第44話 再会! 赤い人
「「ネ……ス!!」」
僕を呼ぶメルノとシオンさんの声。けど、声は遠くなっていく。
ここから脱出しようにも、身体が動かない。まるで錘を付けられたかのように。
白い光は、おおよそ350度まで完成。あと残り10度。いや、速い! もう5度!
まずい! このままじゃ、僕はまたみんなから遮断されてしまう! けど、身体が動かない!
「させま……ん!」
「ア……カ!」
けど、残り2度くらいのところで、光は踏みとどまった。まるで何かに遮られているかのように。
いや、見える……! 霧が晴れていくかのように見えていく!
白い光を突き刺す、鋭い刃が! これは……刀!?
もしかして、これはアスカさんの刀!?
「ネルスは絶対に死なせません!」
アスカさんが光を止めてくれているからか、遠くなっていた声は再びはっきりと聞こえるようになっていた。
「大方、わたし達とネルスを接触させないための術か何かだと思っていました! それに恐らくさっきの魔獣たちは単なる陽動! ネルスに術をかけるための!」
「陽動!? って事は、この船をたまたま狙ったんじゃなくて、最初からネルスが目的だったってわけかー!?」
「ええ! おそらく……ですけどね!」
踏ん張りながらも、アスカさんは必死に刀を光に突き刺している。けど、光の力が強いのか、どことなく、刀が震えてきているように感じる。
「手伝うぜ! アスカ!」
「ア、アタシも!」
そして、まだ刀しか見えないけど、アスカさんの手を支えるかのように、メルノは刀の持ち手の部分に手を添えている。きっとそこにはアスカさんの手と、シオンさんの手もあるんだろう。
3人が僕を助けようと頑張ってくれている。それを思うだけで、自然と体が震えてくる。目頭も熱くなってくる。
「みん……な……!」
ありがとう……。僕なんかの為に……。本当に……!
「いい感じか? アスカ!」
「お陰様で! 二人とももう大丈夫! あとは、任せて下さい!」
そう言うと、アスカさんは大きく息を吸い、そしてゆっくりとはいた。何かを集中するかのように。
そして……アスカさんはこう叫んだ。
「吸収!」
その声と同時に、白い光はどんどん消えていった。
まるで刀に吸い込まれていくかのように。
……あれ、刀に吸い込まれる……ように?
『オレ、ネルスの魔法をたぶん丸太に吸収したわ。どーやったのかはイマイチわかんねーけど』
何、この声。
いや、何この記憶。
魔法を武器に吸収。今目の前で起きたような事、僕、昔見たことある……。
あれは確か……僕が魔法を放って、それを……赤い人に……。
赤い……人……?
『だから、諦めんじゃねえ。信じろ、お前の勇者を。勇者は絶対に死なねえ。だから、諦めんな』
あ……。
『さて、そろそろしめぇだ。最高級のネルスの魔法の味、堪能しな!』
あ……。
ああ……!
『もっとも、覚えてたらの話だけどな。オレの事、今日の事』
なんで……。
どうして……!
「やった! やったよネルス~! アスカさんが助けてくれた~!」
「ネルス! やりました! って、ネルス?」
「おい、どこか痛むのか!? 大丈夫かー!?」
「違う……でず……」
白い光はもうない。代わりに、傍に突き刺さっている刀が、白く光り輝いていた。
けど、皆が心配してくれる中で、僕はただただその場で蹲る。
……涙が止まらない。
皆が協力して助けてくれた。その嬉しさももちろんあった。けど、それだけじゃない。
「なんでっ……! 僕は……忘れてしまっていたんだ……っ!」
今の今まで、僕は忘れていた。あの人の事。
「赤い人……! あがいひど……!!」
名前も知らないあの人。いつかまた一緒にって、約束した赤い人。
あの日、確かに憧れたあの人。
僕が探そうとしていた、あの人。
今思い出した……。なんで今まで忘れていたんだろう……。
レイタ、ホノカ……。思い出したよ、僕。
赤い人の事……!
