜステファンが初めてきた都で呼び出される理由があるのか……?

 しかし、ステファンは迷わなかった。

「行ってくるよ」

 ステファンが小声でいった。

「ああ、たのむ。私たちは隠れて援護する」

 ステファンが立ちあがると、主人は土下座をして、申し訳ございません、と謝罪した。

 ステファンは「ノー・プロブレム」と言って、六条庭園の場所をきいた。


 都は碁盤の目のように通りが敷かれ、桜城を一条として大通りが十条まで通っている。六条庭園はその六条にあるだれでも入ることができる庭園だそうだ。宿からもそうは離れていなかったが、さすがに夜の庭園は暗く、人気はすくなかった。ステファンは、ときどきすれちがう若い男女を横目に庭園の中をゆっくりすすんだ。目立たないように頭巾をかぶり、武器も携帯している。もちろん、迅たちも後ろで見張ってくれているはずだ。

 庭園の池がみえてくると、そこに見事な大きさの桜の木があった。

(ここが指定された場所か)

 桜の木には囲いがされていたが、かまわず中に入っていった。

 桜の下まで来ると、まわりを見わたした。見る限り人の気配はない。


(だまされたか)

 そう思ったとき、木の上から男の声がきこえた。

「すまんな、あまり好きなやり方じゃないんだが、どうしても急ぎの用でな」

 ステファンはおどろいた。桜の上から声がした上に、その言葉がバルアチア語だったからだ。

「だれだ?」

 ステファンは小刀をかまえながらバルアチア語でいった。

「お前の知らない者だ。訳あってお前に来てもらわなければならない」

「訳ってなんだ?」

「それは、籠の中で話そう。お前が籠に乗り、お仲間が離れたら、子どもを返す手はずになっている」

 すると、向こうから籠を担いだ男たちがやってきた。

(行くしかないか)

 ふぅ、と一息つき、ステファンは手を遠くにむかってあげた。それは「いまはくるな」という迅たちへの合図だった。

 ステファンは男たちに目隠しをされ、籠の中に乗せられた。


 籠が動きだした。

 ステファンはもっていた小刀を取りあげられた。苦無や手裏剣は、忍者だと知られるとまずいので、隙をみて池に捨てておいた。

「すまんな」

 また男はあやまった。この状況で、すまん、の意味がわからない。

「子どもは、いま俺の手下に返すように指示した。もうすぐ確実にあの宿にかえす」

「それで、僕に何の用だ?」

 男はちょっと間をおき、口をひらいた。

「一応聞くが、お前は忍者か?」

 ステファンは驚きをなんとか隠し、平然をよそってこたえた。

「ニンジャってなんだ?」

 ステファンの返答に、男は自嘲するようにわらった。

「ははっ、すまない。そりゃそうだよな」

 男はつづけた。

「いま、ある身分のお方の邸宅へ向かっている。その方は、新しいものやめずらしいものを好まれる。じつは、今晩バルアチアの高官を迎えるに、城で天女の舞が披露される」

(エミーラ!)

 ステファンは高鳴る気持ちを必死でおさえた。男はステファンの感情には気づかず説明をつづけた。

「私の主は、その天女の舞をご覧になりたいと願われたが、残念ながらその舞を見られるのは限られた方のみ。私の主の身分では見ることができなかった。そこへ風の噂で主は『青い目の忍者』の話を聞かれた。そこで天女の舞がだめなら、どうしても青い目の忍者を見たいとおっしゃるのだ」

 ステファンは一瞬どきりとした。自分のことが噂になっているのだ。しかし、幸い先ほどの男の返答だと、ステファンが忍者とは思っていないようだ。

「しかし、忍者の里に忍びこんで、青い目の人間を探しだし、連れ去るなんて不可能にちかい。しかも今晩、連れてこいと言われているんだ」


 男の口調から苦悩がうかがわれた。なかなかのダメ主に仕えてしまったようだ。

 しかし、この話の流れで行くと、まさか……。

「そこでだ。見知らぬお前にこんな頼みは無茶だとわかっている。でも、頼む一晩だけ忍者になってくれ!」

「えっ?」

「藤虎様の検問でほとんどのバルアチア人は警戒して姿を隠してしまい、大通りで見かけたお前に頼むしかない、そこで屈強そうなやつらがいない間に苦肉の策をとったんだ」

「『とったんだ』って言われても」

「お前が最後の希望なんだ、たのむ!」

「勝手に希望にしないでください。いやだ、と言ったらどうするんですか」

 すると男の懐で、シューっと刀を抜く音がした。

(やはり殺す気か)

「どうせ青い目の忍者を用意できなければ殺される身。この場で自害する!」

「え、えっ!?」

「罪なことをしているのは、元からわかっている。いくら主のためとはいえ、これ以上、武士道に背くことはできん。やはり、いっそここで腹を切らしてくれ」

「や、やめてください」

「いや、やらせてくれ」

「わ、わかりました、ニンジャのフリをしますよ」

 男の動きがとまった。

「ほ、本当か?」

 その声は涙声になっていた。

「はい、そのかわり今夜のその宴が終わったらすぐにかえしてください」

「わ、わかった、すまぬ!!」

 男は泣きだした。


 ステファンは、ふぅ、とため息をついた。

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