第29話 戦渦の村
炎と黒煙に包まれる村の中。
みんなから止められる中で、僕とホノカは無理やり道場から外へと抜けだした。
外は危険だ。
炎に囲まれているのもそうだけど、何よりも魔獣がいるから。でも、それでも僕とホノカは危険を承知の上で道場から抜け出した。
村のみんなをこの手で守るために。
……何よりも、僕らの親友を確実に守るために。
道場から持ち出した竹刀を片手に、僕は村中を走っていく。
僕に続く形で、ホノカも走っていく。
「思っていたよりも魔獣がいないわね」
「うん。みたいだね」
ざっと見た感じ、魔獣の姿は見当たらなく、その状況は、僕らが優勢であることを物語っていた。
でも……。
「ネルス! さっきの話なんだけど、本当なわけ!?」
走る中で、ホノカが後ろからそう尋ねてくる。
「うん。ここに助けはたぶん来ない。僕らで何とかしなきゃいけないんだ!」
アレンさんの話。
あの話が本当なら、その結界と同じものが張られている今現在、結界の外からは誰も助けが来れない。
僕らが助かる道があるとすれば……。
『結果的に、結界を張った魔獣が倒されたことで、結界は消滅したんだが……』
アレンさんが言っていたことが正しいなら、この村にいる魔獣を倒せばもしかしたら結界が消えるかもしれない。
結界を張った魔獣がこの村の中にいればの話だけど。
仮に外にいたとしても、そっちはアレンさん達ディーフの面々に任せるしかない。今僕らにできることは、中にいるかもしれないその魔獣を倒して、結界を消すこと。
そのためには片っ端から村にいる魔獣を倒していくしか……って!?
「ホノカ! 右前方に魔獣発見!」
「分かってる!」
それを目にした僕とホノカは走るのを止めて立ち止まる。
魔獣に対して、僕は手に持っている竹刀を構える。
一方でホノカは目を閉じ、魔法を使うために意識を集中させる。右手を前方へと掲げ、そして右掌に赤々と燃える炎が現れ、次第にそれが大きくなっていく。
「はぁ!」
ホノカの声と共に、人半分くらいの大きさの炎が魔獣目掛けて突き進む。
「グェエエエエエ!!」
見事にその炎が魔獣に直撃。悲鳴を上げながら、魔獣はその場に倒れこんだ。
青白い光に包まれ、魔獣はそのまま光の粒子となって消えていく。
「ふう。何とか一撃で仕留めれたわね」
そう言いながら、ホノカはポケットからハンカチを取り出し、額に現れた汗をぬぐった。
一方で、僕は周りを……できるだけ遠くの景色を確認する。
アレンさんとかが来ていないかどうかを確認するためだ。
「………」
ダメだ。
ざっと見たけど、誰もこの村に入り込んでいない。きっとあの魔獣は結界を張った魔獣ではないんだ。
でも、魔獣が減った事には変わりない。
このままいけば、いつかきっと助かるはず。
「よし、この調子で行こう!」
「ええ、そうね」
今回は僕がおとりになって、ホノカが魔法で魔獣を追い込むことが出来た。でも、魔獣を見かける度にそれで上手くいくとは限らない。場合によっては僕もあのチカラを……。
「ぐぁああああああ……!」
「「……っ!?」」
そうこう考えている最中、僕らの耳に男の人の悲鳴が入ってきた。
今の声……まさか!?
「ホノカ!」
「公園の方角ね……」
険しい顔をしながらも、ホノカは左前方を指さす。
ホノカの言う通り、そっちにはこの村で最も大きな遊具施設、公園がある場所。その方向から、あの人の悲鳴が聞こえてきた。
僕とホノカは全力でその方向へと走っていく。
全速力で、ただただ無事を祈って走る。
「なっ……!?」
「そん……な……」
そこへ行くと、僕らの視界には、信じられない光景が。
いや、信じたくない光景が広がっていた。
「先生? ……先生っ!」
激しく切り刻まれた身体。
そこから流れる大量の血。公園の入り口で倒れこんでいるソレをみて、僕らは一斉に駆け寄った。
「先生! しっかりして! 先生!!」
そう叫びながら、僕は倒れているその人を抱き上げる。
倒れているのは、僕らをこれまでに教え導いてくれた先生。
勉強から魔法の伝授、はたまた剣術の指導まで何から何まで教えてくれた、僕ら3人の先生。学校の先生だ。
「治療を……早く治療しなきゃ!」
僕が先生を抱きかかえる中、ホノカは目を閉じ、激しく切り刻まれ、出血をしているその身体の真上に両手をかざす。
でも……。
「ネルス……。ごめん……」
「ホノカ?」
「もう……手遅れ……」
「……っ!」
声を震わせながら、ホノカは静かにそう告げる。
手遅れ。
それはつまり……死……。
「うそ……でしょ……」
僕らを教え導いてくれた先生は、もういない……?
