第43話 船上の戦い
「ネルスとの約束で、わたし達は、今からおおよそ数百年前の過去から時を超えてやってきました。この時代に」
「だなあ。いろいろ大変だったよマジで」
「ほー、それは大変だったワンね~」
「ええ。にもかかわらず、そこのハエ虫はなんにも覚えていないという始末」
「い、いいやちょっと待って!!」
ナチュラルに話をすすめようとする3人ホントなに!? 理解がまるで出来ないんだけど!
「過去って言いましたよね!? 過去ってつまり、そういう!? しかも数百年前!?」
「はい。過去は過去です。数百年前の。魔王討伐後の時代から」
「魔王……!?」
数百年前、魔王と呼ばれる血も涙もない暴君が近隣の国々を侵略、支配し、人々を恐怖で支配していったって。それを止めたのは数人の名もなき英雄だって。今じゃただのおとぎ話。
他のおとぎ話だと、二人の英雄って話だったり。赤い髪と、青い髪の。
どちらにしても、過去の歴史で起こったかもしれない出来事くらいの認識だけど。
まさか、その名もなき英雄ってのが目の前の人達って事なんじゃ。そもそも過去から来たって何? いったい何しに……てかどうやって!?
「本当にあなた達って一体……」
「わたしの事を忘れた人になんか答えたくありません」
「ええ……」
まだ拗ねているのかこの人は。
「ともかく、わたし達は過去からこの時代へとやってきた者です。それで、シオン……つまりネルス、あなた達の目の前にいるであろう透明な男の魔物に乗って、陸を目指して現在進行形でこの海上を渡っている。そんなところです」
「な、なるほど。……え、魔物?」
この人、今魔物って言った? 魔物に乗って? え、この船ってもしかして。
「あの、ひょっとしてこの船って……魔物なんですか?」
「だぜえ。魔物つかいであるオイラの契約魔物。巨大な体に船をつけてあるんだ」
「ええええええ!!」
「ほー、この船も僕と同じ魔物なんだワンねー。大きな魔物だワン」
「驚くとこそこ!?」
いや、確かに大きいのもびっくりだ。でも、魔物が船になっているなんて……!
そんなの聞いたことがない。
確かに、言われてみれば人気はないし、操縦している様子もない。まあ、見えないだけかもしれないけど、恐らくこの船には今この場にいる人達しかいない。人が船を動かすんじゃなくて、魔物が意思を持って進んでいるんだ。なるほど、どーりで人が乗っていないわけだ。
だけど、それだけじゃない。目の前にいるらしい透明人間の男の人も魔物つかい!
それもこんな大きな船にもなってしまう魔物を従える魔物つかい! もしかしてこの人達、凄い人達……やっぱり、名もなき英雄なんじゃ!?
「そーいやあ、ネルス達ってどうやってここ来たんだ? 魔法かなんかかい?」
そう考えている矢先、シオンと呼ばれる魔物つかいが僕にそう聞いてくる。そういえばまだ話してなかったっけ。
「あー、実は、巨大な魔物に捕まっちゃって、それでここまで連れてこられたって感じです」
「魔物に?」
「僕とメルノさんもそうだワン」
「大きな鳥のような魔物です」
「もしかしてそれって、あんな魔物ですか?」
「え?」
僕はふと左側を見る。すると、ロビーの左側、さっき僕をここまで運んできたあの魔物が飛びながらこちらを窓越しに見ていた。
「あ、あれです」
「なるほど、大方、やんちゃな鳥ってところだなー」
やんちゃで済めばいいんだけど。とは言え、あの魔物はすぐそばにいる。メルノが追っている魔物が。
「メルノさん。魔物がいるワンよ~」
「う、う~~~ん……」
ロイに身体をゆすられ、ゆっくりとメルノは起き上がる。
けど、メルノはまだ透明な二人。アスカさんとシオンさんの事をお化けだと勘違いしているはず。まずはその誤解を解かなきゃだ。
「あり? お兄さんとお姉さん、どちら様で~~?」
けど、もうそんな必要はなさそうだ。
「およ? オイラ達が見えるのかい?」
「見えるもなにもいるじゃないですか~」
うっそ。メルノまで見えるようになったの!? 僕は未だに二人の事が見えないのに!?
