第30話 雨……
「ネルス……? え、ちょっと、ネルス!?」
「おいネルス! おい! くっそ! いったい何が起こった!?」
「うぅ……」
そっとお腹を見る。
何か、丸い透明な球体が付いている杖のようなものが、僕のお腹を突き刺していた。
お腹の奥が焼けるように熱い。
そして、でも一方で前進には凍てつくような冷たさが伝わっていく。
……それが激痛だとわかったのは、お腹から血が大量に流れてからだった。
「ぐ……はっ……」
口から血が吐き出され、全身に力が抜け、僕はその場で倒れこむ。
「「ネルス!!」」
レイタとホノカは即座に僕を抱きかかえる。
けど、そんな僕らを嘲笑うかのように、白い壁の向こうから、ソイツが現れる。
「ククク……ご苦労さま」
現れたのは、目玉が大きい一体の人型の魔獣。
「まさかこんなにうまく罠に引っかかるとはね……ククク」
そいつの口から放たれる不気味な声が公園中に……いや、結界中に響き渡る。
「そこのガキは気が付いたようだが、お二人さんは気が付かなかったみたいだねえ。この公園に封印の結界が張られたことに」
「なに!?」
「封印の……結界ですって!?」
ソイツにそう言われ、レイタとホノカはあたりを見渡す。
そう、あの魔獣の言う通りだ。いま僕らは閉じ込められている。この公園に。
いつの間にか炎が見えなくなっていたのもそれが原因だ。
村を覆っていた結界と同じものが、いつの間にか……。
きっと、魔獣と戦っている最中に張られてしまっていた。
この結界は外部からの干渉が不可能。
つまり、僕らは完全に閉じ込められてしまったんだ。
「お前……何者だ!?」
レイタは即座に剣を携え、ぼくを守るように、前方に立ち、そっと構える。
「ネルス! 今すぐ治療するから!」
ホノカは横たわる僕の右肩を抱き、左手を杖の刺さっているお腹付近に掲げる。そして、ホノカの左手から青白い光が現れ、その光が僕の身体を包み込む……はずだった。
「え……なんで……?」
それを見たホノカは一瞬目を丸くし、再度同じことを心がける。
でも、青白い光は僕の身体を包み込むことはなく、代わりに僕を突き刺している杖が青白い光に包み込まれていた。
「クックック、残念だねえ。いくら治療したくてもできないよねえ……ククク」
「………っ!」
ホノカは一瞬その魔獣を睨みつけ、再度、僕に治療を施そうとする。
でも、僕の身体に青白い光が包むことはなかった。
そしてやっぱり杖の方が青白い光に包まれていた。
「その杖はねえ……その都度放たれたありとあらゆる魔法を吸収してしまうんだ。だからねえ、そこのガキを助けることは不可能。無理なんだよぉ。残念だねえ……ククク、ククク」
「なん……ですって!?」
「………」
魔法を……吸収か……。
なるほど……どうりで僕の身体ではなく、杖の方が青白く光るわけだ。
じゃあ、僕はもう……?
「そりゃあ!」
一方で、レイタはその魔獣に飛び掛かり、大きく剣を上から振り下ろす。
でも……。
「クク、いい太刀筋だねえ。でも残念。君の太刀筋なんて見え見え」
「な、何!?」
レイタの剣裁きは、その魔獣によって右片手で……いとも簡単に受け止められてしまった。
「余程動揺していたんだねえ……こんな見え見えな攻撃をしてくだなんてねえ……」
「くっ……!」
「そして、我からのとっておきのプレゼントだぁ……」
「……っ!?」
魔獣が掴んでいる剣の部分から、氷が出現し、それが一瞬のうちに剣全体へ……いや、レイタの身体全体へと伝わっていく。
「レ、レイタっ!」
ホノカの叫び声もむなしく、氷はレイタの顔以外すべてを凍りづけにしてしまった。そして、レイタは苦痛に表情を歪める。
「クックック、いい表情だねえ。最高だよ君ぃ……」
氷漬けにされたレイタを見て、あざ笑うかのようにその魔獣はケラケラと笑う。
「お前……何者だ……」
氷漬けにされたレイタは、苦痛そうに顔を歪ませながらも、魔獣にそう尋ねる。
「ククク、そんなに我の事が知りたいのかぁ……。仕方がないねぇ……」
魔獣はケラケラと笑いながら、僕らにこう告げた。
「我はゲルマ。魔将ゲルマ。デイン四天王が一人にして、いずれ生族、魔族を滅ぼすもの」
ゲルマ……!? デイン……四天王!? それに生族と魔族を滅ぼすって……。
この魔獣、一体何を言って……。
ドゴンッ!
