第33話 戻らぬ日々
「ん……」
オレンジ色の光が、西の窓から僕を射す。その光の眩しさによって、僕は目をそっと開ける。
どうやら、いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
あいも変わらず体には包帯が巻かれ、お腹からは若干の痛みを感じる。
さっきの出来事も夢……なわけないよね……。
クルミ村は壊滅し、皆は死んだ。僕だけが助かり、この病棟で休んでいる。でも、気にかけてくれた恩人に対して失礼な態度をとってしまった。一時の感情によって。
「………」
本当に、夢であってほしかった。何もかも。
今度、もしもあの子に会ったら、なんて言えばいいんだろう?
いやそれ以上に、僕はいったい、これからどうしたらいいんだろう……。
ねえ、レイタ。ねえ、ホノカ。
どうして僕なんかを助けたの? 僕にどうしてほしかったの?
僕は……どうしたらいいの?
「わからないよ……」
声が霞み、身体が震える。
ぎゅっと拳を握り、顔を伏せる。
僕を射し込んでいたオレンジ色の光はゆっくりと消え去り、周りは暗くなっていく。
でもそんな中、部屋が突然と白い光に覆われる。
目を開き、辺りを見渡す。どうやら、部屋に灯りが付いたらしい。
そっか。もう、夜なのか……。
「はぁ……」
あの事件から数日が経ち、そして今日も終わろうとしている。時間の速さに、思わずため息が出る。
何をしているんだろうか。僕は。ここでじっとしていても、休んでいても、悲しんでいても、皆が戻ってくるってわけでもないのに。
分かってる。そんな事は分かってる。でも、それでもどうしていいのか分からないんだ。
「はーあ……」
再び横になろうと、身体を倒す。すると、視界にある物が入ってきた。
「ん? これって……」
僕の右にあるテーブル。その上にお皿が一つ。そして、そのお皿の上には、剥かれた状態のリンゴが置いてあった。しかも食べやすい大きさに切られている。
いったいいつの間に……? というか、僕が眠っている間に誰か入ってきたのだろうか。
「そういえば……今日は何も食べていなかったな」
食事とかそういうのは摂っていいのか分からない。でも、少なくとも今のところは何も運ばれてきていない。という事は、もしかしたらこれが食事……?
ここにおいてあるってことは、食べていいって事だよね。食欲があるわけじゃないけど、でも何も手を付けないのは気が引ける。もったいないし。
「いただきます……」
僕の耳にも聞こえるか聞こえないか分からないくらいのボリュームで僕はそう口に出し、手を合わせる。そして、目の前にある切られたリンゴに一つ一つ手を伸ばす。
シャリッという音と共に、僕の口の中に、わずかな酸味と、仄かな甘みが広がっていく。
美味しい。凄く美味しい。美味しすぎて、なんだかまた……目から涙が……。
「うぅ……」
本当に、情緒不安定だ……。
けど、生きた状態でまたこんなに美味しいものが食べれるだなんて……。皆のお陰で、僕はここにいる。そして、こんなに美味しいものを食べている。
それを考えると、涙が止まらない……。
「僕のせいだ……」
僕がもっと早くにあの結界の事をレイタに伝えていれば……!
そしたらもっと早く対処できたかもしれない! 僕に気をとられることなく、二人とも逃げる事だってできたかもしれない! 仮に僕はだめでも、二人は逃げることが出来たかもしれない!
「僕のせいで……二人は……」
僕が生き残って、二人は死んだ。
レイタはディーフに入ることが決まり、ホノカは魔法を完成させた。
二人とも僕よりも有望だった。僕よりずっとずっと有望だったのに……。なのに……。
「なんで……なんでなんだよっ……」
どうして僕なんかを……。二人にも、夢があったはずなのに……。
なんで……僕を助けたんだよっ……!
僕にどうしろって言うんだよ……っ!