「赤い人? いったい何のことでしょう?」
アスカさん達にお礼を言わなきゃって思うんだけど、涙が止まらない……。
嗚咽が凄い……。
「あかいひと……ん……? んんん~~? んんんんん~~~~!?」
「メルノ? いかがしました?」
「ネルスさ、もしかしてキミ……アタシの知り合いが探している人?」
「え……」
鼻を啜り、涙を流しながらも、僕は嗚咽をぐっとこらえる。
「どういう……こと?」
そっと立ち上がり、顎に手を添えながら眉間にしわを寄せているメルノの方を眺める。
メルノは首を傾げながら、僕にこう言い放った。
「もしや、ネルスってゼロの知り合い?」
ゼロ? 聞いたことがない名前だけど……。
そう思った矢先だった。
「「ゼロ!!?」」
今度は思わぬ人たちが、その名前に食いついた。
「ひょ!? な、なしてあなた達がゼロの名前に反応するんです~!?」
「いや、だって……なあ?」
「ええ。メルノ、その話、詳しくお願いできますか」
メルノが言うゼロという名前に激しく反応するのは、僕ではなくて、アスカさんとシオンさん。ちなみに僕はその名前に心当たりはない。
「あ~、その、ゼロはアタシの魔物探しの旅の連れと言いますか、ボディガード的な。けど、ゼロにも目的がありまして」
「目的って!? 目的ってなんです!?」
「ん~、たぶんなんですけど、そこのネルス君を見つける事だったのかな~って」
「え? 僕?」
僕を、探している?
「ちなみに、ゼロは最初赤い人って名乗ってたよ~」
「なっ!」
赤い人が……僕を探している? しかもメルノの仲間だって!?
「あの、ゼロは……その人はほかに何か言っていましたか?」
「いや~特に何も……?」
「そう……ですか」
「んー、ワンチャン人違いの可能性もあるかもな」
「そうですね……。名前だけで同一人物と決めつけるのは少し時期尚早」
「ただ、もう探すのめんどくせえよ~。どこにいんだよアイツ~。もう向こうから来てくんねえ? 腹減ったしよ~ってよくぼやいていたりしましたね~」
「「「いやその人です! その人知ってる人です!」」」
と、僕とアスカさんとシオンさんの声が揃った瞬間であった。
「ま、まさかの皆さんがゼロのお知り合いだとは~……」
あははは……と苦笑いをするメルノ。
僕もびっくりだ。まさか、ここにいる全員が赤い人を……いや、ゼロさんの知り合いだとは。
「そっか、じゃあ、会えるかもしれないんだ。ゼロさんに」
「うん~。だったらアタシが会わせるよそしたら」
「ほんと!?」
メルノを介せば会える! 願ったりかなったりだ。とは言え、まずはミーナ達と合流しなきゃだけどね。アレンさんに事情を話せば、少しくらいなら会わせてくれるかもしれないし。
「アスカさん達もご一緒にいかがです~?」
「ええ、結構です」
「わかりました、じゃあ皆でひとまず一緒にアタシの故郷に……へ?」
「アスカさん、今、結構ですって言いました?」
「ええ。わたしと、シオンは会えません。それに、恐らく一緒にはいられない」
「だなー。ネルスがまだアイツと出会ってない時点で確定した。今はまだ、そん時じゃあないんだ……ってなー」
その時じゃない……? 何の話だろう。
それにあれだけ食いついていたのに、あまりにも意外な答え。
この人達、本当にいったい誰なんだろう。再びそう思った。
「ん~? おやおや」
一方で、唐突にそう言うと、メルノはチラリと外を見た。
「ほほー、噂をすればなんとやら~ってやつだね」
「え?」
外の方へと指を指すメルノ。メルノの指すがまま、僕もそっと顔を出す。
「メルノさん~~~~! お待たせしましたワン~~~!」
船の後方。そこにはノックの上に乗って手を振るロイの姿が見える。
ギルド警察を呼びに行ったロイが戻ってきたんだ!
