第四章 勇者クエスト

-①雨の中の少年-

第24話 ネルスの悪夢

 ここがどこなのかは分からない。でも確かに覚えているのはあの子の温もり。

 全身を震わせながら、あの子は僕の腕の中で確かに泣いていた。


 ザクリ。

 何かに刺されるような音。


 そんな効果音が、そのまんまはっきり聞こえるなんて、この時まで思いもしなかった。


 真っ暗な闇の中。

 視界にあるのは一人の、たぶん女の子の影。



 分かるのはたったそれだけ。あとは……。



「お母さんの……お母さんの……仇」



 声を震わせた女の子の声が聞こえる。それも、どこかで聞いたことのあるような声。

 けど、その主を考える間もなく、僕は身体に起こった異変にあっけに取られていた。



「ぐっ……は」



 胸の奥が焼けるように熱い。


 一方で、そこから冷たく凍えるような感覚が胸から全身へと電流のように駆け巡る。そして、その感覚が痛みだと知った時、僕の目からは思わず涙が零れ落ちる。



「許さない……! あなたは、あなたはお母さんを……!」


「あっ……がぁ……」



 胸の奥から何かが逆流し、無理やり口から何かが吐きだされる。



「げほっ……」



 何が出たのかは分からない。でも、吐き出されたそれは、たぶん目の前の女の子の顔にかかった。なぜなら僕の喉元には、その子の吐息がかかっているから。


 たぶんその子は、僕のすぐそばにいる。そして、その子は僕の胸に何かを刺した。



 そんな簡単な事実に気が付いたのは、この光景を見終えて僕が目を覚ました後。



 この時の僕は、そのまま体からチカラが抜け、その子に抱かれるように倒れこんでいた。でも、力が抜ける直前、僕の腕はその子の背中へと手を回し、その子を抱きしめた。



「そっか……。君……は……」



 そこにいる僕は、うっすらとそう呟きながら、そのまま静かに倒れていった。



 紛れもなく、今見ている光景は、ただの夢。

 物凄く鮮明な、ただの夢。


 何度も、何度も見ているから僕はそのことに気が付いている。でも、一つだけ分からないのは、その子の正体。


 そこにいる僕はその時その子の事に気が付いているようだ。でも、これを見ている僕には、それが分からない。

 一体、この子は誰なんだろうか。



「君は、君は誰なんだ!?」



 その光景を見ている僕は、その子にそう尋ねる。


 真っ暗で見えない暗闇の中。影となって表示されるその子も、僕を抱きしめながら、僕の問いに答えることなく、一緒に倒れこんでいった。


 いったい、いつの事なのか、本当にあった事なのかさえ分からない。


 でも、僕がこのことを思い出すのは、そう遠くない未来の事だった。

 