と、その時、何か小さなものが当たって、破裂するような音。
そんな音が、ゲルマのすぐそばから聞こえてきた。
「レイタを元に戻して! そしてネルスを治しなさい!」
「うぅ……」
「ホノ……カ……よせ……」
ホノカは僕を抱きかかえながらも、左手で炎の玉をゲルマに放ったようだ。でも、魔法の威力はそんなになかったように見える。
「クク、君も焦っちゃっているのかなぁ。こんなに小さな魔法で攻撃しちゃってねぇ……可哀想に可哀想に……ククク」
「うるさい! 早くレイタを元に……」
「……するわけねえだろバァーーーーーーカ!」
「……っ!?」
ゲルマは突如口調を変え、不敵な笑みを浮かべる。
レイタの剣を右手で掴みながら、ゲルマは即座に魔法を発動し、ホノカの左手を即座に凍えさせた。
「んなっ……!?」
一瞬の出来事に、ホノカは戸惑ったのか、僕を離して立ち上がる。そして、氷漬けにされた左手を右手でさすった。
「……はあ。勝負あったみてえだな。話にならねえよ。てめえら」
「くっ……」
「っ……」
ゲルマにそう一蹴され、悔しそうにしつつも必死に睨みつけるレイタとホノカ。
「……もう諦めろ。我らの勝ちだ」
はあ……とため息つきながら、ゲルマは僕たちにはっきりとそう告げる。
杖で刺された僕。顔以外氷漬けにされたレイタ。左手を凍らされたホノカ。
確かに、端から見たらそうなのかもしれない。
まさか、突然現れたゲルマと名乗る魔獣一体に手も足も出ないだなんて……。
「諦めるわけないでしょ。まだ、私が残って……」
「……そうか。じゃあこれで満足か?」
ゲルマは左指をパチンッと慣らす。
すると、ホノカの右手。そして、右足、左足。それぞれが一気に凍り付く。
「んなっ!?」
その光景にホノカは目を丸くし、声を漏らす。
「……もういいだろ。黙ってこちらの要求に従え」
「え……?」
「要求……だと?」
「おっと、ごめんねえ。そう言えばまだ要求を言っていなかったねぇ……ククク」
要求……? アイツ、一体何を……?
「要求って言うのは他でもない。君たち二人の手で、そこで串刺しになっている紫色の髪のガキを……殺してほしいんだよねえ」
「なっ……!?」
「私達が……ネルスを!?」
「………」
ゲルマのその要求に、レイタとホノカは目を丸くする。
一方で、不気味に笑いながら、ゲルマは僕らにこう告げる。
「今回この村を襲撃したのは他でもない。そこの紫色の髪の少年を殺すためだったんだよねぇ……ククク」
「え……」
ゲルマの衝撃的な発言に、レイタもホノカも表情が固まっている。
「そのガキは非常に危険だ。得体のしれない魔法の危険性……君達も知っているよねぇ」
僕が……危険? それにコイツ、僕の魔法を知って……。
「我はねえ、そのガキにはね、な~るべく触れたくはないんだ。危ないからねえ、得体のしれない魔法。一瞬で生物を葬ってしまうチカラを秘めた恐ろしい魔法。あーコワイコワイ」
ケラケラと笑いながらも、ゲルマはこう続ける。
「君達自身、もしくはご家族とか危険な目に遭った事もあるんじゃないかなぁ? どうなんだろうねえ……ククク」
「………」
ゲルマの発言に、レイタもホノカも口を閉ざす。
やがて、目を伏せる。
……それは、この二人も知っているからだろう。僕の魔法の危険性を。
過去にホノカのお父さんを大けがさせてしまった事もあったくらいだ。
それも、得体のしれない魔法ときた。
コイツの言う通り、もしかしたら……そうなのかもしれない。
でも、僕は……この魔法でみんなを……。
「うぅ……」
でも、身体が……動かない……。
くっ! どうしてこういう時に、僕は傷ついているんだ……!
倒れているんだ……!