いや、それだけじゃない!
ノックのすぐ下。海上にこの船よりも小さいボートが一隻。ギルド警察だろうか。
そこには二人ほど人影が見えるけど。
乗っているのは……。
「ネルスーーーーー! 無事ーーーーー!?」
「ミーナ!?」
あれは……ミーナ! 来てくれたんだ!!
じゃあ、隣にいるのはアレンさんかな?
……いや、違う! 赤い髪が見える! あれはアレンさんじゃない!
あれは……! もしかして……! もしかして……!!
「偶然もあるもんなんだな! 流石にビビるぜまったく!」
「いーや、それこっちのセリフだから! けどまさか、あのネルスがあなたの言っていた少年だったなんてね!」
「はは! ミーナこそネルスと知り合っていたなんてな!」
この聞き覚えのある声。知ってる! 林間学校で聞いた、あの人の声!
ミーナの隣にいるあの赤い髪の人。
間違いない。あれは……あれは……!
「噂をすれば何とやら……だね……」
「ホントだよね~!」
間違いない。赤い髪に、ちょっと気怠そうな雰囲気。不敵な笑み。
赤い人だ! 赤い人が、すぐ近くにいる!
「アスカさんもシオンさんも~! あれです! あれがゼ……」
2人に赤い人の姿を見せようと、呼びかけるメルノだったけど、どうにも様子がおかしい。
どうしたんだろうか。
「メルノ? どうかし……た……」
後ろを振り返ると、僕は目を疑った。
「い、いない……!? アスカさんとシオンさんどこ~~?」
隣でメルノはそう言っている。きっと、メルノの目にはもう見えていないんだろう。
けど、僕は違った。
「アスカさん、シオンさん、その姿……」
思えば、さっきアスカさんの刀が見えるようになっていた。こうなるのも時間の問題だったのかもしれない。
僕の目にははっきりと映っていた。さっきまでは見る事すらできなかったのに。
温かい光の粒子に包まれながら、徐々に身体が消えていく2人の姿が。
「くす、よーやく見えたようですね。ネルス」
「けど、どうやらお別れみてーだ」
「そんな……」
目の前にいるのは、刀を携えた、長くて黒い髪をした綺麗な女の人。そして、両手をグローブで包み込んだ、銀色の髪をした厚着の男の人。
顔を見るに、二人とも、間違いなく僕の知らない人だ。
だけど……
「折角、折角会えたのに!」
折角見えるようになったのに、まだ何も聞けてないのに、お別れだなんて……。
「くすっ、大丈夫です。ネルスとわたし達は、また会えますから。絶対に」
「だなー。じゃなきゃ、オイラ達はここにはいないもんな」
「アスカさん、シオンさん……」
自信満々でそう言い放つ二人。二人の事は分からないままだけど、ここまで言うって事は、きっと何かあるに違いない。
それに、この光の粒子。二人は今この世界にいる普通の人とは少し違う。なんとなく、それは分かった。なら、今は黙って見送ろう。助けてくれた二人を。
「ネルスー、この先、何があっても、絶対諦めんなよなー」
「大丈夫。あなたは絶対に大丈夫ですから」
そう言いながら、二人は拳を握って、小指を突き出した。
指きりか。子供のころ以来だ。
僕も二人と同じように拳を握って小指を突き出してみる。
光とともに消えゆく手を出して、二人は僕の小指と交わらせた。
全く感覚なんてない。まるでそこには人なんかいないように。
「約束、分かりました」
二人が言う事が本当なら、きっとまた会える。だから、信じよう。これはきっとお別れなんかじゃなくて、また会うって言う約束だから。
また会って、その時は、今度は僕が二人を……。
「また、会いましょう!」
そう言うと、二人は優しく微笑みながら、静かに消えていった。光に包まれながら。
「……ルス? ネルスーーー!?」
「へ?」
突然、隣から大きな声でメルノの呼ぶ声が。
「どした~!? めっちゃボーっとしてたけど」
「あ、え……」
「てか、アスカさんとシオンさんどこ!? いなくなっちゃってんだけど~!?」
「…………」
メルノは見えてなかったのか。
いや、最後だけ、僕だけが見えた?