「っ……」
酸味と甘み、そして、わずかな塩気を噛みしめながら、僕は再び手を合わせる。
身体を倒し、再び僕は蹲る。
僕は、いつの間にか目を閉じ、まるで気絶するように眠りについた。
そして……。
「……ス君。……ルス君」
真っ暗で何も見えない空間。気が付くと、僕はそこにいた。
ん……? ん?
あれ……誰か、呼んだ? それとも気のせい……?
「ネルス君」
いや、気のせいなんかじゃない。誰かが、僕を呼んでいる?
「我の声が聞こえているか?」
うわっ!? え、声!? な、なにこれ!?
目の前は真っ暗で何も見えない。でも、意識ははっきりしている。
身体は……動かせない……? え、何!? なにこれ!?
「強いて言うならば、君の夢の中だ。我が直接君に声をかけている」
え!? 夢!? って、ああ、何だ……。夢か……。
変な夢だ。どうせ見るなら、もっといい夢が見たい。
村で過ごした時に夢とか。ホノカやレイタと一緒に過ごした夢とか。
「君が見たいのは、本当にそれだけかい?」
え?
「君は忘れてしまっている。忘れてはならない日の事を。忘れてはならない存在を」
忘れてはならない存在……?
「だが、それは仕方がない事。天に堕ちた彼のチカラは想像以上に強すぎた。我の想像を超えていた」
え、えっと、何の話? というか、あなたは誰ですか?
「現在、君には強い呪いが二つかかっている。それぞれ、特定の人物を思い出させない強い呪いがね」
え? 呪い? 僕に呪いが?
「でも、二つの呪いのうち、一つは実を言うと解けかかっている。きっと、それは君のチカラの影響だろう。君のチカラは奴のチカラ。君は忘れていても、チカラは忘れない。忘れられない。だから、今のうちにその呪いだけでも解いておこうと思ってね」
え、ちょ、ちょっと!? 本当に何の話ですか!? あなたはいったい……。
「我が名は魔王。魔王カネル。この名のもとに、今力を解き放たん」
魔王……カネル……!?
「さぁ、呪いを一つ解いたよ。これで、奴と接触すれば君は完全に思い出す。奴の事を」
あ、あの!? 奴って誰の事なんですか!? それにその呪いって一体いつ……。
「もう一つの呪いはまだ解くことはできない。だが、君があの子を強く想った時、きっと呪いは弱まるだろう。その時に、また会おう。ネルス君。いや……」
ま、まって! 聞きたいことが!
「また会おう。魔界の勇者ネルスよ」
魔界の……勇者!?
なっ!? 急に眩しく……!?
「……きて。おきて」
「う……ん……?」
男の人の声。その声と共に、僕はそっと目を覚ます。
明るい光が、西の窓からのぞかせている。どうやらもう朝のようだ。
そして、僕の右隣にはというと……。
「大丈夫かい? なんだかうなされていたけど」
眼鏡をかけた白衣を着た男性が、優しく僕に微笑みかけながら立っていた。
いったいどちら様だろうか。
「あ、はい。なんか……変な夢を見ていて」
「そうかい。きっと、まだ体の方は疲れがたまっているんだろう。まだまだ安静にしないと」
そう言いながら、その人はテーブルの上に食パンと瓶の牛乳を置き始める。
「えっと……」
「申し遅れたね。私はここのMCの医務長。アケル」
「医務長……? ってことはあなたが僕の治療を?」
「うん。君が気絶して運ばれてきた時は驚いたよ。それで、早急に手術と治療に入った。君が気絶している間、ずっと続いていたからね。君の身体が疲れているのは無理もない」
医務長のアケルさんはそう言いうと、今度は食パンと牛乳に手を指す。
「目を覚ましてから何も食べていないだろう? 一応点滴とかやっておいたけど、やっぱり物はしっかりと食べないとね」
「え? いや、昨日運ばれてきたリンゴを食べたんですけど」
「ん? 運ばれてきた? リンゴ……?」
アケルさんは顎に手を当て、眉間にしわを寄せ始める。な、何だろう。食べちゃまずかったのかな?