「我はねえ、君達が憎くてこんなことをしているんじゃない。むしろ救ってあげたいんだよ。そのガキの危険性からね」
ゲルマはニヤリと不気味に笑みを浮かべる。
「そのガキが危険だから殺した方がいいよと言っているんだ。君達の安全のためにもねぇ」
「「………」」
ゲルマの言い分に反論することもなく、目を伏せたまま、ホノカもレイタも沈黙している。そんな中で、ゲルマは僕らに驚くべきことを口にする。
「もしも君たちがこの要求に応じてくれれば、特別にキミたちを助けてあげよう」
「「………っ!?」」
「………」
ゲルマの提案に、僕は黙って目を伏せる。
僕が死ねば……二人を助けられる?
皆を守れる……?
「どうだろうか。悪い話ではないだろう?」
その提案に、レイタとホノカは沈黙したまま、ぴたりとも動かない。顔を上げることもせずにただただ伏せている。
僕らはどうするべきだろうか。
いや、僕らはじゃない。
僕はどうするべきだろう……?
レイタは頭以外は凍らされ、ホノカは両手両足を凍らされている。
状況が状況だ。こんな状態では、僕らはもう何もできない。
くやしいけど、僕らはもう……。
レイタ……。ホノカ……。
「………」
お腹から血が流れていくのを感じながらも、僕はゆっくりと大きく呼吸をする。
焼けるような痛みが、お腹の中身を襲う。
けど、こんな痛み……二人を助けるためなら……!
「もういいよ……ホノカ、レイタ……」
ならせめて……二人だけでも助けたい。
二人を守れるなら……本望だ……。
僕は……二人を死なせたくないんだ……。
だから、僕は、僕は……。
「ここで……死……」
「「黙れ(黙りなさい)!」」
「………っ!?」
僕がそれを言いかけた瞬間、二人は僕の声を遮るように大声でそう叫んだ。
沈黙していた二人は一斉に顔を上げて、僕に向かってこう告げる。
「何勘違いしてんのか知らないけど、私達は、一度たりともあんたを危険だなんて思ったことはない!」
「………っ!」
「抜かしてんじゃねえぞネルス! お前はただ、いつもみたいに馬鹿丸出しで、呑気に夢でも追いかけてりゃいいんだよ!」
「二人……とも……」
「あんたは頑張って自分の魔法を使えるようになった! その魔法で私たちを守ってくれた! だからもう一度言うわ! その魔法は、誰かを守るためにあるのよ!」
「だからネルス! お前は生きて、もっと多くを救いとれ! 死ぬなんて甘ったれた選択選んでんじゃねえ!」
「………っ!」
僕が諦めかけた中で、二人はまだ諦めてはいない。
いなかった。
……こんな状況でも、二人は僕を励ましてくれる。
「ホノカ……! レイタ……!」
二人の気持ちが、想いが、言葉と共に直接胸の奥に突き刺さってくる。
二人だって、もう動けないはずなのに……。
僕を殺せば、助かるかもしれないのに……。
なのに二人は……。
酷い。
本当に、酷いよ……。
二人にそんなこと言われたら……
「うん……! うんっ……!」
涙で視界が見えない……。
涙がどんどん零れ落ちてくる……。
本当に、レイタとホノカは僕の親友だよ……!
大好きだっ……! 二人とも……っ!
「そうか。それが君たちの答えかぃ? だったら……ククク」
ゲルマは不気味に笑う。
そして、口調を変えてこう告げた。
「……全員仲良くおっ死んじまいなぁ!!!」
「………っ!?」
左手を大きく上に掲げ、そこからオレンジ色の光の玉が現れる。
恐らくあれは強力な魔法。
魔法の事が詳しくない僕でも分かる。
その光からは、何とも言えない殺意を感じる。
威圧するような、胸がえぐられるような、そんな感覚。
そのオレンジ色の光の玉が一気に輝きだす。
「爆裂閃光-ブラストラル-!」
ゲルマがその魔法の名前を叫んび、起動しようとした……その時……。
「死ぬのは……お前だ!」
氷漬けにされたはずのレイタの剣から、稲妻が現れる。
そして、掴んでいるゲルマの右手へと迸っていった。
「なに……!?」
「俺だって魔法の一つや二つ、使えるんだっての……!」
レイタはそのまま稲妻を激しくゲルマの身体へと流し込む。
稲妻が効いているのか、ゲルマの頭上のオレンジ色の光は即座に消えていった。
そして……。
「今だ! ホノカ! お前の努力を見せてやれ!」
「わかった!」
レイタの掛け声と共に、ホノカは目を閉じ、何かを唱え始める。
すると……。
「え……?」
杖が突き刺さった僕の身体は、ゆっくりと上空へと持ち上げられる。
そして、何か透明な泡のようなものに全身が包み込まれていく。
ゆっくりと。
優しく。
まるで、本当にホノカに抱かれているみたいに……。
これって……?
