第37話 決着の町

「ふぅ、何とか勝てた……」


 緊張が解け、疲れが出たのか、体中が怠くなり、僕はその場に崩れるように座り込む。

 炎も鎮火し、その場所にいたであろうゲルマの姿は跡形もなく消えていた。炎が燃えている最中、粒子のように小さな青白い光が、空中に飛び去り、消えていくのを確認した。魔獣は死を迎えると、その場で粒子となって消えうせる。つまり、ゲルマはもう死んだことを表していた。

 それを踏まえた上で、もう一度黒く焦げた地面を確認する。焦げしなかいその場所を見て僕は深く息をついた。

 勝った。勝ったよ……レイタ、ホノカ、皆。

 仇はとったよ。僕、やったよ……。


「はぁ……」


 一方で、同じようにその場で座り込むミーナ。


 正直、ミーナがいなかったらたぶん僕は勝てなかった。仇を討つどころか、何もできずに死んでいたかもしれない。それを考えると……ゾッとする。


「…………」


 重い体に鞭を打ち、僕はそっと立ち上がる。そして、ゆっくり、ゆっくりとミーナに近づく。

 ぐったりと座り込むミーナに、僕はそっと手を差し伸べる。


「その……さっきはありがとう。ミーナがいなかったら、どうなっていたか……」


「君……」


 ミーナは僕の手を握り、そっと立ち上がる。


「仇討てたのは、ミーナのお陰だよ。君がいなかったら、きっと僕は負けていた」


「ううん。それはこっちのセリフよ。君がいなかったら、私は魔力が足りなくて、最終的には負けていた。決定打となる手がなかったから。でも、おかげ様でシュウト兄さんの仇が打てた。だから、ありがとう」


「そっか。やっぱり、シュウトさんは……あいつに」


 ミーナは静かにうなずくと、こう続ける。


「マージルで魔獣の襲撃があって、その時に、兄さんはゲルマによって殺された。一応、町の被害は最小限で済んだけど、私にとっては辛い出来事だった」


「ミーナ……」


 ミーナは悲しげに一瞬目を伏せる。けど、心配させまいとしてか、すぐにニコリと微笑みかけてくる。


「でも、こうして仇はうてた。きっとこれで少しは兄さんも浮かれると思う。だから、ありがとう。本当に、ありがとうね」


 ミーナはそう言って、僕に頭を下げる。ミーナも、僕と同じように魔獣によって大切な人を失った被害者。にもかかわらず、そんな素振りを見せぬまま、ミーナは僕を元気づけようとしてくれた。そして、今もなお、僕に対して頭を下げている。

 ……本当に頭を下げなきゃいけないのは、僕だというのに。


「ミーナ」


「ん? って、ええ!?」


 僕は地面に身体を伏せて、頭を地面にこすりつけんばかりに深く下げる。


「この前は本当にごめん! ごめんなさい! ミーナも辛かったはずなのに、僕……あんな失礼なことを!」


「君……」


 あれだけ親身になって、僕の事を気にかけてくれたのに、僕はミーナの優しさを無下にしてしまった。 

 それにもかかわらず、ミーナは僕を元気づけようと、陰ながら差し入れまでしてくれた。ミーナだってお兄さんを失って辛いはずなのに。


「僕、ミーナの気持ちも知らないで、勝手な事ばかり言った! 本当にごめん! ごめんなさい! 僕は君になんてことを……!」


「…………」


 ミーナは何も言わずに、僕の背中に手をそっと置く。そして、優しくゆっくりと擦った。


「君の辛さは、私もよく知っている。でも、そんな時にそばにいてくれる人が一人でもいるだけで、心がだいぶ軽くなるのも知っている。だから、気にしないで」


 顔上げてというミーナに対し、僕はそっと顔を上げる。相変わらず、励まさんばかりに、優しく微笑むミーナがそこにいた。


「ほら、こうして仇も討てたんだし、よかったじゃない」


「で、でもそれとこれとは……」


「ふふ、真面目なんだね。じゃあ、そうね……」


 ミーナはニッコリと笑うと、僕にこう告げる。


「君の名前を教えてくれたら、許してあげる」


「ふぇ? 僕の名前?」


「うん。いつまでも、君よびはちょっとね……」


「…………」


 あ、そっか。僕、ミーナにまだ名乗ってすらいなかったのか。って、ちょっと、あまりにも失礼すぎじゃないか僕!


