第36話 因縁! ネルス&ミーナ VS 魔将ゲルマ

「あまりの恐怖にしっぽ巻いて逃げ出すかと思ったが……ククク、意外な反応だねえ。って、よく考えたらそれもそうかぁ」


 ゲルマは不気味に笑い、こう続ける。


「男も、そして女も。貴様らの大切な存在、全てワレが直接手を下したんだっけねぇ。恨んでもとーぜんだったねえ……。かわいそうだぁねぇ……ククク、クククク」


「…………っ!」


 ゲルマ……っ! アイツが皆を……レイタとホノカを……! 

 もうこれ以上アイツの好きにはさせない! この町の人には手を出させない!

 僕は頭の中であの魔法を意識し、右手に力を込めた。


「ちょ、ちょっと待って! 君! アイツには魔法が……」


「うおぉおおおおおおおおお!」


 ミーナの発言が耳から出て行く中で、僕は右手を前方へと突きだす。

 右手には紫色の光が結集し、それが前方へと放出する。


「魔勇の雷撃-ネルライマ-!」


 紫色の光は稲妻となって、ゲルマの方へと直進する。でも……。


「ククク、無駄だよぉ。もう忘れちゃったのかなぁ?」


 ゲルマは不敵に笑うと、持っている杖を前方へと突き出す。


「なっ!? しまった!」


 紫色の稲妻は進路を変え、杖の先端の白い球へと吸い込まれていく。そして、紫色の稲妻が吸い込まれた瞬間、白い球体は紫色の禍々しい色へと変えた。


「ククク、我の杖はねえ、全ての魔法を吸収してしまうんだぁ。残念だったねぇ~! ククク、クックククク!」


「くっ!」


 そうだった。すっかり忘れていた。アイツの杖は魔法を吸収する。そのせいで、あの時も、僕の治療ができなかった。そのせいで隙が生まれて、レイタとホノカは……。


「長引くのも面倒だからねぇ……。一気に終わりにしようかぁ」


「何!?」


 ゲルマは目を閉じ、不気味に何かを唱え始める。


「……終わりだ」


 ゲルマは指をパチンと慣らす。すると……。


「なっ!? し、しまっ……」


 僕とミーナの両手、両足が一気に凍り付く。そして、その氷はみるみると広がっていく。

 脇、太もも、胸、腰、お腹。

 顔以外のすべてを氷漬けにしていった。

 そしてその光景は、ホノカとレイタが犠牲になった時と全く同じ。あの後あの二人がどうなったのか、僕の脳裏に今一度過る。何度聞いてもおぞましい、あの忌々しい音が。


「ククク、チェックメイトだぁ! もう、ワレの勝利は決定事項。デイン様ぁ、我はついにやりましたぁ~! 我々の勝利でぇす! ククク……クヒャーーッハハハハハハハ!」


 ゲルマはゲラゲラと笑いながら、その大きな眼球で僕ら二人を睨みつける。そして、杖を弄びながら、ゆっくり、ゆっくりと僕らへと近づいてくる。


「貴様らがワレを倒そうだなんて不可能なんだよぉ。もはや、勝負はついてしまったねぇ……。残念だねぇ、お二人さんよぉ……ククク、ククク」


 くっ、動け! 動け! 僕の身体! 

 ここで動かないと僕はコイツに……よりにもよって皆をあんな目に遭わせたヤツに! 

 頼む! 動いて! 動いてよ!


「なんで顔だけ氷漬けにしなかったのか分かるかなぁ? それはねぇ……」


 ゲルマは、不気味に微笑む。そして、口をゆっくりと開き、中から大量の唾液が溢れ出始める。唾液はねっとりと粘着き、ゆっくりと下へ落ちていく。


「恐怖、絶望、悲愴、憎悪、君達のそんな苦痛な表情が間近で見たいからなんだよぉ。そして、悲痛に響く悲鳴! 助けを呼ぼうにも呼ぶことのできない結界の存在! その中でも助けをこう必死さ! そして哀れさ! 何とも儚く、そして脆いものなんだぁろうかぁ!! ククク、そんな表情をワレに、このゲルマ様に見せてくれよぉ!!! 満たしてくれよぉ!! クヒャーーーーッハハハハハハハハハハハ!!」


 ゲルマのこれとない笑い声、そして、同行の開いた大きな眼球、唾液で満ちた口。そのすべてが、僕を畏怖し、胸の奥底に大きく太鼓で叩かれたような振動、感覚が襲ってくる。心臓の鼓動が早くなり、全身を無意識に震わせる。

 こんな奴相手に、あの二人は……。

 二人も、こんな感覚だったのか? 

