第38話 少年の旅立ち

 念のために再び安静にするように言われた僕は、病室に戻るや否や、ベッドに横になる。けど、眠ることはせずに、一緒についてきたアレンさんにこう尋ねる。


「アレンさん。その……クルミ村は……」


「報道でも流れている通りだ。おおよそ壊滅状態。村民は全滅。お前を除いてな」


「………」


「ま、運よく逃げ延びた人もいるかもしれんが、俺らが駆け付けた時は、少なくとも生き延びている奴はいなかった。酷な話だが」


「そう……ですか……」


 分かっていた。分かっていたんだ。でも、やっぱりそう言われると、辛い。

 その事実からか、治ったと思っていた頭痛と、動悸が再び僕を襲ってくる。


「大丈夫か? なんて野暮な事をいう気はねえ。今はただ安静にするといい」


「はい……」


「ただ、一つ聞きたいことがある」


 険しい表情をしながら、アレンさんは僕にこう尋ねる。


「何があったのかは大体予想がついているが……。だが、あえて聞く。その中でお前はどうやって逃げた? 正直、ここまで大分距離あるぞ」


 距離……か。正直、クルミ村とリアサとでは大分距離はあるよね。歩きだと軽く1日や2日はかかるし。


「ホノカとレイタが逃がしてくれたんです……。転送魔法で」


「やっぱりか。ホノカっつーと、一緒にいたあの娘か」


「はい。どうしてこの街にたどり着いたのかまでは分かりません。ホノカは僕をテンドールへ送る予定だったみたいなんですけど……」


「大方、あの結界が転送魔法を狂わせたんだろう。だが、ここはテンドールからは近い。結界が張られた中で、よくここまで転送できたものだ。優秀だとしか言いようがねえ」


「アレンさん……」


 アレンさんにそう言ってもらえて、親友としてはとても嬉しい。この魔法を完成させることは、ホノカの夢だったから。でも、だからこそ、それが実現した矢先にホノカは死んでしまった。その事実が、ただただ辛い。


「して、レイタってのは……そうか。アイツか」


「あれ? アレンさんはレイタを知って……? いや、知ってますよね。そりゃ」


「ああ。うちに入隊する予定だった男だろ。話は聞いている。腕の立つ男だったらしいな」


「はい。レイタも……ホノカも……僕なんかよりずっと凄いのに。僕を逃がすために……氷漬けにされて……そして……」


 二人の事を思い出し、目頭が熱くなる。まだ、二人の死を乗り越えたわけではない事を改めて実感する。

 一方で、アレンさんは顎に手を当て、何やら考えるそぶりを見せ始める。


「ん? 氷漬け……? いや、待て……だったらありゃいったい……?」


「アレン……さん?」


「いや。なんでもねえ。ちょっと敵の魔法について考えただけだ。すまねえ。嫌なことを思い出させちまったな」


 アレンさんはそう言いうと、僕に背を見せる。


「退院するまでゆっくり休め。だが、退院したら一緒に来てもらうぞ。酷かもしれんが」


「はい。分かってます」


 一応、レアーナさん死亡の件で、疑いをかけられているからね。僕。すっかり忘れていたけど、本当はテンドールまで行って、1年前何があったのか、じっくりと調べるはずだった。こんなことになっちゃったけど。

 1年前に何があったのか、それは僕も知りたいし、記憶関連についてもはっきりさせたい。丁度昨日も変な夢を見たばかりだし。

 そう考えている中、アレンさんは、入り口まで立ち去る。けど、入り口の前で立ち止まると、改めて振り向く。そして……。


「色々すまなかった。駆け付けてやれねえで」


「アレンさん……」


 アレンさんが僕に頭を下げた。ディーフの副団長が直々に。

 いや、気にしていないわけではない。もしもあの時、ディーフが結界を破ってくれれば……。そう考えなかったわけじゃない。でも、それでもこうやって直々にされると、なんだかこちらまで申し訳なくなってくる。

 本当に悪いのは、僕らを襲った魔獣。そしてゲルマ。それと……。


『ククク、チェックメイトだぁ! もう、ワレの勝利は決定事項。デイン様ぁ、我はついにやりましたぁ~! 我々の勝利でぇす! ククク……クヒャーーッハハハハハハハ!』


 アイツの声が頭をよぎる。

 そう、ゲルマはあの時、デインという人物の名前を口にした。様づけで。

 もしかしたら、ゲルマの他にまだ何か……。

 いや、そういえば、デインって前にも聞いたことがある気がする。えっと……確か、クルミ村で。

 あ……そうだ! そういえば、あの時ゲルマはこう言っていた!


『我はゲルマ。魔将ゲルマ。デイン四天王が一人にして、いずれ生族、魔族を滅ぼすもの』


 四天王。いや待って、デイン……四天王!? それに生族、魔族を滅ぼすって!?

