第二十話「対決!忍者犬ムサシ」

 三人は廊下へつづく扉にむかった。


 その扉は、ステファンが言ったとおり、倒れた棚で開かなくなっていた。

「どうやってこの棚をたおしたんだ?」

「棚を棒で支えておいて、ムサシが中に入ろうと扉にあたると棒も倒れるようにしておいたんだ」

「なるほど。仕掛けは簡単だけど、よく思いついたわね」

「僕には、君たちのような体術も忍具の技術もないからね」

「頼りにしてるぞ、軍師どの。さぁ、みんな行こうか」

 三人は、棚を持ち上げての扉を慎重にあけた。ムサシが襲いかかってくる恐れもあるからだ。すると、

「あっ!」

 暗いと思っていた廊下に、光がさして明るくなっている。

「つまり、大広間の扉をこじ開けたってことね。本当にすごい犬ね」

「大広間か、面白いじゃないか」

 三人は、廊下の隅にも注意しつつ、大広間に足を踏みいれた。

 大広間の真ん中にムサシが息を切らしてすわっていた。

 その目には怒りの色もあり、もう逃げるつもりはない、という強い意志がみえた。

「なるほど、ここからは正面対決ってわけだ」

「腕がなるわね!」

 風太郎と茜は強い目でムサシを見かえした。

「ステファン、私と風太郎が前で攻めるから、あなたは後方支援をお願い。またなにかいいこと考えてね」

「ああ、わかった」

 ステファンにも、ここまでくると自分の体術が足手まといになるとわかっていた。


 大広間の外に長老たちが集まってきた。

「ムサシがこの試験で正面対決を挑むとは、初めてのことだね」

 長老の口ぶりは楽しそうだ。

「なんだか趣旨が変わっていますが、いいんですか?」

「変わっちゃいないよ、松ちゃん。これが今回の臨機応援の極みなのかもね」

 

「いくぞ、茜!」

「ええ!」

 風太郎と茜が左右に分かれてムサシに襲いかかった。茜は木の忍者刀で切りかかり、風太郎は木の手裏剣をはなつ。両方ともこの試験専用の忍具だ。

 ムサシは攻撃を軽々と避け、前足で風太郎の腕をひっかいた。

「いてぇ、やっぱり本気でくるつもりだな」

 風太郎は、木の鉤爪のついた縄をなげた。ムサシはよけて茜に飛びかかる。茜は鮮やかな動きで応戦する。


 長老が目を細めてその様子をみている。

「一進一退の攻防だね、松ちゃん。どうなるとおもう?」

「逃げ場がないから、白忍者たちが勝つんじゃないですか?」

「ふっふっふ、じつはまだふさがれていない隠し通路があるんだよ。でもあえてムサシはそれを使っていない。そうとう腹が立ったんだろうね。まあじっくり見てみようじゃないか」


 だんだん茜と風太郎の息があってきた。

 風太郎はムサシが避けるの場所を予想して、手裏剣を投げる作戦にでた。そこへ茜もできるだけ逃げ道が少なくなるように、ムサシに攻撃する。

「当たれ!」

 風太郎が渾身の力で手裏剣をなげた。

 手裏剣が、ムサシの体をとらえた。そのとき、ドンッ、という音がした。

「やった! あれ?」

 風太郎は目をこらした。そこにあったのは、いつ間にか上げられたタタミだった。

「……タタミをあげて手裏剣をかわしやがった。化け物か、あの犬は。どこいきやがった?」

 風太郎と茜がまわりを見わたした。しかし、ムサシの姿はない。

「風太郎、下だ!」

 ステファンの叫んだ瞬間、風太郎の下の畳がすごい勢いで破裂した。

「うわぁっ」

 そこへムサシが飛びだし、体勢を崩す風太郎に強烈な飛び蹴りをくらわした。

「ぐわぁっ」

「風太郎!」

 ステファンと茜がかけよろうとしたが、ムサシは待ってくれない。

 茜の背後にまわり、足払いをくらわした。

「きゃぁっ」

 なんとか手を使って体勢を保った茜に、ふたたびムサシが攻撃の構えをとった。


「形勢逆転じゃな、松ちゃん」

「そうみたいですね。それにしても長老はどちらを応援しているんですか?」

「はっはっは、私はただ『いいもの』がみたいだけだよ。さあ、どうする茜?」


 ムサシの怒りの視線を茜は一心に受けていた。

 しかし、茜は冷静だった。

 ムサシの向こう側に、腕を組んでみつめる兄・星丸の姿があった。

(お兄ちゃん、見ててよ)

 茜は忍者刀をかまえて、ふたたびムサシに襲いかかった。


「ほう、茜のスピードが上がったね。さすが星丸の妹だね」

 長老が後ろに控える星丸に声をかけた。

「いえいえ、まだまだですよ。それにあのスピードは長くはもちません。ここで決められないとムサシは捕まえられないでしょう」

「妹にも手厳しいね。でも星丸の言う通りでもある」

 長老はふたたび茜に目をやった。


「てーーい!」

 茜がスピードを上げたことで、ムサシの動きについていけた。

「てい、てい、てーーい」

 しかし、連続で攻撃を仕掛けるが、あと一歩が詰められない。

 茜の息があがってきた。

(早く決めなきゃ。でもどうやって……?)

 茜の足元に、風太郎が投げた手裏剣があった。

(よし、一か八かだ)

「ステファン! 手裏剣をたくさん投げて!」

 茜は後ろで控えるステファンにさけんだ。

「わかった!」

 ステファンは、ムサシ目がけて手裏剣を連続でなげた。

 しかし、風太郎のようにスピードも精度もよくない。

 ムサシはやすやすとよけた。

 そこで茜が動いた。


 カンッ!


 なんと、ステファンの手裏剣を茜が忍者刀で打ち返したのである。

 ムサシは意外な方向から飛んできた手裏剣におどろき、一瞬体勢をくずした。そこで、茜はふたたびスピードを上げた。

「これでどう!」

 もう一度、茜が渾身の力でムサシに切りかかった。

「てーーーーーい!」

 ムサシは急いで攻撃をよけた。

 だが、刀のほうが一瞬早く、ムサシの前足にあたった。


「ほぅ、茜も考えたね。手裏剣を打ち返してムサシの体勢をくずし、そこへ一撃をあたえるなんて、成長したね」

 長老は星丸に聞こえるようにいった。星丸は表情をかえず少しだけ頭を下げた。

「でも長老、傷を負ったムサシがえらく怒っているようですよ」

「そりゃ、怒るだろうけど、あらほんとだね、目が血走っているね」


 ムサシの反撃がはじまった。足に痛みはあるもののスピードは衰えていない。

 猛スピードのムサシに対し、茜は、力を使い果たし、防戦一方だった。

 ムサシは攻撃をつづけた。

 いままでの攻撃とは違い、茜をどこかに誘導しているようだ。

 その奇妙な動きにステファンは嫌な予感がした。

(まさか……)

 ステファンの脳に湯吉の言葉を浮かんできた。


 とうとう茜は大広間の縁側付近まで追いつめられた。

 そこで、ムサシは衣装の中から何かをくわえた。

 それを見た長老が「あら、まずいね」とつぶやき、星丸に目配せをした。星丸はうなずいて、さっとうごいた。

 ムサシは茜に向かって口を大きくあけた。

 次の瞬間、なんとムサシの口から炎が噴き出した!


 ぶぉぉぉぉーー


「きゃっ!」

 炎が茜に襲いかかる。


 茜は自分が焼かれたと思い、目をつむった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る