第十六話「竜神祭」

 翌日、あまりの疲労で昼まで寝ていたステファンだったが、

「ええ!?」

 という玄関から聞こえるエミーラの大声で目がさめた。


 目をこすりながら玄関に向かってみると、長老が里の少女たちを連れてエミーラと話していた。

「無理ですよ!」

 エミーラの声がまたひびいた。

「そう言うな。人助けだと思ってたのむ」

 長老がにこにこしながら言っている。

「どうしたんだ、エミーラ?」

 兄の声にエミーラは、困った顔で振りかえった。

「あっ、お兄ちゃん。じつはね、長老様が今日の竜神祭りの踊り子をしてほしいって頼みに来られているの」

 ステファンは長老の顔を見ると、長老はウインクした。

「椿がのぅ、本当は出る予定だったんだが、大事な任務が入ってしまったんだ。あんたは踊りの名手だと聞いている。一緒に踊ってくれないか、なぁ、みんな?」

 後ろにいた女の子たちは、

「オネガイシマス、オネガイシマス」と次々に口にした。


「どうしよう、お兄ちゃん」

 ステファンはにっこりわらった。

「やらせてもらったらいいじゃないか。エミーラならできるよ」

「でも……」

 そこへ松五郎がやってきた。

「聞いたぞ、聞いたぞ、エミーラ、踊ってくれるんだってな」

「え、松五郎さん、私はまだ……」

 松五郎はかまわずつづけた。

「こんなこともあろうかと、都でこれを仕入れてきたんだ」

 といって箱からなにかを取りだした。

「まぁ!」

 それは、美しい白い絹でできた衣装だった。

 その生地はまるで今にも光りだしそうくらい美しかった。

(まるで月鈴草のようだ)

 竜山での不思議な光景が目にうかんだ。

 エミーラは、衣装に目を奪われてうっとりしていた。

 ステファンは微笑みながらエミーラの肩をたたいた。

「決まりだ、ね?」

 

 エミーラはさっそく里の少女たちと練習にむかった。

 ステファンは疲れが残っているので、部屋で休ませてもらうことにした。

 窓から外を見ると、里の人たちは祭りの準備のために、食べ物や箱や木材をせっせと竜神の滝のほうへ運んでいる。

 皆うきうきしていて、里全体に活気がみなぎっていた。

 なんだかステファンもうれしくなった。

 この里に来てまだ十日ほどだが、もうずいぶん長くいたような気がする。

 そんなことを思いながら、ステファンはまた眠りについた。



「ステファン、タイヘンダ!」

 次は迅の大声で目がさめた。

「ドウシタノ?」

 ステファンは大きな伸びをした。

 さっきより体の疲れは取れている。

「エミーラガ、タイヘンダ!」

 ステファンは一気に目が覚めた。

「エミーラ!」

 迅は、急いでステファンを家の奥の部屋につれていった。

 そこには、アキと美しい白の衣装に身を包んだ少女がいた。

 金の髪に白く輝く衣装。まるで全身から光を放っているようだった。

「エ、エミーラ……?」

 少女は後ろをむいた。

「あっ、お兄ちゃん。どう、似合っている?」

 エミーラは、新しいおもちゃを買ってもらったときと同じように喜んでいる。

 アキがエミーラの髪を結い、髪飾りにつけるところだった。

「ドウダイ、キレイダロウ?」

 アキは、唖然としているステファンを見てわらった。

 

