第三十話「陰謀の影」
宮之屋に戻ったころにはもう真夜中だった。
二人は、めずらしく酔っていないの団之輔に米問屋での出来事を報告した。
「そうか、まずは孫吉を無事に見つけられたんだな、よくやった。明日の朝一番に徳吉のところに返してやれ」
団之輔は、迅の腕の中であくびをする孫吉の頭をなでた。
「もう家出するんじゃないぞ。家族のもとが一番だからな」
そして腕をくんでふたたびステファンたちに視線をもどした。
「それにしても、あの斬鉄がでてきたか。奉行所もやつの横暴には困り果てている。今度は何を企んでいるんだ」
「極秘に人を集めろって言っていました。殿が急いでいる、とも」
迅の言葉に、ステファンは、あっ、と声をあげた。
「どうしたんだ、ステファン」
「団之輔さん、そういえば奉行所の人が『猫さらいより人さらい』って言っていたんですよね!?」
団之輔は目を見開き、そのあと、最悪だぁ、低くうめいた。
「最近、この町の周辺で人さらいが横行しているんだ。まさか鶴山城が絡んできているとは」
「どんな人がさらわられているんですか?」
「ほとんどが大工だ。あとはカラクリ職人もいる」
「カラクリ職人!?」
ステファンと迅は、同時に声をあげた。
団之輔も、あぁ、とふたたびうめいた。
「……あいつら城でなにかやばいことを始めやがっている。お前たちは明朝、孫吉を返してから里に帰って報告してくれ。俺も奉行所に行ってくる」
翌朝、二人は宮之屋を出発し、まず徳吉の家をたずねた。
「よくきたね、なにか……」
扉を開けて出迎えた千代は、迅の胸にいる黒猫をみて言葉をうしなった。
「ま、孫吉!? あんた、起きとくれ! 孫吉だよ!」
家の中から徳吉が飛び出してきた。
「孫吉、孫吉か!」
迅から手渡された愛猫を徳吉と千代は愛おしく抱きしめた。
すると孫吉は気持ちよさそうに「にゃあ」と鳴き声をあげた。
その声をきいた徳吉と千代の目にみるみる涙があふれた。
「ごめんよ、孫吉、俺たちがちゃんとお前のことを見てやれてなかったから」
徳吉は涙を拭いて、ステファンと迅のほうを向き、膝をついて地に頭をつけて礼をした。千代もそれにならう。
「徳吉さん、土下座なんてやめてください」
「いや、させてくれ。そうでないと俺の気がすまねぇ」
徳吉は、地面で頭を擦りつけながらステファンと迅にいった。
「俺たちは、あんたたちにあんなに失礼なことをしておいて、それなのに誠実に孫吉のことを探してくれた。あんたたちが町中の人に一生懸命聞きまわってくれたことも知っている。俺は、こんなに人の温かさとまっすぐな気持ちに触れたことはねえ。だからこそ、初めに俺たちがしたことは、人として最低なんだ。簡単に許されることじゃねぇのはわかっているが、この通りだ、どうか、許してください」
ステファンと迅は、なんて答えたらいいかとまどったが、自分たちのしたことに、こんなに感謝されたのは初めてで、心が温かくなった。
やっと立ち上がってくれた徳吉と千代に、ステファンは、孫吉が寒がっていたことや食事のことをそれとなく伝えた。
すると二人の目にまた大粒の涙がうかんできた。
「そうだったのかぁ。ごめんよ、孫吉、二度とお前にそんな辛い目にあわさないからな!」
徳吉は鼻をすすりながらステファンと迅をまっすぐ見ていった。
「俺は海のことしかわからねぇが、なにか手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ!」
徳吉と千代は、少年たちが見えなくなるまで手を振ってくれた。孫吉を抱えた二人の姿は幸せそうだった。
ステファンは「平和のための忍者」の意味がまた少しわかった気がした。
里への道は、来たときより短くかんじた。
春の陽気に恵まれて道が歩きやすかったこともあるが、任務をやり遂げた高揚感が二人の足取りを軽くした。里を離れていたのは一週間ほどだったが、なんだか久しぶりな気がした。
