第42話 邂逅! その名はアスカとシオン

 一部屋一部屋をそっと覗き込みながら。一応ノックしてから、僕らは探索を続ける。

 途中で何回か強い風が吹いて、窓がガタガタってなってその度にメルノは軽く悲鳴を上げていた。

 握っている手も少しばかし手汗が出ているようだし、相当怖がっているようだ。早く船の中全てを探索して、安心させたいな。

 ただ、肝心の船の中はというと、全体としては大きいんだけど、部屋の数は少ないようで。


「ここが、最後の部屋、かな」


 扉は他の部屋よりも一段と大きく、頑丈そうに見える。この中は恐らく船の正面側に位置する場所。つまり操舵室だ。

 ここに本当に誰もいなかったら、この船は無人船。誰もいないのに動いている事になる。


「ア、アタシここも調べたよ~?」


「そっか。だとしたら、この船は本当に……」


「うぅ~……」


「僕が確認するから、メルノは目を閉じてていいよ」


「う、うん」


 メルノの右手をぎゅっと握りながら、僕は操舵室の部屋をノックする。

 案の定、部屋の中からは返事は勿論、物音すら聞こえない。

 てことは、やはり誰もいないのかな?


「……失礼します」


 そっと中を開けてみる。まずは部屋の中を覗き込むような感じで。

 扉の隙間からは人の姿は確認できない。

 そのままそーっと扉を開けていく。

 すると……。


「およ? どちら様で?」


 中から男の人の声が聞こえてきた。

 よかった、人がいるみたいだ。


「すみません。僕たちちょっとここの船に迷い込んじゃって」


 そう言いながら、僕は扉を思いっきり開いた。


「あれ……?」


 けど、そう思った反面、中は人なんて誰もいなかった。


「って、お前……! ま、まさか……」


 何故か、声だけが聞こえる。


 ま、まさか本当に……!? メルノの言った通りお化け的な……!?


「ネルス、なのか?」


「ふぇ?」


 え? ちょっと予想外な展開。

なんか僕の名前を呼ぶ男の声が聞こえる。けど、操舵室には相も変わらず誰もいない。じゃあやっぱりそういう事なのかな。


「メ、メルノ、やっぱりこれ」


「はわわわわわ、聞こえない~~! アタシはなんにも聞こえましぇん~~~~」


 メルノは僕の後ろで空いたもう一つの手を耳に当ててワーワーと口に出している。

 正直、この状況は流石に僕も耳を塞ぎたいくらいだ。

 なんだけど……。


「ネルス! ネルスだよな!?」


 聞きなれない男の人の声。声的には若い人。

 少なくとも知り合いや記憶の中ではこの声は聴いたことがない。

 いや、そもそも僕はいくつかの記憶を失っている。もしかしたら忘れているだけなのかもしれない。


「は、はい。ネルスですけど……」


 一応、反応してみた。すると、よし! っていう喜ぶ声が。


「やった! やったぞ! って事はここの時代は……!」


 ここの……時代?

 いったい何を言っているのだろうか。


「おいアスカ! 大変だぜ! こっち来いよ~!」


 アスカ? はて。聞いたことのない名前だ。


「はぁ。シオン。さっきからギャーギャーと煩いです」


 と、今度は綺麗な女性の声が部屋の奥から聞こえてきた。

シオン? こっちも聞いたことない。この男の声の主はシオンって言うのかな?


「耳が痛くなったらどうしてくれるんですか」


 同じく、女の人の声が聞こえてきた。でも相変わらず人の姿は見えない。


「そりゃあぎゃーぎゃー騒ぎたくなるっての~! 見てみろよ! 入り口を!」


「入り口って。一体どうし……て……。嘘……」


「嘘じゃねえ。マジだ。本当に来ちまったんだオイラ達」


「ネルス……? ネルス……なのですか!?」


 え、え? 今度は女の人が僕を呼んでる!?

 ホント何? 何この状況!? 知り合いが、透明な知り合いが目の前にいるって事?