「いやいや、一応配給は今日からのはずだ。MC側では何も用意していなかったはずだよ」
「え?」
じゃあ、あのリンゴはいったい……?
というか、そしたら食べちゃまずかったんじゃ?
「あの、すいません! その、昨日、テーブルに置いてあったリンゴ食べちゃいました! てっきり配給か何かだと……」
「いやいや、それくらいなら別に構わないんだ。むしろ、そのくらいならこちら側で用意するべきだった。すまない」
「いや、医務長さんが謝ることでは……。でも、そしたらあのリンゴは……?」
「となると、もしかしたら、差し入れか何かかもしれないね」
「差し入れ……?」
「君のご家族、もしくはご友人がお見舞いに来たのかもしれないね」
家族……。友人……か。
「ん? どうかしたかい? なんだか、少し一瞬表情が曇ったような?」
「い、いえ。なんでも……ないです……」
アケルさんにそう告げると、僕は黙って目の前にある食パンに手をつける。
食パンにはイチゴのジャムがかかっていて、イチゴの甘い香りと旨味がパンの柔らかさと共に口の中で広がっていく。そして、若干の酸味が舌から口全体へと伝わる。美味しい。
「ふふ、良い食べっぷりだ。やっぱり、しっかりと何かを食べることが大事だからね。食べれるようになるまで回復してくれて本当によかった」
「あ……。はい。あ、あの……」
僕は一度食パンを置くと、アケルさんに頭を下げる。
「治療をして頂いて、本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
「いやいや。当然のことをしたまでだ。とは言え、安心するにはまだ早い」
アケルさんは一度頷くと、こう続ける。
「まだ、精密検査がある。他にも異常がないか調べないと」
「精密検査……ですか」
「うん。一応、できる限りの事はしたけど、まだ安心はできない。君に刺さっていたあの杖。魔獣のモノだというのなら、決して安心はできない。もしかしたら毒や得体のしれない魔法が組み込まれているかもしれない。今一度確かめないと」
「そう……ですか」
僕に刺さっていた杖。僕を瀕死に追い込んだ杖。そして、杖の能力のせいで、ホノカもレイタも結果的には命を犠牲にして僕を……。
それを思い出したからか、再び頭が痛くなってくる。
「とりあえず、その食事を終えたら検査に入ろう」
「はい……わかりました」
あの時の事を想い馳せながらも、僕は食事に手を付ける。
「………」
さっきは美味しく感じた食パンも、今はあまり味を感じなくなっていた。僕だけがこうして生きて食事を摂っていることが許せない気持ちがあったからだ。
レイタ。ホノカ。僕は……本当にどうしたら……。
やがて食事を終え、アケルさんに連れられて、僕は検査を受ける。
一般的に、MCでは検査するのに魔力がこもった機械を使用する場合と、専門の魔法使いの方が診断してくれる場合の2択だ。
一般的には専門の魔法使いが魔法で検査をしてくれる。でも、僕の場合は魔獣に直接得体のしれない杖で刺されてしまった。という事で、少し大掛かりに機械を使う事になった。
「それじゃあ、検査始めるよ」
「はい」
医療服を脱ぎ、上半身裸の状態で僕はソコに横になる。上半身はいまだに包帯でぐるぐる巻きにされている。こう見ると、この状況が、僕の容体がどれほど酷かったのかを物語っている気がする。
手術したって言っていたけど、よく考えたらそれってよっぽどだよね。そしてこうして今も検査を受けているわけだし、本当にひどい状態なんだろう。
「それじゃあ、閉めるねー」
アケルさんはそう言うと、僕が横になっている柔らかい素材の台座。そこの右側に隣接している大きな楕円上の蓋のようなものをバタンと閉めた。
台座に蓋を閉められた僕はと言うと、視界が真っ暗になり、何も見えなくなる。検査とは言え、こうして真っ暗になるとちょっと怖かったり……。
「検査開始」
アケルさんの声と共に、辺りからブォーーーーンという音が響き渡る。ちょっとうるさいけど、我慢できなくはなさそうだ。ちなみに音は聞こえるけど、視界には何も変化がない。
でも、こうしているとちょっと退屈だなー。とは言え、眠るわけにもいかないだろうし。
「………」
検査の音が鳴り響く中で、僕の脳裏にあることが思い浮かぶ。それは他でもなく、昨日のあの夢の事。
ただの夢……なのかもしれない。でも、明らかに僕は会話していた。その感覚だけは確かにある。じゃあ、アレは本当に夢なんかじゃなくて、カネルって人が話しかけてきたって事だよね?