 窓から夕暮れの赤い光がはいってきた。

 竜神祭は日が暮れて月が出たらはじまる。

 ステファンも滝の広場で準備を手伝った。

 男たちは祭壇や舞の舞台になる高台を、掛け声をあげながら建てていた。

 見習い忍者たちも材木を運んでいる。

「よう、ステファン。もう大丈夫か?」

 湯吉がいつものように人なつこい顔とバルアチア語で声をかけてきた。

 彼はもう疲れが取れたようでぴんぴんしている。

「聞いたか、ステファン。今日の竜神の舞は、椿さんが任務ででられなくなったんだって。だれが舞の主役を務めるんだろうって、みんなが噂しているぜ」

 どうやらエミーラが代役になるのはみんなに知らされていないらしい。

「長老が好きそうな『サムライズ』だ」

「湯吉、『サプライズ』だよ」

 二人は声をあげてわらった。



 日が暮れて、大きな満月が里を照らしだした。

 竜神の滝の広場では高台が完成し、たくさんの料理や酒がならんでいた。

 里のみんながぞくぞくとあつまってきた。


 しばらくすると赤く荘厳な衣装をまとった長老があらわれた。

 長老が高台にのぼりはじめると、広場は静まりかえった。

 長老は滝に向かって一礼し、高らかに声をあげた。


 リュウノカミサマ オツキサマヲ ムカエニアガル 

 リュウノカミサマ ヒカリニミチテ ヤミヲテラス

 リュウノカミサマ ワレラノサトヲ ミマモリタマエ


 里の者たちもそれにつづいた。

 次に長老は、星丸が持ちかえった箱から月鈴草を取りだし、天にかかげた。

 おおぉ、という歓声があがった。

 月明かりに照らされた月鈴草は、今度は本当に白く輝いたのだ。

 長老は、月鈴草を祭壇においた。

 そして、酒を榊につけて祭壇にまいた。

 長老は振りかえり、榊についた酒を、高台から里の者たちにまいた。

 里の者から歓声があがった。これが祭り開始の合図だ。


 そのあとは、飲めや食えや踊れやの、大騒ぎになった。

 ステファンも迅や湯吉たちと一緒になって楽しんだ。

 しばらくすると、アキがやってきた。

「ステファン、コッチヨ」

 もうすぐ竜神の舞がはじまるから、その前にエミーラに会っておけというのだ。

 二人は広場から少し離れた家にむかった。

 ステファンはエミーラが重役を負担に感じていないか心配でもあったが、それは杞憂におわった。

 彼女はいつにもなくワクワクしていたのだ。


 アキが言うには、エミーラはあっという間に舞を踊れるようになり、里の少女たちは目をまるくしていたそうだ。

 アキが部屋から出ていき、エミーラと二人きりになった。

 白く美しい衣装をまとった妹は少し大人びてみえた。

 エミーラははにかみながらステファンをみた。

「お兄ちゃん、ごめんね。いままで困らせちゃって。お兄ちゃん一人に負担をかけちゃった」

 ステファンは首をふった。

「いいんだ、エミーラ。みんな大変だったんだから」

「ありがとう。でも、もう大丈夫。精一杯踊ってくるね」

 まっすぐなエミーラの目には、強い光を宿していた。

 ステファンはうなずいた。


「エミーラ、イクヨ」

 アキが入り口から声をかけた。

「ハイ!」

 エミーラは立ちあがった。

「じゃあ、行ってくるね」

「ああ、精一杯楽しんでおいで」

 エミーラはほほえんだ。その姿は本当に美しかった。

 アキに手を引かれて進むエミーラが、ふとステファンを振り返っていった。

「お兄ちゃん、みんなの平和のためなら、みんなの幸せのためなら……忍者になっていいよ」

 ステファンはおどろいた。いつか切り出そうと思っていたからだ。

 そのまま返事をできずにいる兄に「じゃあね」といってゆっくり高台にむかった。


 滝の広場にざわめきがおきた。

 椿が任務で竜の舞をできないという噂がまわっていて、だれが代役をつとめるのか口々に噂していた。

 そこへアキに手を引かれてやってきた少女に、皆が驚きの眼差しをむけたのだ。

 金色の髪に白く輝く衣装。

 まるで満月は彼女だけにスポットライトを当てているようだった。

 皆は、息をのんでこの美しい少女の姿をながめた。

 エミーラは、他の踊り子たちと一緒に高台へあがった。

 そして滝と満月にむかって一礼をした。

 それを合図に太鼓が鳴りはじめた。


 ドン ドン ドン


『竜神の舞』がはじまった。

 エミーラは太鼓と篠笛にあわせて優雅に舞いはじめた。

 リュウノカミサマ オツキサマヲ ムカエニアガル 

 リュウノカミサマ ヒカリニミチテ ヤミヲテラス

 リュウノカミサマ ワレラノサトヲ ミマモリタマエ

 月の光が、金の髪で舞う少女をさら神聖なものにした。

 皆は天の奇跡を見るように、一心にこの神秘的な舞をながめた。


 だれかがつぶやいた。

「まるで、天女様じゃ」

 すると、次々に「天女様」「天女様!」という声が広がった。


 エミーラは舞いながら別れた両親のことを思い出していた。

「パパ、ママ、アレンさん、デューク、マックス……。どうか、この祈りがみんなに届きますように」


 涙が宙を舞い、光がその涙に輝きをあたえた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る