 という事は、ゲルマみたいな魔獣がまだいて、他の町や村を狙ってるかもしれないってことかな!?  

 だとしたら……!


「あの! アレンさん!」


 僕の声を聞き、アレンさんは無言で耳を貸す。


「その、もしかしたら、他にも凶悪な魔獣がいるかもしれません! だから……」


 これ以上被害が出ないように、僕らみたいな犠牲者が出ないようにちゃんと守ってください。そう言おうとした。言おうとしたんだけど、その前にアレンさんがこう言ってくれた。


「分かってる。これ以上魔獣どもの好きにはさせねえ。お前たちのような犠牲者を出すつもりはねえ。コイツぁ……俺たちディーフの誇りをかけた戦いだ」


 眉間にしわを寄せて、そして、アレンさんはこう続けた。


「サンライトにマージルにクルミ村。そして今回のリアサ。もう、これ以上はねえ。これ以上を許したら、俺たちディーフはしめえだ。魔獣が手を下さずとも、自壊するだろう。俺はもうその覚悟だ」


 そう言いながら、アレンさんは拳を強く握り、顔を歪める。


「駆け付けりゃいいなんて思わねえ。それじゃあダメだ。どんな障害があろうと、一秒でも早く駆け付ける。一人でも多くを救う。お前ら市民を守るのは、俺たちの使命なんだよ」


「アレンさん……」


 守れなかった街や村もあったけど、でも今回みたいに守ってこれた場所だってあったはず。でも、こんな事言ってくれるだなんて……。

 うん、この人なら……。この人たちならきっと……。

 レイタ、やっぱり君の夢は間違いじゃなかったよ。君が入ろうとしたディーフは、やっぱり強いよ。そして、頼もしいよ。


「アレンさん、ありがとうございます。アレンさんと会えて、よかったです」


 そう告げても、不愛想なアレンさんの表情は変わらなかった。でも、代わりに真っ直ぐな目で、僕を見ながらそっと頷いてくれた。


「そろそろ行く。邪魔したな……ネルス」


 そう思い馳せる中で、アレンさんは立ち去る。けど……。


「あの、ちょっといい……かな? お邪魔しちゃって」


「ミーナ!」


 その入れ替わりとなる感じで、今度はミーナが部屋に入ってくる。


「今の人、ギルド警察の方よね? 知り合いなんだ?」


「うん。成り行きでね。ここを退院したら、アレンさんと一緒にテンドールに向かうんだ」


 そう告げると、ミーナは目を丸くした。


「テンドール!? って、王都よね!? でも、いったいどうして?」


「まあ……えっと、その……。話したら長くなるんだけど、いいかな?」


「うん。あ、そうそうコレ。コレ持ってきたの。よかったら食べながらでも」


 ミーナはそう言うと、持っていたお皿を僕に見せる。お皿の上には、たくさんのイチゴが盛りつけてあった。


「お見舞い品。よかったら食べて」


「ありがとうミーナ! でも、それならミーナも一緒に食べようよ! ミーナだって色々あって疲れているだろうし」


「でも、ネルスはまだ怪我の方もあるし、それに身体が怪我しているだけじゃなくて……その……」


 ああ、いわゆる心の問題かな? 

 まあ、皆の事を思い出すとやっぱり胸の奥底が冷たく感じる。そして、目頭だって熱くなりそうになる。でも、今はこうして気遣ってくれる人が、果物をもってそばにいてくれる。正直、それが素直に嬉しい。心が温まる。だから……。


「大丈夫! 一緒に食べ共有し合った方が、きっと何倍も美味しく食べれるよ! だからミーナも一緒に食べよう」


「え、でもいいの……?」


「今は、アケルさんがいる。アレンさんがいる。ミーナがいる。前に、辛いときにそばにいてくれる人が一人でもいるだけで、心がだいぶ軽くなるのも知っているって言ってたけど、今ならその意味……分かる気がするよ」


「ネルス……」


 前までは、その気持ちが鬱陶しく感じた。でも、そんな僕に親身になってくれたアケルさん。ここまで来てくれたアレンさん。僕に差し入れを続けてくれた上に、共に戦ってくれたミーナ。皆のお陰で、何とか少しずつ、少しずつだけど、持ち直せている気がする。

 こうして来てくれていることに、ありがたく感じる。


「じゃあ、お言葉に甘えてさせていただこうかしらね」


 そう言うと、ミーナの頬は一気に緩んだ。

 そして、ミーナはベッドの横にあるテーブルに皿を置き、椅子に腰を掛けた。


「じゃあ、せっかくだしお話しましょうか。お互いに、色々とね」


「うん。そうだね!」


 そして、僕はミーナに色々と話した。

 僕には記憶が所々ない事。1年前にディーフの団長と会った可能性がある事。そして、もしかしたら僕にその人の殺害の疑惑がたっている事。それを確かめるために、テンドールに行くって事。話せることは全部。