カネル……。うーん、確か隣国の王様がそんな名前だった気がするけど、そんな人がわざわざ僕に話しかけてくるのかな。
というか、魔王って言っていたよね? 魔王って、昔滅んだとされる伝説の存在だよね。でも、作り話じゃないのかな。確か、作り話として知っているのは、二人の人物によって魔王が打倒されて、そのうちの一人……赤い髪の人が魔王と共に封印される。そして、無事に帰還した青い髪の人が勇者と呼ばれる。でも、青い髪の人は、封印されてしまった人こそ本当の勇者だ……っていう内容だったっけ。
魔王に関して知っているとしたら、そういう伝説の話を知っているくらい。
うーん、魔王……か。まさか本当にいるのかな?
それにカネルって人は、僕の事を魔界の勇者って……。いったい、何のことなんだろうか。というか、呪いがうんたら言ってたっけ。記憶がどうとか……。
記憶……か。そう言えば、一年前のサンライト事件の時、僕があそこにいた可能性があるんだったね。それで、色々とはっきりさせるために、本当は今頃ディーフの副団長アレンさんに連れられてテンドールに行くはずだった。でも、あんなことに……。
「………」
何度目だろう。このことを思い出すのは。考えるのは。
ホノカとレイタは、命を賭して僕を逃がした。代わりに、故郷のクルミ村、そしてそこに住む皆。ホノカとレイタ。全員だ。全員が犠牲になった。
二人に関してはあの魔獣に。氷漬けにされて、そして……。
「………」
ホノカには、魔法で僕らを色んなところに連れて行って、最終的には魔法でいろんな人を楽しませたい。喜ばせたい。そんな夢があった。
レイタには、ディーフに入って、村で培った剣の腕でいろんな人々を魔獣をはじめとした危険から守りたい。助けたい。そんな夢があった。
でも、二人はもう……。二人とも、立派な夢があったのに……。レイタに至っては掴みかかっていた。ホノカだって、転送魔法を完成させた。そう、二人とも夢を半分達成したんだ。なのにどうして……。
ねえ、僕にどうしてほしかったの? 僕はどうしたらいいの?
ねえ、ホノカ。レイタ。僕はいったいどうしたら……?
「はい、検査終了! 開けるねー」
「え!?」
アケルさんの声と共に、楕円上の蓋がゆっくりと開く。
そっか。もう終わったんだ。思ったよりも早かった……かな?
「蓋が開きまーす」
真っ暗な空間が徐々に光ある空間へと移り変わり、アケルさんの姿が見えるようになる。そして、目が少しだけ眩しい。すぐによくなるとは思うけど。
蓋が開き、アケルさんが僕の顔を見るや否や、ニッコリと微笑みかける。
「ほい、お疲れ様。異常はなかったよ」
「本当ですか!?」
「うん。杖が刺さった体には特に異常はなかった。ただ、気になることが一つ」
「気になる……こと?」
「うん。一瞬、一瞬なんだけど、頭を調べた時に、白い靄が映った。でも、その靄はすぐに消えていった」
「白い……靄ですか?」
「まあ、機械の調子がおかしかったのかもしれない。一応、不審に思って再チェックしてみたんだけどその時は問題はなかった。他は特に異常なし」
「そう……ですか」
まあ、そういう事なら気にする必要はない……のかな?
