第二十九話「探索」

 翌日の日暮れ、二人は忍びの装束に着替えていた。もちろん、闇に紛れるための黒装束だ。


「おお、迅、似合っているじゃないか」

 ステファンは、素直にほめると、迅はステファンの黒装束姿に、

「ステファンは、顔が白いから、黒より紫忍者の器だな」

 と、彼らしい見事な返しをした。この友人からつくづくこの国の美しい文化を教えられる。


 日中、迅は猫を飼っている家を絞り込むために聞き込みをした。

「猫探しのために猫のことをもっと勉強したいので、猫を飼っているおうちを教えてもらえますか?」

 と上手に聞いたらしい。その結果、二十軒にしぼることができた。

「一応、野外の猫のたまり場も教えてもらったが、どうする、ステファン」

「寒さが嫌で逃げ出したのだから、きっと家の中だよ」

「そうだな。それに、野良猫は最近だいぶん減ったそうだ」

 窓から外を眺めると、今日は雲がかかって月の光はよわい。屋根の雪も昼間の暖かさでとけている。絶好の「忍者日和」である。

 二人は窓から外に飛び出し、屋根をつたって二方向にわかれた。

 ステファンは、スイスイと屋根を飛び移る自分に、改めておどろいた。

 この身軽さ、このジャンプ力、この素早さ。厳しい修行の成果がここまで鮮明にでるとは思ってもいなかった。


 小さな家は分担し、大きな家は一緒に探すことになっている。

 徳吉のようなつくりの家は、屋根の木の隙間からのぞけば一目で全体を見ることができるので、小さな家十三軒の調査はすぐに終わった。どこも猫を二匹買うような余裕もなく、孫吉らしい猫も見当たらなかった。

「残るは大きな家七軒だな」

 迅が町の地図を広げた。地図に猫のいる家に「〇」、確認済みの家には「×」が書かれていた。

「このあたりの屋敷はやっかいだな。下手すると十部屋以上あるかもしれない」

 ステファンが指さしたのは、この町一番の米問屋の屋敷だ。他には両替商、呉服屋、武士の家などは名家ばかりだった。

 その後、二晩かけて四軒回ったが収穫はなかった。逆に危うく屋敷の人間に見つかりそうになったこともあった。もし武士の家で猫が屋根から飛び降りなかったら、切られていたかもしれない。まさに間一髪だった。

「猫探しで猫に助けられるとはね」と二人は冷や汗をかきながら苦笑した。


 それでも孫吉は見つからず、四日目の晩は米問屋の屋敷に忍びこんだ。

 この屋敷は五十室以上ある大問屋で、奉公人も多いため捜索は難航した。

 それに武士の家での失敗が二人を慎重にさせていて余計に時間がかかった。

 ついに主人の部屋をみつけ、薄暗がりの中、そっと忍びこんだ。さすがに大問屋主人の部屋はめずらしい小物や置物などがそろっていた。


(あれ……?)

 ステファンは、ふと疑問におもった。なぜか猫の置物がおおい。

 そのとき、隣の部屋からなにか聞こえた。

 二人はとっさに身をかくした。

 しかし、何も動きがない。二人はじっと耳をすました。

 すると隣の部屋から「にゃおぉ」という鳴き声がきこえた。

 ステファンと迅に思わず目を見あわせた。

 迅は扉にそっと忍び寄り開けようとしたが、カギがかかっていて開けられない。

 迅は天井を指さした。屋根裏に行くぞ、という合図だ。


 二人は音をたてないように棚や壁から天井へあがった。そして、天井裏をつたって、隣の部屋に移動した。

 近づくにつれ、猫の鳴き声がきこえてくる。

 迅が隣の部屋の天井の板をゆっくり一枚外し、部屋の様子をうかがった。


(うわぁっ)