 ちょっと目を丸くした事はあったけど、怖がったり、引いたりすることなく、ミーナは親身になって僕の話に耳を貸してくれた。


「全ての元凶かもしれないのが、あなたのあの魔法……ね……」


「うん。僕も分からないんだ。どうしてこんな魔法が使えるのか。そもそもこの魔法が何なのか。構造も仕組みも分からないのに、どういうわけか使えるんだ」


「そんな事が……!?」


 とうとう僕は、自分の紫色の雷魔法についてもミーナに告げた。ミーナはチラリと僕の右手に目を送る。右手は魔法を纏っているわけでもなく、単にイチゴを持っているだけだけど。


「そうだったのね……。てっきり、魔法を多く学んで会得したのかとばかり思っていたわ」


「いやいや、僕にそんなことはできないよ。なんといっても勉強。ほら、勉強はからっきしだし……」


 そう告げると、ミーナはくすっと笑った。


「ふふ、そうなんだ。まあ、私も似たようなものよ」


「え? そうなの?」


「うん……」


 ミーナの兄さんはこの国でも有名な大魔法使い。数多くの魔法を会得し、使いこなす秀才。そう聞いていた。だから、妹であるミーナもそうなのかなって思った。

 でも……。


「私ね、本当は魔法の才能なんかないの。魔法学校も途中で中退した……はっきり言うと落ちこぼれ」


 そういった時のミーナの表情は……とても寂しそうだった。


「それでね、兄さんが死んで、兄さんの強い意向もあって、今はこうして所々で働きながらあちこち回って、いろんな人たちと出会って、いろんな経験をして、いろんな世界を見て、そして……色んな魔法と出会う。そんな旅をしているの」


「そうだったんだ」


「うん……。全ては、私の夢を叶えるため。最高の魔法使いになるために」


 ミーナの話自体は、少し前に、アケルさんから聞いた。ミーナが今こうしているのは、それは自分の夢を叶えるためだって。そのために、家を飛び出して、働きながらでも世界を回る。それも一人で。女の子一人で。生半可な覚悟じゃできないよ。そんな事。

 凄いなって思った。けど、それを知って知らずかミーナは僕にこう言った。


「馬鹿みたいって思うよね……。学校にも行かないで、最高の魔法使い目指す。才能もないのに、こんなことしてるだなんて」


「ミーナ……」


「本当はね、まだ迷っているんだ。本当にこれでいいのかなって。兄さんは魔法学校に通ったことで、実力を手に入れた。そして、世界を回って、経験を得ていった。大魔法使いって言われるくらいに。けど……私は……」


 そう言うと、ミーナは目を伏せる。その目はなんだか寂しそうで、なんだか……数日前の僕を見ているようだった。

 どうしていいのか、分からない。ミーナもその境遇下にあるんだ。僕と同じで。大切な人を失いながらも、その上で生きている。

 だったら、僕らが今すべきことって……いったい……。


『ネルス、私達の分まで……』


『お前は……生きろよな」


『そして、俺たち3人。全員で夢を叶えようぜ。それが、俺たち3人の夢だ!』


「…………」


 いや……そうだよ。

 ミーナも、そして僕も、他人から託されたものがある。それは、意思。強い意思。

 二人はもう夢を叶えた。その上で、僕は生き残った。

 ミーナも、死にゆくお兄さんから言伝をもらって、今を生きている。

 そんな僕らがやるべきこと。そんなの……決まっているじゃないか。


「ミーナは……きっと間違ってなんかいないよ」


「え……?」


 目を丸くする中、僕はミーナに微笑みかける。


「君は、兄さんの言った事をしっかりと守っているじゃないか。その上で、君は自分の夢を追いかけている。そんなの間違ってなんかいない。そんなの馬鹿なんかじゃない。きっとそれが、生き残った僕たちがするべきことなんだ」


「ネルス……」


 僕がやるべきこと。それは、二人の意思を継ぐこと。生きて、僕も自分の本来の夢を追いかける事。

 僕の本来の夢。それは、ギルド警察に入ることでも、魔法を使いこなすことでもない。

 本来の夢。それは……。


「僕、決めたよ。ミーナ」


 そもそも、僕が本当に何になるべきか。それは、それをやってから決めるんだった。

 あの日……僕はあの二人とそう約束したんだ。

 そうだ……。そうだった。

 だから、僕は……!


「僕、探すよ。あの二人を。思い出せないけど、でも確かに存在した、あの二人を」



第二部 少年の決意…………完

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