とはいえ、怪我の心配はもうなさそうだ。頭の白い靄が若干気になったけど。
「じゃあ、とりあえず部屋に戻っていいよ。昼になったらまた食事運びに行くから」
「あ、はい。分かりました」
そういう事なら、部屋に戻ろう。検査ももう終わったっぽいし。
「ありがとうございました」
アケルさんに挨拶を済ませ、僕は自分の病室へと戻る。
部屋に戻ったらどうしようか。特にやることはないし、僕も正直どうしたらいいのか分からない。モニターでもつけて、何か見ようか……。
いや、でもきっとまだあの報道やっているだろうし。正直、酷い姿になってしまった村を見るのは辛い。報道で犠牲者についての情報が流れるのも嫌だ。
何よりも、あの時の事を鮮明に思い出してしまいそうで……怖い。
モニターを付けるのは止めておこう。じゃあ、どうしようか。
「はぁ。アレコレ考えていてもしょうがないよね……」
検査が終わったとはいえ、包帯はまだとれていない。安静にしているのが一番だ。その後の事とかは……また、その時に考えよう。今はただ、休もう。
「はぁ……」
こうなってしまった現実に生きるのがとても辛い。こうやって、あれこれと考えてしまうのがこんなに辛いなんて……。いつも何かあったら村の人たちがいてくれて、そしてホノカやレイタに相談とかできた。色々と話すことが出来た。それが今となってはもう……。
「………」
どうしてこんな事になってしまったんだろうか。どうして僕だけがこうして生きているんだろうか。今までに当たり前のようにあったものはもうどこにもない。誰にも話すことが出来ない。僕はもう独り。そう、独りなんだ……。
この現実が頭を重くし、心の奥底に……まるで冷たいナイフが突き刺さったように、胸の奥が痛い。ため息ばかり出てくる。
独りが……こんなにも辛い事だったなんて今まで思いもしなかった。
レイタ、ホノカ、皆。僕は……僕はどうしたら……。
そうこう考えているうちに、僕の足は自分の病室へとたどり着いていた。ドアに手を添え、右横にスライドさせる。
「ただいま……」
誰もいない病室に、僕はそう呟く。別に誰もいやしないのに、なんでこんなことしているんだろ。やっぱり、考えすぎて疲れているのだろうか。はぁ。することもないし、ここは眠りに……って、あれ?
「あれは……」
ベッドの右横のテーブルの上にあるソレに目が入る。部屋から出る前、そこには確かに何もなかった。でも、今、そこにはオレンジが食べやすい大きさに切られた状態で。そして、剥かれた状態で置かれてあった。
「もしかして、朝食のデザートか何かかな……?」
に、しても。それだったら朝食と一緒に出るよね……? じゃあこれはいったい……?
