第41話 ネルスと魔物と魔物つかい

「うぉーっと!」


 僕を掴んでいた何かは、海に漂っていた船の中に侵入。そのまま、窓が開いている事をいいことに、部屋の一室に突入し、僕は勢いよく床に叩きつけられる。


「痛っ!」


 体の前面に痛みズキンズキンとが走っていく。でも、それと同時に、僕を掴んでいた何かは、僕の両肩から離れる。


「キキーーーー!」


 そいつはかん高い鳴き声を挙げながら、起き上がる僕を黙って見ていた。


「えっと……」


 コイツが、僕をここに連れてきた奴。大きな口ばしに、指3本の大きな足。そして、空中を勢いよく飛び去りそうな巨大で剛毛な翼。そして……優しそうな丸っこい目。


 そいつは、キキーーーーと鳴きながら、今一度僕をじっと眺めている。


 えっと、魔物……なのかな? もしかして?


 何度か対峙した魔獣みたいな殺気は感じないし、襲ってくる様子もない。まあ、僕をいきなりここに連れてきたわけではあるけど。


「えっと、君……いったい僕に何の用……」


「キキキーーーー!」


「えっ、ちょ、ちょっとどこ行くの!? ねえ!? ちょっとぉおおおお!?」


 その大きな鳥のような奴は、翼を大きく広げて、窓から再び大空へと飛び去って行きました。ここに僕を残して。


「………」


 今までの出来事が嘘だった様に、ザザーンという波の音が響き渡る。


「えっと……」


 ここ、どこ? いや、ていうかなんで僕ここに連れてこられたのぉおおお!?

 何々!? いったい何なの!? あの大きな鳥はいったい何がしたいの!?


「はぁ……」


 突然の出来事なだけあって、自然とため息も出てしまう。

 うう、まいったな。アレンさんやミーナと逸れちゃったし、というかここどこなのかもわからないし。船の中なのは間違いないだろうけど。というか……。


「この部屋、いったい何なんだろう?」


 一見ただの空き部屋。これといった物は何もない。

 ただ、ゴミ箱が一つ。しかも、炭酸類の空き缶で溢れかえっている。


「誰かいる……よね?」


 船は動いているわけだし、当然誰かしらいるに違いない。きっと、この空き缶の山は個々の船員が捨てているんだろうね。だったら話は早い。


 助けてもらおう。事情を話して。

 とにかくまずは部屋を出ないとだね。


 とりあえずゴミ箱のすぐ隣にあるドアノブに手を振れる。けど、その瞬間だった。


「怪鳥ノーーーーック!! 今すぐアタシと契約を~~!」


「うぁあ!!」


 ドアが勝手に開き、僕より若干小さめの女の子が目の前に現れた。

 これには思わずびっくり。



「え? オタクどちらさま? というかどうやってこの船に~?」


「あ、えーっと……何か大きな鳥の魔物に捕まっちゃって……。それでここまで来たんです」


「あはは! 奇遇だね~! 実はアタシもなんだ~!」


「え、あなたも?」


 そう言ってニンマリと微笑む女の子。髪は緑で短髪。けど、右腕には見慣れない紋章のようなものが刻まれている。


 右腕に紋章。もしかしてこの子、噂に聞く魔物つかいだったり?


「とりあえずこっちおいでよ! 他にもナカマがいるからさ~!」


 女の子はそう言うと、僕の右手を掴んで連れていく。

 他にも仲間がいるって、もしかして僕と同じように鳥の魔物に連れてこられた人がいるのだろうか。


「ほい! こちらが大広間でごぜえます~!」


 女の子に連れられるまま、僕は船の通路を抜け、今度は大きなロビーへとやってきた。

 するとそこには……。


「ゴクッ、ゴクッ、ゲフウ~~! いやぁ、今日も炭酸は美味しいワン」


 なんだか、犬のような、狼のような顔のフードを被った子供が一人、広いロビーのド真ん中で炭酸飲料水をがぶ飲みしていました。


「もう~! ロイ、勝手にそんなに沢山炭酸ジュース飲んで~! 太るよ!?」


「へーきなのですワン。なんたって僕は人間ではなく魔物なのです。代謝も人間とは違うんですワーン」


 えーっと、仲間ってこの子かな?

 てか、今魔物って言わなかった!?

 え、まさか魔物なのこの子?


