第28話 ネルスの夢
「レイタ! って、ネルスも!?」
その場所に入ると、第一声に聞きなれた女の人の声が耳に入る。
その声の主はホノカだ。
「ホノカ! それに村のみんなも!」
その場所にはホノカだけでなく、村に住まう他の人たちも大方そこにいた。
「よかった、皆無事だったんだね」
その光景を見て僕はひとまずほっと一息つく。
その場所は剣術訓練で使用していた道場。
レイタに助けられた僕は、そのまま一緒にこの場所へとやってきたんだ。
外は炎に囲まれていて、本来なら建物の中に入るのは危険だ。でも、奇跡的にうちの村には魔法を使える大人がそこそこいる。
現在、5、6人の魔法使いが道場の中心部分で固まり、眼を閉じ、両手を真上へと突き出している。そして、魔法使いの両手から緑色の光が集い、それが一つに合わさっていく。
合わさった緑色の光は天井へと突き進み、そこからこの建物中に広がって、一つの防御壁……まあ、結界みたいなものを作り出している。
この魔法のお陰で、建物は炎とかそういった災害から守ることが出来ているようだ。
「シュウトさんがこの村に来てくれてホントによかったな」
「ええ、まったくね。この魔法もシュウトさん伝授のようなものだし」
レイタのそのセリフに、ホノカはコクリと頷く。そうか、この魔法って大魔法使いシュウトさんから教わったものなんだね。
よく見ると、他にもやけどを負った人、魔獣に深手を負わされた人、そういった人は魔法を使える人に治療を施されている。
……魔法はいざっていう時に本当に役に立つ。
改めてそう思わせられる。
「はあ。とりあえず、これで大体は避難が終わったな」
そう言うと、レイタは額から流れる汗を手で拭き取った。
「でも、先生たちが外で魔獣と戦っているわ」
「だな……。大丈夫だといいが」
「………」
先生たちが戦っている。僕が襲われた魔獣と。僕らを殺そうとしている存在と。
……僕らを守るために。
「とりま、俺は先生たちの加勢に行ってくる」
「大丈夫なの?」
レイタのその発言に、ホノカは心配そうにレイタを見つめる。
「ああ、問題ねえさ。これでもディーフの推薦勢だっての。心配すんな」
そう言うと、レイタはホノカの頭の上にポンっと手を乗せる。
「レイタ……」
「そうそう、それとネルス」
レイタはホノカの頭から手を離すと、自分の懐に手を入れる。そして、そこから何かを取り出して、今度は僕にこう告げた。
「1年前の忘れもんだ。受け取れ」
「え……?」
レイタが取り出したのはキーホルダー。
剣のような形をしたものに手と足が生えて、中心付近に顔が付いた、決して可愛いとは言えない謎のキーホルダー。
「あの、レイタ、これって……」
「お前は覚えてないのかもしれねえけど、1年まえの修学旅行の時まで、お前が物凄く大事にしていたキーホルダーだ」
「え? 僕がこれを……?」
修学旅行の時までって……。
それってまさか僕が記憶を失った時?
「林間学校の時に、お前はある人達と出会った。そん時に、そこでお前が仲良くなった女の子からもらったものだ」
「女の子……?」
ここにきてもまた女の子……か……。
「確か、ネルスとアカイヒト……さん、だっけ? 二人ともあのエクレア……ちゃんだか言う人にもらったって言ってたわよ」
「え!?」
僕と赤い人がもらった? その女の子から?
「ちょ、でも、なんで今更?」
僕がそう尋ねると、レイタは何故か、残念そうにため息をついた。
「1年前……お前はこれを修学旅行の時に持ち込んだ。まあ、あくまでも修学旅行だ。関係ないものはある程度没収されたわけだ。そん時に、お前が先生に没収されたもんだ」
「え!? そうだったの!」
それは知らなかった。
というか、記憶にないから当たり前なんだけどね。
「修学旅行が終わった後に、随時、反省文と引き換えで返却されるはずだったんだが、ネルス、お前は一向に出さなかったからな」
「ま、まあ……記憶ないし、仕方がないと思うんだけど……」
「そーだな。だから、思い出して、自分から取りに戻るまでは先生が預かることにしていたらしい。でも、一向に何も思い出さないから今返すんだとさ。でも反省文はしっかり書けってよ」
「そっか……」
反省文か。うう、嫌だなあ……。
って、今はそんなこと言っている場合でもないか。
とはいえ、この危機を無事に乗り越えたらしっかりと反省文書かなきゃだね。
「ほら、受け取んな」
「うん、ありがとう」
そう言って、僕はレイタからそのキーホルダーを受け取る。
でもまさか、修学旅行の時まで大事にしていたものを、一年前の記憶障害と共に忘れるものだろうか?