「まあ、考えても仕方がない。折角だから食べようか」
残しておくのはもったいない。ここは頂こう。なんなら、昼にアケルさんが来た時にでも聞けばいいし。
ベッドに腰を掛け、そして手を合わせる。
「いただきます」
食べやすい大きさに切られたオレンジを、手で直接口へと運ぶ。甘酸っぱい果汁が舌の上から口いっぱいへと広がり、そして刺激する。噛めば噛むほど甘みが増し、その甘さがちょっとだけ、ちょっとだけだけどなんだか心が休まる……気がした。
「美味しい……!」
僕は、一つ、また一つとオレンジを口へと運ぶ。全部食べ終わるころには、お腹は少し膨れていた。
「ごちそうさまでした」
なんだかとてもおいしかった。味を噛みしめたいがために、食べるのに夢中になってしまう。そんな味わいだった。ここのMCからの配給だというなら、あとでアケルさんにお礼をしなきゃ。
ふう。食べたら少し眠くなってきた。色々考えすぎて疲れてるし、ここはとりあえず眠るとしよう。正午までにはまだ時間はあるけど、アケルさんが来る頃には目覚めるだろう。
身体を倒し、目を閉じる。やっぱり疲れていたのか、それともオレンジを食べて心が休まったのかどうかは分からないけど、不思議と僕はすぐに眠りについた。
『にしても、大変だったな。ネルス』
『まさか、そんなことが起きていたなんてね』
『うん。何とか赤い人とクレアの3人で魔獣を退けたんだけど、正直怖かったよ……』
夢を見ていた。遠い遠い日の出来事。僕がまだ11才頃の夢。それは、クルミ村もまだあって、二人がまだ生きているころの夢。
二人の事を考えていたからだろうか。こんな夢を見ているのは。そして、これが夢だと自覚できているのは、二人の死が深く胸に焼き付いているからだろうか。僕には分からない。ただ分かるのは、夢の中のぼくは、ニコニコと笑っていて、なんだかとても楽しそうにしているって事だ。
『魔獣は怖かったけど、でも楽しかった。僕たちみんなが勇者だったんだ!』
『『勇者?』』
『うん、勇者。赤い人とクレアと僕。誰か一人でもかけていたら、きっと僕はここにはいなかった。3人全員かけちゃいけない存在だったんだ。だから、僕たち全員が勇者だった!』
クレア。そして赤い人……か。という事は、これはもしかして林間学校の直後かな? 夢の中の僕は赤い人の事も、クレアって人の事も知っている。でも、この夢を見ている僕は、何故か思い出せない。
……なんだか不思議な感覚だ。
『それで、二人と約束したんだ! 大きくなったら、また一緒に集まろうって! そして、一緒に世界中を見て回ろうって!』
『世界中を見て回るのか? 大きくなったら?』
『大丈夫かしらね。本当にネルスにできるのかしら?』
『正直、不安しかねえ』
『ちょ! レイタ! あのね、僕はね、今回の林間学校で大きく成長し……』
『林間学校に炊飯釜にレトルトカレー持ってきたのはどこの誰だったかしら』
『正直も糞もなく不安しかねえ』
『ちょ、レイタもホノカも酷いよ~!』
あはは……。なんというか、正直今になってもグサッてくる。
そうだよね……。この時も僕は二人には頭が上がらなかったんだっけ。今と変わってないな……。
はあ。この時の僕から、僕は本当に成長できているんだろうか。ちょっと心配になってくる。
『じゃあ、それがネルスの将来の夢?』
『うん。また、クレアと赤い人と再会して、一緒に世界中を見て回る! これが僕の夢なんだ!』
世界中を見て回る……か。その二人と。それが、僕の本当の夢……。
『ギルド警察に入るって夢はどうしたよ? ネルス』
『それもあったけど、今はそれ以上に世界中を見て回りたい。そして、魔獣の手から人々をこの手で守るんだ!』
『ということは、ギルド警察のような組織に属するんじゃなく、あくまでもフリーで活躍して、名声を高めたいってことか?』
『んん? ふりい? めーせー?』
『レイタ。ネルスの頭がショートしてるわ』
『はは。ったく、お前は』
『ごめん。でも、そういう難しそうなのじゃなくて、ただ単に、世界中を見て回りたいんだ。あの二人と一緒に。そして皆を守りたい。僕に勇気をくれた、あの二人と一緒に』
