第26話 殺害容疑

 それからどのくらい経ったのか……。


 気が付くと僕は、見知った部屋の布団の中で横になっていた。

 畳の床。この部屋の入口にはふすま。座布団に机。

 そして、机に面した壁には「目指せ、転移魔法習得」という文字で書かれた大きな紙が貼りつけられていた。


 うん、間違いない。

 ここはホノカの部屋だ。


 でもなんで? どうして僕はここに?

 そう思った矢先の事だった。



「よいっしょっと……って、あれ、ネルス!?」



 ふすまを開ける音が聞こえ、それと同時に二人の人物が部屋に入ってくる。



「よかった、ネルス気が付いたんだ?」


「う、うん。まあ何とかね」


 僕を見て安心したのか、その人はほっと一息をつくと、緩やかに頬を上に上げる。

 でも、なんで僕は気を失っていたのだろうか。

 というか……。



「えっと、そちらの方って?」



 ホノカと一緒に入ってきた人が気になる。

 部屋に入ってきた一人は、この部屋の主でもあるホノカ。

 そしてもう一人は、青いスーツに「DEAF」というロゴの入った文字の入った服装をした、男の人。


 その制服を見た瞬間に、その人が僕の憧れでもあったギルド警察ディーフの人だという事がすぐに分かった。



「気が付いたようで何よりだ」



 その人は、まっすぐな目で僕を見下ろしてくる。



「えっと、もしかして貴方は……」


「何と言うべきか……。久しぶり、と言うべきなのか。大きくなったな」


「え?」



 久しぶりって……。

 ただのディーフの人ではないのかな? 


 ディーフの人ですよね? って聞こうとしたんだけど。

 ちょっと予想外の回答が来てびっくりだ。



「あの、すみません。どちら様でしょうか?」


「って、分からねえのか。まあ、6年も前の事だしな。無理もねえか」


 6年……? 

 6年前っていうと……林間学校があった年?


 いや、まって。林間学校……。そしてディーフ……。


 あ!?

 え、も、もしかしてこの人って!!



「ギルド警察ディーフの……えっと、アレンさん?」


「ご名答。覚えているじゃねえか」


「やっぱり!」



 ギルド警察ディーフのアレンさん! 

 アレンさんといえば、副団長をやっている凄い人!

 まさか、こんなところであのディーフの副長さんに会えるだなんて!

 サ、サインとかもらった方がいいのかな!? 

 というかなんでこんなところに!?



「約半日、気失っていたからな。最初は焦ったぞ。まあ、なんにせよ無事で何よりだ」


「え、半日!?」


「ええ。ネルス、昨日の夕方から今日の正午近くまでずっと気を失っていたのよ」


「え、そうだったの!?」



 そういえば、さっきから外が明るいような。空もオレンジ色じゃなくて、水色になっているし。約半日……下手をすれば約1日気絶していたってことか。



「いったいどうしたの? 突然倒れてびっくりしたのよ」


「ご、ごめんホノカ。心配かけちゃったよね。それにこの部屋まで使わせてくれて……」


「いい。あんたの心配なんてもう慣れっこよ。それより、どうしたの?」



 どうした……か。正直言うとこっちが聞きたいくらいだ。



「それが、突然目が回って……。なんか、女の子の声が頭の中に聞こえてきて……」


「女の子?」


「うん。たぶん……夢の中に出てくる子だと思う」



 そう聞くと、ホノカは一瞬眉間にしわを寄せる。そしてすぐさま心配そうに僕を見る。



「アレね。もしかしたら……本当にただの夢じゃないかもしれないわね」



 はぁ……と一度ため息をつき、ホノカはこう続ける。



「せっかくの機会だし、アレンさんにテンドールに連れて行ってもらって、色々診てもらった方がいいわ。その方が一石二鳥でしょ。ね、アレンさん?」


「事情はよく分からんが、テンドールに行きゃ、こちらも調べがつくし、何なら疑惑も晴らせる。体調云々なら、優秀な治療所だってある」


「ですよね? なら決まりね」


「え? えええ? ちょっと、何の話!?」



 二人でいったい何を進めているんだろ? うまく状況がつかめない。



「あー、そっか。聞いたの私とお父さんだけで、ネルス本人にはまだ何も話していませんでしたね。アレンさん」


「ああ。本人に何も言わずに勝手に連れていくわけにもいかねえ」



 アレンさんはそう言うと、まっすぐな目で僕を見下ろす。


 でも、その目つきは鋭い。

 その目を見ていると、少し背中がゾクゾクっと震えた。

 ……なんだろう。一体何を話すっていうんだろう?



「単刀直入に言う。君に、先代の団長……レアーナさん殺害の容疑がかかっている」


「え……」


「以上だ」


「………」


「………」


「えっと、あの……」



 内容が衝撃的すぎて、何を言われたのか、いまいち理解できていない。


 えーっと……え? なんて?



「君に、先代の団長レアーナさん殺害の容疑がかかっている」


「え……えええ?」


「そうだな、君が言いたいことは分からなくもねえ。全く身に覚えがない事なのかもしれねえ。だが、ある疑惑があってだな」


「ちょ、ちょっと待ってください! えっと……」


 僕に殺害の容疑がかかっている。それは分かった。いや、もちろんそんな記憶は一切ない。一切ないけど、とりあえずこの人が言いたいことは分かった。


 でも、それ以前に僕はある事を分かっていない。



「あの、レアーナさんって、どちら様でしょうか? 先代の団長?」


「え!? ちょ、ネルスあんた何言ってんの!?」



 僕がそう言うと、ホノカは目を丸くした。



「ディーフの先代の団長さんよ!? 1年前のサンライト修学旅行の時に亡くなった! しかも、6年前の林間学校の時も世話になったでしょ!?」


「えっと……」


 声を大きく荒げながらも、そう訴えかけるホノカ。でも、それを言われても僕はいまいちピンとこない。

 1年前の事はまだいい。サンライト修学旅行の時の記憶は、前にも確認した通り、殆ど記憶にないから。原因は分からないけど。


 でも、6年前の林間学校の事も上がっているのが気になる。6年前に、ディーフ先代の団長さん……レアーナさんだっけ? 


