第27話 襲撃

 村を出てから数分。

 アレンさんの後ろを歩きながら、僕は村の事を想い馳せていた。


 ホノカのお父さんの優しさと激励。嬉しかった。だけど、その一方でホノカは部屋に籠ってしまった。きっと、相当心配かけてしまったに違いない。

 だから早く疑いを晴らして、安心させないと。


 それとレイタ。レイタには何も言わずに出ていってしまった。まあ、事態が事態だし、そんな時間はなかったけど。でも、心配かけちゃうよね。


 はぁ……。何もなきゃいいけどね。記憶がすっぽ抜けているから何とも言えない。

 もしかしたら僕は本当に……。



「………」



 いや、それを考えるのはやめよう。

 大丈夫。絶対に大丈夫。

 きっと何かの間違いだ。うん、きっとそうだ。そう思う事にしよう!


 っていうやり取りを、頭の中でさっきから何回もやっているんだけどね……。

 はぁ……。というか……



『レイタ。お前なら、このテンドールの王国を守るギルドが一つ、ギルド警察ディーフに入ることも夢ではないだろう。何なら、先生が推薦状をだな』



「………」



 よく考えたら、レイタが入るかもしれない組織、ギルド警察ディーフ。

 その副団長アレンさんが、今、目の前にいるんだよね。しかも二人っきり。これはむしろ色々とアレコレを聞くチャンスなのでは!?



「おい。ちょっといいか」


「は、ふぁいっ!?」


「………」


 まずい、とっさのあまり噛んじゃった。笑われたり、変な風に思われなきゃいいけど……。



「ふっ、アイツから聞いていた通りのやつだな。お前は」


「え?」


 アイツ……? いったい誰の事だろう?



「あの、アイツって……?」


「クレアだ。6年前に山林で行方不明になった時があっただろ。あの後で、クレアからお前の事はよく聞いてるよ」


「クレ……ア?」



 えーっと、どこかで聞いたことあるような……。ないような……。



「ん? まさか、覚えていないのか?」


「あの……はい」


「………」



 どうしてだろ。なんか思い出そうとしても、頭が真っ白になったみたいに、何も思い出せない。何も浮かんでこない。



「あの、覚えていなくてごめんなさい! なんか僕、色々と記憶障害とかが起きてるみたいで」


「6年前。とある山林で魔獣の襲撃事件があった。その際に、当時の団長レアーナさんの娘、クレアが行方不明……まあ正確には、魔獣によって疎遠状態になった」


「え……」



 険しい顔をしながらも、アレンさんは僕のセリフを遮って、立ち止まって、僕と向かい合ってそう話をし始める。



「そして同日。たまたまなのか、必然なのかは知らんが、そこに林間学校で来ていたお前ら村の一行。その中で、ネルスという少年が行方不明になった」


「ぼ、僕だ……」


「ああ。結局、二人は無事見つかったんだが、その時に、魔獣が妙な結界を張ってな。結界の外にいた俺らは干渉が不可能だった。結果的に、結界を張った魔獣が倒されたことで、結界は消滅したんだが……。丁度その中にいたのがお前ら二人……いや、三人だったな」


「三人……? 二人じゃなくてですか?」



 一人は言わずもがな僕。

 そして、もう一人は、たまたま一緒にいた赤い人。でも、更にもう一人いたっけかな?



「行方不明の少年ネルス。疎遠状態のクレア。そしてその場に居合わせたある男。計3人。3人は固まって行動していた。少なからずお前は他の二人と面識はあるはずだ」


「僕と……赤い人……?」


「む……?」



 というか、赤い人ともどこで知り合ったんだっけ? 

 面識あったかな……?

 って、赤い人って、誰だっけ……? 

 あれ、なんでそう呼んでいるんだっけ……?

 


