第三十三話「カラクリ職人ベン」

「橋が落ちているね……」


 治左衛門の地図を見ると、花咲山は谷を渡ったすぐの山だが、次の橋まではかなりの距離があった。

 迅は落ちた橋をみながらつぶやいた。

「しかたない。ステファン、やるか」

「ああ」

 迅は、荷物から鉤のついた紐を取りだした。向こう岸へは十五尺(7.5メートル)ほどだ。


 ワンっ! 


 ムサシが急かすようにほえた。

「わかったよ、ムサシ、ちょっと待ってろ」

 迅は紐を投げ、難なく向こう岸の橋の支柱に巻きつけた。

 対岸と紐でつながると、ムサシがすぐに紐に飛び乗った。

 逆さ向けになりながら、前足と後足を器用に動かし、スルスルと向こう岸へ渡っていった。


 ワンっ!


 早く来い、という顔でこちらにほえた。

「あいかわらず、器用な犬だな」

 苦笑するステファンに、僕らも行くよ、といって迅も渡りはじめた。迅の動きも確実に上達している。


 ステファンも難なく反対側に渡りおえ、紐を片付けようとすると、

「お、お前たち何者だべ!」

 一人の少女が、驚愕の顔でこちらを凝視している。迅は少女を怖がらせないように優しくこたえた。

「私たちは、ベンさんというからくり職人に会いにきました」

 少女は目を丸くし、さらに警戒したようにいった。

「し、師匠に何の用だ?」

 迅とステファンは顔を見あわせた。

 迅がつづけた。

「あなたはベンさんのお弟子さんですか」

「そうだ、一番弟子のポポンだ」

「ポポンさん、ベンさんのところへ案内してくれませんか?」

 ポポンは首を何度もふった。

「お、お前たちのような怪しい奴らを連れていくことなんでできるわけないだ」

「私たちは怪しいものでは……」

 ポポンは迅の言葉を遮って、落ちた橋を指さした。

「た、谷を平然な顔してあんな渡り方をするやつが、あ、怪しくないわけないだろう。ど、どこかの刺客だな」

 カラクリ職人の弟子は、震えながら小刀を取りだした。

 迅はあまり隠しても逆効果だと感じ、ステファンをみた。ステファンも同感なのでうなずいた。

「じつは、私たちは忍びの里からきました。十年以上前に私たちの里であなたの師匠に屋敷にカラクリや仕掛けを作ってもらいました。それで私も命を救われたのです。しかし、いまカラクリ職人が誘拐される事件が起きています。私たちの里の長老が、ベンさんを心配して、私たちを使いに出したのです。これが、長老からの手紙です」

