-③集結の勇者-

第39話 退院。そして旅立ち

第四章 第三部 勇者クエスト-集結の勇者-


「それじゃ、お邪魔しました。まだ、完全に包帯とれたわけじゃないから、気を付けてね」


「うん! 分かった! ありがとう」


 そう言って、ニコっと微笑んでくれるその少年を背に、私はその少年の部屋を後にした。

 その少年の名前はネルス。

 この町、リアサの路外で重傷で倒れているところを、ゲーム雑誌を買い求めに、コンビニのレベルイレブンまで行こうとしていた中たまたま通りかかってそして保護した、未知の魔法を扱う不思議な少年。

 けど、そんな魔法を使って、私を助けてくれたりもした。そして一緒に、仇を討つことも出来た。別に、仇を討つために旅立ったわけじゃないけど、でも、やっぱり悔しかったから。あの魔獣に兄さんが殺されたことは。

 だから、兄さんの無念を晴らせて、やっぱり嬉しいというのが本音ね。

 ネルスには感謝してもしきれないな……。助けてもらいもしたし。

 そして、ネルスという名前は、私にとっては特別な名前。

 赤い髪のあの人が言っていた子供と全く同じ名前なんだけど……。でも、さすがに偶然よね? 年齢が合わないし……。

 そう思いながらも、彼が言ってくれたこの言葉を頭に思い浮かべた。


『君は、兄さんの言った事をしっかりと守っているじゃないか。その上で、君は自分の夢を追いかけている。そんなの間違ってなんかいない。そんなの馬鹿なんかじゃない。きっとそれが、生き残った僕たちがするべきことなんだ』


 ネルスは私にそう言ってくれた。大切な人を失って、その中で生きる私達。その境遇は私もネルスも一緒だった。そしてネルスは彼なりの答えを出していた。けど、私は……。


「…………」


 シュウト兄さんが私に望んだこと。それは、世界を見て回って、いろんな経験をする事。いろんな人と出会う事。それを兄さんは、魔法学校で学ぶことよりもずっと得るものがあると言っていた。

 そしてそれは、魔法学校という巨大な壁を打ち破る以外に道を見出すことが出来なかった私に、衝撃を与えた。

 実際に、色々回ってみて、いろんな人と交流をしてみた。そして、ここ、リアサのMCで働いてみたりもしている。けど、本当にそれでいいのか、実感がわかなかった。

 魔法学校にいる人たちは、今もきっと魔法を学んでいる。けど、私はそれを放棄した。正直、あの環境に戻るつもりは毛頭ない。ある程度吹っ切れたつもりだった。

 ……でも、こうして引っかかっているってことは、まだ、どこかで吹っ切れていない部分があるのかもしれない。でも、やっぱりそうでもないのかもしれない。正直、そこのところは私にも分かっていない。

 ただ、疑問に思う事が一つだけある。分からないことがある。これだけは絶対にはっきりといえる。

 ……本当に私は、前に進めているのかしら。

 ネルスはああ言ってくれた。

 けど、本当にこれで正しいのか、未だに分からないのが本音だったり。


「はぁ……」


 それを考えて、思わずため息が出てくる。

 シュウト兄さん……私は本当にこれでいいの?

 最高の魔法使いに近づけているかな?

 正直、わかんないよ……。


「はぁ……」


 廊下を歩きながらも、私は再びため息をつく。けど、その時だった。


「おい、お前。確か、大魔法使いシュウトの……」


「え?」


 青いスーツに、【DEAF】の文字。不愛想で、ちょっと怖そうな印象なその人。その人が、すれ違いざまに話しかけてきた。

 この人……確かネルスと一緒にいた……? アレンさん……だったかしら?

 え? 何?

 シュウト兄さんの妹だから話しかけた……ってわけでもなさそうね。

 いったい私に何の用なのかな……?


「お前にちょっと大事な話がある。それと、院長もな」




「これでよし……と」


 アケルさんから手渡された荷物をまとめ、僕は立ち上がる。

 元々僕が持っていたのは衣服と剣の形をしたキーホルダーだけ。他は何も持っていなかった。

 そういう事もあってか、アケルさんは僕に手軽な鞄と、タオルや簡単な衣類を新調してくれた。アケルさんが言うには町を救ったお礼と、隊員の餞別も兼ねてのプレゼントみたいだ。更におまけに、入院代治療代は全部MCで持ってくれるとか。個人的には、そっちの方がありがたかったり。

 何も持たない状態でここまで転送されてきちゃったからね……。それに、僕の家を始め、故郷はもうない……。

 けど、僕はそれを乗り越えて、旅立たなきゃいけない。レイタとホノカに笑われないためにも。


「ちょっと寝坊して、集合時間から若干オーバーしちゃったけど、大丈夫だよね?」


 そう。今日は僕の退院日。そして、旅立ちの日だ。にもかかわらず、ちょっと寝坊してしまった。アレンさん。怒ってないよね? 大丈夫だよね……?

