第三部「策謀の章」
第五十三話「和ノ国の都」
やがて都の大きな門が見えてきた。忍びの里の門とは比にならないくらい大きさで、「塔」といっても大げさではない。
「都の門でも検問をしているが、今度は大丈夫だから安心してくれ」
松五郎の言うとおり、検問で松五郎が少し話すと、すぐに通してもらえた。
都の中はさらにすごい喧騒だった。普通の町ならこの時間、静かに寝静まるころだが、昼間のように活気があった。
「さあ、ここが和ノ国の都だ。みんなご苦労さん。とりあえず宿に向かうぞ」
都の大通りをすすんだ。様々な店が軒を連ねていて、通りゆく人たちも侍や着物姿、労働者、役人姿、芸者、商人、とにかく様々な人たちが四方八方から行き交っていた。
「うわぁ、この町は美人が多いな」
マックスは目をキラキラさせた。
「こら、マックス、お前はこの国の言葉を話せない設定だぞ」
松五郎が笑いながらいった。
「目移りしてクラクラするよ」
迅は手で目をふさいだ。
「松さん、正面の大きな城が……」
ステファンの言葉に皆は目の前そびえ立つ豪華絢爛の城をみた。
「ああ、あれがこの国最大の城、桜城だ。あそこにエミーラがいるはずだ」
ステファンは桜城をじっと見すえた。それは一年前に竜山を見据えたときの気持ちに似ていた。
一行は大通りから少し入ったところにある宿に到着した。
「皆、ここが俺たちが泊まる『かざぐるま』っていう宿だ」
宿の入り口には主人らしい初老で感じの良い男性が迎えてくれた。
「松五郎さん、お待ちしておりました。長旅ご苦労様です」
深々と頭をさげる主人の姿に誠実さがかんじられた。松五郎がこの宿をとった理由がわかる。
「ご主人、お世話になりますがよろしく頼みます。今日の都はそれにしてもすごい活気ですね」
「ええ、バルアチアの船がくるのは半年ぶりで、今回は今までで一番大きな船で来航しました。それでにぎわっているのです。さあ、お連れの皆様もお疲れでしょう、どうぞお上がりください」
主人は、馬車の横にすわっているムサシに目をやった。
それに気づいた松五郎は
「ああ、私が飼っている犬だ。絶対吠えたりひっかいたりしないので、できれば部屋にいれたいのだが」
少し困った顔をした主人だったが、
「わかりました、部屋に専用の寝床を用意させましょう。ただし、他にお客様には内密にお願いします」
と片目をつむった。かたじけない、と松五郎は頭をさげた。
一行は、二階の部屋にとおされた。そこは豪華ではないが、掃除も行き届いており、花も主張しないくらいの優しさで飾られている。部屋の隅にはきれいな折り紙でおられた風車が添えられていた。店主の人柄がまさにあらわれていた。
ひとまず荷物を置き、とりあえず食事に行くことにした。
都の夜の街を一行が歩いていると、人々の視線はステファンとマックスにあつまった。
「あっ、バルアチアの人よ?」
「もう、着いたのかな」
「話しかけてみてよ」
「きっと言葉が通じないよ」
そんな声が聞こえてくる。
「全部きこえているよ」
マックスはあきれたような顔でいった。
「まだこの国では異国のものが珍しいんだ。悪いがここは耐えてくれ」
「耐えるかどうかは、このあとの飯による」
松五郎はマックスの答えにふふっと笑ってこたえた。
「わかった。まかせておけ!」
大通りを歩いていると、正面の桜城の西側にも城がみえた。桜城よりも小型だが、それでもかなりの大きさである。
「あの横の城はなんですか?」
ステファンがきくと松五郎はためいきまじりでこたえた。
「『
桜城のきらびやかさとは対照的に、阿修羅城は闇に沈む地味な印象だった。
松五郎は大通りから脇道にはいり、入り組んだ道を何度か曲がり、やがて一軒の古びた食堂に入っていった。
大通りに並ぶ華やかな店を期待していたマックスは、ガクッと肩をおとした。
「人権侵害でいじけてやる」
「おいおい、『科学者は物事の表面ではなく本質を見る』んじゃなかったか?」
松五郎に背中をおされて、食堂の中に入いると、店のおかみさんの元気な声がきこえてきた。
「いらっしゃい! ああ、松さん、お久しぶり。あら、まあめずらしいお客様たち」
「久しぶりだな。こいつらにこの店のアレを食べさせてやってくれ」
「わかったよ、任せておいて!」
しばらくするといい匂いを漂わせた料理が運ばれてきた。肉の揚げ物の上に白いソースがかかっている。
その匂いに、しょぼくれていたマックスが顔をあげた。
猿飛も目をパチクリさせている。
「こんな食べ物は見たことがねぇよ、松さん」
「そうだろう、さぁ、食ってくれ。ソースをつけて食べるんだぞ」
皆は、おそるおそる肉と一緒に白いソースをつけて口にいれた。
「お、うま、あっ、テーストグッド」
マックスは思わず出そうな和ノ国の言葉をぐっとおさえた。