「ふう。これで、わたし達の事が未だに見えないのは、そこの借金踏み倒したハエ蟲だけですね」
う、見えないのに、鋭い視線を感じる。み、見えないんだから仕方がないじゃないか。
はあ。とは言え、メルノとロイは二人の事が見えるみたいだけど、僕は未だに見えない。一体なんでなんだろう。
「おお! アレはもしや怪鳥ノック! ここであったが百年目ぇ~!」
一方で、魔物の存在に気付くなり、メルノは魔物の近くへと駆け寄る。魔物の方はと言うと、鋭い目つきでメルノを見ている。
「怪鳥ノォオオオオオック! アタシと今すぐ契約を~~~!」
「キキーーーーーーーーーッ!!」
窓越しとはいえ、魔物の雄たけびがこちらまで伝わってくる。勿論、何を言っているのかさっぱりだ。だけど、獲物を捉えたかのような鋭い目つき。僕らを捕まえてここに運んできたように、あの魔物はもしかしたら僕らを……。
だとしたら、あの魔物はもう魔物としてではない。魔獣として、相手をしなければならないかもしれない。
その考えからか、僕は無意識のうちに腰に備えてある魔法剣に手を伸ばしていた。
「え? 変わった匂いがするからアタシたちをここへ運んできた? 一緒に遊びたい?」
「キキーーーーーーーッ!」
「アタシ達の匂いが気に入った?」
「キーーーーーッ!」
「「いやいや~照れちゃう(ワン)~~~~!」」
って、襲ってくるわけじゃないのかいぃいいいいいい!!!!
しかも、メルノ魔物の言っている事分かるの!?
「ネルス目見開いちゃってるけど、どしたかな?」
「メルノ、その魔物の言っている事分かるの?」
「わかるよ~~! ほらアタシ魔物つかいだし」
やっぱそうなんだ。魔物と意思疎通することが可能。これが魔物つかい。
ん? じゃあ、もしも魔獣となった魔物はどうなんだろう。
「ほら~、窓開けたから入りな魔物さん」
窓の近くからシオンさんの声が聞こえてきた。見えないからなんとも言えないんだけど、どうやら、窓を開けてくれたらしい。窓がゆっくりと下がり、怪鳥ノックと呼ばれる魔物はひょっこりと顔を出した。
「よ~しよしよし~~いい子だね~~~~!」
そう言いながら、メルノは魔物のくちばしをわしゃわしゃと撫でる。魔物の方も満更ではないようで、気持ちよさそうに目を細めている。流石は魔物つかい。魔物の扱い方には慣れているらしい。人を掴んで運ぶ巨大な魔物もメルノの前ではただの犬猫と変わらない気がする。そんな中で……。
「およ? 腕が」
メルノの右腕の紋章は唐突に青く光り輝き始めた。
「メルノ、それって?」
「ふっふっふ~、ネルスくん、よくぞ聞いてくれました! それでは、見せちゃいましょ~! 魔物つかいメルノによる、スペシャルショウを!」
メルノはニンマリと微笑みながら、青白く輝く右腕をノックに見せるかのように上に掲げる。すると、ノックの身体は、メルノの腕と同じような青白い光に包まれる。
「ゴホン。えー、我、魔物つかいメルノの名の元、汝と契約を結ばん」
怪鳥ノックは目を閉じ、メルノもまた目を閉じる。光はますます輝きを増し、やがて僕も目を開けていられなくなる。
目を閉じ、光が弱まったその時、僕は目をそっと開けた。
「メルノ、今のって?」
「よくぞ聞いてくれました。これこそ魔物つかいの得意技! 魔物との契約!」
「魔物との契約!?」
「そそ! 魔物を好きな時に自分の元へと呼び出すことが出来るようになる契約。魔物つかいは魔物を使役する存在だからね~!」
得意げに話しているメルノだけど、初めてみる僕にとっては驚きを隠せない。
「凄いよ! 一体どういう仕組みでそういうふうになっているの!?」
「ちょ!? ネルス!?」
とっさに僕はメルノの手を取って、腕を間近で見てしまっていた。まずい、手を離さなきゃ!
