第五十一話「夜襲」
団之輔と花織に見送られ、一行は馬車に乗って出発した。松五郎が手綱を引き、他の五人は荷台にのった。ムサシは自分で歩いている。
「雷太郎、花織さんにメロメロだったな」
猿飛はおかしくてしかたないようだ。
「そ、そんなことないです。俺は女にうつつを抜かすような忍びじゃない」
「それで『いや、あ、あ、別に、な、に』ってか」
「猿飛さん!」
雷太郎は涙目になって猿飛をにらんだ。
「はっはっは、すまんすまん、もう言わねぇよ」
松五郎が後ろをむいて声をかけた。
「じゃあ、俺と猿飛が交代で夜通し進むので、お前たちは眠っていてくれ。ただ、最近物騒なんでな、もしかしたら起こすかもしれん」
「ああ、いつでも起こしてください。ふぁぁぁぁ」
猿飛は大きなあくびをすると、松五郎の返事を待たずにいびきをかきはじめた。
「この兄ちゃん、寝るの早いな」
マックスも驚いていた。
「忍者は任務中、一睡もできないときがある。だから空いた時間に深い睡眠をとる必要があるんだ。猿飛さんはその術をわきまえているんだ」
雷太郎が説明をすると、なるほど便利な術だな、とマックスはうなずいた。
「お前もできるのか、ステファン?」
「僕は無理だ。いろいろ考えちゃうから」
雷太郎は諭すようにステファンにいった。
「お前は軍師だ。だからこそ眠る訓練は必要なじゃないか?」
雷太郎の的を得た指摘にステファンはうなった。
「君の言うとおりだ、雷太郎。しばらく眠るよ」
そうして忍者たちは荷台の上で眠りについた。
ステファンは、小さな声に目が覚めた。
「……何人だ」
「……五人です」
松五郎と猿飛の声だ。
「どうする、起こすか?」
「ただの盗賊だ。俺と松さんが二人、ムサシが一人で、行けるでしょう」
「わかった、よし行くぞ」
バタバタバタ
二人が馬車から離れる音がした。
グゥア バタッ
グアゥゥウ うっっ
バタッ バタッ
鳥や獣の鳴き声とともに、異質な音がしずかに闇夜にこだました。
二人が戻ってきた。ムサシの気配もある。
「松さん、大丈夫ですか」
「ああ、すまん、一人逃がしてしまった」
「おそらくあいつらはこの辺を縄張りにしている盗賊の見張り番だ。親玉を呼んでくるかもしれんな。ムサシ、すまんが追撃をたのむ」
猿飛は声をかけられたムサシは、馬車の中から小さな箱を探し出し、それをくわえて闇の中を走っていった。
「お前たち、起きろ」
猿飛の声に忍者たちは素早く目をさました。
「襲撃ですか?」
「ああ。もしかしたら襲ってくるかもしれん。準備をしておいてくれ」
しばらく馬車で進んでいると、
ドーーーーーーン
山のほうから、大きな爆発音がした。
「なんだ、なんだ!?」
ふたたび眠りそうになっていたマックスが飛びおきた。
「あいつ、やりやがった」
猿飛は半分あきれながら破顔した。
「ムサシか」
松太郎の問いに猿飛がうなずいた。
「ええ。盗賊の住処を爆破したのでしょう。ムサシも『不殺生の掟』は叩き込まれていますから、全員が住処を出発していたという合図です。それにいまの爆発音で何人かは様子を見に行くでしょうから、こちらへの負担を減らす効果もあります」
「賢い犬だな」
「ええ。性格はひねくれていますが」
しばらく進んでいると猿飛が小声で皆にいった。
「おい、やつらが来たぞ。準備しておけ」
そのまま馬車を進めていると、闇の中に多数の人影がみえた。盗賊団だ。
猿飛が松五郎の横で耳打ちした。
「二十人、結構大きな盗賊団のようで」
「わかった。ちょっとか弱い商人があいさつしてくる」
盗賊団は馬車を急襲せずに山道で立ちはだかった。
松五郎が馬車を止めて、おそるおそる馬車の前にでた。
「な、なんのようでございますか?」
松五郎が怯えながら、盗賊団にいった。
どす黒い声がかえってきた。
「お前たちか、仲間を殺したのは?」
松明に照らされた声の主は金品をじゃらじゃら身につけた太った男だった。恐らくこの盗賊団の親分だろう。
「い、いったい何のことでしょうか? 私たちはただの旅の者です。だれも殺してなんていません」
実際に気絶させただけで殺してはいないので、嘘は言っていない。
親分はぐっと疑うように松五郎をみた。
「まさかさっきの爆発は、お前の手下の人間がやったんじゃないだろうな?」
「と、どんでもない。私たちはただ都に急いでいるだけでございます。手下の人間に爆破させるなんてとんでもない」
人間ではなく、犬がやったことなので嘘は言っていない。