 それにもかかわらず、僕を助けて……。そして、死んでいったの? 

 こんな状態なのに、逃げる事ではなく、僕を逃がすことを選んだの? 

 戦う事を選んだの? 

 怖かっただろうに。辛かっただろうに。逃げたかっただろうに。


「二人……とも……」


 レイタとホノカの氷像。それが無残に砕かれるあの瞬間が再び脳裏をよぎる。

 こんな状態で、こんな想いをしたうえで、二人は無残にも砕かれていったんだ……。

 くそっ……! レイタ……ホノカ……!


「…………っ!」


 無意識に目から涙が溢れてくる。怖いわけじゃない。辛いからだ。今と同じような状況で散っていった二人の事を想うと、悔しくて、悲しくて仕方がない……! 何よりも……。


「終わりだ。これで終わりにしてやりゃぁああああああああああ!!」


 こんなところで、何もできずにこんな奴に何もできないのが、悔しくて仕方がない!

 僕は、こんなところで……死……。


「君、今度は私が助ける番ね」


 え?

 ゲルマが杖を振り上げ、それを一気に振り下ろそうとしたその瞬間。


「魔法解除-リセット-」


 ミーナがそう唱えると、僕らを抑え込み、凍らせていた氷は赤色に輝きだす。そして、その一瞬のうちに消えて……なくなった。

 え? え!?


「うわっ!」


 氷がなくなり、僕とミーナは身体が自由になり、僕は思わず体勢を崩してその場に倒れこむ。ミーナに関しては一瞬ふらつかせながらも、地に足を付けて、体勢を立て直した。


「んな!? なんだ……と……!?」


 その一瞬の出来事にゲルマは目を見開き、そして顔を歪める。

 一方で、ミーナは倒れた僕に対してそっと左手を差し出した。


「大丈夫? ケガはない?」


「あ、ありがとう……」


 ミーナの手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。


「君、気持ちは分かるけど、もっと状況を考えて行動しないとね……」


「あ……ご、ごめん」


「あいつを倒したいのは私も同じ。でも、ここで負けたら意味がない。仇なんて討てっこないわ」


 ミーナはそう言って、僕の両肩に両手を置く。そして、真っ直ぐな目で僕を見る。


「落ち着いて。大丈夫。きっと勝てる。私と、君のあの魔法ならきっと」


「で、でもあいつには魔法が……」


「それはアイツの杖のチカラよ。あの杖がなければおそらく……」


「杖……?」


『俺だって魔法の一つや二つ、使えるんだっての……!』


「………!?」


 そういえばあの時、レイタはアイツに魔法を使っていたっけ。しかも、吸収されることなく、アイツに稲妻が流れ込んでいた。あの時、杖は僕に刺さったままで、ゲルマは杖を持っていなかった。

 そうか! 杖がなければ、ゲルマに魔法を叩き込める!


「余所見をするなよぉ!? ガキどもぉ!」


 ゲルマは再び指を鳴らす。そして、再び氷が僕らの身体を包み込む。


「魔法解除-リセット-」


 けど、ミーナのその一声で、氷は赤く光りだし、一瞬で消えうせた。


「んなぁああ!? あ、あり得ない……!」


 それを見たゲルマは、顔を歪め、拳を握る。

 ミーナは僕の肩から手を離し、ゲルマへと視線を移した。


「ゲルマ! あなたは手の内を見せすぎた」


「な、なに!?」


「最初はマージルで私に対して放った氷魔法。次にクルミ村で使った氷魔法。そして今回の魔法。クルミ村での話を聞いたときに、なんとなく何の魔法なのか予想ついていた。そして、今回で確信に至ったわ。そしてそれは、偶然にも、私の兄さんが愛用していた魔法と同じ」


「んなっ……!?」


 僕らを襲った氷は、ミーナのお兄さん……シュウトさんが愛用していた魔法!? 

 じゃあ、ミーナはこの魔法の正体が、いったい何なのか分かっているって事!?

 身近で見てきたって事!? だから解除する方法も知っているって事!?


「小娘……見破ったというのかぁ!? ワレの魔法を!!」


「ええ。その魔法の構造さえ分かったら、解除するのは比較的簡単ね。運のいいことに、この魔法は私の魔力でもどうにかなるレベルだし」


「ぐっ……!?」


 そうか! それじゃあこの魔法はミーナがいれば怖くないわけだ! 