「そんな……」
僕らを守るために戦ってくれたのに……。
僕らも皆を守るために外に出たのに……。
こんな事って……。先生……。
「おらぁ! はぁ!」
目を伏せ、身体を震わせている中、公園の奥から、聞きなれた声が響き渡ってくる。
「ネルス……いこ」
「ホノカ……」
「悲しむのは後でもできるわ……。今は……生きている人を守ろ」
「………」
ホノカはそっと立ち上がり、一歩一歩前を歩く。
けど、肩はどことなく震えている。
ホノカも悲しいはずなのに、それでもホノカは我慢しているんだ……。
なのに僕は……。
「………」
僕は先生の亡骸をもう一度見る。
目を開き、顔は固まって動かない。
「先生……」
厳しかったり、怒られたこともあった。
でも、先生は毎晩毎晩、僕の魔法の練習に付き添ってくれた。剣術だって教えてくれた。先生は僕らにとってのかけがえのない恩師だ。
「…………」
そっと地面に先生の亡骸を起き、固まっている顔に手を当て、目を閉ざす。
固まっていた表情は無くなり、安らかな表情がそこにはあった。
「先生。後で必ず迎えに行きます。だから……ここで見守っていてください」
ホノカの言う通り、今は悲しんでいる暇はない。
今は生きている人たちを……奥で戦っているであろうアイツを助ける。
僕はそっと立ち上がり、震えるホノカの背中を追いかける。
「ホノカ、行こう」
「ええ……」
先生の亡骸を背に、僕とホノカは震える身体に鞭を打つ。
感情をこらえて、立ち止まるのを我慢して、なんとか小走りで公園の奥……レイタの声が聞こえる方へと向かった。
「はぁ! そりゃあ!」
奥へと向かうと、そこにはやはりレイタが戦っている。
一方で、レイタが相手取っている魔獣は3体。でも、そこにいるのはレイタ一人だけ。他の大人達は見当たらない。
「なん……で……」
その光景を見たホノカは思わずそう口を漏らす。
「まさか……」
この場には先生と共に外で戦っていたはずの人たちは一人もいない。
僕らもここまで公園まで走ってきたわけだけど、その間に大人たちの姿は見当たらなかった。
「……っ!?」
そして、レイタをよく見ると、目から涙を流していた。
……その様子から、僕とホノカは事態を飲みまざるを得なかった。
「「レイタっ!」」
それに気が付いた僕らは思わずレイタの名前を叫ぶ。
「ネルス!? ホノカ!?」
僕らに気が付いたレイタは、僕らに気を取られてしまったようで。
「スキアリダ」
「ぐっ……」
レイタの後ろ……。死角にいた二体の魔獣がレイタに突撃。
レイタは体勢を崩して地面に倒れこんでしまった。
「グハハハハ、オサエコメオサエコメ」
「ニンゲンヲシマツスルノダ」
魔獣が二体の魔獣が倒れたレイタを抑え込み、そのまま拘束する。
一方はレイタの両腕を。一方はレイタの両足を。
それぞれ地面に押さえつける。
「まずい、レイタを助けないと!」
「………っ!」
身体を、腕を、震わせながらも、ホノカは隣で目を閉じ、両手を前方へと掲げる。
「離せ! 離せ!!」
一方で、魔獣に押さえつけられたレイタは、必死に暴れている。でも、二体の魔獣はまるでびくともしていない。
「ニンゲン……ココマデダ」
そして、3体目の魔獣は手に持っている大きな斧をレイタ目掛けて振り下ろそうと、頭上高く掲げる。
「レイタっ!」
まずい! このままじゃレイタが……!
「………っ!」
隣では、ホノカが目から涙を流しながら、必死に両手を前方へと掲げる。
でも、両手にはまだ十分な魔力……炎がたまっていなかった。
ホノカの魔法は間に合わない。
じゃあ僕が突っ込む……? いや、それでも間に合わない。
でもこのままじゃレイタが……レイタが……!
「………」
僕の脳裏にあることが思い浮かぶ。
だったら僕のチカラは……?
魔獣が斧を振り下ろす前に当てるくらい、速いスピードでなら……?