「ごめん、名乗ってなかったよね!? 本当にごめん!」


「ふふ、そんなに謝んなくていいから」


 クスっと笑うミーナを前に、僕ははっきりとその名前を口にする。

 けど、それを聞いたときのミーナの反応は、予想外なものだった。


「ネルス。僕の名前は、ネルス」


「え……? え!?」


 目を丸くし、ポカンと口を開けるミーナ。

 ん? なんだろうこの反応は。


「え、えーっと……いや、でも年齢が一致しないし……うーん……」


 そして、なんかモゴモゴと口にしている。

 えっと、なんだろう? いったいどうしたんだろう?


「ミーナ?」


「あ、えっと、ごめんね! ちょっと、耳にしたことのある名前だったから、びっくりしちゃった」


「耳にしたことのある?」


「う、うん。でも、たぶん人違いだと思うから、気にしないで」


「そ、そうなんだ」


 僕と同じ名前を耳に……。

 ネルスって名前の人、他にもいるんだろうか? はて?


「そっか。ネルスっていうんだ……わかったわ」


 そう言うと、ミーナはそっと手を前に出す。


「じゃあ、改めて……よろしくね。ネルス」


「うん。こちらこそ!」


 ミーナの手を握り、そのまま僕は立ち上がる。ああ、そうそう。それと一つ言い忘れてた。


「アケルさんから聞いたよ。果物。どうもありがとう! 美味しかったよ」


「ああ! それならよかったわ。どういたしまして……って、ちょっとネルス! あれ!」


「え?」


 ミーナは突然僕の後ろを指さす。後ろが一体どうしたんだろうか? 

 僕も後ろを振り返ってみる。すると……。


「結界が……消えていく!?」


 僕らを閉じ込めていた白い結界。その結界がゆっくりと薄れるように消えていく。一部分から消えていって、やがて360度、結界全てが薄れていく。そして……


「ミーナ君! ネルス君! 大丈夫かい!?」


 結界が完全になくなったころ、その人の姿が見えるようになった。

 その人の姿を確認すると、僕もミーナも自然と頬が緩んだ。


「「アケルさん!」」


「よかった。二人とも無事だったんだね!」


 結界がなくなり、そこに表れたのはアケルさんだった。

 僕とミーナは思わず、アケルさんのところへと駆け寄る。


「MCの窓からちょうど君たちがこの結界に閉じ込められるのを見かけてね。気が気じゃなかった。本当に心配したんだよ」


「そうだったのですか。それはご心配おかけしました。アケルさん」


 ミーナがそう言う中、僕は引っかかっていたあることを尋ねる。


「ってかアケルさん! 町は!? それとMCの方は!?」


「ネルス君、安心したまえ。皆無事だ。ディーフが駆け付けてくれたからね」


「「ディーフ!?」」


 よくよく見ると、さっきは町に沢山はびこっていた魔獣の姿が見当たらない。ってことは、ディーフが片付けてくれたのかな。というか、ディーフが来たってことはもしかして……!


「ディーフ、結界を破る方法がわかったんですね!」


 あの結界は外界との接触を遮断するもの。これまで、外部からあの結界を破ることは不可能だった。そのせいで僕のクルミ村は……。

 でも今回は違う。ディーフが駆け付けてくれた。それはつまり、ディーフがあの結界を破ったってことだよね!?


「よかった。だからこの町にディーフがやってこれて……」


「残念ながら、そいつぁ少し勝手が違ってな」


「え?」


 アケルさんとも、はたまたミーナともちがう別の声。そして、どことなく聞き覚えのある声。そんな声が、僕の後ろから聞こえてきた。

 僕はそっと後ろを振り向く。すると、そこには……。


「結界は破ったんじゃねえ。どういうわけか、お前がいた場所にまで結界が縮小したんだ。だから、俺たちはこの町の中に入ることが出来た」


「んな!?」


 見覚えのある制服。青いスーツに「DEAF」というロゴの入った文字の入った服装をした、男の人。藍色の髪に、鋭い目つき。そして、どことなく不愛想な表情。それは、僕の知っている人物にほかなかった。


「ふっ、探したぞ。無事で何よりだ。小僧」


「あなたは……!」


 不愛想なその人も、僕を見るなり、若干頬を緩めた。そして、その人を見た僕も、頬が緩んだ。


「アレンさん!!」


 そう、そこにいたのは、1年前のサンライト事件の真相と、僕の記憶を調べるべく、共にテンドールまで行く予定だった人物。

 ギルド警察ディーフの副団長、アレンさんだった。

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