 てか、凄くない!? そんなことまでできるだなんて。

 やっぱり、大魔法使いの妹さんってだけあるんだね。


「小娘えええ」


 一方で、ゲルマが悔しそうに顔を歪める中で、ミーナは不敵に微笑む。そして、ゲルマにこう告げた。


「同じ手を使うところを見るに、あなた、ゲームで言うところのただの初見殺しね。見破ってしまえばどうってことないわ」


「なん……!? こ、小娘ぇええええええええ!」


 余程図星だったのか、ゲルマは目を見開き、これとないくらいに叫び倒す。けど、そんなの関係ないと言わんばかりに、ミーナはこう続ける。


「あいにく、私と……そしてこの人。私達は初見じゃない。だから今度は負けない。あなたは絶対に、私たちが倒す!」


 でしょ? と言わんばかりに、ミーナは僕をちらっと見る。

 その可愛らしく、優しい表情に、僕の頬も自然と緩む。

 ああ、そうだ。コイツは、僕らの敵。

 ここで倒して、皆の無念を晴らすんだ!


「粋がるなよ小娘ぇええええええ!!」


 ゲルマは激しく叫び、杖を上に掲げる。そして、目を閉じ、何かを唱え始める。


「爆裂閃光-ブラストラル-!」


 ゲルマがそう叫ぶと、上空にオレンジ色の光が集い、大きな弾へと姿を変える。


「クヒャーーーーッハハハハハハハハハハハ! 消し飛びなぁああ!!」


 オレンジ色の玉は、火花を放ちながらゆっくりと僕らの元へと寄ってくる。

 爆裂閃光-ブラストラル-。

 実際に見たことはないけど、でも前に聞いたことがある。確か、シュウトさんから。オレンジ色の玉が物に触れた瞬間、周囲に大爆発を起こし、辺り一面を焼け野原へと変える恐ろしい魔法だって。

 それを止めるには、同じ規模の魔法を当てるか、さっきのように解除するしかない。でも、僕にはそんなことはとてもじゃないが出来ない。

 いや、待って。魔法を……僕の魔法をアレに当てればもしかしたら?


「ねえ君、一度しか言わないからよく聞いて」


 そう思っている最中、ミーナが僕にこう告げる。


「あの魔法は私が何とかするわ。だから君は、持っているその魔法剣で、ゲルマの杖を」


「なっ!? 知ってるの!? 僕が持っている剣の事」


「ええ。MCでアケルさんが保管しているのを見たことがあるからね。腰に携えているその柄を見てすぐに分かったわ」


 ミーナの言う通り、僕は今魔法剣と呼ばれる武器を手にしている。MCから外へ出る前、アケルさんから託されたものだ。少しでも多くの人を守れるように……って。


「そっか……じゃあ、わかったよ。僕に任せて」


「うん。じゃあ、こっちも任せて」


 ミーナは両手を前方へと伸ばし、目を閉じる。僕は腰にあるその黒い柄に手を添え、それを引き抜く。

 20センチほどだったただの柄の先端から、大きくて鋭い刃が現れる。刃は銀色に輝き、一つの剣へと形を変える。ただの柄が銀色に光る屈強な剣に。

 うん。魔法剣の名前は伊達じゃないや。ただの柄が立派な銀色の剣に大変身だ。よし、この武器で、ゲルマを……。

 レイタ……ホノカ……僕に、力を貸して。


「いくよ!」


 僕は走り、僕もあのチカラをイメージし、右手に力を込める。

 紫色に光る稲妻が、僕の右手に迸る。


『魔法を使う時、その魔法で何をしたいのか。その魔法で何を成し遂げたいのか。魔法に向かって精一杯想いを込めろ。そうすれば、魔法もその想いに応えてくれる』


 ホノカが教えてくれた、シュウトさん直伝の魔法のコツ。

 レイタとホノカを追い込んだ魔法を吸収する杖。僕らを苦しめたあの魔獣。

 もうこれ以上犠牲は出さない! 

 あの杖を破壊して、あの魔獣を倒す! 

 そして、皆の仇を討つんだ! 

 僕の魔法よ! 

 僕にチカラを! チカラを貸してくれ!


