-②決意の少年-
第31話 その名はミーナ
「ちっ、完全にやられたな」
あの事件から数日後。
辺り一帯の魔獣を掃討し終えた俺たちの部隊は、ようやく結界が消え去り入れるようになった、被災したこの地に再び足を踏み入れる。
そこで目にした光景を前に、俺は思わずそう呟いた。
焼け焦げた森林。崩れ落ちて瓦礫となった住宅、建物。
腐り落ちた農作物。
そして、あちこちに横たわる死体の数々。
やられた……。
完全にやられた。
折角あの少年を見つけ出したってのに、先手を打たれてしまった。
まさか、敵がこれほど早く行動し、村一つを壊滅させるとは……。
この村まで来たってのに、結界が張られて、俺は何もできなかった……。
次の査問会で、責任を問われても致し方があるまい。結界を破るすべを見つけられなかった俺の落ち度だ。
副団長などという肩書を与えられても、こうも何もできないんじゃそこらの凡人と同じ。
一体俺は何をやっていたんだ……。
「ちっ……」
この滅んだ村の傷跡を見て、何もできなかった俺はただただ拳を握る。
だが、その一方で、分かったこともある。
どうやら、魔獣が組織立って行動しているという話は本当のようだ。
例の結界がこれまでで三度現れたことを踏まえると……。街の襲撃を踏まえると……だ。
敵は相当の手練れ。
おそらくトップは馬鹿にならないほどの切れ者。
簡単に例えるなら、かつての魔王か、現隣国王のカネル殿。もしくは、かつて世界を救ったとされている英雄たち。大方、それと同じくらいの実力者と考えていいだろう。
それと、今回の件で疑惑は確信に変わった。
敵にとっては無視できない何かが。
カネル殿と接触のある団長は何か知らされているのかもしれないが、あいにく俺たちはまだ知らされていない。
早急に合流して確かめる必要がありそうだ。
「………」
ディーフの隊員たちが、辺りを捜索する中で、俺は倒れているその死体一つ一つに合掌していく。
特に、今目の前にあるこの死体は、大きく裂かれたような、傷跡が残っている。そして、手元には手にしていたであろう剣が転がっている。住民を守るために戦っていたのであろう。
いわば、俺たちに代わって戦っていた英雄だ。頭が下がる。
そのままその死体の周辺を捜索していると、あるものが目に入る。
「こいつは……」
複数の氷の塊片が散らばっている。
だが、あるのはそれだけ。
「ただの氷……ではなさそうだな」
僅かながらも魔力を感じる。おそらくこれは魔法とみていいだろう。
だが、散らばっているのは氷の塊片だけだ。それ以外は特に何もない。
いったいここで何があったのか……。
「ん? アレは……」
その氷の塊片の奥。
焼け落ちた木や、焦げた地面の中に、不気味に光る焦げ跡3つほど目に入る。
その焦げ目は、俺も見覚えのあるもの。
それを見て、俺は思わずため息をつく。
「紫色の焦げ目……か……」
アイツの死体らしきものは見つからない。
だとしたら敵にさらわれたか、それとも……。
「………」
いや、だとしたら、早急に対策を練らないとな……。
再び街が狙われる前に。
やがて、懐から魔法通信端末を取り出し、俺はこう告げた。
「こちらアレン。全国各拠点の隊員に告ぐ。周辺の街を徹底的に洗え。もしもそこに紫色の髪の少年を見つけたら即座に捕獲しろ」
第四章 第二部 勇者クエスト-決意の少年-
『夜明け前だ。夜明け前が一番暗い』
とある日。とある夜。とあるテントの中。
身体を震わせる女の子を真ん中に、僕とその人は女の子の手をつないで横になっていた。
そのなかで、僕の左隣のさらに左隣、つまり真ん中の女の子の左で横になっているその人は、僕らに言い聞かせるようにこう告げる。