「どうやら、本当に来れたみたいですね……! わたし達」


「ああ! ネルスの時代にやってきたぜ!」


「よかった……! 本当に……!!」


「これなら、きっとゼロとの再会も夢じゃなくなってきたな」


「ええ……! とりあえずホッとしました……!!」


「ちょ、ちょっと! ちょっとストーーーップ!!」


 男の人と女の人の嬉々とした声だけが聞こえる奇妙な操舵室に向かって、僕はそう叫んだ。


「あ、あの……申し上げにくいのですけど……。どちら様で?」


「「……え?」」


「というか、僕視点では、人の姿はどこにも見当たらないんですけど……。人? ですか? あなた達……」


「「…………」」


 見知らぬ船の操舵室。

耳を塞ぎながら怖がるメルノを背中に、僕の前方にいるのかもしれない人達。姿は見えないけど、嬉々としていた様子が一変して、僕の発言から呆然としている事はなんとなく、声の感じから伝わってきた。


「え、どういう事? オイラ達の事知らない?」


「知らないというか、そもそも見えないです。というかたぶん知らないです」


「ちょ、わたしです!」


「いや、知らないです」


「オイラの事は!?」


「オイラさんも知らないです」


「はは、いやいやいや。冗談」


「いやいや、本当にです」


 何だこの状況。誰もいないはずの部屋に向かって一人語り掛けるこの状況。すごくシュールだ。


「ああああ悪霊退散悪霊退散ナムナムアーメンぶつぶつ……ぶつぶつ……」


 後ろではメルノが相も変わらずテンパっているし……。


「うっそだろネルス! 一緒に冒険したじゃんかよオイラ達~~!」


 その声と共に僕の上半身は大きく揺さぶられる。


「うわぁああ、うわぁああ、ちょっ離して、くださいいいい!」


 大方、目の前にいる透明人間さんが僕の肩を掴んで揺らしているんだろうけど。

 って、触れることはできるんだね。


「ネ、ネルスがなんか……やばい動きしてる~……! まさか取り付かれ……。ああああ悪霊退散悪霊退散」


「見て! ないで! 助け! てよ! メル! ノーーー!」


 顔を真っ青にしてぶつぶつと何かを唱えるメルノ。どうやら本当にお化けと勘違いしているようだ。


「一緒に魔王と闘った事も忘れたのかよネルス~~~!」


「そんな、記憶、僕には、ありませんーー!」


「ネーールスウウウウウ!!」


「は、離してくださいいいいい!」


「落ち着いてください。シオン」


 と、女の人の声と共に、僕の揺れはピタリと止まる。よかった、あのまま揺らされ続けたら気持ち悪くて、はいてしまったかもしれない。


「そんなに揺らしたらいけません。聞けることも聞けなくなってしまいます。ここはまず情報の整理を」


 よかった。見えないけど女の人はまともな人のようだ。口調も丁寧だし、声も凛としている。きっとしっかり者なんだろうな。

 何がともあれ、これで少し落ち着いて状況の整理をおおおおおお!?


「あの時わたしが貸してあげたチャーハン大盛りの代金まだ返して貰ってないんですけどそのことも忘れてしまったというのですかあなたはーーーー!?」


「うわあああああああああ!」


「中華定食チャーハン大盛り1600円! まだ! 返して! 貰って! ないんですけど!? 忘れたと言うんですかこのドブ男ーーーーーーっ!!」


「め、目が! 目が回るーーーーー!!」


 前言撤回。この人はさっきの人より危ない人だ。さっきのとは比べ物にならないくらいにブンブン身体回されているし、何よりも掴まれている肩がものすんごく痛い。指が思いっきり食い込んでいるのが痛みからモロに伝わる。何よりもドブ男って! めっちゃ口悪いんだけどこの人!


「情報の整理ってそれーーーー!? お、おおお落ち着けアスカ! お前が一番落ち着けアスカ! ネルス死ぬ! 死ぬから!」


「1600円返してください!」


「そんな! 事! 言われましてもーーーーーー!」


「ドブ男のあなたと! あの赤髪クソ虫! 両方合わせて4800円! 払いなさいこのドブ男!」


なんか知らない人の分も入ってるんですけど!!? 赤髪クソ虫って誰!?


「落ち着けアスカ! それお前自分の分も入ってる! 自分の1600円も入ってるからーーーー!」


「まったく!」


 乱暴に手を離され、僕は床に投げ出される。

 こっちがまったくだよ! まったく!

 ただ、確信した。この人達は間違いなくここにいる。目には見えないけど確かにここに存在する。何者なのかは分からないけどね。


「メ、メルノ。たぶん大丈夫。ちょっと乱暴だけどこの人達はお化けなんかじゃな……」


「…………」


 振り向くと、メルノが白目向いて倒れていました。


「メルノーーーーーー!」


 お化けと勘違いしたまま気絶しちゃったよメルノ! どうしたらいいのこれ!