一部の記憶だけないってだけで、大半の事は覚えているのに。
『おまえ、ひょっとしてクレアだけじゃなくて、アイツのことも……?』
『驚いた。本当にクレアの事を覚えていないのか』
「…………」
ふと、アレンさんに言われたことを思い出す。
そう言えば僕、覚えていないのは一部の事だけだなんだよね……。
例えば、去年の修学旅行の事とか。あと、いろんな人に言われる謎の女の子の事とか。それと赤い人の事も。
……いや、厳密には赤い人の存在は覚えている。でも、どんな人だったかのかは分からない。なんというか、知り合いじゃなくても、有名人なら知っている。それと似たような感覚だ。
でも、クレアって人の事は存在すら分からない。そんな感じ。
そして、このキーホルダーはクレアって人からもらった。しかも、赤い人ももらっているらしい。それでもって、僕はこのキーホルダーの存在を忘れていた。
……もしかして僕、その二人に関係することだけ忘れている?
「んじゃ、そういうわけで先生の加勢行ってくる」
そうこう考えているうちに、レイタは僕らにそう告げる。
「わかったわ。気を付けてね」
「大丈夫だ。もうじき、ギルド警察が駆け付けるだろうさ。それまではなんとか持ちこたえてみせるよ。それとネルス、魔獣に襲われたんだから、一応ホノカに診てもらえよな」
レイタからそう聞かされ、ホノカは目を丸くする。
「ネルス魔獣に襲われたの!?」
「う、うん……」
「大変! 早く診てあげる!」
ホノカは左手を僕の頭上に掲げ、そっと目を閉じる。ホノカの掌から、青白い光が現れ、それが僕の身体を包み込む。
「んじゃ、行ってくる」
一方で、レイタはこの場から立ち去ろうとする。
その瞬間、僕はアレンさんが言っていたことを思い出した。
『その時に、魔獣が妙な結界を張ってな。結界の外にいた俺らは干渉が不可能だった』
「………!」
そうだ……そうだった!
伝えないと!
「あ、ちょっと待って! レイタ!」
僕の制止に、レイタは入り口から僕の方へと振り向いた。
たぶん、レイタは結界の事を知らない。ギルド警察は……というかディーフは助けに来ない。本当はここでじっとしている方が安全だ。
「あのさ……実は」
いや、でもちょっとまって……。
『レイタ。お前なら、このテンドールの王国を守るギルドが一つ、ギルド警察ディーフに入ることも夢ではないだろう。何なら、先生が推薦状をだな』
そう、レイタは時期にディーフに入る。ディーフの一員になる。ディーフに推薦で入隊する事になった、村一番の剣術士。
「………」
どうしたと言わんばかりに、レイタは首を傾げる。
外では魔獣から僕らを守るために、先生方が戦っている。そして、レイタが先生方に加勢する。
レイタは言わずもがな、先生方は僕らを育ててくれた達人。
レイタをここまで育てた存在。実力としては申し分ない。
かといって、僕はレイタとは違って剣の腕は大したことないし、魔法だってロクに扱えない。
そんな僕が、心配するようなことじゃないのかもしれない……。
正直、僕なんかが止めなくても大丈夫なんじゃ……?
「いや、何でもない。頑張ってね」
色んな劣等感が、僕の口からそう言わせた。
僕のその言葉を聞くと、ふっと静かに笑みを浮かべて、レイタはここを後にする。
「…………」
大丈夫だ。レイタや先生方なら。
それに、もしかしたらギルド警察の人たちが本当に助けに来てくれるかもしれないし。
結局僕は、そのことを伝えずに、レイタの実力を、ギルド警察を信じることにした。
……でも、やがて僕は、この選択を後悔することになる。
そうなるのは、この災害からわずか数日後の事だった。
でもそんな事、知る由もなく……。
「これで良し。特に問題はなさそうね」
レイタが出ていってから十数分。
僕はホノカからの魔法の治療を終える。
僕が治療を受けたのは右半身全般。どういうわけか、右半身が軽い麻痺を起こしていたらしい。
原因は分からない。
コウモリの魔獣には何もされなかったはずだけど、気づかないうちに何かされていたんだろうか?
いやそれとも、あの結界が関係していたのだろうか?