「おまえ、ひょっとしてクレアだけじゃなくて、アイツのことも……?」


「あ、ああいや! 赤い人なら覚えています。でも、どんな人だったかまでは……」


「………」



 怪訝そうな顔で、アレンさんは僕を眺める。



「実を言うと、赤い人の存在は覚えているんですが、何話したかとか、どんな人だったかまでは覚えてなくて……」


「そうか。まあ、記憶に障害があるってんなら仕方がないだろう」


「でも、僕と赤い人以外に他に誰かいたっけ……?」



 僕がそう言うと、アレンさんは目を丸くする。



「驚いた。クレアの事は本当に何も覚えていないのか。じゃあ、これはどうだ?」



 アレンさんは一息つき、そしてこう続ける。



「1年前、サンライトの町で魔獣による襲撃事件が発生。結果的に町は壊滅。多くの死傷者、行方不明者を出した、未曽有の大事件だ」


「みたい、ですね……」


「その時、再び、とある場所に、しかもピンポイントで、魔獣によって干渉不可能な結界が張られた。そしてその結界の中にはある人物らがいた」



 アレンさんは一息つき、はっきりとその人らの名前を告げる。



「ギルド警察ディーフが団長、レアーナ。そしてその娘のクレア。場所はギルド警察ディーフサンライト支部」


「サンライト支部!? それにその二人って……」



 ディーフのサンライト支部。サンライトの町におけるディーフの拠点。

 他の町にもいくつか拠点はあるけど、サンライト支部は本部の次に大きい……って話を前に先生とかから聞いた事がある。

 でもそこピンポイントで魔獣によって結界が張られたって……。余程脅威だったんだろうか。



「んで、目撃証言で最近判明したことなんだが、その結界が張られる直前、その施設に入り込んだ人物が一人いたことが分かった」


「ある人物……? え、その人物って……まさか」


 額から汗が数滴流れ落ちる。そして、心臓がバクバクいっている。

 もしかしたら僕、記憶は忘れていても、身体は覚えているのかもしれない。

 そうとさえ思った。


 その名前を聞いたときは。



「そう、ネルス。お前だ」


「……っ!?」



 僕が、一年前のあの事件の日に、サンライト支部にいた……?



「6年前の事件。そして、1年前の事件。どちらも、魔獣による襲撃があった。そしてピンポイントで外部からの干渉が不可能な結界が張られ、そしてその中には両者ともにネルスとクレア、二人がいた」


「………」


「単なる偶然なのか、それとも、意図的なものなのか。まあ、どちらにせよ、その最中でレアーナさんが殺害されたわけだ」


「ちょ、ちょっと待ってください。僕がその日に、その場所にいた可能性があるのは分かりました。でも、僕がその時に二人と接触したのかは分からないじゃないですか。というか、その人を殺害したのは僕じゃなくて、結界を張った魔獣の仕業とかじゃ」


「勿論その可能性もある。だからはっきりさせるためにも今もなお捜査している。だが、もう一つだけあるんだ。二つの事件を紐づける決定的な証拠が」


「事件を紐づける証拠……?」



 アレンさんは一度一息つく。そして、僕にこう話す。



「6年前の山林事件。山林のキャンプ場にて、魔獣が倒れたと思わしき場所に、紫色の焦げ目が発見された」


「え……」


 山林のキャンプ場……って、それって僕がいた場所!? それに紫色の焦げ目って!?


 ま、まあでも確かにあの時、僕は魔法を使った……気がする。


 あれ? でも僕一人で使えたんだろうか? 

 一人でコントロールできたんだっけ? 

 

 というか僕一人で魔獣を倒せたんだっけ……?



「そして、一年前のサンライト襲撃事件。サンライト支部の……レアーナ元団長の亡骸付近に、紫色の焦げ目が発見された」


「なっ……」


 え、ちょっとまって!

 その時にも紫色の焦げ目があったの!? 

 その焦げ目って……まさか……!?


「6年前の事件でも発見されたのと同じ焦げ目。なぜそれがここにあるのか。不思議に思った俺たちは6年前の事件を洗い直し、まずは当事者の一人のお前を特定。それで今に至るわけだ」


「そ……そんな……」



 紫色の焦げ目。それは忘れもしない僕のトラウマ。

 それがサンライトの支部にもあったという事は、間違いなくその時に僕は……。



「勿論、お前だけに疑惑があるわけじゃねえ。他の2人の可能性だってある。当然ながら、魔獣の可能性を捨てたわけじゃねえ」


「………」


「ま、というわけで、だ。お前が白なのか黒なのかはテンドールにあるディーフ本部で明かそう。だが、もしも何か心当たりがあるんなら」


「そう……でしたか」


「………?」



 紫色の焦げ目。それはほぼ間違いなく、僕の魔法によるものだと思っていい。なんせ、僕にも説明できない得体のしれない魔法だから。その魔法を使えるのは僕の知る限りでは僕以外にいない……はず。断言はできないけど。

 でも、まるで狙いすましたかのように、ちょうど僕には一年前のその時の記憶がない。

 こんなの……おかしすぎる。


 いや、そういう事なら話は早い。喜んで調べてもらおう。それに、僕も気になっていたからね。どうして一年前の記憶がないのか。どうして変な夢を見るようになったのか。


 ……そして、どうしてその場所に紫色の焦げ目があったのか。



「わかりました。アレンさん。捜査に協力します。僕を……調べてください」


「心当たりがあるのか?」


「はい」



 知りたい。もしかしたら、僕はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。

 でも、それなら尚更何があったのか知りたい。

 そして、はっきりさせたい。



「そうか。そういう事なら話は早え。さっさと行くぞ」


「あ、えっと……ちょっと待ってください。その紫色の焦げ目なんですけど、その焦げ目は……僕の……僕の魔」



 僕が、それを告げようとしたその瞬間だった。



 ドゴーーーーーンッ!