そのくらいの時間で魔法を発動できれば……もしかしたら……。
でも、そんな素早くコントロールすることなんて……今の僕にできるわけ……
『できるよ。ネルス君ならきっと……』
『そうだな。支えてもらってできたんなら、いつかはできるさ。一人で』
「………っ?」
いや。
できない、じゃない。
やるんだ!
「………」
目を閉じ、意識を集中させる。
魔法の構造は不明。でも、イメージならある。感覚なら覚えている。
その感覚を思い描き、右手に集わせる。
先生と毎日練習した。それに6年前だって、支えてもらってだけど、使う事はできた。
いや、そうだ、できたんだ! コントロールできた!
大丈夫。絶対にうまくいく。
そう信じて、僕は右手にソレを結集させる。
そして……。
『魔法を使う時、その魔法で何をしたいのか。その魔法で何を成し遂げたいのか。魔法に向かって精一杯想いを込めろ。そうすれば、魔法もその想いに応えてくれる』
ホノカが教えてくれた、シュウトさん直伝の教えが頭をよぎる。
「………っ!」
レイタを守る!
ホノカを守る!
皆を守る!
僕が……皆を守るんだ!!
「魔勇の雷撃-ネルライマ-!」
右手に禍々しい紫色の雷が集い、激しく輝く。
右手を前方に突き出すと、その紫色の輝きは、球状に集い、そのまま急加速でレイタや魔獣の頭上へと突き進む。そして、球状になったその輝きは空中で爆散する。
爆散した輝きはそれぞれ激しい稲妻となって、レイタ以外の3体の魔獣へと降り注いだ。
「「「ギャァアアアアアアアアア!!!」」」
3体、それぞれの魔獣に、激しい紫色の稲妻が襲う。
稲妻は魔獣の身体の内部と外部両方を焼き尽くす。
レイタを押さえつけていた魔獣は抑えるのをレイタから一気に離れ、苦しそうに地面を転がっていく。
斧を振り下ろそうとした魔獣は、斧を持ったまま仰け反り、次第に斧を地面に落とす。
とは言え、こうなるのも、斧を持った魔獣がレイタにそれを振り下ろす直前の事だった。
……間一髪だった。
「え……? え?」
「んな……」
その光景を目にしたホノカは、目を見開き、口を開け、呆然としている。
レイタの方も、地面に倒れながらその様子に目を見開いている。
「ガ……ガ……」
紫色の稲妻はやがて消え、レイタを抑え込んでいた2体の魔獣は身体が青白い光に包まれ、粒子となって消えていく。
でも、斧を持っていた魔獣は青白い光に包まれることなく、その場で倒れこんだ。
「バカナ……キサマ……ガ……」
倒れこんだ魔獣は、這いつくばりながらも顔を上げて僕を睨みつける。
「キサマ……ダケ……ハ……」
でも、その後ろにいたそいつは、這いつくばっている魔獣に容赦はしなかった。
「先生の仇っ!」
起き上がったレイタは、そう叫びながら、剣をおもいっきり振り下ろす。
「グ……ハ……」
レイタに切り刻まれた魔獣は、とうとう青白い光に包まれ、粒子となって消えていく。
「はぁ……はぁ……」
「………」
「………」
魔獣がいなくなり、辺りは一瞬静まり返る。
いつの間にか炎は無くなって、村のあちこちにあった炎も鎮火していた。
そして、魔獣の姿はもう見当たらない。
この様子は、僕らの勝利を物語っていた。
そっか。
そうなんだ……。
僕らは……勝ったんだ……。
「ネルス……。ネルス……!」
「おわっ!? ホ、ホノカ!?」
安堵して、一息ついた途端、僕の上半身が温かいものに突然包まれる。
安心したからなのか、その人は思わず胸をギューッと押し付ける。
そして、首後ろに手を回され、更にそのままぎゅっと締め付けられ……って!?
「ホノカ!? ちょっ、痛いんだけど!!」
ホノカに抱き着かれたことに気が付いた直後、僕の身体に激痛が走る。
理由は単純。
抱くとかそういうレベルじゃなくて、思いっ切り締め付けられているからだ。
「すごい……すごいよネルスは……」
震え声で言いながらもホノカは僕にそう言っている。
一方……僕は悲鳴あげる。
ホノカ、痛いんだけど!?
「痛い! ちょっと痛いんだけどぉおお!?」
「頑張った……! ネルスほんとにすごいよ……!」
「すごいのはそっち! 締め付け方半端ないんですけど!?」
まあ、抱き着かれたのははっきり言って物凄く嬉しい。嬉しいよ。
けどね、その嬉しさをね、締め付けによる痛みが軽く超えていきました。
もはや、嬉しくもなんともない。
痛いです!
