第五十二話「商人の話術」

 ふたたび一行は都へとつづく道を進みはじめた。


「もう都まで何もなければいいんだが」

 松五郎が神妙な顔で言うと、雷太郎がダメですよ、といった。

「松さんがそういうこと言うと、なにか起こりそうな気がするんですよ」

「ああ、そんなもんか?」

「そうですよ、松さんが傘を持つといつも雨が止むでしょ?」

「えっ、なんで知っているんだ……?」

「里では有名ですよ。『天気のことは雲を見るより松さんの傘を見ろ』ってね」

「こりゃ、まいったな」

 するとマックスもはいってきた。

「そんなの統計的な確率論だよ。でも、不思議とあたるから世の中って面白いんだよな」

「こらこら、お前まであおるな」

 そんな朗らかな話が魔よけの効果があったのか、その日は何事もなくすぎた。

 翌日の昼頃には、街道も広くなり、人通りも多くなってきた。それは都に近づいてきた証でもあった。

「なんだか周りの街も大きくなってきたね」

 迅がつぶやくと松五郎が振りむいた。

「なんだ、迅は都が初めてか。今日の夕方には都につくぞ」



 しかし、そう簡単にはいかなかった。

 だんだん街道が人で混みあってきた。馬に乗った役人が偵察のように街道を行き交いしている。

「こんなところで混むなんて、なにかあったんだ」

「迅、雷太郎、悪いが見てきてくれ」

 松五郎にたのまれて、二人は街道の先を見にいった。

 すぐに迅だけが帰ってきた。

「どうやら関所があるようです」

「関所? こんなところにか。ちょっと前まではなかったが」

「ええ、詳しいことは雷太郎がいま調べています」

「引き返しますか?」

 猿飛の問いに松五郎は首をふった。

「さっきの馬に乗った役人がいたろう。あいつらがあわてて引き返そうとする者を尋問する役目なんだ。ここで下手に動くと怪しまれる」


 しばらくすると雷太郎戻ってきた。

「どうやら、今日の夜にバルアチアから高官が将軍に会いに来るらしく、そのための検問らしいです」

「バルアチア!?」

 ステファンとマックスがすぐに反応した。

「ああ。バルアチアと和ノ国は国交がある。とはいえ、こちらから向こうに行ける船の技術はないから、年に何度か向こうから貿易船が来るんだ。雷太郎、ちなみにだれが検問しているかわかるか?」

「旗に虎の紋がありました」

 松五郎はそれをきくと、あぁ、といって顔を手で押さえた。

「よりによってあの生真面目な藤虎ふじとらかぁ。とりあえずはどうしようもない。みんな『商人の一行』として準備してくれ」


 検問にはかなりの列ができていて、とっくに昼をすぎていた。

 列を狙って弁当屋がたくさんきて、飛ぶように売れていた。

「我々も腹ごしらえしましょう」

 ちょっと高めに値段設定された弁当を買い、腹ごしらえを終えたころに、やっと検問の順番がまわってきた。

 検問には槍をもった侍兵が立っていた。

「どこへいく?」

「へい、都まで荷物を運びに」

 松五郎が丁重にこたえた。さすがに商人の口ぶりが板についている。

「荷物をあらためるぞ」

「どうぞ、ご自由に」

 検問兵は荷台のほうにきた。

「ん、お前たちは異国の者か?」

「は、はい。荷物の説明をするためにつれてきました」

「ん……、ちょっと待っておれ。お前たちは荷物の検査をしておれ」

 検問兵が部下に検査をさせて、自分は上司に報告にいった。

 しばらくして検問兵がかえってくると、

「お前たち、通ってはならぬ」

「なぜですか!?」

「知っておろう、バルアチアの客が来ている。少しでも疑いのある者は都には通せぬ」

「なぜ、彼らに疑いがあるのですか?」

 食い下がる松五郎に検問兵が一喝した。

「知らぬ言葉でやりとりするからに決まっておろう! さっさと帰れ!」


 追いかえされた一行はいったん検問の横に馬車をとめた。

「異国の者というだけで排除するなんて馬鹿げている!」

 松五郎が怒りながら吐きすてた。

「どうしますか、松五郎さん」

「ここで引き下がるわけにはいかない。しかたがない、お前たちはここで待っていてくれ」

 憤りを見せる松五郎だったが、いったいどうするというのだろうか。

 心配そうに見る忍者たちに、松五郎がほほえんだ。

「なぁに、商人の巧みな話術をお見舞いしてやるさ」

 松五郎はふたたび検問兵のところへいった。

 しかし忍者たちの予想通り、巧みな話術どころか言い争いになっていた。

「読めるか、雷太郎」

「はい」

 二人のやり取りに興味深げなマックスが猿飛にきいた。

「なにを読むんだ?」

「雷太郎は読唇術ができるんだ。声がきこえなくても口の動きで何を話しているかわかる」

「へぇ、すごいな」

「それで、何て言っている?」

「え、ええ。『何度きても無駄だ! 俺たちも忙しいんだ、さっさとかえれ』『お前じゃ話にならん、藤虎氏を呼んでくれ』『お前なんかのために主君を呼べるか、馬鹿者』っていうようなかんじです」

「……松さん、全然だめじゃねぇか。仕方ない、夜になってステファンとマックスだけ忍び込むか」

「あっ、なんとか責任者に会えるようです」


 今にも槍で刺されそうな雰囲気だったが、それを見かねた別の検問兵が間にはいり、松五郎は奥に通された。

 しばらくすると、松五郎は別の兵と検問のところへもどってきた。

 その兵の格好を見ると、おそらく隊長だろう。

 隊長はさきほどの検問兵に二,三言耳打ちすると、驚いた顔になり、しぶしぶ松五郎に頭をさげた。

 笑顔で戻ってきた松五郎は「さあ通れるようになったぞ」と言って馬にのった。

「いったい、どんな話術で説得したんですか?」

 興味津々の雷太郎に、松五郎は「商人にはいろいろ引きだしがあるんだよ」とウインクした。

 納得できていない検問兵ににらまれながらも一行は検問を通ることができた。

「さあ、夜までには都につきたい。急ぐぞ」

 


 夕暮れになり、あたりが暗くなりかけたころに、少し山間のみちをとおった。

 そこで松五郎が皆に声をかけた。

「見ろ、あれが都だ」

 そこには 暗がりの中に煌々と輝く巨大な町があった。

 山々に囲まれたその町は、まるで夢か幻かと思うほどだった。

「すげー、バルアチアでもこれほどの町はそうはないや」

 マックスも目をまるくしていた。迅や雷太郎は開いた口がふさがらないほどだった。

(この都にエミーラがいる!)


 ステファンは決意の目で光り輝く都をみつめた。

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