 そんな人と会ったっけな?



「まさか、あんた本当に覚えていないの?」


「ごめん……」


「………」



 ホノカはため息をつき、黙り込んでしまう。

 呆れてしまったからなのだろうか。それとも、僕が1年前の記憶が曖昧なのを思い返したからなのだろうか。僕には分からない。



「まあ、そういうわけだ。1年前に亡くなったその人の殺害容疑が、ネルス。お前にかかっている」


「そう……なんですか……」



 僕が……ディーフ先代団長を殺したかもしれない……?

 勿論、そんな覚えはない。断じてない。

 けど……。



『許さない……! あなたは、あなたはお母さんを……!』



「………」



 夢の中でのその声が、僕の記憶を曖昧にさせる。


 もしかして僕は本当に……? 

 記憶がないってだけで、本当は……? 

 いや、そんな馬鹿な。


 僕が人を殺した……? 

 いやいや、そんな事あるわけがない。



「あのさ、ネルス……」



 そう思いめぐらせている中で、ホノカはこう口を開く。



「疑ってるわけじゃないけど、でも、一応確認したいんだけどさ……そんな事してないんだよね?」


「勿論だよ! 僕はそんなことした覚えはない! 覚えはないけど……さ……」


「………」



 でも、はっきりと否定はできない。なぜなら、どういうわけか、1年前のその時の記憶がすっぽりと抜け落ちているみたいに、全くないから。

 だから、何とも言えない。


 そのことを、ホノカも分かっているからか、ホノカは不安そうに顔を伏せる。



「ごめんホノカ……。また、心配かけちゃうかも」


「いい。あんたの心配なんて、もう、慣れっこよ……」



 そう言いつつも、ホノカは若干、声を震わせていた。


 分かっているのは、記憶が曖昧な一年前の修学旅行。その期間中に、僕がその人を殺してしまったかもしれないという事。

 そして、僕が憧れていたディーフは僕を捕まえに来たという事。


「と、言うわけで……だ。まあ、厳密には、疑惑があるってだけだ。まだ確定じゃねえ。だから、その疑惑を晴らすという意味でも、とにかく俺とテンドールまで来てほしい」


「ネルス……」


「………」


 ホノカが心配そうに見つめる中、僕はその要求に対して、ゆっくりと首を縦に振った。





 そして、ホノカの家を出る際、僕らはある人物と出くわした。


「やあ、ネルス君。色々と大変だね」


「ホノカのお父さん……」



 それは、この家の主。ホノカのお父さん。ホノカとも付き合いが長い分、このお父さんとも付き合いは長い。



 ……そして幼い頃、僕があのチカラを使った時、コントロールできずに怪我をさせてしまった人だ。



「あれれ、ホノカは?」


「あー……えっと、部屋にいるって言ってました」


「そっか」


 ホノカの部屋を出る際、ホノカは部屋に残ると言って、僕らを送ることなくそのまま部屋に残った。

 本当なら、見送ってほしかったけど、状況が状況だし、そんなこと言える立場ではない。だからせめて、早く疑いを晴らして安心させよう。


 僕はそう思うことにした。



「あの、ご迷惑おかけしました。ホノカのお父さん」


「いやいや。ネルス君が倒れたと聞いて、いてもたってもいられなかったよ。良くなってくれて寧ろ安心したくらいさ。よかった、本当によかった」


「………」



 なんというか、ここまで心配してくれているのに、更に心配かけてしまうようなことになってしまって、本当に申し訳ない。


 ただでさえ……ホノカのお父さんには幼い頃の例の件もあるのに。

 にもかかわらず、ここまでよくしてくれるなんて。



「では、アレン殿。どうか、ネルス君をよろしくお願いします」


「ああ」


「もう一度言いますが、ネルス君はそんなことをするような子じゃありません。そのことを努々、お忘れの無いように」


「………」 



 アレンさんが無言で険しい顔をしている中、そう言って、ホノカのお父さんはアレンさんに一礼をする。


 そして、頭を上げると、今度は僕にこう言ってくれた。



「ネルス君、君は絶対大丈夫だ。君の帰りをホノカと村のみんなと一緒に待っているから。だから堂々と行っておいで」


「ホノカのお父さん……」


「そして、成長した君の凄い魔法を、もう一度この目で見せてくれ」


「……っ!?」



 ホノカのお父さん……今なんて……?



「ホノカから聞いているよ。ずっとずっと、魔法の練習をしているんだってね。だから、もう一度見せておくれ。早く帰ってきて、成長した君の実力を見せておくれ」


「………」


 まさか……ホノカのお父さんに……。


 他でもない、僕が怪我をさせてしまった人に、そんなことを言ってもらえるだなんて……。



「大丈夫。ネルス君は絶対大丈夫」


「はい……」



 僕には、そのセリフが二つの意味で聞こえた。


 それは、どちらの意味であっても、僕にとっては背中を押してくれるもの。



「胸を張って。そして、疑惑を晴らしに……いってらっしゃい。ネルス君」



 ホノカのお父さんの優しさ。そしてその微笑み。今の僕にとってそれはとても温かくて眩しかった。



「いってきます……。ホノカのお父さん……」



 声を震わせながら。目からは数滴の涙を流しながら。


 僕はアレンさんと共にホノカの家を。そして村を後にした。

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