第二部「修練の章」

第十七話「半年後」

 竜神祭から半年がたった。


 秋晴れの里の空に少年忍者の元気な声がこだました。

「よぉ、ステファン。とうとう明日だな。手裏剣はうまくなったか?」

「あぁ、今度君が大嫌いなクモに襲われたら、僕の手裏剣で退治してやるよ、迅」

「ははっ、その調子なら大丈夫だ、ステファンならできるよ」

「ありがとう! じゃあ湯吉のところへ遊びに行こう!」

 ステファンもエミーラも半年間の猛特訓ですっかり和ノ国の言葉を話せるようになっていた。

 祭りのあと、ステファンはいきなり「忍者になりたい」と申し出て周囲をおどろかせた。

 しかし、だれももう反対する者はいなかった。

 一方、竜神の舞で里の者たちの心をつかんだエミーラは、竜神を祭る神社で仕えてほしいと懇願された。

 エミーラは困った顔をして断っていたが、里の者たちの根気強い説得に負け、ひとまず「舞の先生」として神社の手伝いをすることになった。

 二人は引きつづき迅の家にお世話になりながら、新しい里での暮らしをはじめた。


 見習いの忍者は白い衣装を着ているので「白忍者」と呼ばれていて、その教育係を任されているのが星丸だった。

 星丸は、ステファンたちに今まで以上に厳しい修行をさせた。

 他の忍者たちも、修行の厳しさに驚いていたが、噂では「闇の一派」の襲来を受けて、教育を強化するという里の方針になったそうだ。

 ステファンは、忍者としての走り方、飛び方、手裏剣、火薬、壁の上り下り、身の隠し方、変装の仕方など、徹底的に叩き込まれた。

 何度もくじけそうになりながらも、迅や湯吉たちの励ましもあり、ステファンは半年間修行をやりとげた。

 そして明日、赤忍者になるための試験がある。


「なんといっても『カラクリ屋敷の錬』がチャレンジングだろうな。そう思わないか、迅?」

 ますますバルアチア語が混ざってきた湯吉は半年前より一回り大きな丸顔になっていた。

「そうだな。ステファンはきっと『体術の錬』も『忍具の錬』もなんとか行けると思うけど、あのムサシはやっかいだからなぁ」

 迅は少し背が伸びて、兄の流に風格や体つきが似てきていた。

「えっ、試験は一つじゃないの。それに、ムサシってあの……?」

「そうだよ、ステファン。あれ、何も聞いていないの?」

 驚く迅に、ステファンはうなずいた。

「う、うん。明日の夜明けに滝の前に集合するようにとだけ星丸さんに言われたんだ」

「オーケー、いまから試験前スタディをしてやろう」

 湯吉はのそっと立ちあがった。

「いいか、ステファン。赤忍者になるには三つの『錬』といわれるテストをクリアしないといけない。体術の錬は、格闘の試験、つまりファイティングだ。実際にだれかと手合わせをして相手を倒す。もう一つは忍具の錬。手裏剣や火薬を使いこなせるかを試す。そして最後にカラクリ屋敷の錬。これはカラクリ屋敷の中でムサシをつかまえるテストだけど……」

「そのカラクリ屋敷の錬が一番簡単そうに聞こえるけどね。それにムサシって長老の犬のことでしょ?」

 ステファンが不思議そうにいうと、湯吉はおぞましいものを思い出すかのような顔をした。

「オー、ノー、ステファン。カラクリ屋敷の錬が一番ハードなんだ。ムサシはナス好きのマヌケな顔をした変な犬だけど、忍者犬としてはエクセレントなんだ。勘が鋭くて、素早いったらもう……」

 湯吉は思い出すのが辛い素振りで、首を振って手で顔をかくした。バルアチア語を使いはじめてから仕草も大げさになっている。

「しかもカラクリ屋敷の隅から隅まで熟知していて、私たちをあざ笑うかのように逃げていく。しかも、待ちくたびれたら蹴ってきたり、おしっこをかけてきたり、結局私たち四人がかりで朝から夜までかかったよ。今から思えば、最後はムサシも仕方なしにつかまってやったって感じがあった」