「まあいい。ちょうどいろいろ物資が必要になったところだ。ぜんぶ置いていってもらおうか」
「そ、それだけはご勘弁を!」
親分はニヤリと笑い、手をあげた。
「お前ら、かまわん、やれ!」
そのどす黒い声を合図に、刃物を持った盗賊たちが馬車に襲いかかった。
「お助けを! お助けを!」
松五郎はそういいながら敵の刃を悠々とかわして、わき腹に拳をたたきこんだ。
「お助けを! お助けを!」
他の忍者たちも口でそういいながら、忍術で軽々と盗賊たち倒していった。
「やめてください、命だけわぁ」
猿飛は下手な演技をしながら盗賊を次々と殴り飛ばしていった。
しかし親分は暗闇の中で命乞いの声が聞こえているので、自分の手下が馬車を制圧しているものだとおもっていた。
やがて静かになり親分は、ふん、と余裕の笑いをうかべて子分たちに声をかけた。
「どうだ、荷物の中に金になりそうなものはあったか?」
「親分、いろいろありますが、箱の中にめずらしい大きな豚が入っていました」
「豚? まあいい、ちょっと見せてみろ」
「ちょっと大きいので、見てもらえますか?」
どれどれ、と親分が馬車の横に置いてある箱をのぞきこんだ。
「なんだ、何も入っていないじゃないか?」
「お前のことだよ!」
猿飛は親分の首をつかみあげた。
「な、なに、他のやつらは……?」
「みんな眠たいって、寝ちまったよ。なにせ真夜中だからな」
「や、やめろぉ!」
猿飛は暴れる親分に手刀をくらわし、気絶させた。
松五郎がやってきた。
「結構悪さをした連中だろうな。猿飛、こいつを本当に箱に入れて、次の町の奉行所に差し上げるとしよう」
「了解」
猿飛は親分を入れた箱のフタを閉め、釘で打ちつけた
。
「とんだ世直し騒動でしたね」
「『やめてください、命だけわぁ』」
「雷太郎、だれの真似だ」
「さっきのお返しですよ、猿飛さん。でも肝が据わっていないとできないですよ、あんな真似」
猿飛が箱を持ち上げて荷台に乗せようとした。
「おい、ここにもう一人肝の座ったやつがいるぞ」
そこには、いびきをかきながら眠っているマックスがいた。
「なんだ、この荷物?」
明け方近くになって目覚めたマックスの第一声がそれだった。
「ああ、昨日夜中にめずらしい豚がいたので捕獲したんだ」
雷太郎がちょっと嫌味を込めていった。
「食いてぇ、腹が減ってたんだ」
嫌味とは知らずマックスは目をかがやかせた。
「ああ、たんまりと食うがいいよ」
「雷太郎、あんまりからかうな。マックス、盗賊に襲われた時くらい起きていろよな」
「ああ、すまん、しびれ針銃のカラクリで七、八人倒したら襲ってこなくなったんで、つい眠くなっちゃって」
「七、八人! おい、雷太郎は何人だ?」
「……三人です」
猿飛が順に聞いていくと、ステファンが二人、迅が二人、松五郎は三人だった。
「俺が四人だから、親分を合わせると……計算が合うじゃねぇか!」
「マックスが功労者か、これは面白い!」
「御見それした、マックス、もう一回寝ていてもいいぞ!」
雷太郎が笑いながらいった。以前の雷太郎なら根に持っていただろう。彼の成長ぶりがうかがえた。
「もう眠たくないよ、でもハラがへった」
「わかった、次の町で食事にしよう」
朝早くに町に着いたので、盗賊の親分入りの大きな箱に、「下手人」と書いて、奉行所の前に置いていった。
どの料理屋も開いていないので、近くの漁師町で魚料理を食べた。
「うめぇーー」
獲れたての魚の身がのったどんぶりにマックスは思わず声をあげた。ステファンもうなずいた。
「僕らの国ではこうやって魚を食べる習慣がなかったんです。まさか生魚を食べるなんてね」
「うまいものはうまい! それでいいじゃないか、ステファン。お前はつべこべ考えすぎなんだよ」
「はっはっは、ステファン、マックスに一本取られたな。俺も食いもんにかんしてはマックスと同意見だ」
猿飛の言葉で一同に朗らかな笑いがおきた。
「まいったなぁ」
ステファンは頭をかいた。しかし、皆がマックスを仲間として認めてくれたようでうれしかった。
ふと、ステファンは食堂から海をみた。
(考えすぎかぁ)
たしかにこの計りしれない大海原を見ると、自分が悩んでいたことがちっぽけに思えてくる。小さいことにとらわれず、信じた道を突き進む方がいい。
(今は、エミーラを助けることだけをかんがえよう)
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