第三十四話「招かざる客」

「我々は、怪しいもんではござらんよ」


 と、怪しい声で返ってきた。


 玄関の外に、腰に刀を下げた中年の武士と、その後ろに浪人のいでたちの若い男が立っている。

 ステファンは、若い男の姿に目がとまった。

(ん……? どこかでみかけたような。どこだったか)

 武士の男が玄関から中をのぞいた。

「あぁ、先客がありましたか。じつは私たちは鶴山城の使いのもので、カラクリ職人のベンさんにちょっと城で見てもらいたいものがございまして、ご同行いただきにきました」

 言葉は丁寧だが、高圧的で異論をゆるさない口ぶりだった。ベンはそんなことは意にも介さぬように、足を前に出して平然とこたえた。

「いやぁ、せっかくご足労いただいたんじゃが、この通り、わしは義足の身。鶴山城にはとても赴くことはできん。悪いが引き取ってもらえるか?」

 武士はもちろん引き下がる様子はない。

「そうおっしゃると思い、籠を下の集落で待たせております」

「すまんな。じつは、先日の寒さで体調も壊しておる。こんな老人の風邪が万一殿様にうつれば、それこそ大変じゃ。改めてくれなされ。ゴホゴホッ」

 とってつけたような咳をしながらベンがこたえると、中年の男はにこやかな表情を一転させた。

「じいさんよ、殿の命令は絶対なんだ。死にたくなけりゃ、あんたは来るしかないんだよ」

 中年男は腰の刀をゆっくり抜いた。刃がきらっとひかる。

 ベンは、ふぉっ、ふぉっ、とわらった。

「おまえさん、まだまだ若いな。化けの皮はもうちぃっと分厚くしておくもんじゃよ」

「ぬかせ!」

 男は刀を振りかぶった。

「おや、こんなボロ家で、そんな上等な刀はもったいないのぅ」

 ベンは、床に置いてあった筒を手に取り、突起をふれた。すると、ポンっ、と音とともに、筒から石が発射された。

「うぉっ」

 刀に命中し、男は思わず刀を落とした。

「ぶ、武士の刀を落とすとは! こしゃくなカラクリめ! 表にでろ!」

 中年武士が青筋を立ててベンたちをにらんだ。

「やれやれ、あんたたちはここで待っててくれ」


「師匠、私もいくべ」

 立ち上がったポポンに、ベンは首をふった。

「お前は、だめだ。さがっているんじゃ」

 抗議しようとするポポンの横で、迅が立ちあがった。

「私たちも助太刀します」

「いや、しかし……」

 ベンは困った顔をした。

 武士の男がしびれを切らしてどなった。

「早く来い! お前たちまとめて相手にしてやるわ。お前は手を出すなよ」

 武士は、連れの若い男に釘をさした。

 若い男は「へい」と小さくうなずいた。



 一同は家の前の野原にでた。

 中年武士は刀をかまえ、余裕の笑みを浮かべた。

 それはそうであろう。相手は、老人、少年二人、そして犬一匹なのである。

「ふふふ、侍を侮辱したことを後悔するんだな」

 そう言って男は刀を振りかぶり、迅を切りかかった。

「安心しろ、みねうちで相手をしてやる。やぁあ!!」

 男が刀を振り下ろしたとき、カーン、という金属音がこだました。

「な、なに!?」

 迅は、小刀でやすやすと男の刀をとらえていた。

 そのまま男の刀をそらし、迅は素早い動きで、男の顔面に回し蹴りをくらわせた。

「うっ」

 強烈な一撃に、男は蹴られた唇をおさえた。

 歯が抜けたようで、血がたれている。

「お、おのれ、手加減をすれば、調子に乗りやがって!」

 そんな言葉にかまわず、ムサシが猛烈な速さで男の頭上に飛びあがった。

「この犬……!?」

 ムサシのスピードに驚く男の顔を、ムサシは勢いよく引っかいた。

「ぐわぁぁ」

 男は顔をおさえて悲鳴をあげた。

 そこへベンが先ほどの筒のカラクリで男に石をあてた。

「くっ、いてぇ」

 男はたじろいで後ずさった。


「お、おまえらぁ、じじいや子どものぶんざいで、武士を歯向かうとは、ゆ、ゆるさん」

 男は顔の痛みをこらえながら、刀をふたたび振りかぶった。今度はみねうちではなく刃の部分をむけている。

「気をつけろ!」

 迅がよびかけた。

 ムサシがふたたび素早い動きで襲いかかった。

 男はムサシを振り払うように刀を一閃した。

 しかしムサシは難なくかわし、男の背後にまわりこんだ。

 男が後ろに気を取られてできた隙に、迅が正面から男の腕を蹴りあげ、刀を落とさせた。

「こ、こいつら、ただものではないな……」

 男はおびえた顔でまた一歩下がった。

 ムサシがとどめを刺すように飛びあがり攻撃をしかけた。

 そこへステファンもクナイを男の足にむかってなげる。

 二人の攻撃が決まると見えたその瞬間、


 バンッ!


 爆発音がおき、あたりに煙がたちこめた


 カンッ!