「……バカな。転送魔法だと!?」
この光景を見て、ゲルマは声を荒げ、目を丸くする。
転送……魔法!?
えっ、それってまさか……!?
『僕も頑張るから、君も諦めないであの魔法を』
『分かってるわ。あんたに言われなくても、しっかり頑張っているわよ』
『だからこそ、シュウトさんに教わったアレコレを実践して、私は絶対にあの魔法を習得してみせる』
『ま、例の魔法は、いまだに使えないんだけどね』
『ちょっと、そんな辛気臭い顔しないで。大丈夫。きっといつか絶対に習得してみせる。そしたら、あんたをいろんな場所に連れて行ってあげっから!』
「………っ!?」
まさかこの魔法は……! ホノカがずっと練習していたやつ!?
田舎暮らしだった僕らを、遠い遠い都会へと連れていってくれるために……ただその為だけに必死に勉強してくれていた移動魔法!?
「ホノ……カ?」
「ニッシッシ! やってみるものね。こんな土壇場でうまくいくなんて」
両手両足を氷漬けにされているホノカは、そんな状態にもかかわらず、いつもの日常のように僕に優しく微笑みかけた。
「……何故だ。なぜ我の杖の効果が効かない? そいつに魔法をかけることは不可能なはず」
「かけたんじゃない。かけておいたのよ。魔力を。あらかじめね。今はそれを起動しただけ」
「……なに!?」
かけておいた!?
魔力を!?
でも、一体いつの間に!?
「ふふ、私が、意味もなく抱き着くわけないっしょ!」
「………っ!」
まさか、僕に抱き着いたときに!?
でもなんで!?
「ネルス。私はね、あんたにさっさと冤罪を解いてもらいたかったの。そしたらまた、すぐに、一緒に過ごせるでしょ!?」
んなっ……!
ホノカ……まさか、そんな風に言ってくれるなんて……。
「ふっ、そういう事だ」
「ホノカ……レイタ……」
泡に包まれて、身体が浮き上がっていく中で、ホノカとレイタは僕に優しく微笑みかける。
でも、まって……。
そしたら二人は?
二人はどうすんの……!?
二人もこの魔法で脱出するんだよね……?
「そーいうことで、ゲルマとやら!」
「これが私らの答えよ!」
氷漬けにされながらも、二人は同時にこう告げる。
「「ネルスは生かして逃がす!」」
「待って……まって……よ……」
僕はいい。いいけど二人は……?
二人はどうすんの……?
まさか……まさかとは思うけど、二人とも……。
「チッ、逃がさん! ヤツは必ず殺すぅ! 凍てつくがよいぃいい!」
ゲルマは上空に浮いている僕に向かって左手を掲げる。
そして、目を閉じ、何かを唱え始める。
その瞬間……。
「させるかよぉ!」
レイタはそう叫ぶと同時に、更に稲妻をゲルマへと流し込む。さっきよりも一層激しい電撃がゲルマを襲う。
「ク、魔法が……間に合わない……!?」
稲妻が我慢できなかったのか、ゲルマは左手を降ろし、魔法を中断する。
「今だ! ホノカ! ネルスを転送しろ!」
「ええ!」
レイタの掛け声と共に、ホノカは目を閉じる。
僕を包んでいた泡は急速に上昇していく。
……二人を残して。
「レイタ……ホノカ……」
待って。
待ってよ。
嫌だよ。
僕一人でここから逃げるのは……嫌だよ。
二人も……二人も一緒に……。
「ネルス、私達の分まで……」
「お前は……生きろよな」
「……っ!」
そんな……二人とも……何言ってんの……?
「い……やだ……。こん……なのは……。二人も……一緒に……」
急上昇していく僕を見上げながら、レイタとホノカは心配させまいとニコリと微笑む。
でも、二人の目は……目からは……数滴の涙が流れていた。
「……っ」
嫌だ……嫌だ……!