分からない。けど、二人がいなくなったって事はつまり……。
「二人ともーーー! 空中にどうやって浮いているのか知らないけど、もしも動けるならこっちのボートに乗って!」
「浮いてる? え、アタシたちが~?」
やっぱりそうか。たぶん今、ミーナからは僕らは浮いて見えているんだね。船が見えていないから。きっとこの船……いや、シオンさんの魔物も、たぶんきっと見えなくなる。最初からいなかったかのように。
だからこの上に乗っている以上、早くどこかに移動しないと僕らは危険だ。海に放り出されてしまうかもしれない。
「何言ってるの~!? アタシら船に乗っているんだよ~~!?」
「船!? そんなのどこにもないけどーーー!?」
「ええ~~~! いやいやいや、そんな何を言っていらっしゃいますか~! こうしてアタシらこんなに大きな船にぃいいい~~~~!?」
「うわあああああああああああああ!!」
って、思った途端にそうだ! 船も消えていってる!
つまり僕らも海に落ち……!
「落ちるーーーーーーーーー!」
「ネルス!!!!」
ミーナの声をよそに、真下へと落下していく僕ら。
思わず僕は目をぎゅっと閉じる。
そして、身体が一気に冷たいものに覆われる感触。
ああ、海の中へと吸い込まれているのを感じる。
マズイ……僕、泳げないんだった……!
服が重くて、浮かばない……!
「ネルスーーーーーーー!!!!」
籠ったミーナの叫び声が微かに聞こえる……。
息が出来ない……。
メルノの方は、ノックが間一髪でメルノの服を咥えて何とか助かったみたいだ。一瞬だけど見えたからわかる。
けど僕は……。
そっと目を開けてみる。
ああ、海面が上に見える……。
太陽の明かりがどんどん、小さくなっていく……。
僕……このまま……。
……え、人影。
赤い髪の人が……僕の手を掴んで……、それで……上に昇って行ってる……?
赤い……人……?
また僕を……助けて……。
「ったく、手間かけさせんじゃねーよ。昔とホント変わんねーのな」
「ゲホッ ゲホッ」
海面まで戻り、飲み込んでしまった海水を必死に吐き出す。
うう、しょっぱい……。
凄くしょっぱいよ……。
「赤い人……」
目の前で優しく僕の肩を抱くその人を見て、僕の視界は海水で歪んだ。
目の中にまで水が入るなんて……。
鼻の中まで……。
全く、身体の震えが止まんないよ……。
嗚咽が酷い。これも海の仕業だね……。
「……大きくなったな。ネルス」
優しいその声に、僕の中でいろんな気持ちがあふれ出す。
「赤い人……! 赤い人ぉおおおおおおおおおおお……!! うわぁあああああああああああああああああん……!!!」
故郷を失くし、家族同然の友を失くし、独りになった僕。
ミーナと出会い、共に仇を討ち、ここまで来た僕。
何度も魔獣の魔法に捕まりそうになった僕。
助けてくれたアレンさん、メルノ、ロイ。そして、アスカさんとシオンさん。
短期間で、色んなことがあった。ありすぎた。
感情がごっちゃごちゃになったのか、それとも、単なる嬉しさだったのか。それとも、他に理由があったからなのかは分からない。
「うわぁあああああああああああああああああああん……!!!!」
ただ、この時の僕は、海の上で、小さい頃に憧れた人の腕の中で大きく泣きわめいた。
けど、しつこく僕をつけ狙う魔獣の存在。そして、何故か僕と赤い人を知っていた、謎の存在だったアスカさんとシオンさん。
僕の旅は、まだ始まったばかりだ。
第四章 3節 集結の勇者……完
4節 成人の義と仮面の女 へ続く
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