 煙の中でステファンのクナイが地面に落とされた音がした。


 ドフッ

 バタッ


 煙の中でなにかが殴られ、倒れる音がきこえた。

 ムサシは警戒して男から距離をとった。



 煙が風で流されると中年武士はそこで倒れていた。

 武士の前には、あの浪人風の若い男が立っている。

 若い男は不敵な笑みをうかべた。

「このおっさん、ちょっと眠ってもらった。下手して死んじまったら仕事上まずいんでね」 

 若い男は中年侍を冷たい目で見下ろしている。

「自分より弱そうな相手をえらんで威勢をはるクズ侍だよ。だから相手を忍者だと見抜けない」


 ステファンは、はっと目を見ひらいた。

「お前は、竜山にいた闇の一派!?」

 男は、竜山でステファンたちを襲った二人組の一人だった。男はニヤリとステファンをみた。

「ふーん、そういえば青い目の見習い忍者が一人いたね。あのときは俺たちも修行の一環だったけど、今度は本当の戦場だな」

 闇の一派の男は、懐からクナイを取りだした。

 次の瞬間、ムサシが男の後方に回りこんだ。その動きは風のように素早かった。

「こいつ、よく訓練された忍者犬だな」

 そう言いながら男はムサシの素早い動きにあわせて、回転しながらムサシを蹴り飛ばした。

「ムサシっ!」

 迅がさけんだ。

 俊足のムサシのスピードに合わせて蹴りを入れるというこの一動作でこの男が段違いの強さであることがその場の全員にわかった。


 迅は息を飲んで小刀を構え、ステファンはクナイを手にもった。

「まてぃ」

 ベンの声がその場にひびいた。

「この場はわしらの負けじゃ。わかった、鶴山城にいくから、この者たちは許してくれなされ」

 ベンの決断は早かった。このままでは死人が出ると判断したのだ。

 男は構えをとき、にこやかにいった。

「やっとわかってくれたかい、じいさん。了解、こいつらは助けてやるよ」

 そういって、男は前にすすみ、迅の横をすりぬけた。

 次の瞬間、


 バンッ!


 男のこぶしが、迅の顔に命中し、迅が吹き飛ばされた。

「うわぁっ」

「迅!」

 迅は地面に倒れ、気を失っている。

「な、なにをする!」

 ベンの抗議に、男は不気味な笑いをうかべる。

「助けてやるよ、殺しはしないって意味でね。でも簡単には許してやんない。だって血が騒いじゃったんだもん」

 迅は倒れたまま動かない。

「よくも!」

 ステファンは、クナイをなげた。

 しかし男は子どもが投げた小石をよけるように、平然とかわした。

「ゆるいゆるい。投げるっていうのはこうするの」

 男が足元の木片を拾い、ステファンに投げつけた。

 ものすごいスピードの木片がステファンの肩に命中した。

「うっ」

 肩を押さえながらステファンは男をにらんだ。男は冷えた目をむけた。

「なんだか、気に入らないなぁ、その青い目」

 男はさらにステファンにせまり、強烈な蹴りをはなった。

 ステファンは、必死で体をそらして避けようとしたが、相手の蹴りのほうが数倍上手だった。

「うぐっ」

 ステファンは腹部に重い衝撃を受け、思わずうずくまった。


「やめろ!」 

 ベンは自分の義足の一部を取り外した。

 そして男に向けてレバーを引いた。


 トントントーンッ!


 義足から発射した鉛が男をおそう。

 しかし、男は横に飛んで、鉛をかわした。

「あぶないあぶない。そんなこともできちゃうんだね、カラクリって。斬鉄のおっさんがほしがるわけだ」

 そういって、男は狂気の目でベンにせまる。

「おしおきだよ、じいさん」

 男は拳をかまえた。

 そこへ、男に飛びかかる影があった。

 ムサシだった。

 勇敢な忍者犬は男の腕にかみついた。

「うっ、このバカ犬が!」

 男は、かみついたムサシをそのまま地面に叩きつけた。

 ドンッ、という音とともに、ムサシはたおれた。

「犬は、助けなくていいよね」

 男の目は笑っていない。ムサシにとどめを刺そうとしているのだ。

「ムサシ!」 

 ステファンは遠のきそうな意識を必死にこらえながらさけんだ。


 そのとき、白い鳥が男のほうへ飛んできた。

 ぎこちない動きで羽ばたくその鳥に男は、目障りだ!、と言ってクナイを投げつけた。

 次の瞬間、


 バババババババーン、ドドドーン


 まばゆい光と爆音が周辺をこだました。

 闇の一派の男は一瞬なにが起きたかわからかった。

「うっ……」

 自分の体を見ると、その狂気の目が驚きにかわった。

 体中から血が出ているのだ。

 ドタッ

 男はその場にたおれた。



 ステファンは薄れてくる意識の中で鳥が飛んできた方をむいた。

 向こうには一人の若者が立っていた。

 この男性がカラクリの鳥をつかって皆を救ってくれたのだ。

 後光に照らされてよく見えなかったが、近づいてくるにつれ、その姿がはっきりしてきた。

 ステファンは、その男性を見て、目を大きく見ひらいた。

(まさか!? いや、間違うはずはない!) 

 若者がすぐそばまでやってきた。優しい笑顔でこちらをみている。

 ステファンの目に熱いものがこみあげてきた。


 言葉にならない気持ちをふりしぼり、ステファンはその若者の名をよんだ。


「……マックス!」

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