「仕方がありません。場所を移しましょう。あなたには聞きたい事が山ほどあります」


「え? ちょっ」


「ロビーに向かいます。行きますよシオン」


 透明な女の人は僕の襟首をつかんでそのまま引きずっていく。


「ちょっ! 離してくれません!?」


「離しません。あなたが借金5800円払うまでは」


「さっきより増えてません!? ねえ!? ちょっと!?」


 一方のメルノはもう一人の透明な人がおぶさってくれたのか、宙に浮いて見える。とってもシュールな光景だ。

 はあ。謎の鳥の魔物といい、無人船といい、そしてこの謎の透明人間といい、一体どうなっているんだろうか。この人達に事情を聞くのが一番だとは思うけど……。


 それでロビーに戻ると、そこにはいつの間にか空き缶の山が出来上がっていた。傍らには炭酸飲料水をゴクゴクと飲んでいる犬っぽい格好のロイの姿が。


「お、メルノさん達お帰りなさいだワン」


「ロイ戻ってたんだね。って、まだ飲んでるんだ……」


「えっへん! 僕は飲まないとやってられないんだワン」


 まるでアルコールな中毒者らしいような言い草だけど、飲んでいるのは健全なソフトドリンクだ。まあ、軽く空き缶の山が出来ているだけあって、常人の域を超えているのが心配なところだけど……。


「んな!? わ、わたし達の飲料が……」


 と、僕の隣からは女の人の項垂れるような声が聞こえてくる。そっか、ここの食糧とか空き缶ってこの人達の物だもんね。ご愁傷さまとしか言いようがない。どんな表情をしているのか気になるところではあるけど、相変わらずこの人達の姿は見えない。

けど、例外もいるようで。


「あれ? そこにいる方たちはどなたワン?」


「「「え?」」」


 炭酸飲料水を両手で持ちながら、ロイは明かに僕の両隣りを交互にみている。僕の隣には浮いているメルノしかいない。けど、それに驚くことなく、ロイは交互に見ている。


「ロイ、もしかしてこの人達が見えるの?」


「見えるも何も、ここにいるワンよ?」


「本当に!?」


 どうやらロイには透明人間さん達が見えているらしい。いったいどうしてロイにだけ見えるんだろう。魔物だからだろうか。


「って事は、やっぱり本当に実在するんですね」


「信じてなかったのですか……」


「正直半信半疑な、何とも言えない感じでした」


 目の前にいないのに声だけ聞こえたらそりゃあね。触れることはできるみたいだけど。


「まあいいです。とりあえず、話があるのでそちらのソファにでも腰かけて下さい」


 女の人に言われるがまま、僕とロイはロビーの壁際にある黒いソファに腰を掛けた。一方、浮いて見えるメルノは隣のソファに寝かされた。男の人が運んでくれたらしい。


「さて、では話しましょうか」


「はい」


 話って一体何なのだろうか。正面にいるらしいその人たちに向かって前を向き、思わずつばを飲み込んだ。


「本当に、わたし達の事を覚えていないのですか?」


 覚えていない……かどうかも分からない。僕には一部忘れてしまっているらしい記憶があるみたいだから。


「正直な話、分からないって言うのが本音です」


「わからない?」


「僕、一部だけ記憶喪失みたいで」


「記憶が!?」


「マジか……」


 そう。だからこそ思い出さなきゃなって思う。どういうわけか忘れてしまっているこの記憶が、サンライトの事件に関わっているかもしれないから。


「そう……ですか」


 目の前から、女の人のがっかりしたような声が聞こえてきた。


「ごめんなさい。けど、できれば思い出したいなって思うんです。だからもしもよかったら、僕との関係を教えてください」


「知りません」


「……え」


「わたしの事を勝手に忘れるような人の事なんてわたしも知りません」


「ええええーーーー」


 もしかしてこの女の人、なんか拗ねてる!?


「ネルスなんてもう他人です。そこらへんで飛んでいるハエ蟲とおんなじです。他人です」


 む、無茶苦茶だこの人!!


「お、おいおいアスカ」


「だって悔しいじゃないですか。あんなに苦労してここまで来たのに、いざネルスを見つけたら記憶がないなんて」


「い、いやもしかしたら思い出すかもしれないだろ。なんたってオイラ達は共に魔王と闘った仲間なわけで」


「闘ってません。知りません」


「子供か!」


 ほ、本当に無茶苦茶な人だこの女の人。けど、魔王と闘ったってのはちょっと気になる。僕そんな事したのかな? まるで記憶がないんだけど。


「ところで、お二人さん方はどこから来たんですワン?」


「あ、それ! 僕も気になった!」


 ナイスな質問だよロイ! 飲んでばっかりだったからどうしたものかと思っていたけど、ファインプレーだ。


「過去です」


「へー、過去から来たんですかー。え、過去?」


 今、過去って言った? この女の人。

 この人達……一体……。

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