ステファンも肉を口に入れたときの衣の香りと肉のジューシーさ、それに少し酸味の利いたソースのバランスに目をまるくした。
皆、夢中になってこの料理をほおばった。
「はっはっは、うまいだろう。これは『チキン南蛮』という料理だ」
「チキン? 鶏肉ですか?」
「ああ、この店は特製の鶏肉をつかって料理している。バルアチアの文化も少し入ってきたので、名前に『チキン』をつかったのさ。この店のチキン南蛮は、あんな華やかなだけの店では味わえない、都でも一番の料理だぞ」
それを聞いたかみさんは飛び上がるようによろこんだ。
「松さん、うまいねぇ。仕方がない、食後の団子を特別にだしてあげる!」
食後の団子もおいしく食べ、お腹が落ち着いたところで松五郎が話をきりだした。横ではムサシも鳥の骨をもらい嬉しそうにしゃぶっている。
「すまんが俺はこのあと明日からの段取りで出かけてくる。猿飛と雷太郎は町の情報収集を頼めるか?」
「ああ、それはいいですが、どんな情報をあつめればいいですか?」
猿飛がきいた。
「そうだな、将軍の動きはこちらで探るが、できれば『三老』の動きを調べてほしい」
「三老?」
「ああ。将軍の下で国を運営している三人だ。一人は、例の
「わかった」
松五郎は迅たちのほうをむいた。
「迅はステファンとマックスの『通訳係』をたのむ。なにせ彼らはこの国の言葉が話せないからな」
松五郎はいじわるな笑いをうかべた。しかし、すぐに真顔にもどした。
「ただ、ちょっと都が異様な活気に満ちている。明日からが大事だからすまんがステファンとマックスは目立たないよう出歩くのを控えてもらえるか?」
「ああ。このチキン南蛮に免じてそうしてやるよ」
「はっは、じゃあ、宿で風呂にでも入ってゆっくりしてくれ」
こうして、一行は宿の前で分かれ、松五郎と猿飛、雷太郎は夜の都にでかけていった。
部屋に帰ると、部屋の隅に毛布を敷いた大きめの木の箱が置いてあった。
「ムサシ、よかったな。お前の寝場所のようだ」
迅がムサシをなでると、ふんっ、という顔をして、黙って箱の中に寝くるまった。
「あいかわらず、愛想の悪い犬だな」
マックスの言葉にステファンと迅は悪い予感がした。すると案の定、後ろをむいていたマックスの頭に小さな石がとんできた。
「いてぇ、何だ? 虫か?」
二人は虫の仕業ということにしておいた。
部屋で荷物の整理をしていると、廊下からこちらをのぞいている小さな目に気づいた。まだ五才くらいの男の子だった。
「どこの子どもだろう?」
すると主人があわててやってきた。
「申し訳ございません! 私の孫が失礼いたしました。こらっ
すると、マックスが手を振りながら主人に声をかけた。
「ミスター ノープロブレム。ジン、カム」
迅を手招きして、彼に耳打ちをした。
「彼は『問題ありません、ちょっとその子をここへ連れてきてください』と言っています」
「えっ、しかし……」
主人の返事を待たず、マックスは自分の荷物の中から、板切れや部品をいくつか取りだして、なにかを組み立てはじめた。
不思議そうに見ていた蘭吉の目が、次第にかがやいてきた。マックスの手の中で出来上がったのは木でできた手製の風車だった。
「まあ」
主人も自分の宿の屋号である風車ができたのでおどろいた。
「ランキチ、カム」
蘭吉を手招きし、風車の後ろの部品を回してみせた。
すると、それにあわせて羽が回りはじめたのだ。
「うわぁ、すごい! ありがとう、お兄ちゃん!」
マックスは風車を蘭吉に手わたすと、大喜びで風車をまわして遊びはじめた。
主人は、申し訳なさそうにマックスと迅をみた。
「よ、よろしいのでしょうか?」
マックスは迅に耳打ちをした。
「彼は『あの犬の寝床のお礼です』と申しております」
主人はちらっと部屋の隅のムサシのほうをみて、
「ありがとうございます」と深々と頭をさげた。
主人と蘭吉が去ったあと、
「器用だね、マックス」
「当たり前だ、俺は職人だぞ。迅こそ、通訳がうまい」
「ああ、君が和ノ国の言葉で耳打ちしてくれたからね」
迅とマックスは笑いあった。
その後、風呂を済ませ、寝支度を整えると、マックスは一足先に寝床についた。
ステファンと迅も、少し話してから眠ろうとしたころ、一階が騒がしくなった。
主人の慌てた声が聞こえてきた。
「どこかに隠れているんじゃないか?」
そのあと、「なに!」という大きな声がきこえた。
「どうしたんだろう、ちょっと見てくるね」
様子を見に降りた迅は、しばらくすると血相を変えて部屋にもどってきた。
「ステファン、マックス、蘭吉が誘拐された!」
「なんだって!?」
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