第三十五話「再会」

「生きていてくれたんだね」


 マックスがうなずいた。

「ああ、ステファン。でもまさかお前が忍者になっているとはな」


 ベンの家でステファンたちは怪我の治療をしてもらっていた。

 気を失っている迅とムサシも奥の部屋で寝かせてもらっている。

 ベンは「ちょっとやつらの後始末をしてくる」といって家をでた。マックスがいうには、応急処置だけしておくんだろうと、とのことだ。


 マックスがあの嵐の日のことを語りだした。

「さすがにあの大波に飲み込まれたときは、もうダメかとおもった。それで目が覚めたら黒人のじいさんが顔をのぞいてきたから、てっきり天国経由でバルアチアに戻ったんだとおもったよ」

 ポポンが、ギロっとマックスをにらんだ。

「命の恩人であり、カラクリの師匠だぞ、じいさん呼ばわりをするな」

「はは、すまんな、ポポン。でもじいさんがあまりかしこまるなって言っているんだ。ちゃんと使い分けているよ。カラクリを教わるときは『お師匠様』、普段のときは『じいさん』、女好きが出てきたら『じじい』だ」

 そう言って屈託なく笑うマックスは、一年前より精悍になっていた。というよりも、もう立派は大人の顔だ。

「この恩知らずのバカもの!」

 ポポンはマックスをまたにらみ、奥の部屋へいった。不機嫌な顔をしながらも、ちゃんと迅とムサシの様子を気にしてくれているのだ。


 ステファンが二人のやりとりをほほえましく見ていると、ふと彼の左足が目に入り、あっ、と声をあげた。

 彼は義足をはめていたのだ。

「ああ。麓の海岸に打ち上げられたとき、足を岩に強烈にぶつけたんだ。俺は意識を失っていたからわからなかったけど、医者の話じゃ、この足は手の施しようがなく、命にかかわる状態だったそうだ。運がよかったのは、その医者がじいさんと知り合いだったことだ。同じ黒人だったのと、義足が必要だったんで、じいさんと引きあわせてくれた」

 マックスは、自分の義足をなでた。その顔には、悲壮なものは一切なく、むしろ目が輝いていた。

「じいさんが作ってくれた義足をはめたとき、その精巧さに衝撃をうけたんだ。それから弟子としてカラクリの勉強をさせてもらった。たしかに足を失ったのは痛手だ。でもそれ以上にあのじいさんと出会いたのは幸運だった。さっきはじいさんのことをああ言ったが、カラクリの奥の深さ、じいさんの生きる姿勢、この見知らぬ国での暮らし、そのすべてが俺を夢中にさせてくれたよ」

 ステファンは、マックスがこの国で価値ある時間を過ごしていたことを本当にうれしくおもった。


「じゃあ、つぎはお前の話を聞かせてくれ。エミーラは無事なのか?」とマックスにうながされたステファンは、これまでのことを語りはじめた。

 忍びの里に助けられたこと、竜山での試練、竜神祭でのエミーラの舞、忍者になるために修行をしたこと、そして赤忍者として任務を始めたこと、マックスは一つ一つの話にうなずきながら真剣に聞いていた。

「そうか、エミーラが元気でよかった。それに、天女と呼ばれているとはな。たしかにダンスはうまかった」

 そのマックスの笑顔には安堵もこめられていた。ステファンとエミーラがマックスのことに胸が痛んでいたのと同様に、マックスも二人のことを気にかけてくれていたのだ。


「おい、目をさましたぞ」

 迅が目覚めたことをポポンが知らせてくれた。

 迅はまだ痛む体を押して、ステファンのところへやってきた。

「あいつらは?」

 ステファンは迅が気を失った後のことや、マックスが同じ船に乗っていた友人だということを聞かせた。

「助けてくださりありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちのほうだ。あんたらがいなければ、いまごろじいさんは鶴山城の奴隷になっていた。ありがとな」

 マックスは、ステファンをちらっとみた。

「いい友達に出会えたんだな」

 ステファンは、まっすぐうなずいた。


 そこへベンが帰ってきた。

「おお、二人とも少しはましになったか。あのワンちゃんも大丈夫かな」

「命に別状はないとおもいます」とポポンがこたえた。

 それはよかった、とうなずき、ベンがあの二人のことをかいつまんではなした。

 闇の一派の男は重傷だが、命にかかわるほどはなかった。中年侍は、ただの気絶のようだった。

 集落で待っている籠の番を呼び、お前たちの主人が倒れている、と伝えると血相を変えて二人を連れてかえったそうだ。


「ちなみに、あの闇の一派の若僧は『やいば』という名のようじゃ」

「『刃』……。危険なやつでしたね。それに、鶴山城と闇の一派がかかわっていたとは、厄介なことになりました」

 迅は深刻な面持ちだった。

「そうじゃな。忍びの里も体制を考え直す必要があるじゃろう。それにしてもあの状況で急所を外すとは、なかなかじゃな、マックス」

「ああ。『鉛鳥なまりどり』は何度も実験を重ねたからな。それにじいさんの教えどおりにしただけだ。『カラクリは人殺しの道具ではない』ってな。でも老いぼれなんだからあんまり無茶をするなよ」

「師匠のことを、老いぼれっていうな!」

 ポポンがマックスをギロっとにらんだ。

「へいへい、いつもすみません、一番弟子のポポンさん。でもまあ、みんな無事でよかったよ」

 するとベンは真面目なで腕組みをした。

「そうじゃな、無事でよかった。もしもやつらが『城には美女がたくさんいる』とでも言っていたらと思うと、ぞっとするわい」

 マックスはため息をついた。

「それを真顔で言うなよ、エロじじい」

「マ、マ、マックス!! 師匠にエロじじいとはなんだべ!」

 ポポンが顔を真っ赤にして立ちあがった。

 ベンが優しくポポンをなだめた。

「ほれほれ、今日は命拾いをした記念日じゃ。温かいものをいっぱい食べて、ゆっくり眠ろうじゃないか。忍びのお二人もそうしていきなされ?」

 こうして、ステファンたちはベンの家で一夜を過ごすことになった。


 ステファンは、マックスと夜遅くまでこれまでの出来事を語りあった。


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