 本来は、ベンにしか渡してはいけないのだが、この場合は仕方がない。

 ポポンは、手紙に書かれた長老の直筆の印を確認すると、小刀をしまい「わかった、ついてくるだ」といってそそくさと山を登りはじめた。


 しばらくすると、花咲山の集落があったが、ポポンはそこを通過して、さらに細い山道をすすんだ。

 どうやらベンは集落から離れたところに住んでいるようだ。

 もしかするとベンが異国の者だから、集落に住むことができなかったのではないか。そんな予感がよぎり、ステファンは暗い気持ちになった。

 しかし、途中で山菜をつむ村人がポポンに声をかけてきた。

「おお、ポポン、今度ベンさんにうちの戸棚を直してほしいっていっておいてくれないか」

「政吉さん、この前、玄関を直したところだべ。また派手な夫婦ゲンカをしたんかい」

「はっはっは、ポポンはするどいなぁ。それでかかあへのお詫びの山菜取りだ」

 そんなやりとりからベンさんが村で受け入れられていることがわかり、ステファンの気持ちからもやもやがきえていった。



 けもの道のような雪の山道を登っていくと、広い野原にでた。

 ワン、とムサシが吠えるほうをみると、その向こうに、一件の山小屋が見えてきた。

「賢い犬だな。そうだ、あの家だ。道にある紐に気をつけろ。音が鳴るから」

 ステファンたちは、雪に隠れそうな道に張られた紐をまたぎながら、山小屋についた。

「師匠、帰りました」

 山小屋の中から、お帰り、という声がきこえた。

「師匠にお客をつれてきました」

 といって、ポポンは山小屋の扉を開くと、そこには老いた男性がなにかを作っているところだった。

 小柄で髪は白いが、全身が黒く、まさに異国の人だった。


 ベンは、いぶかしげにこちらを眺めている。迅とステファンは、ベンに会釈をした。

「なんじゃ、女性じゃないんだな。ポポン、この方たちは?」

 ポポンは、長老からの手紙をベンに手わたした。

「ほぅ、忍びの里の方か。あの美人な長老は、お元気か?」

 ベンは手紙の封をあけながら、二人をみた。

「はい、ベンさんによろしく伝えるように言われております」

 迅が丁寧にあいさつをすると、ベンはめずらしそうにステファンに目をやった。

「ほう、そちらの方は、バルアチアのお人かな?」

 ステファンは、いざ自分の祖国の名前が出てくると思わず息をのんだ。

「ええ。いまは忍びの里でお世話になっています。あなたもバルアチアから?」

「そうじゃ。でももう何十年にもなる。言葉もだいぶん忘れてしもうたわ。それにしても……」

 ベンは目をほそめた。

「バルアチア出身の忍者とは。最近は面白いことがよくおこる」

 ベンはポポンに、お茶を出してあげるようにつたえた。

 ポポンは無言で立ち上がり、不愛想に奥へむかった。

「すみませんな。あやつはまだ子どもで、新しいことを受けいれるのがどうも苦手なようなんじゃ。でもきっと将来はべっぴんまっしぐらじゃ、そう思わんか? はっはっは」

 ベンの美人ネタにとまどいながら、ステファンがきいた。

「ポポンさんも、バルアチアの?」

「いやぁ、あやつは五年前に孤児になっているのをわしがつれてきたんじゃ。名前もなかったから昔の知人の子と同じ名前をつけた。かわいいじゃろ? あとで本当の名前がわかったから本人に伝えたんじゃが、ポポンのままで良いというんじゃ。おっと、初対面の方にこんな話をすると、またポポンに怒られるわい」

 明るく笑う同郷の老人からは「異国人」という重荷を感じなかった。ステファンは親近感をおぼえた。


 ポポンが入れたお茶は、その不機嫌さからは想像ができないほどおいしく、体を温めてくれた。

「お菓子を切らしていてすまん。ちょうどもう一人の弟子が、村に買い出しに行っておるんじゃ」

「どうぞお気遣いなく」迅が丁寧に頭をさげる。

 ステファンが、家の中を見わたした。カラクリの部品や工具が所狭しと並んでいる。

 ふと、ベンのほうをみると、彼の足にもカラクリが仕掛けられている。

 ステファンの視線に気づいたベンは、

「あぁ、これか。これはカラクリを施した義足だ。生身の足には及ばないが、改良を重ねてかなり自由に歩けるんじゃよ」

 ベンは、よいしょ、と立ち上がり、その場で飛んだり跳ねたりしてみた。カシャカシャと音はするが、まるで自分の足がついているようだった。やはりベンのカラクリの腕は相当のようだ。

 ムサシが、棚に置いてあるカラクリをみて吠えだした。

「おお、よくわかったな。これは愛犬が留守番中に遊ぶカラクリだ。こうやって、このレバーを犬が引くと」

 ベンは、ムサシの前足を持って装置のレバーをおした。すると、ポーンと、装置からまりが飛びだした。

 ワンッ!、ムサシは嬉しそうに毬に飛びついた。演技なのか、本気で楽しんでいるのか、見極めがむずかしい。

 ムサシが毬をくわえて元の位置に戻し、装置のレバーをもう一度押すと、ふたたび毬が飛びだした。

「はっはっは、さすが忍者犬だな。このカラクリは、留守番中の犬が遊びながら体を動かすために作ったんじゃ。だが、散歩をさぼる飼い主が出てきたので、いまはどこにも出しておらんのじゃ」


 ベンは、座って茶をすすった。

「あと、女湯をのぞくカラクリをつくったが、これも見つかってからはどこにも出しておらん」

 真面目な顔で話す老人に二人が言葉を失っていると、ベンは笑いだした。

「ふぉっふぉぅ、二人ともまだ若いのぅ。それで、職人たちがさらわれていると手紙には書いてあったが」

 迅がうなずいた。

「はい、鶴山城がカラクリ職人と大工を誘拐し、なにかをはじめているようです」

「鶴山城か。あのぼんくら坊やが、そんなにあくどいことをするようになったのか」

「ええ。最近、斬鉄という腹心を迎えました。彼は、貪欲でやりたい放題で、きっと斬鉄が殿をそそのかしたのでしょう」

「斬鉄……?」

 ベンはその名を聞いて、宙を見あげた。

「もしかしたら、都に仕えていた将軍の手下の一人にそういう名の者がいたような気がする」

「将軍ですか?」

「ああ。都で行われたカラクリ大会があって、そこで斬鉄という名の人相の悪い奴がえらそうに仕切っていたわい」

 迅とステファンは、顔を見あわした。まさかとは思うが、将軍が絡んでいる可能性が出てきた。


 そのとき、毬で遊んでいたムサシが急に家の外をにらんで吠えだした。

「おっ、帰ってきたかな」


 カラン、コロン、カラン、コロン


 外で仕掛けの音が鳴った。

「師匠、あの仕掛けの音は、あいつじゃなく、来客のようだべ」

 そういってポポンは、玄関の扉をあけた。

 すると、


 「だ、だれじゃ!」


 ポポンの険しい声が、招かざる客の来訪をつげていた。

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