第十九話「ステファンの知恵」

「あれっ長老、今度は屋敷の中の扉に釘を打ちつけはじめましたよ」


 松五郎の軽い言葉のあとに、秋然しゅうぜんが眉をひそめて初めて口をひらいた。

「やつら、この大切な屋敷に釘を打つなんてなんたることだ」

「まあまあ、しゅうちゃん。この試験では、屋敷から出てはいけない、相手を殺してはいけないこと以外、なにも禁止しておらん。彼らなりの臨機応変だから大目に見てやってくれ」

 長老が秋然をなだめた。

「長老、わしはこの試験に反対なのじゃ。この里にきてみんなで必死に建てたこの屋敷を試験会場にしたり、カラクリを建て増ししたり、里の開拓者たちに申し訳が立たないと思わないのですか?」

「秋ちゃん、言いたいことはわからんでもないが、里の開拓者たちはこの屋敷が立派な忍者になるための礎になるのなら喜ぶんじゃないかな。紫電様ならなおのこと、お喜びになると私はおもうぞ」

「しかし」

「まあ、その話はあとでゆっくり聞くよ。いまは彼らをじっくりみてやろうじゃないか。ムサシの逃げ道を釘でふさぐなんて、いままで考えた者はいなかっただろう? はっはっは」

 秋然は抗議の目を向けたが、やがてあきらめた。


 しかし、そのとき屋敷に異変がおきた。

「ちょ、長老、屋敷から煙が出ています!」

 迅がさけんだ。

「なんだと?」

 長老も屋敷をみた。たしかに扉から煙が上がってきている。

 猿飛が前にでた。

「あいつら火をつけやがったな! 長老、止めてきます」

 長老がわらった。

「はっはっは、猿飛、彼らはお前よりちょいと頭が良いようだぞ。もう少し近づいて煙の臭いをかいでみい」

 猿飛は屋敷に近づいて臭いをかいでみた。

「や、焼きナス!?」

「そうじゃ、ムサシの大好物の臭いで、自分たちの臭いを消そうという魂胆じゃ。さぁムサシはどうするかの?」


「ゲホゲホゲホ、ステファン、こっちまでやられそうだ」

「布を口と鼻に巻いておけばマシになる。じゃあ、作戦通り、ムサシをつかまえにいくよ!」

「わかったわ」

 三人は別々に分かれ、一部屋ずつ進んでいった。

 風太郎が三部屋目に、入ったとき目の前を黒いものがうごいた。

「いたぞ!」風太郎は声をあげた。

 ムサシは得意の素早さで、その部屋の抜け道を通ろうとした。

 バンッ

 開くはずの扉が開かず、ムサシは扉にぶつかった。

「よしっ!」

 ムサシは、明らかに動揺していた。道をふさがれたことと、焼きナスの臭いが効いている。

 ムサシは風太郎の足の下を抜けようとしたが、

「させるか!」

 風太郎は自分が入ってきた扉の前で立ちはだかった。この道を通すわけにはいかない。

 ムサシは反対側の部屋ににげた。

「そっちへいったぞ!」

 風太郎は、叫びながら追いかけた。すると先の部屋から茜の声がきこえた。

「屋根裏部屋へいったわ!」

 風太郎が屋根裏部屋につづく部屋で茜と合流した。

 茜は隠し階段から上の様子をうかがっていた。

「よし、茜、いくぞ!」

「ええ!」

 二人は、階段を上ってムサシを追いかけた。


 屋根裏部屋は薄暗く、外の光がわずかに入るだけだった。

 その上、焼きナスの臭いで充満している。

 茜が素早く隠し階段を片付けて、出口をふさいだ。

「いたわ!」

 暗闇の中をうごく影があった。風太郎と茜は素早く左右に分かれた。

「よし挟みこんだぞ。ムサシ、覚悟しろ!」

 二人は、ムサシに飛びかかった。

 しかしムサシは、間一髪のタイミングで二人を避けて隠し扉に飛びこもうとした。

 ドンッ!

 またも扉は閉じられていた。

「観念しろ!」

 風太郎と茜はすぐさまムサシに飛びかかる。

 しかし、ムサシはつかまらない。

 風太郎は、茜をみた。茜はうなずいた。二人はムサシを飛びかかりながら反対側の角に追い込んでいた。

 ムサシは、風太郎と茜の間を強行突破するか一瞬迷い、後ろをみた。他の隠し扉と違い、この扉からは下の部屋の光が漏れている。 

「さぁ、ムサシ、観念するんだ!」

 風太郎と茜は、同時に飛びかかった。

「とりゃああああ」」

 ムサシは、二人を避けるように、そのまま隠し扉に飛びこんだ。

 バタッ

 今度は扉が開き、ムサシは下の部屋に落ちていった。

 その瞬間、

 バサッ! という音がした。

「よしっ!」

 そこには網が仕掛けられていた。


 臭いで悟られないように、離れて見張っていたステファンが走ってきた。

「やったぞ!」ステファンがさけんだ。

 風太郎と茜が屋根裏部屋から顔をのぞかせた。

 網の中でもがくムサシがみえた。

「やった!」二人がさけんだ。

 しかし、次の瞬間、網から黒い物体が抜け出し、ステファンにぶつかった。

「うわぁっ、ムサシか!?」

 ステファンは倒れながらも黒い物体が行く方向だけは見失うまいと必死に目で追いかけた。

 奥で、バタンッ、と音がした。

 風太郎と茜が急いで降りてきて、カラになった網の中をのぞいた。

「なんて犬だ。あの網から逃げ出しやがった。大丈夫か、ステファン?」

 倒れているステファンに風太郎が手をかした。

「おしかったわね」

 茜が、残念そうにつぶやいた。

 しかし、ステファンの表情は暗くなかった。

「二人とも、じつはこうなることも予想していて、ムサシが大広間への廊下を通ったとき扉が閉まるように仕掛けておいたんだ」

「えっ?」二人はステファンを驚きの目でみた。

「大広間への扉も締めてある。つまり、ムサシはあの通路に閉じ込められているはずだ」

 それを聞いて風太郎がニヤリとわらった。


「さすがだな、ステファン。行こう!」


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