まあでも、兎にも角にも、ホノカから魔法で治療を受けた事で、重く感じていた体の不調は良くなった。
今は良しとしよう。
「ありがとう。ホノカ」
「う~ん、これで大丈夫だとは思うけど」
ホノカは僕の頭上で手をかざすのを止め、はあ……と一息つく。
「まあ、まだ怪我があるとしたら……強いて言うなら頭の中かな」
頭の中……。つまり、記憶障害ってことかな。
「いや、そうは言っても記憶はどうしても思い出せないんだ」
「え? 何言っているの? 記憶云々じゃなくて馬鹿って事」
「んな!?」
「でも残念。この怪我は治らないわ」
「な、にゃにぃ~!?」
「ぷっ、必死になると噛むのも追加ね」
ホノカはそう言うとクスクスと笑う。遺憾に思う僕は、ただただ頬を膨らませる。
「とりあえず皆さん無事でよかったですはい」
「そんなに怒んないで。こっちだって、心配したのよ?」
「まあ、それはどうも……」
「でも、これで安心だわ。みんな無事だし」
「みたい、だね」
一応、ここには村の人たちを始め、ホノカのお父さんもいるようだ。ホノカのお父さんは近隣の人たちの手当を行いつつ、元気のない子供たちを励ましている様子。とりあえずみんな無事で何よりだ。
それに外ではレイタを始め、僕らの先生も付いている。魔獣がまだここには来ていないってことは、守れているってことだろう。
まあ、レイタの実力なら問題はなさそうだ。今は皆を信じよう。
それより……。
「あのさ、ホノカ……」
「ん? どしたの?」
今はとんでもないアクシデントが起きている為か、今はこうして話したりできるけど、その前まではホノカに多大な心配をかけてしまった。不安にさせてしまったわけだ。
一応、分かったことは話した方がいいよね。
「アレンさんと話してて、いくつか分かったことがあるんだ」
「へ? もしかして、記憶思い出したの!?」
「いや、そうじゃないんだけど……さ……」
「………?」
僕はホノカに、アレンさんとのやり取りで知った事実を一つ一つ話す。
修学旅行の時に、僕がレアーナという人と接触した可能性がある事を。
その場にクレアって人がいたかもしれない事を。
そして、その場所で僕がチカラを使ったかもしれない事を。
とにかく全て。アレンさんとのやり取りをとりあえず分かる範囲で明かした。
「と、言うわけなんだ……」
「そ、そうなのね……」
僕の話を聞くや、ホノカは若干表情が曇る。僕が、本当にレアーナさんを殺害してしまったかもしれない。その可能性が見えているからだ。
「でも、本当にあんたがやったのかどうかは分からないんでしょ? 今のところは」
「う、うん……」
「そっか」
ホノカは再びため息をつく。ガッカリしたからだろうか。ただでさえ危機的な状況なのに、僕はホノカを心配ばかりさせてしまう。
本当に、最低だと思う。
でも……。
「でも聞いてほしい。ホノカ。僕は、その可能性をも受け入れた上で、知りたいんだ」
「知りたい……というと?」
「なぜ僕はタイミングよくその時の記憶がないのか。なぜ僕はディーフのサンライト支部に足を踏み入れたのか。そして、もしも本当にそこでチカラを使ったんなら、どうして使ったのか、誰に対して使ったのか、何に対して使ったのか、とにかく……全部知りたい!」
「ネルス……」
「全部知ったうえで……はっきりさせたい。もしも僕がレアーナさんを殺してしまったのなら、当然、罪は受け入れるつもり。でも、そういうのをひっくるめて、全部知りたいんだ」
「………」
ホノカが黙って僕を見つめる中で、僕はさっきレイタからもらったキーホルダーを手元に取る。
「僕、分かったんだ。たぶん僕は、特定の人たちに関する記憶だけを忘れている。それも、大切な人たちの記憶をね」
「……詳しく聞かせて」
ホノカが真剣な目でそう尋ねる中、僕も一つ一つ分かっていることを話す。
このキーホルダーは僕が大切にしていたらしいもの。でも、一年前を皮切りに、このキーホルダーのこと自体も忘れている。
それって絶対に普通じゃない。
このキーホルダーはクレアっていう女の子からもらったらしいもの。更に、赤い人もこれをもらった。
たぶんだけど、これらは繋がっている。
このキーホルダーに関わった人……例えば赤い人の事は存在したことは覚えているけど、それ以外は覚えていない。
これを渡してきた張本人に至っては、記憶どころか存在すら全く覚えていない。
そして、一年前の修学旅行中に起きたサンライト襲撃事件。レアーナさんの殺害。ちなみにレアーナさんはクレアって人のお母さん。
これらに関する記憶を僕は失っているんだ。
だから、たぶんだけど、これらは全部繋がっている。
僕は、この二人に関する記憶を失っていると考えて良さそうだ。少なくとも今はそう思っている。
全て話し終えると、ホノカは顎に手を当てて、何か唸っている。
もしかして、思い当たるところがあるのかな?