 迅はあわてて口に手をあてた。

「ステファン、ここの主人は猫きちがいだ。中を見て」

 ステファンもそっと部屋をのぞいてみた。

「えっ!?」

 そこには、部屋にそそぐわずかな月明りのなかで何十匹もの猫たちがひしめきあっている。

 丈夫な扉で閉められていたので聞こえなかったが、部屋は「にゃあにゃあ」の大合唱で、飼っているというよりも閉じ込められているようだった。

「間違いないよ、迅。ここに孫吉がいるな。やっぱり猫さらいにあっていたんだな」

「でも、この猫の中からどうやって孫吉を探す? 黒猫は何匹もいるし、孫吉を見たこともない。あっても見分けがつく自信はないけど」

 迅の言葉に、ステファンはウインクをして、荷物から「あるもの」を取りだした。

「それは、もしかして『孫の手』?」

「ああ、孫の手が好きだから孫吉になったそうだよ」

 ステファンは孫の手を糸に巻きつけて、ゆっくり猫の大群の中に垂らしていった。

 猫たちは天井から降りてきたものに興味津々で、にゃあにゃあの合唱がさらに大きくなった。


 ステファンは数匹の黒猫の上で孫の手を動かすと、一匹だけひときわ反応する猫がいた。

「迅、あの猫だ!」

「わかった、捕まえてくる」

 迅は天井からそっと足を伸ばし、上手に壁や棚をつたって床におりた。

「さぁ、おいで孫吉。父さんと母さんがお前を待っているよ」

 迅は優しく孫吉を抱きあげた。孫吉は「にぁあ」とないた。


 そのとき隣の主人の部屋から声をきこえた。

「……どうぞ、こちらでございます。鍵をかけておりますので少々お待ちを」

 鍵を開けてこの部屋に入るつもりだ。

 迅は急いで孫吉を服の中に入れ、棚にあがった。

「あれ、この鍵じゃなかったかな。あっ、これだ」

 主人の鍵を探す間に、迅は棚からステファンが伸ばした手にとびついた。


 ガラガラガラッ


 同時に扉が重い音をたてて開き、明るい光がとびこんできた。

 すると猫たちが一斉に鳴きはじめた。

「うるさい、おまえたち。静かにしろ」

 猫たちに主人が気を取られたおかげで、迅は天井裏に隠れことができた。

(また猫に助けられたよ)

 迅はほっと胸をなでおろした。



「どうぞ、ご覧ください」

 米問屋の主人の高い声が部屋にひびいた。客を連れてきている。

「おぉ、たしかにたくさんいるのう。姫様も喜ばれるだろう」

「ありがとうございます」

 客と主人のやりとりを、天井裏の忍者たちは息を殺してきいている。野太い声の客は、上客のようだ。

「おい、米問屋、わしは猫臭いのは苦手じゃ、はよ閉めい」

「ははっ、失礼いたしました」  

 主人はあわてて猫の部屋の扉を閉じて鍵をかけた。

 ステファンは迅に目で合図し、細心の注意をはらって隣の部屋の天井まで移動した。すると、二人の会話がまた聞こえてきた。

「おぉ、これもいい猫の置物だ。これも姫はお喜びくださるだろう」

「ありがとうございます」


「……それで、もう一つのほうは順調か?」

 客人はやや声をひそめた。

「いえ、簡単に捕まえられる野良猫とは違いますので……」

「もっと早く集めろといっているだろう! 殿はお急ぎなのだ。次の満月までにあと十人、腕の良いのを集めてくるんだ。極秘にだぞ」

「つ、次の満月までですか!? 斬鉄様、そんなご無理を」

「つべこべ言わずやれ!」

「ははっ」

 そういって、斬鉄は立ちあがった。

「それでは、また来る。おっ、いい髪飾りがあるではないか。姫が喜びそうだ。これも一緒にもらっていくぞ、いいな」

「そ、それは……」


 斬鉄は主人の了解も得ずに、髪飾りと置物をもって部屋をでていった。


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