「あ、ご、ごめん!」
けど、手を離したその瞬間。
「キーーーーーーッ!」
「うわっ!?」
たった今契約が終わったらしいノックがメルノを庇うかのように顔を乗り出し、僕の間近でくちばしを尖らせて、僕を睨みつけた。
それはまるで、主人を守ろうとするボディガードのような感じにも見えた。
思わず腰を抜かす僕に対し、メルノはそっと手を差しのべてくれた。
「ノック、大丈夫だよ~! ネルスも大丈夫~?」
「う、うん」
ノックはそっと顔を引っ込め、僕もまたメルノの手を掴んでゆっくりと立ち上がった。
「もう怖がらなくて大丈夫ぃ! ノックはたった今、アタシの仲間になりました!」
「仲間!?」
「さっきも言った通り、ノックと魔物つかいとしての契約を結びました~! なので、これからはいつでも呼び出せるし、何なら二人くらいならノックの背中に乗って移動、なんてことも出来るかも?」
「んな!?」
すごい。魔物を使役するって言っていたけど本当にそうみたいだ。魔物と意思疎通をし、更には呼び出しも出来る。これが、魔物つかい!
「ん~、仕組みとがどうとかって聞いていたけど、正直仕組み何て分かんない!」
「ありゃ」
そっか、知らないんだ。それなら仕方がないね。気になるところだけど。
「でも、こんな事が出来るのはどうにもアタシら魔物つかいの集落の人達……つまり、魔族の血が流れている人達だけー的な事なら聞いたかな~」
「魔族?」
って、なんだ? 魔物とかとは違うのかな?
首を傾げていると、傍からシオンさんの声が聞こえてきた。
「え、ネルスお前、魔族の事も知らない感じ?」
「はい……?」
魔族の事もって、逆にこの人はそれを知っているのだろうか?
「もしかして記憶喪失ってレベルじゃないんじゃ……。あ……」
「シオン? どうかしました?」
「なあアスカ、このネルス、もしかしてたぶんまだ……」
と、今度は見えない二人が何やらこそこそと話をしている。
見えないところから聞こえる声。不気味なような、シュールなようなそんな感じ。けど、メルノとロイはやはり二人の事が見えているようで。
「ところで、このお兄さんとお姉さん、どちら様?」
「うーん、僕もよくわかんないんだけど。何故か僕の事を知っている、過去の人、らしい」
「カコ?」
メルノが首を傾げたその瞬間だった。
パリーーーーーンッ!
「「「なっ!?」」」
窓が割れるような激しい音が、操舵室の方向から聞こえてきた。
「シオン!」
「わかってらい!」
「ネルス! あなた達はここにいて下さい! 操舵室はわたし達が見てきます!」
「え、ちょ、ちょっと!?」
アスカさんは慌ただしそうに、シオンさんと共に操舵室の方へと向って行ったようだ。
一体何が起こったんだろう。
「メルノ、ロイ、僕たちも見に」
「キーーーーーーーッ!!」
見に行こうと言おうとした途端、ノックが大きく雄たけびを上げた。
「こ、今度は何!?」
「ネルス、どうやら……来たみたいだよ~……」
何かを悟ったらしいメルノは、静かに微笑んでこそいるものの、額からは汗を流している。
「来たって、何が?」
「ノックが教えてくれた。アタシら狙われているみたい。敵さんに」
「敵!?」
敵って、まさか!?
パリーーーーーーンッ!
さっきと同じような音が今度は別の方向から響き渡ってくる。ロビーの奥、他の部屋への通路からだろうか。
パリーーーーーーンッ!
いや、それだけじゃない。
「シャァアアアアアアアアアアアア!!」
ノックのものとも違う別の雄たけび。けど、胸を突き刺すような、殺意に満ち溢れた咆哮。魔物つかいじゃなくても分かる。この咆哮は、僕に対する敵意。
「ネルス、ぶっちゃけアタシ、魔物呼んで戦うくらいしかできないけど……」
「大丈夫。一応僕は、戦える」
パリーーーーーーンッという音が再び響き渡り、遂にそれらが姿を見せる。
数はざっと6体程。けど、一般人を襲うだけなら十分すぎる数。
数体の魔獣が、この船を襲撃し、遂には僕らを囲い込んでいた。
鋭いくちばしの魔獣に鋭い牙をもつ魔獣。更には棍棒を持った魔獣もいる。
共通点は、全員が翼をはやしている。周りは海。恐らく空中から襲ってきたんだろう。狙いは船なのか、それとも僕なのかは分からない。ただ、僕らのやるべき事は一つ。
「メルノ、ロイ、僕の後ろに下がって」
アケルさんから貰った魔法剣を持ち、そこから刃を引き出す。
メルノは戦えない。分からないけどたぶんロイも。
アスカさんとシオンさんは操舵室へと行ってしまった。けど、たぶんあそこにも魔獣はいると思う。助けは期待できない。