「「……っ!?」」



 何か、大きなものが落ちるような音。そんな音が僕らの耳に入ってくる。それと同時に、地面が一瞬大きく揺れたのを感じた。



「なんだ? 何が起こった!?」


「僕に聞かれても分かりません。でも……」


 その音が聞こえたのは後ろ側。僕がいた村の方からだ。

 僕とアレンさんは思わず後ろを振り返る。すると……



「なっ……!?」



 その光景を見たアレンさんは思わず声を漏らし、僕は目を大きく見開く。


 赤々と燃える炎。そこから溢れる黒煙。

 それが村の方角から確認された。



「まさか……僕の村が……!?」



 6年前の林間学校の時の魔獣襲撃。そして、1年前のサンライト襲撃事件。

 その話をしていたからだろうか。

 僕の心臓はどういうわけか、バクバクと動いていた。


 呼吸が苦しい。胸が張り裂けそうなくらいに。

 なんだろう。なんか嫌な予感がする。



「いかなきゃ……! 僕、戻んなきゃ!!」


「お、おい! ちょっと待て!」


「レイタ! ホノカ! みんな!」



 村の方角に見える炎と黒煙。それを見た僕は、アレンさんの制止を聞かずに、とっさに来た道を走って引き返す。そして……。



「そん……な……」



 すぐ村にまで戻った僕の視界に入ったのは、炎と黒煙に囲まれている故郷の姿。悲鳴を上げる人たち。そしてそんな人たちに襲い掛かる魔獣の集団だった。



「僕の村が……魔獣の襲撃に……」



 うそでしょ。

 いや、確かに最近魔獣の被害が多いという話は聞いてはいた。この前だって、マージルの街で魔獣の襲撃があったらしいし。その時に、ホノカの先生だった大魔法使いシュウトさんが犠牲になったって聞いてるし。


 でも、まさかこの村を襲うだなんて……。



「いや、考えても仕方がない。とにかく今はアレンさんに」


 再び僕は振り返り、こちらに迫っているアレンさんの姿を確認する。今はギルド警察の人がいるから安心だ。アレンさんと合流次第、皆を助けに……。


 って、あれ……?


 なんだ……? なんか、足が重く……。

 身体が……重い……?



「え……何……この感じ……」



 なんか、6年前にもこんなことがあった気がする。アレは確か、犬っぽい魔物にリュックを奪われて、その犬を追いかけている時。


 そうだ、あの時だ。あの時と全く同じ感覚。足が上手く動かない。


 でもなんで? 

 なんで突然あの時と同じ感覚に……?



「こいつは……!? おい! 大丈夫か!?」



 後ろからアレンさん大声が聞こえてくる。ちょっと身体は重いけど、僕は大丈……



「……え? な、なにこれ?」



 大丈夫ですと言おうと、前を向くと、真っ白い透明に近い壁のようなものが、出現していた。そして、その壁をアレンさんはドンドンと拳で叩いて、僕にそう呼びかけていた。



「アレンさん!? あの、これっていったい……」


「こいつぁ……!? 例の結界か!? くっそ! またやられた!!」


「……!?」



 例の結界って……まさか、6年前の林間学校の時と、1年前のサンライト襲撃事件の時の話に上がっていた、あの結界!? 


 外界からの干渉を不可能にするっていうあの結界!?



「気を付け……もうじき俺の声……聞こえ……く……」


「アレンさん!? アレンさん!!」



 アレンさんの声も途切れ途切れになり、次第に壁……いや、結界は透明ではなく真っ白へと変えていく。



「待っ……ろ! 今援軍……呼……! お前……中……隠れ……! ……逃げ…………」



「アレンさん!? アレンさん!!」



 アレンさんの声は聞こえなくなり、そして姿も見えなくなった。見えるのは、真っ白い壁と、それが円状この村全体を覆いつくしている光景。そして、炎と黒煙。



「そん……な……」



 間違いない、僕らは完全にここに閉じ込められてしまったんだ。

 アレンさんの話が本当なら、外界から干渉することは難しい。つまり、助けは求められない……?



「いや、違う! 信じよう!」



 僕が憧れているギルド警察ディーフを信じる! 絶対にディーフが助けてくれる!


 そう思う事にしよう!

 とにかく、そう信じて、村の人たちと合流をしよう!



「でも、一体どうしたら……?」



 目の前には炎と黒煙。そして魔獣。脱出は結界で無理。

 逃げようったって、一体どこに行けば……?



「ニンゲン……シマツスル」


「なっ!?」



 って、そんなこと考えているうちに目の前に三つ目のコウモリみたいな魔獣が!?ああもう! どうして僕はこうもトロいんだ!



「シマツスル……ニンゲンヲ……ユウシャノマツエイヲ。デインサマノタメニ」


「え……?」



 勇者の……末裔? デイン……様? 

 いったい、何を言って……? 


 いや、そんなことよりもなんとかしないと……!?

 でも、どうしてか身体が重くて、思うように動けない!



「シネエ!」



 魔獣はその小さな翼の先端部分から、鋭利な刃を剥きだし、それを僕めがけて振り下ろす。



「うわぁ!!?」



 とっさに僕は目を閉じる。


 でも、その時だった。



「そりゃあ!」


「グッシャア……」



 聞きなれた声が耳に入り、同時に魔獣の悲鳴が聞こえてきた。


 一体何が起こったんだろうか? 僕はそーっと目を開ける。



「大丈夫か? ネルス」


「レイタ……!」



 視界に広がっていたのは、切り刻まれて地面に倒れる魔獣の姿と、竹刀とちょうど同じくらいの剣を携えるレイタの姿だった。

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