「お兄ちゃん、迅、お帰り。意外に早かったわね」
畑仕事を手伝っていたエミーラが二人の姿をみつけてやってきた。里の服を着て大根を持つエミーラもなんだか様になってきていた。
迅の母のアキもエミーラの後ろから声をかける。
「町はどうだった? あら、ちょっと大人になったね」
ステファンと迅は、二人に立ち話で報告し、その足で長老にもとへむかった。
「お帰り。おや、町の空気に少ししごかれてきたようだね」
長老は二人を見てアキと同じ感想をもらした。
迅は、団之輔から預かった手紙を長老に手わたした。
長老は興味深そうに手紙を読みはじめた。
ちょうどそこへ部屋に入って者がいた。
「おっ、赤忍者二人組じゃないか。町では元気でやっていたか?」
「あっ、松さん、それに流兄ちゃんと椿さんまで」
迅は久しぶりに兄に会えたのでうれしそうだ。
ステファンは、あらためて流をみた。以前は感じなかったが、今みると彼から強い力がみなぎっていることにおどろいた。
「迅、それにステファン、一か月ぶりだな、元気だったか?」
「はい、おかげさまで」
頭を下げるステファンに、言葉もうまくなったな、と流は微笑んだ。
「ああ、いいところに三人組が来たな」
「長老、俺たちいつから三人組なんですか?」
「まあ、手っ取り早いってことだ。そこにみんな座って」
長老の前に、五人が輪になってすわった。
「いま、この二人が見事に任務をやり遂げて町から帰ってきた。任務自体は、猫探しだったようだが、捜査の仕方や推理、忍術の使い方など、あの気難しい団之輔がめずらしくほめておるわい」
三人組は、赤忍者の二人を見て、称えるようにうなずいた。
「それに、お土産も一緒に持って帰ってきよった」
「お土産?」
松五郎は興味深げに長老の言葉をくりかえした。
「ああ、今、町の周辺で人さらいが横行しておるだろう。二十人近く姿がわからなくなっている。その手がかりを見つけてきたのだ」
「たしか、大工やカラクリ職人が相次いで神隠しにあっていると」
さすが流は各地の情報に通じている。
「そうだ。しかし隠したのは神ではなく、どうやら鶴山城が絡んでいる」
長老は、団之輔の手紙に書かれた事件のあらましをつたえた。
「あの、バカ殿が、カラクリが好きだとは聞いていたが、とうとう犯罪にまで手を出したか」
バカのままなら可愛げがあったのに、と松五郎は天をあおいだ。
そこでめずらしく迅は身を乗りだした。
「長老、引きつづき、私たちが調査します」
しかし、長老が首をふった。
「いや、鶴山城がからんでくると、問題が複雑になる。企みの中身によっては、おそらく配下の質も上げてくるだろう。ここの報告では斬鉄も動いているとある。なので、鶴山城の任務経験のある忍者に出向いてもらうことにする。流、椿、お前たちは現在の任務を遂行しつつ、星丸たちにこの件を捜索するよう指示をしてくれるか? 松ちゃんも別ルートから情報収集してくれ」
迅はがっくり肩を落とした。兄の前で出番がほしかったのだろう。
その様子に長老は笑みをうかべて少年忍者にいった。
「迅とステファンには、ちょっと様子をみてきてほしい人がいる」
「だれですか?」
うつむく迅にかわって、ステファンがきいた。
「ベンさんだ」
「ベンさん?」
聞いたことのない名だったが、ベン、とはバルアチアでよくつけられる名前だった。
(異国の者、誘拐事件、大工、カラクリ職人……)
ステファンの頭の中で、キーワードがめぐり、つながった。
「もしかして、ベンさんとは……?」
はっとするステファンに、長老は目をほそめた。
「お前は聡いな。そうじゃ、ベンさんとは、このカラクリ屋敷の設計者だ。彼が心配だ、できるだけ早く向かってくれ」
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