『どんなに真っ暗でも、照らす光がとても小さくて薄くても、それでも、いつかきっと新しい光は必ず顔を見せる』
『え……?』
僕とその女の子が困惑する中、その人はそのまま話を続ける。
『今は真っ暗かもしれねえ。でも、それは必ず明ける。それが明けたら、そこには暗闇なんて一つもない、きれいで透き通った光で満ち溢れていて、そして、優しい色の、空が顔を出す』
いったいこれはいつの記憶なのだろうか。
一部一部が白い靄がかかっていて思い出せない。
手をつないでいる女の子。そしてその左隣にいるその人。
肝心のその二人の顔がどうしても見えない。だから誰なのか分からない。
そのはずなのに……。
『今は辛いかもしれねえ。怖いかもしれねえ。不安で仕方がないかもしれねえ。でも、諦めなければ、信じ続ければ、きっと、優しい希望ってやつがそこに現れる』
「………」
『だから、諦めんじゃねえ。信じろ、お前の勇者を。勇者は絶対に死なねえ。だから、諦めんな』
どうしてだろうか。僕の身体が震えるのは。
息が苦しくなってくるのは。頭が痛くなってくるのは。
どうしてだろうか……
「………っ!」
僕の目から、涙が溢れてくるのは。
どんな人だったか知らないはずなのに、僕は必死にその人の顔を思い出そうとする。でもどうしてもその靄が晴れない。見たいのに。
その顔を見なきゃいけないのに。でも晴れない。
分からない。分からないけど……
でも、僕はたぶんこの人を知っている。
少なくとも大切に想っている。それだけは分かる。
きっと、この人も、僕がクルミ村で毎日見ていたあの夢のあの女の事同じ……。
それと、真ん中にいる女の子の顔は、相変わらず白い靄がかかっていて見えない。
その子はすすり泣くのを止め、代わりに、僕とその人の手を優しく、ぎゅっと包み込む。
そして……。
『赤い人。ネルス君。ありがと……。本当に、ありがと……』
「………っ!?」
女の子は、僕らの事をそう呼んだ。
赤い人……。
もしかして、クレアの左にいる人が……思い出したくても思い出せない、この人が、赤い人!?
「あの、もしかしてあなたが赤い人……!?」
その光景を見ている僕は、その人に向かって尋ねる。
でも、その光景は急に暗転し、何も見えなくなる。
でも代わりに……。
『今は辛いかもしれねえ。怖いかもしれねえ。不安で仕方がないかもしれねえ。でも、諦めなければ、信じ続ければ、きっと、優しい希望ってやつがそこに現れる』
『だから、諦めんじゃねえ。信じろ、お前の勇者を。勇者は絶対に死なねえ。だから、諦めんな』
その人が言ったその言葉が、今一度、僕の頭に直接響き渡る。
でも……。
「無駄だよ。希望も勇者も何もないんだよぉ。あるのは絶望のみだ」
「………っ!」
視界が見えるようになったと思ったら、いつの間にか僕はその場所にいた。
燃えるクルミ村。
倒れる人々。
切り刻まれて血だらけで倒れている先生。
そして、氷漬けにされる……レイタとホノカの姿。
「ネルス……助けて……くれ」
んな!?
「ネルス……! 助けてっ! 助けてっっ!」
そんな……。
レイタ、ホノカ……。
氷漬けにされながら、二人は顔を青ざめながらも僕に助けを求める。
でも……。
「ククク……クヒャーーーーッハッハッハハハハハ! 壊れろ壊れろ壊れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ヒャーーーーーッハハハハハハハ!!!」
「ぐぁああああああああああああああ!」
「きゃぁああああああああああああ!」
ただただ棒立ちする僕の目の前で、大切な二人が無残に粉々にされていく。
それを僕はただただ……何もせずに……。
黙って……みているだけ……。
「そん……な……」
レイタ……! ホノカ……!