「紹介するね~! この子は魔物のロイ」


「え……ま、魔物?」


「どうも! 魔物やっております。ロイと言います。よろしくですワン!!」


「そしてアタシが魔物つかいやっております。名前はメルノ!」


「ま、魔物つかい!? やっぱりそうなんだ!」


 うわあ、初めてみたよ! しかもまさかこんな同年代くらいの女の子がやっているだなんて……。


「じゃあ、ロイが人間のような姿なのも君の魔物つかいとしての能力で?」


「ううん! ロイははじめっからこの姿で魔物をやっているらしいのでごぜえます~」


「……え?」


「あはは! ホントびっくりしちゃうよね~」


 いやいや、そんなまさか……。だってどう見てもただの犬っぽい着ぐるみを身に付けた子供だよ? 魔物なわけ……。


「何度も何度も疑っちゃってさ~、アタシも何度も何度も魔物つかいの能力で試しちゃうんだよね~」


 と言いながら、メルノは右腕をロイに向かって掲げている。すると、メルノの右腕の紋章が青白く光り輝いた。


「手、手が……光ってる!?」


「およ? そっか、魔物つかいみるのも初めてなんだね君」


「う、うん! 噂には聞いたことはあったけど、生で見るのは初めて! 凄いや!」


「アハハ! まあ、魔法とか使えば手なんて光るのはよくある話だし、言うほど珍しいとはあまり思わなかったんだけど、それでも結構珍しがられるもんだね~」


「そりゃあそうだよ! なんたって魔物つかいはこの世界ではほんの一握りしかいないって学校でも教わっていたくらいだし!」


 クルミ村でも、授業で何回かそう聞いていた。実際見たことはなかった。レイタやホノカも見たことないって言っていたし。


 腕の部分の紋章だけが青白く光る。これは魔法なのかな?


「青白く光る。つまり、ロイは魔物確定。人ではないのであります~」


「なるほど、魔物に対して反応するんだねその腕。……って、え、やっぱその子魔物なの!?」


「らしいよ~。これまで一緒に旅してきたんだけど、魔物っぽい素振りはほぼなかったから未だに信じらんないんだけどさ~」


「そうなんだ……」


 犬の着ぐるみを来た子供。着ぐるみとは言っても、顔の部分は犬の口が大きく開いていてそこから本体(人間の子供の顔)がひょっこり顔を出している。魔物つかいのメルノが魔物だと証明したわけだし、とりあえず魔物らしいけど……でもびっくりだ。


 そして珍しい二人がこんなところにいるというのもびっくりだ。


「二人もあのでっかい鳥の魔物に連れてこられたって事なんだよね?」


「うん! いやぁ、油断しちゃいましたよ~」


「でも炭酸たくさんあるから満足だワン!」



「まあ、食べ物もあるしね~!」

「え、ちょっと待って! ロイが飲んでいる炭酸って、持参じゃあないの?」


「持参じゃあないワーン。ここの船にあったやつだワン」


「実はさ、アタシとロイで船の中探索して色々と物色したんだよね~。とりあえず小腹もすいてたし、ちょこっとつまんでいるわけです~」


 と、いうメルノやロイの周囲にはお菓子の袋や炭酸ジュースの缶が山積み。

 ちょこっとという単語について辞書で調べて欲しいくらいだ。


「ゲフゥ~! まだ飲み足りないワン!」


 ロイはそう言うとそっと立ち上がった。そして……。


「炭酸の臭いがするワン!」


 そう言って、さっそうとロビーから飛び出していった。

 え、どういう事……?


「ロイは炭酸依存症。定期的に炭酸ジュースを摂取しないとやっていけないとかなんとか」


 なんだ、その危ないのか危なくないのかよくわからない依存症は。

 ロイに関しては色々と謎だね。

 まあ、とりあえず現時点で見当たるのはそんな二人。人間っぽい魔物のロイに、魔物つかいのメルノ。見当たるのはこの二人だけだ。


「ところでここの船にいるのって二人だけ? ほかの乗員とかって」


「いなかったよ~! アタシらだけ~」


「じゃあクルーの人とかは?」


「ううん~。全く誰もいないのであります」


 メルノのその発言に僕は思わず目を見開いた。


「ちょっと待って。そしたらこの船って……いったい……」


「う~ん……無人船?」


「え……」


 じゃあ今船を動かしているのって……誰なんだ? 

 そもそもこの船って何なんだろうか。まさか……魔獣が?

 等と、そんな考えが頭に思い浮かび、思わず背筋に寒気が走る。


「いやあ、ホントこの船って不思議~! いったい誰……が……」


 メルノもそれに気が付いたのだろうか。さっきまで笑顔で通していたのに、一辺として急に青ざめている。


「あ、あのさぁ~……もしかしてこの船……人がいないのに……動いているって事~?」


「わからない。でも、二人の情報が確かなら、この船は誰もいないって事だよね?」


「う、うん~」


「じゃあ、そういう事だよ……きっと……」


「あはは……そっか~……なるほどねえ~~……」


 しかし、だとしたらまずはこの船の正体を確かめなきゃね。まあ、アレン達が助けに来てくれるとは思うけど、いくら何でも不自然すぎる。それにあの魔物の事だって気になるし。