「あー……確かに、変わってしまったあんたの将来の夢もそれに関わっているわ」
「変わってしまった将来の夢?」
「もう一度聞くけど、あんた、今の将来の夢って何?」
僕の夢……か。そんなの言われるまでもない。
「剣と魔法……強いて言うなら僕のチカラ、どちらも頑張って、レイタに追い付く事。そして、ディーフに僕も入るんだ」
「うん、間違いなく忘れているわね」
「え……と、言うと?」
「1年前の……記憶を失う前までのあんたの夢は、その赤い人って人と、あとクレアちゃん。3人と再会して、一緒に世界中を回る事」
「………!?」
それが、僕の本当の夢!?
「そのために、もっと自分のチカラを使いこなせるようになる。剣もそうだけどね。そして、強くなったうえで、世界中を3人で見て回る。魔獣から人々を守る。それがあんたの……いや、あんたたちの夢だったはず」
「………」
ホノカからそう言われ、僕は思わず手に取っているキーホルダーを眺める。
キーホルダーは依然と変な形をしている。けど、同時にそれを見ていると、何とも言えないくらいに切なくなってくる。
どうしてだろう……。なんだか、とても悲しい感じ……。
なんで、こんな感覚になるんだろう?
改めて、このキーホルダーを持っていると、そんな感覚に陥る。
「はぁ……そっか。そういう事ならわかったわ」
ホノカは僕の両肩に両手をポンと乗せる。そして、まっすぐな目で僕を見つめる。
「なら、あんたはアレンさんと共にテンドールへと向かいなさい。そして、全部思い出すの」
「ホノカ……」
「知りたいんでしょ? 何があったのか、全部、全部」
「うん……」
「思い出したいんでしょ? 大切に想っていたはずの人たちの事を」
「うん……うん……!」
僕が静かにそう頷くと、ホノカは優しく微笑む。
「なら、全力で応援する。そして信じる。ネルスを。きっと、ネルスはその人たちを殺すためじゃなくて、守るためにあのチカラを使ったんじゃないかな?」
「……っ!?」
殺すためじゃなくて……守るため?
「修学旅行先にキーホルダーを持ってくるくらいなんだもん。きっと、その人たちの事を大切に想っていたはずよ。それなのに、殺すだなんて考えられない」
「ホノカ……」
「ネルス、あんたは大丈夫。あんたのそのチカラは、きっと他人を傷つけるためじゃない。守るためにあるのよ。守るために、その人たちのすぐそばでそれを使った。私はそう思うかな」
「………」
守るため……か。
いや、その発想は……正直なかった。いや、過去のトラウマがそうさせなかったというべきなんだろうか。
でも、そうか。
6年前の時も、紫色の焦げ目が見つかった。確かそれは魔獣を撃退するため。その場には赤い人と、クレアって人がいたらしい。
だったら、その時も僕は守るために使ったのだろうか。
この魔法の練習をするようになったのは、きっかけは紛れもなく6年前の林間学校の時。魔獣に襲われて、危機を覚えて、それで防衛のために……。
そう思っていた。
でも、ホノカのいう事が本当だとしたら……。
僕は……僕は……。
『ネルス君のその魔法で助かったんだもん。感謝しなきゃ。それに……かっこよかったよ。今回は完全にネルス君に助けられちゃった。あんなにすごい魔法持ってるんだもん。もっと自信もって!』
「………!」
そうか……。いや、何を恐れていたんだろう僕は。
過去のトラウマ……。
そんなのとっくに6年前に解決していた。吹っ切れていた。
だから、魔法の練習をし始めたんだ。
自己防衛……そんな単純な理由じゃなくて、もっと強くなるために。強くなって、誰かを守るために。
大切な人を、守るために。
だったら……今一番僕がしなきゃいけない事は……。
「ホノカ、ありがとう。今、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、大切なことを思い出した」
「え? ネルス……?」
「ホノカ、もう一つ大切な話があるんだ」
ホノカは僕の両肩から手を降ろし、不思議そうに僕を見る。そして、僕はホノカにそれを告げる。
「レイタを追いかけよう。事態は、想った以上に深刻なんだ」
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