実質6対1。けど、やるしかない。
「大丈夫、きっと勝てる」
そう自分に言い聞かせる。ミーナと一緒に戦った時を思い出せ僕。あの力を剣に加えたアレさえ放てば、きっとなんとかなる。
「ネルス、アタシは他の魔物を呼んでサポートできる! ロイはノックに乗ってギルド警察よんできて~! ノック~!」
「キーーーーーーッ!」
ノックは顔を窓から引っ込めて、翼を広げて身体を水平に保っている。
「わかったワン!」
そしてロイは窓から身を乗り出し、ノックの背中に乗り込んだ。ロイがノックの背中にしがみつくと同時に、ノックはメルノの言った通り、ナミルがあるであろう方角へ向かって羽ばたいていった。
これは助かる。ナミルにはアレンさん達やミーナがいるはず。ここまでどのくらいの距離なのかは分からないけど、助けを呼んだ以上、遅かれ早かれここまで来てくれるはずだ。
だから今はこの場を乗り切らないと。
「召喚!」
メルノがそう言うと同時に、メルノの右腕が青く光り輝きだす。すると、僕の隣、そしてメルノの目の前に見知らぬ魔物が現れた。
怪鳥ノックとは違うけど、これも翼の生えた魔物。大きさは僕よりも小さい。大体1メートル50センチくらい。くちばしは尖っているけど、牙とかはない。二本足。ただ、爪はちょっと鋭かったり。相手の魔獣に比べるとやや劣るかもしれない。
魔物を戦わせるのだろうか。それとも他の戦い方があったり?
「シャアアアアアアアアアアア!」
棍棒を携えた一体の魔獣の咆哮と共に、魔獣6体が僕ら目掛けて襲い掛かってきた。
僕は魔法剣をぎゅっと握る。すると銀色に輝く鋭い刃が現れる。そこに加えるようなイメージで、あの力を僕の右手から引き出す。
紫色に光る稲妻が、自然と魔法剣の銀色の刃に集っていった。
「魔勇の斬撃-ネルスラッシュ-!!」
魔法剣に集っていた紫色の稲妻は、凄まじい斬撃波となって、襲い掛かってきた魔獣おおよそ3体分目掛けて直進した。
ゲルマをも引き裂いたこの力は、魔獣3体に対しても力を発揮してくれたようで。
「「「シャアアア……!!!」」」
3体の魔獣は身体を引き裂かれ、僕の稲妻に身体を焼かれながら床へと落ちていった。
これでとりあえず3体。
けど、まだ3体残っている。だけど。
「そりゃあああああ!」
「「シャアアア……!」」
うち2体が、メルノの引っ搔きによって床へと落ちていった。そう、引っ掻きだ。でも、ただの引っ掻き攻撃じゃないと思う。何故なら、メルノの両腕が黄色く光っているから。それに、その黄色い光は、メルノの後ろに下がっている、さっき呼び出した魔物の腕と酷似していた。
メルノの魔物はと言うと、メルノの後ろで宙に飛びながら鋭い爪のついた二本足をメルノ目掛けて突き出していた。
……この戦い方はいったい?
「シャアアアアアアアア!!」
けど、そう思っていた矢先、棍棒を持った魔獣は隙アリと言わんばかりに、落ちていった二体の魔獣の影から現れて、棍棒を大きく振り下ろした。
「魔勇の雷撃-ネルライマ-!」
だけど、黙っている僕じゃない。その魔獣目掛けて、僕は左腕から紫色の雷撃を放出させた。禍々しく輝く稲妻は、魔獣の身体を駆け巡らせ、身体を焼き尽くしている。
痛みに耐えられなかったからか、魔獣は棍棒を床へと落とした。
そしてその瞬間に……。
「隙アリいいいい!」
メルノは黄色く光り輝く両腕を大きく振り下ろした。なにか鋭い爪に引き裂かれたかのような傷をつけ、魔獣は白目を剥きながら床へと落ちていった。
「よーーーーっし! アタシらの勝利じゃーーーーー!」
メルノは拳を上に突きだして、ニィって笑う。魔物もまたくちばしを大きく開いてクェーっと鳴いた。
これで魔獣6体、全員なんとか倒せたっぽい。
船に乗り込まれてびっくりはしたけど、何とか倒せてよかったけど。
「「凄いね! 今のどうなってんの(かな)!?」」
今の戦いに、お互いがそう思ったらしく、思わず声が合う僕ら。
「「あはは!」」
魔獣を倒せた喜びと、声があった事とかから、思わず笑いがこみあげてしまう。
「じゃあ、アタシから話すね!」
メルノは呼び出した魔物の頭を優しく撫でながら、こう話した。
「アタシら魔物つかいは、魔物を呼びだして、一緒に戦います。けど、魔物を戦わせるとかじゃなくて、魔物から力を借りて戦うのですはい!」
「魔物から力を?」
「そそ。えー今回はアタシの仲間の一人、ガルダから鋭い爪の力を借りたのですね~。毒を持って毒を制す。鳥相手には鳥って感じでね」
