第十四話「洞窟」

 ステファンたちの視界が急降下していく。


(このまま落ちれば死んでしまう)

 ステファンは雷太郎の腕をつかみながら、もう片方の手でロープを強くにぎった。最悪の事態を想定して荷物からロープを取りだしていたのだ。

 そして無我夢中で目に映る木にロープをなげた。


(かかれぇぇぇ!)


 ロープは奇跡的に枝にかかったが、そのまま枝が折れてしまった。

 しかし、その反動は二人が落ちるスピードを緩めてくれた。


 ガサガサガサガサガサガサ……


 ステファンたちは枝や葉に当たりながら落下していった。

 枝で傷つきながらだったが、そのぶん地面に落ちた時の衝撃は耐えられるものだった。

(た、たすかった……)


 目の前には雷太郎がたおれていた。

 ロープが枝にひっかかった衝撃で手を放してしまったが、地面への衝撃はやわらいだはずだ。

 ステファンは雷太郎の体を確認した。

(よかった、気を失っているだけだ。大きな傷もない)

 ステファンは竜山が受けとめてくれた気がして、山に一礼した。

(とにかく、この雨をどこかでしのがなくては)

 雨はまだ強く降っていて、ステファンたちを雨粒が打ちつづけている

(あっ)

 ふと見ると、そこにふさがりかけた洞窟があった。


 ステファンは気力を振りしぼり、雷太郎を抱えて洞窟の中へにげこんだ。

 その洞窟は深くつづいていたが、そんな冒険をする余裕もない。

 ステファンは雷太郎を寝かせて、自分も座りこんだ。

 竜山のこと、あの忍者たちのこと、星丸や迅たちのこと、これからのこと。

 考えることはいろいろあったが、疲労がすべてを真っ暗にしてステファンを眠らせた。

 

「オイ」

 ステファンは小石が顔にあたりあわてて目をさました。

「オイ オマエ」

 目を開けると、雷太郎がこちらをにらんでいる。

「ココハドコダ ミンナハドコダ ナゼ オマエナンカト イッショニイル」

 畳みかけて話すので、理解できなかったが、とりあえず

「ダイジョウブデスカ?」

 と聞いてみた。

 すると雷太郎は目を吊りあげて

「オマエニ シンパイサレル スジアイハナイ! ミンナヲ サガシテコイ!」

 と言って、外に出ていくように怒鳴りつけた。

 とにかく外でなにかしてこいと怒鳴っていることはわかったので、ステファンは立ちあがった。

 雷太郎は、まだこちらをにらんでいる。

 ステファンは雷太郎の全身を眺め、一礼して外に出ていった。


 雷太郎は、自分も立ち上がろうとした。

「ウッ」

 足に激痛がはしった。どうやら足が折れている。

「クソッ」

 ステファンを追い出したのを後悔した。

 よそ者は気に食わない。あいつの頑張りや、少しずつ里のみんなと仲良くなっていること、風太郎までも心を寄せはじめていること。

 ステファンが自分に無いもの、そして自分が一番欲しているものを持ちえていることに嫉妬していると、雷太郎は気づいていなかった。

(爺やが反対しているんだ。あのよそ者は絶対排除してやる)

 とはいえ、この体でどうやってここから抜けだそうか。

 もし、みんなが見つけてくれなかったら。そう思うと心細くなってきた。


 コロン


 洞窟の入り口の小石が落ちる音がした。

(だれか迎えに来てくれた!)

「オーイ、ココダ!」

 雷太郎は、入り口にむかって声をかけると、コロコロコロと小石が複数落ちる音がした。


 グルルグルルル……


 雷太郎の顔色がかわった。

(やばい、野犬か狼だ)

 洞窟の入り口の外に、黒い獣の姿がみえた。

「ク、ク、クルナ!!」

 獣たちがゆっくりこちらにすすんできた。

 そして、先頭の一匹が雷太郎に襲いかかろうとした。

「ウワァァァ」

 雷太郎は手を振り回しながらまた泣きさけんだ。

 そのとき、


 バンッ


 獣に石が命中し、あわてて後ろにさがった。

 雷太郎は目を開くと、雨の中から松明をもって走ってくる者がいた。ステファンだった。

「オオオオーーー」

 ステファンは大声で叫びながら松明で獣たちを蹴散らし、雷太郎の前に戻ってきた。

(外で松明を作っておいてよかった)

 ステファンは、雷太郎に追いだされた後、冷えた体を温めるため、乾いた枝を探し、火打石で火を起こしていた。そのとき、雷太郎の声が聞こえたのだ。

 しかし、獣たちは引こうとしない。むしろ、グルルルルと言いながら、攻撃的な目をむけている。

(この数で襲われたらまずい。どうすれば……)

 ステファンが雷太郎を振りむいたが、雷太郎は怯えきっている。

(あっ!)

 雷太郎の姿にステファンはあることを思いだした。


「ライタロウ、カヤク!」

 ステファンは雷太郎から火薬をだすようにいった。

 雷太郎は少しとまどった。

「ハヤク!」

 ステファンの気迫に負け、雷太郎は懐の中から火薬の入った箱を手わたした。

 箱は湿っていた。中身まで濡れていたら爆発しないだろう。

 ステファンは、松明を振りまわしながら洞窟の入り口に近づき、松明をおいた。

(一か八かだ!)

 ステファンは松明の上に火薬の箱ごと投げこんだ。

 すぐさまステファンは戻り、雷太郎を伏せさせた。

(たのむ、爆発してくれ!)

 すると


 バンバンバババババン!!


 火薬は大きな音を立てて爆発した。

 さすがの獣たちも驚いて逃げていった。

 火薬の臭いが残る洞窟で、二人は助かったことを確認し、ほっと息をついた。

「ヨカッタ」

 ステファンが雷太郎に微笑みかけると、「フン」といって向こうをむいた。

 お礼こそ言わなかったが、ステファンに出ていくようにはいわなくなった。

 

 ステファンは雷太郎の足が折れていることを察し、太い枝を持ってきて、雷太郎の足を固定した。

 外を見ると雨が止んでいた。外の暗さは夜がそのまま引き継いでいた。

 しばらく座っていたが、この洞窟にいては星丸たちが発見しにくいと判断し、外で火を焚いて救援を待つことにした。

 獣がまた来る危険はあったが、「闇の一派」がまた襲ってくる可能性は低いとおもっていた。

 なぜなら、本当に殺す気なら、ステファンたちがロープを使っていた登山中に攻撃すればよかったのだ。それをせずに堂々と待ち伏せしていたところを見ると、なにか「挑戦」という意味があったのではないか。

(どれもみんな推測だ。あとは星丸たちを信じて待つしかない)


 ステファンは雷太郎に肩を貸して、焚火の前にすわらせた。

 二人は言葉が通じないこともあり黙り込んでいた。そのうち二人の疲労した体がどちらとなくまた眠りにいざなっていった。


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