二人……とも……。
「言っただろう? 貴様は私が殺すと」
「んなっ……!?」
二人が壊れていく様をただただ見ていた僕の背後から、聞き覚えのある女の人の声が響き渡る。そして同時に背中に突如激痛が走る。
僕はそっと、お腹周りを見る。
「……っ!」
お腹からは背中から刺された鋭利な刃物が生えてくる。
ゆっくり、ゆっくり。植物が生えて来るみたいに。
「ぐっは……」
その鋭利な刃物が視界に入るまで見えた時、僕の口から血が吐き出される。
「ぐはぁっ……」
何もできずに、僕はぐったりと倒れこむ。
身体が動かなく、瞼が重くなる。
そして……。
「さようなら。勇者の末裔」
その女の子は、持っている剣を、倒れこむ僕に向かって思いっきり振り下ろす。
バサッ!
そんな音と共に、僕の視界は……真っ赤に染まって……!?
「うわぁあああああああああああああああああああああ!!!」
その衝撃に、僕は思わず上半身を思いっきり起こした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
額から汗が数滴流れ、心臓がバクバク、バクバクと激しく動く。
全身が汗でびちょびちょになり、かかっていた布団もぐちゃぐちゃになっている。
その光景から、僕は眠っていたんだという事を察した。
そして、かなり魘されていたんだという事も分かった。
でも、という事は……だよ。
「夢……。そうか夢だったんだ……」
今見た光景は、全部夢。夢だったんだ。
という事は、レイタもホノカも無事で、僕はいつも通りに起きて今日もみんなと一緒に勉強とか剣術訓練とか色々やって……。
はぁ……。
とにかくよかった。夢だったんだ!
そうだよ、あんなに強い先生やレイタが死ぬはずがない。
ホノカだって生きている。
今日もクルミ村は平和なんだ。
ああ良かった、皆は今日も生きて……。
「あら? 目、覚めた?」
ガチャリという扉が開く音と共に、この部屋にある人が入り込む。
「え……っと」
黒い髪に、そこそこ大きな目。色白で背もまあまあ大きい。
雰囲気は、なんとなく大人っぽい。きっと、年齢はホノカとおんなじくらい……かな? そんな女の人。少なくとも初めて見る顔だ。
そして、その人は横になっている僕に近づき、ニッコリと微笑みかけてくる。
「大丈夫? 苦しかったりしない?」
「あ……え、えっと、大丈夫……だけど」
見たことない人だけど、いったいどちら様だろうか。
転校生かな?
でも、それならどうして僕の部屋に……?
……って、アレ? なんか僕の部屋、いつもと様子が違くない?
というか、ここ、どこ?
僕はあたりを見渡してみる。
白い壁に白い天井。
本やその他の物で若干散らばっている僕の部屋は、何故かスッキリと片付いている。本が置いてあったはずの棚の姿はどこにもなく、あるのは僕が横たわっているこの白いベッドと、右隣にはやや小さめくらいの細長いテーブルが一つ。また、テーブルにそって黒い椅子が二つ並んでいて、ベッドの手前と、テーブルをまたいで一つ置いてある。
左隣には茶色い台が一つ。そしてその上には小型のモニターが設置されている。
「………」
うん、おかしい。明らかにいつもの僕の部屋じゃない。
「よいっしょっと」
一方で、その子は奥側のその椅子に腰を掛けた。
「え、えーっと……これは?」
「ごめんね。ちょっと色々バタバタしてて……。少し休ませてくれると嬉しいな」
その人は軽く笑うと、うっすらとため息をついた。
え、えーっと、それはいいんだけど……。
「あの、ごめん。どちら様?」
「あ、えっとそうよね……。まだ名乗っていなかった。ごめんね」
その子は改めて、一息つくと僕の目を見ながらこう告げる。
「私はミーナ。ミーナって言います」
「ミーナ……?」
うん、やっぱり聞いたことない名前だ。転校生か誰かだろうか。でも、ここは僕の部屋じゃないっぽいし……はて?