「なるほど。それで、この魔物を。それで、魔物は……ガルダは何をしていたの?」
「ガルダは魔力をアタシに送っていたよ! そんで、ガルダの魔力をアタシが受け継いでそれを形にして、こう、爪のような感じに」
メルノは腕を僕に見せつけてくる。メルノの腕の紋章からガルダの足と同じ色の黄色い光が放出されて、それがメルノの腕全体を包み込んでいる。そして、メルノの手の先端はというと、黄色い光は鋭い爪のような形で構成されていた。
「アタシの魔力とガルダの魔力。魔物つかいはそれらを一つにし、更にブーストさせて戦わせる……的な事を族長が言ってたかな。詳しくはよくわかんないけど」
「凄い……! これが、メルノの、いや、魔物つかいの戦い方!」
普通の魔法で戦うとかでもなければ、武器を持って応戦するというわけでもない。魔物と力を一つにして戦う戦闘。これが、魔物つかい!
「てなわけで、アタシはこんな感じ~。んで、ネルスのそれは?」
そうだね。問題は僕だ。理解できないこの力。一体どう話せばいいのやら。
「一応、魔法……なんだと思う」
「ん~~、随分と自信なさげな回答~」
「僕も分からないんだ。どうしてこんな力が使えるのか。この魔法が何なのか。そもそも魔法なのかさえも」
「自分の力なのに分からない~?」
「うん……。物心ついたときから、いつの間にか使えるようになっていたんだ。構造も仕組みも分からないこの力」
僕はそれをイメージする。すると、右手から紫色に輝く稲妻が小さく迸った。
「わーー出てんね~! これ雷の魔法? ではないの~?」
「それすらも分からない。雷っぽい感じはするけど」
僕は力の放出を止め、こう続ける。
「構造も仕組みも分からない。けど、イメージすれば出せるんだ。この力を」
「ふ~ん、なんだかちょっと物騒ね~」
ぐ、そう言われると心に刺さる。小さい頃にホノカのお父さんを怪我させてしまったくらいだからね……。
「でも、人を守るために使うのなら、これほど心強いものはないと思う~!」
「メルノ……」
「ニッシッシ! 少なくとも、アタシは今その力に救われたよ! だから、ありがとね!」
メルノは気にするなと言わんばかりに笑顔を作り、僕の肩をポンポンと叩いた。
「ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいよ」
思わず、僕の頬も緩んだ。
「てなわけで、とりあえずこっちは解決したけど~……」
メルノはそう言うと、操舵室方面へと顔を向けた。
そうだ、アスカさんとシオンさん!
「まずい! アスカさんとシオンさんを助けに行かないと!」
「呼びました?」
「へ?」
誰もいないはずなのに、目の前から声が聞こえてきた。
「お二人さん、操舵室は何事もなかった感じで~?」
と、ナチュラルに会話を始めるメルノ。
そうか、目の前にいるんだね。
まさかもう戻ってくるなんて思わなかった。
「何もなかったわけではありませんが、直ぐに解決させました」
「まあ、対して強えー敵ってわけでもなかったな。オイラにかかればちょちょいのちょいよ」
「シオン、あなたは何もしてませんでしたよね」
「いーだだだ! アスカ! ほっぺつねんなよ!」
見えてはいないんだけど、目の前で微かな殺気を感じる。シオンさん、アスカさんには頭が上がらない感じなのかな。
「あーははは……。でも、魔獣来たんですよね? アタシらんところは6体程でしたけど、あっという間に対峙しちゃったって事です~?」
「こちらは10体程。まあ、秒でした」
「「び、秒!?」」
10体近くいた魔獣を、秒って……。
本当にこの人、何者なんだろう。
「てか、こっちにも魔獣来た感じかー」
「お二人とも、怪我はしていませんか? 大丈夫ですか?」
どうやら心配してくれているようだ。ここはビシッと答えて、信頼度を上げて、是非とも二人の事を教えてもらわなきゃだね。
「はい! 秒って程ではありませんけど、短時間で一応は退けました。勿論、僕もメルノも怪我はしてません!」
「ネルス~、お二人さんいるのアタシの目の前。つまりネルスの真横だよ~」
「え?」
「あなたに聞いているのではなく、メルノと魔物に聞いていたのですけど?」
「ええ! お、お二人ともって、僕とメルノではなくて、メルノと魔物!? そんなあ!」
「わたしに心配されようだなんて、100年早いです」
うう、意地悪な人だ……。
「早く片付けてネルスの元に戻らないと! って操舵室で言ってたのどこの誰だったかねえー」
って、思ったんだけどそうでもないのかも? つまり僕の事を心配して……?