僕だけが助かるなんて……!
二人を……見捨てるなんて……!
「く……っ!」
痛みを必死に我慢しながら、僕は泡の中で這いつくばる。
床部分をなんどもなんども、ドンドン、ドンドンと拳で叩く。
でも、この魔法はびくりともしない。
ただただ上へと上がっていく。
「嫌だ……! 嫌だよ……! レイタっ、ホノカっ!」
二人を残してだなんて、行けるわけないっ……!
頼む! 出して!
僕をここから……出して!!
折角二人を守れたのに……! こんな事って……!
僕はまだ二人に……何も……何もしてあげられていないのに!
二人ともっともっと沢山話したいのに!
こんな……こんなのって……!
「……貴様らぁ!!」
ゲルマは激しく唸りながら、左手で指を鳴らす。
レイタとホノカにかかっていた魔法が更に強まったのか、二人を覆いつくしていた氷は全身へと広がっていく。
首。
顎。
鼻。
目。
頭。
ゆっくり、ゆっくりと、二人を氷がおおい尽くしていく。
けど、まるでそれと呼応するかのように、僕を覆っているこの泡も青白く光り輝きだす。
「……っ!」
目から涙がボロボロ零れ落ち、鼻からは鼻水が垂れ流れていく。
けどその最中……。
「ネルス……」
「一度しか言わないから、よく聞け」
僕ははっきりと、二人にこう言われた。
そしてそれは、僕にとって、最高の言葉だった。
「「大好きだよ(大好きだぜ)ネルス」」
「………っ!!!」
僕に最高の笑顔を向けた、二つの氷像。
命を賭して僕を助けてくれた、二つの氷像。
勇気をくれた、二つの氷像。
泡が輝き、視界が見えなくなるその瞬間……。
「仕方があるまい。じゃあ、ぶっ壊れるがいい! ククク……クヒャーーーッハッハハハハハハハ!!」
ガンッ! バリンッ!! グシャンッ!!!
……壊される音。
大切な何かが砕かれる音が、ただただ流れていく。
……届かない。
そうと知っていながらも、僕は右腕がはち切れんばかりに手を伸ばす。
「レイタァアーーーーーーーーーーーーッッ……!!! ホノカァアーーーーーーーーーーーーッッ……!!!」
二つの氷像の名前をおもいっきり叫ぶ。
喉がはち切れるまで叫んだ後。
やがて視界も心も脳内も、すべてが真っ暗になった。
……その後、どうなったのかは分からない。
ただ言えるのはこれだけだ。
僕が17年過ごした故郷、クルミ村。
その日を最期に、クルミ村は、崩壊。
村民はおおよそ全滅。
サンライト襲撃事件に並ぶ、最悪の大災害として、世間に語られることになった。
そして……クルミ村の生き残り。
僕こと、ネルスは……。
「レイタ……ホノカ……」
見知らぬ風景。見知らぬ街。
夜明け前。
気が付くと、僕は、そこの路外で倒れこんでいた。
「………」
人通りが少ない中、そこでは、ただただ激しい雨の音だけが響き渡っている。
激しい雨は容赦なく、地面、植物、建物と同じように、横たわる僕の全身を打ち続ける。
そして、僕の全身をビシャビシャに濡らしていった。
脚も。
腕も。
お腹も。
髪も。
鼻も。
そして、眼も……。
「………」
雨に全身がただただ打たれている。
……そんな時だった。
「んな!? え? ちょ、ちょっと君!?」
意識が薄れる中、どことなく通りかかった見知らぬ少女が、僕の目の前で立ち止まる。
「大変! すごい傷! 大丈夫!? 待ってて、今すぐ治療を……って、この杖……まさか!?」
「うぅ……」
「待っててね。今すぐ対処するから」
黒い髪の女の子は自分の懐から何かを取り出し、それを自分の耳元に当てる。
「あの、ミーナですけど、すぐに来てもらえますか。救急です」
その子の声が流れていく中で、雨は変わらず僕を打ち続ける。
しょっぱい雨水が、僕の目から2滴零れ落ちていく。
それが零れ落ちると、瞼は鉛のように重くなる。
「レイ……タ……。ホノ……カ……」
雨の音がその声をかき消す。
鉛の重さに身を任せ、僕は、重い瞼をそのまま閉じた。
① 雨の中の少年……完
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