第32話 お節介

 僕は、ミーナに自分の身に起きたことを一つ一つ話していく。


 僕がクルミ村にいたこと。そこに魔獣が襲ってきたこと。ゲルマという魔獣に殺されかけた事。

 そして、僕を助けるために大切な親友二人が、犠牲になった事。

 ミーナは一つ一つ丁寧に相槌を打つ。そして、途中で悲しそうに顔を顰めたり、時には目を伏せたりしていた。


 そして……。



「と、言うわけなんだ……」


「そう……。辛かったわね」


「僕を……僕なんかを助けるために二人は……凍らされて……っ……!」



 ミーナにその時のことを話すと、僕を逃がすときのあの二人の表情が頭をよぎる。涙を流しながらも、僕にとびきりの笑顔を向けてくれたホノカとレイタ。

 一番つらかったのは二人のはずなのに、二人は僕なんかを助けて……それで……それで……っ……!



「はぁ……はぁ……」



 ソレを思い出すと、再び息が苦しくなる。胸が締め付けられ、頭の中で何かがぐるぐる回っているかのように、激しい頭痛が襲ってくる。


 でも……。


 ぎゅっ。



「大丈夫。大丈夫だから」



 ミーナ立ち上がって僕のすぐそばまで寄ってくる。そして、再び僕の右手を両手で優しく包み込む。



「私に合わせて、息を整えて」


「………」



 ミーナは大きく息を吸って、そして吐いてを繰り返す。だから、僕も言われたように、それを真似して繰り返していく。


 息をゆっくり吸って……。そして吐いて……。


 何回も何回も繰り返しているうちに、再び苦しさと頭痛は無くなっていた。



「はあ、良かった。少しは落ち着いたみたいね」



 ミーナは胸をなでおろし、健やかな表情を僕に向ける。


 そうしてくれるのも、もしかして、僕を安心させるために……? というか、心配してくれて……?



「………」



 話を聞くだけでここまで親身になってくれるなんて……。赤の他人ともいえる僕にそうしてくれたことに、胸が温かくなった。



「あの、ありがとう。少しだけ、ほんの少しだけだけど、君に話したことで、心の奥が軽くなった気がする」



「それならよかった」



 ミーナは一息ついて、そのままこう続ける。



「今の君は、身体だけでなく、心も大きく傷ついている。両方を癒すには時間かかるだろうけど、人に話すことで、多少は楽になったり、落ち着いたりすることだってある。私で良ければ、いつでも話を聞くからね」


「ミーナ……さん……」


「ミーナでいいわ。さん付で呼ばれるほどキモはすわってないから」


 ミーナはくすっと軽く笑うと、僕にそう告げた。

 そうか、それなら……。



「ありがとう。ミーナ」


「どういたしまして」



 僕がペコリと頭を下げると、ミーナはニコリと優しく微笑んだ。あ、そういえば……。



「あのさ、今更なんだけど、ここってどこなの?」


「あ、それもそうね。ごめんなさい。もっと早くに言うべきだったわ」


「いやいや、君が謝ることなんかないよ。それで、どうなの?」



 ミーナは部屋を見渡しながらも、僕にこう話す。



「ここは港町に行く人たちが途中で足を止める休息街、リアサ。そしていま私たちがいるこの場所はリアサの医療施設。通称MC-メディカルセンター-」


「リアサ……! って、もしかして温泉街で有名なあの!?」



 リアサ。

 テンドールに向かう人々や、テンドールからやってくる人が流れ着く港町の周辺にある休息地として有名な場所。

 そこには温泉施設が沢山あって、行きかう人々が疲れをいやすために訪れる温泉街。ちなみにMCは全国各所に位置する魔獣等で傷をついてしまった人をケアする施設だ。

 ギルド警察の人がケガ人を保護し、ここに運ぶといった事が多い。


 それでここは、リアサのMCか……。でも、なんで僕はここに?



「数日前、大雨が降っていた時の深夜。ちょっと必要なものがあって、外出してたの。そしたら、路地で杖が刺さった状態のあなたが倒れていた。私は急いでMCに連絡を入れて、あなたをここに運んでもらったの」


「そ、そうだったんだ……。じゃあ、君が僕を助けてくれたんだ」


「といっても、私はMCに連絡をしただけだけどね。本当に助けたのはここの医務長さん。杖を外すために緊急で手術をして、それで一命をとりとめたの」



 手、手術だって!? そんなことになっていただなんて……。

 でも、言われてみれば確かに、いつの間にか胴体には包帯がぐるぐる巻いてあるし、服装も薄い黄緑色の病衣だ。肝心の杖も無くなっているし。

 そっか、治療はもう終わった後だったんだ。



「だから、私は特にお礼を言われるようなことなんて何も……」


「でも、僕を見つけて、それでここまで、運ぶように連絡を入れたのはミーナなんだよね?」


「ええ。そうだけど」


「それならやっぱり君のお陰だ。君が連絡を入れてくれたから、ここに運ばれたんだ」



 そういう事なら話は早い。今目の前にいる女の人は僕の命の恩人だ。なら、やることは一つ。



「ありがとう。おかげで、助かりました」



 僕はゆっくりと頭を下げる。

 助けてもらったんなら礼を言う。当たり前のことだ。



「え、いや……でも……そ、それは……」


「……?」



 ミーナは若干顔を染め、目を伏せる。そして、口をまごまごさせている。

 ん? なんだろう? なんだか、思っていた反応と違う反応が返ってきた。



「ミーナ……?」


「ごめんなさい。私、ここ1年くらい、こうやって面と向かって他人からありがとうなんて言われた事なかったから……その、戸惑ったというか、なんというか」


「え?」


「戸惑っているんだけど……ちょっと嬉しかったり……。現実世界でこんな事で面と向かって言われるのはいつ以来だろ……」


「え、現実世界?」



 い、いったいこの子は何の話をしているんだろうか……。



「ご、ごめんなさい! 違うの! 私はネトゲなんかこれっぽっちも興味ないし! やったことなんてないし! 違うし! ネトゲで感謝されるのなんて全然なれてなんかないし」


