第十八話「カラクリ屋敷の錬」

「ステファンは大丈夫ですかね、長老? 忍具も体術もぎりぎりだった気がしますが」

 松五郎は、席に座って見物人になった長老に声をかけた。


「はっはっは、松ちゃん、それは私にもわからんよ」

「まあ、そうでしょうけど、迅たちの時は夜までかかったんでしょう?」

「ああ、しかもムサシが空腹で動きが鈍っていたんだ。今回はそれがないように、あちこちにナスを仕込んである」

「えっ、前回よりも難易度が上がっているってことですか? しかも前回は四人、今回は三人ですよ」

「もしかしたら、何日も出てこれないかもしれないな。はっはっは」

「『はっはっは』って長老!」

「流や椿はずばぬけていたけれど、星丸と猿飛の時なんか、猿飛が怒って屋敷に火をつけようとしたんだからね」

「やめてくださいよ、長老」

 猿飛は後ろで赤い顔をしている。

「いや、本当はそれもありなんだ。私は燃やしちゃいけないなんて言わなかったし、それがお前なりの臨機応変さだからな。松ちゃん、この『カラクリ屋敷の錬』は忍びで最も大切な臨機応変の才を試す試験なんだ。ステファンは、忍具も体術も他の二人より劣っているが、月鈴の儀の時に見せたその才がちょっと楽しみなんだ」

 そういって長老は目を細めてカラクリ屋敷をみつめた。


 三人はカラクリ屋敷の扉をくぐった。

「犬をつかまえるくらいで、なんでみんなあんなにビビってるんだろう、なぁステファン?」

 風太郎がいった。この半年で少し自信がついたのか、兄のような大口がでるようになった。しかし、根は素直なのでステファンはにくめなかった。

 ステファンが答えようとすると、先頭で進んでいた茜が二人をきりっとにらんだ。

「油断大敵が忍びの基本でしょ。なんでもいいけど、私の足を引っ張らないでよ」

 茜は先先と進んでいった。

「おぉ、怖い怖い。兄も妹も似た者同士だ」

 そういって風太郎はべーと舌をだした。ステファンは苦笑いした。

「それにしても、ワナがないなら楽だな。ムサシをみつけるのに集中すればいいんだ」

「ワナがないのかぁ」ステファンはあの長老の言い方にひっかかっていた。

「だって、長老がさっき言ってたろ。ワナは外してるって」

「あれは、『殺傷能力のある』ワナを……」

「うわぁっ!!」

 ステファンが説明しようとした途端、風太郎の前の床が勢いよくはねあがり風太郎の顔面を直撃した。

「いててて」

「大丈夫か、風太郎! やっぱり殺傷能力をとっただけで、ワナ自体はあるんだ」

「そ、それを早くいってくれよ」


 茜が音を聞いて戻ってきた。

「あんたたち、なにやってんの!」

 茜が壁に手を付けた途端、ガタッっと音がした。

「あぶない!」

 ステファンが茜を突き飛ばした。するといま茜がいた場所に、先の丸い矢が飛んできた。

 茜は、驚いてしばらく声が出なかったが、「ふん!」といって先の部屋にすすんだ。

 ステファンは飛んできた矢をみた。たしかに先が丸まっているので殺されることはないが、まともに当たれば十分怪我をする。

「風太郎、これは結構大変だぞ」

 ステファンは、自分の気を引き締めるようにつぶやいた。


 ステファンと風太郎が通路を進んでいると、先の部屋でドタドタドタと音がした。

「風太郎、いってみよう」

 ステファンたちが音の部屋に行こうとすると、黒いものが一瞬目の前を横切った。

「えっ、い、いまのムサシだよな、ステファン」

「あ、ああ。むちゃくちゃ速かったけど」

 黒いものが横切るスピードは普通の犬のものではなかった。

 部屋にいた茜がこちらをにらんでいる。

「遅いじゃない! せっかくみつけたのに」

 風太郎がにらみかえした。

「お前が勝手に先に行ったんだろ。そんなの知るか」

「なによ!」

「なんだよ!」

 二人はにらみあい、茜がまた「ふん!」といってちがう部屋にむかった。

 やれやれ、ステファンは息をついた。

 その後二時間、ムサシをつかまえられないまま三人はワナにぶたれつづけた。


「……いったい、どうやったらあんなすばしっこいのを捕まえられるっていうんだ」

 風太郎は、カラクリ屋敷の居間にすわりこんだ。体中が傷だらけである。

 茜は相変わらず別行動だが、彼女もなんどもワナにかかり体のあちこちをいためていた。

 ステファンは比較的慎重に進んでいたので傷も少なかった。

(しかし……)

 ステファンも座って家の中を見わたした。

 屋敷は和ノ国独特のつくりをしていて、壁や床に様々なワナや抜け道が仕掛けられていた。

 中二階の隠し部屋や屋根裏部屋への隠し階段などもあり、ムサシはそのすべてに精通しているようだった。しかも、忍者犬は敵が近づくのを臭いで感じ、自らは気配を消すのである。この屋敷内ではまさに無敵だった。

(がむしゃらに捕まえようとしても絶対無理なことはわかった。じゃあどうすれば?)