レイタとホノカの二人じゃなくて、その二人……か。
勇気をくれた二人。
クレア……。赤い人……。
『そっか。俺やホノカと一緒じゃなく、その二人と……か。俺ら振られちまったなホノカ』
『ええ、残念……』
『い、いや! そんなんじゃ……! 二人とも一緒にいたいよ! でも、そうじゃなくて、二人とは一緒に成長していきたい。そして、強くなって、大きくなって、今よりも立派になったら、今度はあの二人と一緒に世界中を見て回りたいんだ。僕を支えてくれたクレア。そして、僕に励ましてくれた赤い人。二人に、恩返しがしたいんだ』
恩返し……。そっか、そういう理由だったんだ。それで僕はその夢を……。
『なるほど。そういうことな』
『うん。……変、かな?』
『いや。そんなことはないさ。単純なところがお前らしい』
『ちょ!? 単純!?』
『でも、優しくて、他人想いな夢だ。正直、立派だと思う』
『そうね。素敵だわ。いつかまた会えるといいわね。クレアちゃんと赤い人さんに』
『二人とも……』
『じゃあ、そういう事なら、俺はおまえの夢を引き継ごうかな。新しい夢に向かうお前の代わりっちゃなんだが』
『え!? って、事はもしかして……』
『ああ。ギルド警察を……いや、ディーフを目指すとするか』
『ディーフ!? レイタ、あなたディーフを目指すの!?』
『ああ。今回の件で、局長のレアーナさんがすんげえ人だなーって思ってな。正直憧れたってのもある。だから俺はディーフに入る。ネルスの分までな』
『すごいじゃない! レイタ! そっか。それじゃあ私は、そんな二人がいつでもクルミ村に帰ってこれたり、遠くの場所まで行けたりできるように、皆をサポートできる魔法使いでもめざそっかな』
『おお、そうしてくれるとありがてえ!』
『うん! そしたら僕たちいつでも戻ってこれるね!』
『ふふ! じゃあ、皆で頑張らなきゃね』
『だな! ネルス! 明日から剣の特訓すっか! お前がしっかり夢を叶えれるように!』
『そういう事なら、私も協力するわ。私とレイタは大丈夫だけと思うけど、やっぱりネルスが心配だからね』
『え、気持ちは嬉しいんだけど、なんだろう。なんか素直に喜べない……』
『『ははは!』』
ホノカとレイタは共に笑うと、僕にそっと優しく微笑みかける。
『ネルス。俺は、お前が持つその立派な夢を叶えれるように、切磋琢磨していくつもりだ。だから……』
『そうね。ネルス。私達が付いている。だから、思う存分、自分のチカラと向き合って』
『そして、俺たち3人。全員で夢を叶えようぜ。それが、俺たち3人の夢だ!』
レイタ……。ホノカ……。
そっか。いや、そうだった……。
3人がそれぞれ夢を叶える。それが僕たち全員の夢。
レイタはディーフに推薦入りが決まって、ホノカは転送魔法を完成させた。
だから後は……。
『レイタ。ホノカ。あのね……』
『ん? なんだ?』
『どうしたの?』
夢の中で、僕は二人に向かって、こう告げる。
『大好きだよ! 二人とも!』
それを告げた僕の表情は、とても、とーっても、明るかった。
ああ、そうだ……。そうだよっ……。
僕は今でも……二人が……大好きだっ……!
レイタ……っ! ホノカ……っ!
でもやがて、その時は訪れる。
「……ス君。ネルス君」
夢はさめ、現実へと移り変わり……レイタとホノカはいなくなる。
「ネルス君。起きて。昼食、持ってきたよ」
「………」
「ああ、そうそう。さっき言っていた昨日のリンゴの件なんだけどね、一体誰が持ってきたのか分かっ……て、ネルス君!?」
「……うっ……うぅ……」
鼻水が垂れ、涎もたれ、そして涙がボロボロと零れ落ちる。
クルミ村が襲撃され、レイタとホノカが死んでから早数日後の正午。
「うわぁあああああああああああああああああんっ……!」
それをこらえきれなくなった僕は、気を失っていた時も含めて、今までたまっていた分を一気に吐き出すかのように、その場に、崩れ落ちた。
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