「え、ミ、ミーナ!?」


「………っ!」



 どういうわけか、ミーナは顔を赤く染め再び顔を伏せてしまった。



「な、なんでもない……です……」


「う、うん……?」



 なんだろう。なんか、真面目そうで、才色兼備って印象あったけど、もしかしてこの子はそうでもないのかな? とさえ思ってしまう。


 いやいや、人を見かけで判断してはだめだ。こうしてテンパっているのも、きっと何かこの子なりに並々ならぬ事情とかがあるんだろう。命の恩人に対して、変な人だなんて思ってはいけない。


 きっと、謙虚なんだろう。それでこんな態度をとっているんだ。いやはや、やはりこの人はいい人だ。



「あ、そ、そうだ! モニター付けよっか! 気分転換にはちょうどいいんじゃない?」



 両手をパチンと叩くと、ミーナは僕にそう告げる。


 モニターってことは、テレビか何かだよね? うん、確かに、少しは気分転換できるかも。



「そうだね。じゃあ、申し訳ないけどモニター付けてもらってもいいかな?」



 身体が包帯巻きにされてるから、上手く手とか動かせない。

 図々しいけど、ミーナにお願いできれば幸いだ。



「ええ。もちろん」



 ミーナは僕の左隣にあるモニターの元へと移動し、そしてモニターの電源をオンにする。すると、モニターに映像が表示される。



「え……これって……」



 すると、間近で映像を見たミーナはうっすらと眉間にしわを寄せる。

 なんだろう? 

 どうしたというんだろう?


 ゆっくりと身体を起こし、僕もそのモニターに映し出された映像を確認する。



「なっ……」



 けど、僕もそれを見た途端、思わず目を見開いた。



「起きてはいけないことが再び起きてしまいました。マージルに魔獣が襲撃されたことは記憶に新しいですが、今回再び、魔獣により、地方の村が襲撃を受け、最悪の結果となってしまいました。ギルド警察ディーフの報告によりますと、村民はおおよそ全員死亡。尚、行方不明者につきましては……」



 モニターから発せられるその音声と共に、そこの光景が映し出される。



 焼け落ちた木々。

 瓦礫と化した家々。

 焦げた地面。


 それは、全く見たことのない光景。でも、僕はその場所の事をよく知っている。


 森林に囲まれ、小さいながらも、優しかった村民たちの穏やかな雰囲気に包まれ、平和だった僕の故郷、クルミ村。

 これまでメディアに注目されることも特になかったクルミ村は、変わり果てた姿となった状態で、世間に報道されていた。



「これってもしかして君の……」



 モニターが映し出しているその光景を前に、ミーナはうっすらと呟くようにそう口にした。



「昨日まではこんな報道はされていなかった。私も君から話を聞くまでは知らなかったし。数日たった今、これが流れているってことは、その結界がなくなったってことね。でも、まさかこんな酷いことになっていただなんて……」


「………」


「その……なんといっていいのか……」


「………」


 僕は目を見開いたまま、ただただ、その光景を眺める。


 でも、音声が耳に入るわけでもなく、その映像が目を通して頭に入ってくるわけでもない。変わり果てた故郷の姿。そしてそこにいたはずの人達。そして僕を守ってくれたあの二人。


 皆との思い出や記憶。一つ一つが凍り付き、砕かれていくような感覚。そんな感覚を前に、僕はただ悶えていた。


 頭がずっしりと重くなり、再び目が霞み始める。そして、心臓もバクバクと鳴り響き、息も苦しくなる。


 僕が過ごした世界はもう存在しない。僕が大好きだったあの場所はもうない。皆は……ホノカは……レイタは……もう……。



「どこにも……いないんだ……」


「………」



 モニターから流れる音声をBGMにミーナは黙って僕を見る。けど、そのまま目を伏せていった。


 関係のない人が、関係のない光景とその当事者を前に、喪に服す。

 状況が状況なだけあって、そういう雰囲気を出すのは正しいのかもしれない。でも、いざ目の前でそういうふうにされると……そういう雰囲気を醸し出されると、正直、気に障る。


 関係ないのに。関係ないのに、なんで、この人は……。



「ごめん。出て行ってくれないかな」


「え?」


「関係のない人に、そんな風にされても……その、迷惑だから」


「………」



 何をわけわからない事言っているんだろうと自分で思いながらも、僕はこう続けた。



「ごめん。でも、これは僕らの問題なんだ。君には関係ない。だから……もう出て行って」



 気にかけてくれたのに、優しく気遣ってくれたのに、この人は何も悪くないのに、僕はこの人にそんなことを告げる。


 ……正直、そんなの最低な事としか思えない。でも、それに気が付かないくらい、この時の僕はどうかしていた。



「わかった。お節介だったよね。ごめんね……」


「………」



 モニターの画面を消し、部屋が無音になる。その中で、ミーナは速やかにこの部屋から立ち去っていく。

 でも、助けてくれた恩人に対して、見送ることも、挨拶もしない。


 何もしなかった。



「ホノカ……レイタ……」



 皆はもうどこにもいない。その事実を胸に抱えながら、僕はただただ目を伏せ、静かにベッドの中へと蹲っていった。

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