 しばらく考えていたステファンだったが「しかたがない」とつぶやいて立ちあがった。

「風太郎、茜と合流するぞ。別れていたらぜったいに捕まえられない」

「えぇ、あいつと!?」風太郎は嫌な顔をした。ステファンはにこっとわらった。

「たぶんこれも試されているんだよ」

 ステファンは茜を探しだし、同じことをはなした。

 茜もそのことは気づいていたが、プライドがそうさせなかったようだ。 

 しぶしぶステファンに説得され風太郎のいる部屋にきた。

 目を合わそうとしない二人を気にせず、ステファンがいった。

「この抜け道だらけの屋敷で、臭いを察知できる忍者犬を捕まえるのは不可能にちかい」

 風太郎は、ええっ、という顔でステファンをみた。ステファンはつづけた。

「ただ可能性はある。ムサシの特技をつぶしていくんだ。あるいはムサシの弱点をついて上回るしかない」

 風太郎が腕を組みながらいった。

「なんだい、ムサシの特技や弱点って?」

 ステファンがいたずらっぽくいった。

「それはあとで説明するよ。でも、どうしてもその前にしないといけないことがあるんだ」

「なにをしないといけないの?」

 茜の問いに、ステファンは屋敷を見まわした。

「ムサシを捕らえるためには、まずこのカラクリ屋敷を攻略しないといけないんだ。自由に動けないと作戦も立てられないだろう?」

「地を知り、そして相手を知るってことね。そういえばお兄ちゃんもよくそう言っていたわ」

 茜は、忍者の考えに合うなら納得するようだ。

 風太郎もうなずいた。

 それを見たステファンは部屋にあった紙と筆を持ってきた。

「よし、この屋敷の見取り図をつくる。手伝ってくれ」

 こうして三人は手分けをしてワナを解除しながら、部屋の間取りや抜け道などをつぶさに見取り図に描いていった。


 外で屋敷を見物している松五郎が白忍者たちの変化に気づいた。

「おや、ムサシを追いかけなくなりましたね。部屋を歩いてなにかを探し回っているみたいですよ」

 長老が目を細めてにやっとわらった。

「ほぅ、ワナを外して屋敷の見取り図を描いているんだね。これは面白くなってきたよ」



 さらに二時間ほど経過し、日差しが強くなってきた。

「できた!」

 風太郎と茜の声がそろった。二人は驚いて顔を見合わせたが「ふん」と照れ隠しで向こうをむいた。

 ステファンたちは屋敷中のワナを外し、カラクリ屋敷の隅から隅まで描かれた見取り図を完成させた。

 ステファンはじっと見取り図をながめた。なんて複雑な作りの屋敷なんだ、とおどろいた。だが、その複雑さがムサシ捕獲を困難にしている。

(さて、どうしたものか)

 ステファンが頭を抱えて考えていると、ドサッという音がした。

「風太郎、なんだいその箱は?」

「えへっ、これだよ」

 風太郎が箱をあけた。

「ナス!」茜が思わず声をあげた。

「そうさ、屋敷を探しながら隠されていたナスを集めてきたんだ。きっとムサシの隠し食料だろうよ」

「ナスが隠されていたんだ、気づかなかったよ」

「へへっ、このナスは俺の畑でとれたものなんだ。長老はうまく隠したつもりでも育ての親の俺にはお見通しさ」

「……つまり、ムサシは食料の補給ができないってことね」

「ああ、そうだ」

 風太郎が茜に向かって親指を立てた。風太郎と茜の息があってきた。

 ステファンはその光景に微笑んで、次の作戦をつげた。

「よし、これで僕らは屋敷内を自由に動けるようになった。じゃあ次の作戦にうつるよ。見てくれ」


 ステファンは見取り図を差しながら説明した。

「この屋敷は非常に複雑な作りをしていて、どの部屋にも上下左右前後のどこかに逃げ道がある。つまり僕たちが三方から同時にムサシをとらえようとしてももう一方の場所から逃げられるから、追い詰められないんだ」

 風太郎も茜も、うんうんとうなずきながら聞いている。

「そう、つまり……」

 ステファンが続けようとすると、風太郎は、あっ、と声をだした。

「逃げ場所をふさいでいけばいいんだ!」

「正解だよ、風太郎。扉を固定したり、棚で行き止まりをつくって、逃げ場所をなくしていくんだ。ただ、道具が限られているから、今から言う場所を優先的にふさいでいきたい」

「でもステファン、私たちが近づいてもムサシに臭いで悟られるわよ」

「ふふふ、僕にちょっとした考えがあるだ。ムサシの特技を封じ込めるアイデアがね」

 そう言って、ステファンはニヤリとわらった。


 その視線の先には、風太郎が持ってきた箱があった。


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