「「はぁあああああああああああああ!」」


 上空に、オレンジ色の光と相対するように、赤々と燃える灼熱の炎が出現する。

 一方で、僕の右手に集っていた紫色の稲妻は、拠り所を右手から、持っていた魔法剣へと移っていく。

 銀色に光る剣は、紫色に光る稲妻を纏い、禍々しい紫色へと姿を変えた。

 これってもしかして……僕の新しい魔法……? いや、技? 

 とにかく、試してみる価値はある! 


「灼熱火球-ブレイゾル-!」


 一方、ミーナの斜め上空に現れた灼熱のように燃える巨大な玉は、まっすぐにオレンジ色に光る玉へと直進していく。


 ドガーーーーーン!!


 花火がなった時のような音が、この町全体に響き渡る。灼熱のような赤赤と燃えていたその玉は、ゲルマが放ったオレンジ色に光る玉が爆発する前に直撃し、共に上空で綺麗に爆散した。赤々とした光が上空で唸り、僕の視界を一瞬遮る。

 でも、僕はそんなの気にせずに走っていく。


「ば、ばかなぁ!!? またしてもワレのブラストラルが!!? くっ、だが……」


 僕の攻撃を察したのか、ゲルマは杖を構え、目を見開く。


「貴様の攻撃は読めているんだぁよぉおおお! 魔法を纏わせた剣など食らうわけなかろううう! その魔法を吸収するぅう! 末裔! 貴様の敗北は決定事項だぁああああ!」


「うぉおおおおおおあああああああああああああ!」


 ゲルマが杖を構える中で、僕は剣を左から右へと横方向に大きく振るう。

 紫色に光る剣は、僕の動きに合わせて更に激しく輝きだす。

 ホノカに教わった魔法のコツ。そして、レイタと共に培ったこの剣技。二人のチカラを、コイツにぶつける! 二人の仇を……とるんだぁああああ!


「魔勇の斬撃-ネルスラッシュ-!!」


 魔法剣を横へと振ったと同時に、僕の剣に纏っていた紫色の光は、激しい稲妻を走らせる斬撃波となって、ゲルマの杖、ゲルマの身体へと放出する。

 吸収されることもなく、杖とゲルマの身体を簡単に引き裂いた。


「ば……かなあぁ……!」


 上下二つに引き裂かれるゲルマ。そして、杖に関しては、先端の白い球体が一瞬僕の魔法と同じ紫色に光ったものの、その瞬間にひびが入る。そして、ガラスが割れるような音と共に、球体は粉々に砕けていった。

 このチカラ……想像以上だ。あのゲルマ相手に魔法吸収されることもなく、いとも簡単に……。

 いったい、このチカラはどこまで……? いや、今はおいておこう。

 ミーナがゲルマの魔法を止め、ゲルマ本体は僕が下した。

 もう、勝負はついたんだ。


「ゲルマ、僕らの勝ちだ」


 身体を引き裂かれたゲルマは、地面に落ちていく。


「あ、ありえ……ぬ……! 杖の容量を……大きく上回……たのかぁ……? この……ワレの……杖……この……ワレ……ゲルマ……が…………」


 苦しそうなうめき声を上げながら、ゲルマは僕とミーナを交互に睨みつける。


「貴様ら……だけ……は……許さな…………。コイツ……食ら……」


「んな!?」


 ゲルマは右手を震わせながら、上空へと掲げる。オレンジ色の小さな光が、ゲルマの掌から放出されていく。

 コイツ、まだ僕らに攻撃を……!?

 くっ、だったらもう一度今の技を……!


「下がって! そして伏せて!」


「………っ!?」


 後ろから聞こえてくるミーナのその声に従い、僕はとっさに後ろへと下がり、身を屈める。

 ミーナから放たれた渾身の魔法が。赤々と燃えるその灼熱の炎が、オレンジ色に光を簡単に消し去り、そのまま真っ二つになったゲルマの身体を押しつぶす。


「ぐぉおおああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 大きな爆発音とともに、不気味な声の悲痛な叫び声がこの結界内に響き渡っていく。けど、この場にはその断末魔に耳を貸す人はいない。

 家族を、仲間を、故郷を奪った悪魔。

 僕らの敵。

 そいつは赤々と燃える炎によって塵と化していく。


「「…………」」


 正直、今コイツを倒しても、皆が戻ってくることはない。そんなのは分かっていた。

 胸の奥底が震え、嗚咽が出るのは、それを今ここで再認識したからなのかもしれない。

 僕らは喜ぶことも、叫ぶこともしない。

 僕も、そしてミーナも、ただただ真っ直ぐその赤々と燃える炎を眺めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る