シュッ!
何だろう、今の音は。
何やら、空気が切れるかのような音が一瞬、僕の真横から聞こえてきたんだけど。
「黙りなさいシオン」
「わ、わーった! オイラが悪かった、だから、し、しまおうな! 刀! 危ないからあ!」
シオンさんの怯えた声、そして、メルノの青ざめた表情。
なるほど。アスカさんは、怒らせてはいけない人なんだなって言うのがなんとなくわかった。うん。……てか刀持ってんの!?
「まったく。相変わらず、わたしの事が見えていないようですね。ネルス」
そんなちょっと、こわ……いや、頼もしそうなアスカさんが僕にそう聞いてくる。
ここは正直に答えよう。
「見えません」
「うっそ、こんなハッキリ見えるのに~?」
と、メルノがそう言ってくるけど、本当に見えない。どういうわけか、二人とも僕を知っているようで、しかも過去から来た、なんて言っているくらいだ。
僕だって、二人の姿を拝見して、二人の素性を知りたいのに。
「ごめんなさい」
思わず、僕の口からそんな言葉が出てしまう。
「二人とも、僕の事知っているんですよね。けど、僕はお二人の事を存じ上げないし、こうして姿形を見る事すらできていない。だから、ごめんなさい」
本当は僕だって二人の事を見たいし知りたい。けど、見れない。悔しい。
頭を下げながら、唇を噛んで、僕は拳をぎゅっと握った。
けど、その時だった。
「「なっ!?」」
シオンさんとメルノの驚いたような声。
それと同時に、心なしか、僕の上半身は生暖かい感触に包まれた。
なんだろう、この温かい感覚。
「いいのです。いつかきっと、あなたはわたし達を見ることが出来るようになる。わたしはそう信じていますから」
僕のすぐ間近から、優しい声が聞こえてくる。
「謝らなければいけないのはこちらです。あなたの今の状況を確認しないままに、先走ってしまいました。ごめんなさい」
「アスカ……さん?」
間近で聞こえる優しい声。そして、上半身から感じる生暖かい感覚。どことなく、心が休まるような感じ。
もしかして、アスカさん、僕の事、抱きしめてる?
「先走ってしまったのは、あなたに会えたのがあまりにも嬉しくて、つい」
「え、なっ……ええ!?」
そ、それってどういう意味で!? 本当に僕とアスカさんってどんなご関係で!?
「あなたがわたし達の事を知らないのも無理ありません。なんせ、あなたは本当に知らないのですから」
「え?」
本当に知らない? 僕がこの人達の事を?
「けど、それは今だけの話です。近い将来、あなたはきっと、わたし達を知り合う事になる。その時は、わたし達を助けて下さいね。約束ですよ?」
耳元から聞こえる優しい声。
不確定要素があまりにも多すぎる予告。
そして約束。
だけど、どういうわけか、アスカさんの言うそれは、自信に満ち溢れていた。
まるで、そうなる事を知っているかのように。
「え……あの……」
どういうことなんだろう? 僕が、アスカさん達を助ける? 近い将来に?
「あの、それって……」
詳しく聞こうとしたけど、その瞬間だった。
「んな!? くっ!」
アスカさんの軽い悲鳴が目の前で聞こえたと同時に、温かい感覚は無くなる。恐らくアスカさんは傍から離れたのだろう。
それとほぼ同時に、丁度僕を囲い込むくらいの大きさで、それは唐突に出現した。
「嘘、でしょ?」
見覚えのある忌々しい光。クルミ村とリアサでも見たあの白い光。僕の足元で円を描くかのように現れているその光は僕だけをゆっくりと囲い込んでいった。
聞かせない。知らせない。お前にだけは、二人とは接触はさせない。絶対に。
そう言わんばかりのタイミングと大きさで、足元の白い光の円は、僕を閉じ込めていった。
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