「でも、良かった。無事なようで安心したわ」
「え?」
「あれだけ血を流しながら、町の路外で倒れていたんだもの。最初見た時は本当にびっくりした」
「え、ええっと……? え?」
その子の発言に、僕は、眉にしわを寄せる。
いったいこの人は何を言っているんだろうか。
「あの……何のこと?」
僕がそう聞くと、ミーナと名乗るその人は目を丸くする。
「え……っと、もしかして覚えていないの?」
「覚えていないって……?」
「数日前の夜中、貴方はこの町の路外で倒れていたのよ。お腹から大量に流血しながら。それも、杖に刺されながらね」
「僕が、夜中に倒れていた……? 路外で……。てか、杖に刺されて……」
『我はゲルマ。魔将ゲルマ。デイン四天王が一人にして、いずれ生族、魔族を滅ぼすもの』
「………っ!」
「え、ちょっと、どう……したの? 目を大きく見開いちゃってるけど」
「あ……あっ……」
そ、そうだ、そうだよ……僕、僕……。
あの時、クルミ村が襲われて……先生が死んで……
それで……それで……!
『ネルス……』
『一度しか言わないから、よく聞け』
『『大好きだよ(大好きだぜ)ネルス』』
『仕方があるまい。じゃあ、ぶっ壊れるがいい! ククク……クヒャーーーッハッハハハハハハハ!!』
あの時、二人は僕を逃がして……それで……それで……っ!
「はぁ……はぁ……っ!」
頭が……痛いっ!
心臓がバクバク言っている!
息が……苦しい……!
汗がとまらない……!
目が……霞んで……!
ぎゅっ。
「………っ!?」
「大丈夫。落ち着いて」
荒々しく呼吸をする僕の手を、その子はテーブル越しに手を伸ばして握った。
弱すぎず、強すぎず、ただただ、ぎゅっと握る。
「ゆっくり、息を吸って……そして吐いて」
「………」
言われるがままに、僕はその通りにしていく。
日に当たっているような、暖かい温度。僕の右手全体にそーっとそーっと広まっていく。
「すー……はー……」
頭痛がゆっくりと治まっていく。同時に汗が引いていくのも感じる。
心臓もどんどんゆっくりと動いていき、それに呼応するかのように、呼吸が穏やかになっていく。
「どう? 落ち着いた?」
ミーナは僕の手を握りながら、優しく微笑みかけてきた。
「う、うん……なんとなくだけど」
「そう。それならよかったわ。でも、無理はしないで」
「え?」
「今は落ち着いても、またどこかでそうなるかもしれない。そういう時は遠慮なく話して。私で良かったら、いつでも力になるから」
「………」
なんとか今は呼吸も元通りになったし、頭も痛くない。
まだ何が何だかよくは分からない。
でも、少なくとも今僕は身体の状態があまりよくなくて、それでここで眠っていた事はなんとなく察した。
つまり、アレは夢の出来事なんかじゃなく、実際に起きた事。
夢であってほしいけど、でもたぶん違う。
……僕のお腹からまだあの痛みを感じるから。
「ねえ、聞いてもいい?」
お腹辺りを黙って見つめている僕に、ミーナはこう尋ねてくる。
「いったい、何があったの?」
「あ……えっと、その……」
「えっと、答えたくないのなら言わなくてもいいわ。今は安静にするのが一番だから。身体が壊れているのに、心も壊れたら一掃酷くなるわ」
「………」
ミーナという名前の少女。一見、僕と同じかもうちょい上くらいの雰囲気だけど、その言い草からはなんか、ただならぬ重みを感じる。
いったいこの子は何者なのだろうか。
「ただ、これだけは聞かせてほしいな」
「え……?」
そうこう考えているうちに、ミーナは僕にソレについて聞いてきた。
「あなたに刺さっていた、杖。もしかして、魔法を吸収したりしなかった?」
「………っ!?」
「勘違いだったらごめんだけど……。あと、ゲルマって名前に聞き覚えはない?」
「んな……っ!?」
僕がソレを聞いて、目を見開く。
一方で、ミーナは真っ直ぐな目で僕を見つめる。
その杖の情報に、ゲルマという名前。
もしかしたらこの子、何かを知っている?
もしかして僕らを襲ったあの魔獣の事を……。
「わかった。何が起きたのか、全部話すね……」
ミーナがごくりと唾をのむ中で、僕は覚えている範囲で僕の身に起こった事すべてを口に出した。
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