 迅も相当嫌な思い出のようで苦い顔をしている。

「それに噂だが、ムサシは昔、口からファイアーしたらしいぜ」

 湯吉がそっと耳打ちするようにいった。

「えっ、犬が火を吐くの?」

「噂だがな。俺たちも嘘だと思っているが、ヤツならやりかねないよ」



 翌朝早く、白い忍者の装束を着たステファンは迅と一緒に家をでた。

 エミーラと迅の母のアキが外まで出てきた。

「お兄ちゃん、頑張ってね」

 エミーラは半年たってひとまわり大人っぽくなった。この国の着物も似合っていて、いまではすっかりこの里に溶け込んでいる。

「ステファン、無理するんじゃないよ。迅なんて体中ひっかきまわされて帰ってきたんだからね」

「か、かあさん……」

 迅は顔を赤くした。

「それだけ気を抜かないようにってことさ」とアキはステファンの肩をたたいた。

「わかりました、行ってきます!」


 滝の前には、すでに白い装束を着た者が二人待っていた。今日の試験はこの三人が受けることになっている。一人は雷太郎の弟の風太郎、もう一人は茜だった。茜は星丸の妹で、椿のような女忍者になることを目指していた。

「風太郎、茜、今日は頑張ろうな」

「よぉ、ステファン」

 風太郎は準備体操をして待っていた。月鈴の儀以来、風太郎とは仲良くしている。

 茜はステファンに会釈をするだけだった。茜はあまり少年忍者たちと親しくすることはなかったが、修行では常に真剣で負けん気がつよい。

 星丸は修行の場では妹だろうと容赦せず、何度泣かせたかわからない。しかし、茜は常に立ち向かっていた。

 ステファンと茜は同い年、風太郎は一歳年下である。


「集まったか」

 星丸がいつの間にか目の前にあらわれた。あとから長老と秋然、松五郎、流や猿飛、湯吉たちもやってきた。長老はムサシを連れている。

 白忍者たちはおのずとこの忍者犬に目をむけた。

 ムサシは自分の役割を理解しているようで、いつものマヌケな顔ではなく、鋭い目つきをしていた。 

 長老が愛犬をなでながら白忍者たちをみた。

「風太郎、茜、ステファン。よく今までの修行にたえたな。知ってのとおり、闇の一派が活動をはじめた気配がある。実際に一度衝突があった以上、我らとしても警戒をせざるをえない。だから、星丸に無理をいって修行をより厳しいものにしてもらった。その厳しい修行に耐えぬいたお前たちを私は誇りにおもう」

 長老は白忍者たちを一人一人みつめた。

「そして今日の試験もきっと切り抜けてくれるだろうと信じている。しかし、何度もいうが、これからは忍術を平和のためにつかう。人を決して殺めてはならぬ。ゆえにそれ以上の強さが必要になってくる。たとえ試験のさなかであっても、「忍」という字を胸に刻み、自分を戒めることを忘れるではないぞ」

「はっ」三人はこたえた。


 星丸が前にでた。

「それではこれから試験をおこなう。まずは忍具の錬からだ」

 試験がはじまった。

 忍具の錬も次に行われた「体術の錬」も茜は大きな苦もなく合格した。風太郎は得意の忍具はやすやすと合格したが、体術の錬は苦戦しながら切りぬけた。ステファンも半年間の修行を経てかなり上達していた。とはいえ、幼少から忍者の地で育った二人とは基礎がちがうので試験ではかなり苦戦した。しかし、持ち前の粘りと飲み込みの早さでなんとか合格した。



「よし、それでは最後の錬をおこなう。カラクリ屋敷に移動するぞ」

 ステファンがカラクリ屋敷に行くのは、初めて長老にあいさつに行って以来の二度目だった。あのときは松五郎がこの屋敷が試験会場になると言っていたが、まさか「忍者犬との鬼ごっこ」をするとは思っていなかった。

 屋敷の前には、長老たちのための椅子が用意されていた。

 長老はムサシの頭をなでて、白忍者たちをみた。

「さぁ、これが最後の試験『カラクリ屋敷の錬』だ。合格の方法は簡単だ、屋敷の中でだれかがこのムサシをつかまえれば全員合格だ。時間制限もない。逆に、つかまえられず、降参したら失格だ」

 ムサシは、試験のために忍者犬の装束を着せられていた。

「しかしこのムサシを侮るなかれ。老いたが、過去には忍者のさまざまな任務に同行し、素晴らしい功績をあげた忍者犬じゃ。ここにいる先輩忍者たちもムサシに煮え湯を飲まされている」

 長老が指さすとそこにいた忍者たちは皆苦い顔をした。

「さぁ今までの修行で得たことすべてを駆使して見事ムサシを捕獲せよ」

 そういって、長老はムサシの背中をたたくと、ムサシはカラクリ屋敷の中へ走っていった。

「そうそう、この屋敷はいろいろな仕掛けがある。敵の侵入を防ぐために殺傷能力があるワナもあるが、さすがにそれは外してある。それでは行ってこい!」

「はっ」


 ついにカラクリ屋敷の錬がはじまった。ステファンたちは異様な静かさで待ち受けている巨大屋敷に入っていった。


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