 今日から、アレンさんと共に、テンドールまで行く。そして、そこで僕の過去を明るみにする。1年前のサンライト襲撃事件の真相。レアーナさん殺害の真相。そして……6年前に出会ったあの二人について。僕は思い出さなきゃならない。僕が自分の道を進むには、まずはそれは絶対にしなきゃいけない事だ。


「ありがとう。お世話になりました」


 誰もいない僕の病室に僕は別れを告げる。

 約1週間過ごした病室。長いようで短かった。

 この病室……いや、このMCは、故郷を失い、仲間を失い、居場所も失った僕に、居場所をくれた。考える時間をくれた。落ち着く時間をくれた。

 まだ完全に乗り越えた……とは決して言えない。でも、ある程度の気持ちの整理はついた。それができたのもここのお陰だ。

 そして……。


「やあネルス君、待っていたよ」


「おはようございます。アケルさん」


 MCの院長のアケルさん。この人達のお陰で、僕は一命をとりとめた。この人は命の恩人だ。


「今までありがとうございました」


 これまでの感謝の気持ちを込めて、僕はアケルさんに頭を下げる。


「いやいや。院長として当然のことをしたまで。こちらこそ、リアサの街を。MCを魔獣から守ってくれてありがとう」


「いえいえ、そんな……」


「そんな君に、僕個人からのプレゼントだ」


 アケルさんはそう言いながら、懐からそれを取り出す。それは、黒い柄小さな棒。先の戦いで僕が使った魔法剣だ。


「アケルさん、これって!」


「手軽に持ち運べるうえに、いざって時は刃を繰り出せる。大きな剣を携えるよりもずっと手軽でいいだろう。魔獣に襲われた時にはこれで対処するといい。最も、アレン殿が付いているのなら問題はないとは思うが」


「で、でもいいんですか?」


「いいんだ。君には僕も感謝している。僕らを助けてくれて、本当にありがとう」


「アケルさん……」


 アケルさんはそう言って、優しく微笑んだ。

 確かに、町を守ることはできた。でも、アレは僕ではなくミーナもいたからで……ってか、そうそうミーナ! ミーナはどうしたんだろう!?


「あの、アケルさん。その……ミーナは?」


「ん? 聞いていなかったのかい? 彼女は昨日限りで退職したよ」


「え? ええええ!?」


 た、退職!? ミ、ミーナ、昨日でここを辞めちゃったの!?


「最も、彼女の本来の目的は、世界を旅する事。そして、いろんな経験を得ることで、魔法の知識を足していき、自分の目指す魔法使いになることだ。ここでの経験は、その途中に過ぎないのさ」


「で、でも……」


「ネルス君。出会いもあれば別れもある。旅をする以上、こればかりは仕方のない事だ」


「…………」


 いや、分かっていた。ミーナの夢は前に教えてくれたから。でも、それなら挨拶くらいしてくれてもよかったじゃないか……。

 折角仲良くなれたのに……。これじゃあ寂しいよ……。


「さぁ、ほら。ガッカリしてないで外出て! アレンさんが待っているよ」


「はい……」


 アケルさんにせかされるように、僕はこのMCから外へと踏み出す。

すると、そこにいたのは……。


「遅いぞ。俺を待たせるとはいい度胸だ。それに、こちらの方がご立腹だ」


「いやいや! 私もたまに寝坊とかしますから……。でも、時間は守るようにしたいです」


「だ、そうだ。今後は許さんぞ。ネルス」


 そう言って不愛想に僕を軽くしかるアレンさん。そしてその隣には……。


「ふふ、じゃあ、私も気を付けないと。という事で、ネルス。退院おめでとう」


「ミーナ……!?」


 アレンさんの隣でくすっと笑う少女が一人。その少女は紛れもなく、ここのMCで昨日まで働いていたらしい人物にして、共に魔獣と戦った仲間。魔法使いミーナだった。


「という事で、旅をする以上、出会いもあれば別れもある。ネルス君、リアサMCの職員ミーナとはお別れ。そして、旅の魔法使いミーナとの出会いだ」


「え……あ、え……」


 うん。詐欺だ。

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