 とりあえず僕もこの船を見て回ろうかな。


「僕も船の中探索してくるね。メルノはここで待っ」


 ガシッ ← メルノが僕の裾を掴む音。


「ど、どどどこへ行く~~~!?」


「ええ!? ど、どこって、ちょっと船の中の探索を」


「ひ、一人じゃあ危ないんじゃないかな~~~!?」


「うーん。でもこれでも一応剣もあるし、いざって時は戦えばいいし」


 そう。僕にはアケルさんから貰った武器がある。魔法剣。普段は柄の部分しかないけど戦闘の時には鋭利な銀色の剣に早変わりな。


「で、でもさぁ~!? 一人はさぁ~!? 危ないんじゃな~~~い!?」


 というか、何だろう。メルノの顔が物凄く近い。


「いや、でもそしたらメルノだって危険なんじゃ……」 


「ア、アタシも一応戦えますし~! し、仕方がないな~~! 一緒に行ってあげますよ~~!」


「でも僕一人でも」


「ま、魔獣とか出たら大変だよ~!? 実際! ほ、本当に一人で戦えると言うのかねボーイ~!?」


 うーん、確かに。メルノの言う通りかもしれない。特に、僕の命を狙っているらしい敵。デイン四天王なる存在。そいつらが現れたりでもしたら大変だ。


「ア、アタシ強いよ~~!? 魔物呼んじゃいますよ~~~!?」


 魔物を……呼ぶ!?

 それは生で見てみたい!

 って事は、魔物つかいは魔物を呼んで一緒に戦うって事!? それは凄いや!


「わかった。一緒に行こう。メルノ」


 まあ、一人で行動してなんかあってからじゃ遅いしね。

 それにメルノも戦えるみたいだし。ここはお言葉に甘えるとしようかな。


「はぁ~~~~~……」


 ……なんか、物凄く胸を撫でおろしてため息ついているのが気になるけど。

 それになんだか額から物凄く汗が出ているような……。


「じゃあ、もっかい探検じゃ~~! ゆくぞ少年!」


「あ、うん!」


 というわけで、僕とメルノで船の中を探索することになった。

 ……なったんだけど。


「ふ~~~む、何もなさそうですなあ」


「う、うん」


「いたって普通の船ですな~。人がいないこと以外は」


「そ、そだね」


「ふ~~~む~~~」


「あ、あのさ、メルノ……」


「なんですかボーイ」


「……近いよ?」


「…………」


 メルノは僕の左肩に引っ付くように身体を密着させている。

 一応メルノだって僕と同じ年代くらいの女の子。

 魔物つかいやっているだけあって、体つきは健康的だ。


 まあ、出るところは出ていな……くはないような、そんな感じなんだけど、意識するには十分すぎるくらいには身体を密着させてきている。


「も、もうちょっとだけ離れて行動しない?」


「ダメですか~?」


「いやダメとかそういうんじゃな……て、何言ってんの!?」


「頼むよボーイ! 後生だから~~!」


「いや、でも……」


「うう~……」


 メルノは、涙目で僕を見上げている。ちょっとした小動物のようで可愛いくないと言えばうそになる。

 とはいえ、流石にくっ付かれながらでいるのは色々とマズイ。アレンさんやミーナが助けに来てくれたとして、この状況を見られたら何と言われるか……。


 そもそもなんでメルノはこんな事をしてくるのだろうか。


 ま、まさか本当に僕を……?

 そんなわけないとは思うけど、でも……。


「えっと……どうしてそんなにくっ付くの?」


 試しに聞いてみた。すると……。


「き、決まっているじゃん~~。こんな事する理由って、一つしかないじゃん~!」


 相も変わらず、引っ付きながら涙目でこちらを見上げるメルノ。


 まさか、本当にそういう事なの!?

 え、さっき出会ったばかりなのに!?


「そ、そっか。いや、メルノの気持ちは嬉しいけど、でも僕らまだ出会ったばかりだし、いきなり引っ付くのは早すぎるって言うか……。いやいや、メルノが嫌じゃないんなら僕は全然かまわな」


「お化けが怖いからですよ~~~!」


「「え?」」


 一瞬、我に返る僕ら。

 メルノはそっと離れ、首を傾げた。


「ん? どゆこと? アタシの気持ち?」


 一方の僕も首を傾げてこう言った。


「お化け……?」


 なるほど。どうやら僕の勘違いだったようだ。


「そ、そそっか! お化けか! お化けね!」


「ぶ~! ぶ~ぶ~! お化け以外に何があると言うのです~~!」


「ご、ごめん! てっきり僕はそういう事なのかと。いや、ホント気を悪くさせちゃったんなら謝る! ごめん!」


「も~~~!」


 そう頭を下げる僕に対して、メルノはくすっと笑った。


「顔上げてよ? 全然気にしてないからさ」


 そっと顔を上げると、ニッコリ微笑んだメルノの優しい表情がそこにあった。


「アタシはさ、まだそう言うの考えた事ないんだ~。人生のほとんどを小さな集落で過ごしてきて、魔物さんと仲良くなる事で頭いっぱいで。だから、なんかちょっと新鮮」


 ニシシ、とメルノは笑うなり、僕にこう続けた。


「というわけで、アタシはお化けが怖くて一人では動けないので、どうか優しくエスコートしてくだされ~! ダーリン!」


「ちょ、だ、ダーリンって!」


「アハハ! 冗談冗談! てなわけで」


 メルノはそっと手を差し出した。


「エスコートよろしく! お願い!?」


「わかった。それで気が済むのなら、僕で良ければ」


「やっさし~! ありがと!」


 嬉しそうに微笑むメルノの手を取り、僕たちは船内の探索を続けた。

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