「ええい! 離せぃ! 離れろぉ!」
「もう、そんなに照れなくてもいいじゃない。折角ホノカお姉さんが抱擁のご褒美を」
「こんな締め付け技ご褒美でもなんでもないわい! ええい! 離せ! HA☆NA☆SE! うわぁーーーー!」
首裏から全身へと渡っていく激痛と共に、僕の叫びが静まり返った公園中に広がっていく。
そんな様子を見たレイタはケラケラと笑った。
「ったく、お前らは……」
「レイタ! 笑ってないで助けてよ!」
「はいはい……」
やれやれという感じで、レイタはため息をつく。
そしてそーっとそーっと近づいて……。
「んな……!?」
「え……? レイタ……?」
僕とホノカの頭の上に、レイタの掌がポンと乗った。
そして、そのままゆっくりゆっくり頭を撫でられた。
「よくやった……。お前らはすげえよ……」
震え声で、レイタは僕らにそう告げた。
「お前らが来てくれなかったら、たぶん俺はここで死んでた。ありがとな……助けてくれて」
「レイタ……」
「………」
まさか、レイタにそんなこと言われる日が来るなんて思わなかった。
いつもレイタには助けてもらってばかりだったから。
「ネルス、お前ホントにすげえよ……。本当に助かった……。ありがとうな」
「レイタ」
でも、今回は違った。
僕は、僕自身のチカラで、レイタを、ホノカを、守ることが出来た。
魔獣を退けることが出来た。
「お前は……たぶん俺よりすげえよ」
「なっ……」
ぼ、僕が……レイタよりすごい!?
「あ、ああ……えっと……」
思っても見ない発言に、僕は思わず混乱する。でも、一連の流れを振り返って、そんなことはないと僕は思った。
「さすがにそれは言いすぎだよ。レイタ」
「ん?」
「今回は……みんなすごかったんだよ」
「……?」
ホノカは抱きしめるのを止め、レイタはきょとんとした顔で、僕を黙って見る。
「えっとね、ここに来るまでに、僕らはほとんど魔獣と出くわすことはなかった。それはきっと、先生やレイタ、他の人たちが頑張ってくれていたから」
そう、この公園に来るまでに僕が出くわした魔獣は僅か1体。
最初はもっとたくさんいたはずなのに。
それは、最初に外で戦ってくれていた人たちが……先生が頑張ってくれたからだ。
「そしてレイタは最後の最後まで戦ってくれていた。あんなに沢山の魔獣相手に、たった一人で。だから、僕らも頑張らなきゃと思えたし、僕だってうまくできた。あのチカラを使う事が」
二人が僕を見つめる中で、僕は二人に頭を下げる。
「ありがとう。僕に勇気をくれて。二人が頑張ってくれたから。二人がそばにいてくれたから。僕はまた頑張ることが出来た。あのチカラを使いこなせることが出来た。だから、本当にありがとう」
「「ネルス……」」
僕がそう言うと、二人はちょっと照れくさそうに、ほっぺの上を軽く掻いた。
そして……心の奥底で僕を励ましてくれた、見えない二人。
きっと、あれが赤い人とクレアだ。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、思い出した。二人の優しい顔を。だから、いつか二人にも感謝しなきゃ。
「それじゃ、戻ろう。皆のところに」
「ああ、そうだな」
「色々あったけど、でも、二人が無事でよかったわ」
ホノカは僕らにそう微笑みかける。その優しい微笑みに、僕らも思わず顔が緩む。
犠牲もあった。
先生が犠牲になったのは悲しかった。
でも、僕はこの村を守ったんだ。
二人を……大切な親友二人を守ることが出来たんだ。
やったよ先生……。僕たち、勝ったよ……。
よかった。本当によかった。
村を焼いていた炎も鎮火したし、黒煙も見当たらない。
見当たるのはこの公園の景色と、この公園全体を覆う白い光のような……壁……?
「え……」
その光景に僕は思わず声を漏らす。
え……ちょっとまって……。
いや、待って、なんか……おかしくない?
炎がなくなって、黒煙もなくて、見えるのは公園の景色だけで、周りは白い……光の壁……!?
「………っ!」
……僕がそれに気が付いたとき、もう、全ては遅すぎた。
「レイタ! ホノカ! ここは危な……」
グサリッ!
それを言いかけたその瞬間。肉厚の熱いものを、なにか鋭いものが突き刺さる。
そんなような音が、僕のお腹辺りから突然聞こえてきた。
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