 第4章 第一部 勇者クエスト-雨の中の少年-




「ふぁ~~……」


「あら? どうしたのネルス? 寝不足?」


 学舎に向かいながら、僕は大きく欠伸をする。そんな僕が気になったのか、隣で一緒に歩いているホノカがそう尋ねてきた。



「うん。ちょっとね。なんだか変な夢をみちゃってさ」



 ホノカは僕より一個上の女の先輩。学年は一つ上。でも、僕のいるこの村は子供がとっても少ない。

 だから、僕たちは年齢が異なっても授業とかは共に受ける。これは幼いころからそうだった。だから、年上という認識はあまり感じない。

 どちらかと言えば、同じ学年の付き合いの長い親友という認識だ。



「それってもしかして、いつも恒例の女の子に刺される夢?」



 ホノカは僕の夢の内容を知っている。なぜなら、僕が話したからだ。


 親友だからって、何もかも話すわけではないけど、僕には親がいない。だから、相談とかはホノカやもう一人の親友にしている。


 何度も何度も同じ夢を見るわけだし、そりゃあ、気になるからね……。



「恒例にはなってほしくないけど、まあ、うん。実はそうなんだ……」


「去年のサンライト修学旅行の時からよね。あんたがその夢を見始めたのは……。つっても、あの修学旅行自体、途中で中止になったし、散散だったけど」



「うん……。そう、みたいだね……」



 そう。ホノカが言う通り、僕がその夢を見るようになったのは、一年前にみんなで行ったサンライト修学旅行以来。


 ただ、その時、僕たちは巻き込まれた。魔獣の襲撃に。僕らはこの時に遭遇してしまった。

 世間でも大きく語られている、未曽有の大災害。サンライト襲撃事件に。


 そしてサンライトは壊滅。幸い、僕たちは避難して難を逃れたけど……。



「その時の事、まだ思い出せないんだ?」


「うん。どういうわけか、その期間の事が、頭からすっぽりと抜けているんだ」


「いい話なのか、悪い話なのか、出来事が出来事なだけに、何とも言えないわ……」



 ホノカは、そう言うと、うっすらと顔を伏せる。その事件の事を思い出したからだろうか。


 でも、さっきも言った通り、僕はその時のことをなぜか覚えていない。すっぽりと頭から抜け落ちているみたいに。というか、サンライトに行った記憶すらない。



「それで、記憶は抜け落ちた代わりに、その夢をみるようになった……のよね?」


「うん。そうなんだ……」



 そして、代わりに変な夢を見るようになった。女の子に刺される夢。

 だけど、その女の子のことを思い返そうとすると、どことなく懐かしさを覚える。なぜだろうか。

 あの子はいったい誰なんだろうか。



「ぶっちゃけ、変な妄想ばっかりしてるから、そんな夢見るんじゃないの~~?」


「えっ!?」



 一生懸命その夢について考える僕に対して、ニシシッと、いたずらな笑みを浮かべながら、ホノカはそう言ってくる。



「女の子に刺されたいとか、そんな願望があるんじゃないの~?」


「んな!?」



 妄想!? 願望!? とんでもない!



「確かに、巨大化した女子のおっぱいやお尻に向かってダイブできたらなぁーとか、そういった事を妄想したり願望したりすることはあるけど僕は剣で刺されたいなんていう妄想や願望はしたことは一切な何を言っているんだ僕は!」



「うーーーわ、それはちょっと引くわ……」


「ちょ、今のは口が滑っただけで、決して本意では」


「口が滑った時点で本意よね? モロ願望よね?」


「ふっ、何を言っているんだい? ホノカ。僕は、紳士だよ? そのようなゲスな考えなんてするわけが」


「あ、あんなところにきょにゅーでしりデカ巨人が」



 ガタッ ← 僕が唐突に立ち止まる音




 ズサッ ← その瞬間に体勢を崩して転ぶ音




 ツーッ ← 鼻から血が流れる音




「どんだけよアンタ……」



 ホノカは目を細めて、顔を引きつらせながら僕をまるで虫を見るような目で見ている。


 違う。違うんだ。ちょっと興奮しただけなんだ。転んで怪我をしたわけではないんだ違うんだ。だから安心してほしい。


 え? なおさら安心できないって? いやそんな馬鹿な。



「はぁ、全くアンタは……。林間合宿の時から何にも変わってないのね」


「いやいやいや。そんなことはないよ。僕だって、あれから魔法の練習とか、剣の稽古とか、レイタと一緒に頑張っているもん!」


「いやいやいや。そういうところじゃなくて、バカなところが治ってないって言ってんの」


「えっ!?」


「え?」


「僕がバカ? はは、相変わらずギャグが面白いなぁホノカは」


「ごめん、殴っていいかな」


「ははは!」



「全く、笑い事じゃないわよ……。ふふっ」



 あんな夢を見たにもかかわらず、こんな風に、ホノカと話していると楽しいし、気も晴れる。こうやってふざけたことを言っても、なんだかんだで笑ってくれる。やっぱり、優しいなホノカは。


 だからこそ、だからこそ、あの時の事が申し訳なくて仕方がない。


「あのさ、ホノカ。あの時は、僕はまだ魔法が使いこなせなくて、それで君のお父さんにひどい目に遭わせてしまった。でも、林間学校の時以来、僕はレイタと一緒に毎日毎日頑張っている」


「ネルス……」


「きっと、いや、絶対に、僕は自分の力を使いこなせるようにしてみせる。それが、せめてものの償いだと思うから。だから、僕も頑張るから、君も諦めないであの魔法を」


「分かってるわ。あんたに言われなくても、しっかり頑張っているわよ。それに、こっちはあの大魔法使いシュウトさん直伝のアドバイスだってある。絶対に使いこなせるようになってみせる」


「ホノカ……」


「あんたも、あの時のことは忘れなさい。引きずらなくていいから。アレは、あんたのせいじゃない。アレは、事故なのよ。だから気にしないで。むしろアレは……」


「…………」


 あの時と言うのは、僕たちがまだ幼少の頃に起こった出来事。

 ある日の朝、目を覚ますと、僕は見覚えのない謎の魔法を使えるようになっていた。右手に紫色の雷が纏っていたから、すぐに気が付いた。


 それをまず、僕はホノカやレイタに伝えた。そして、興味関心を持ったホノカは、大人の立ち合いの元で、魔法を見せるように言ってきた。


 けど、その時僕はその魔法を使いこなせなくて、結果的にコントロールできずに、その時に立ち会っていたホノカのお父さんに魔法が衝突。大けがをさせてしまった。


 幸い、ホノカのお父さんは命に別状はなかったけど、それ以来僕はその魔法を使う事はしなかった。


 ……林間合宿のあの時までは。



「ごめん、何でもない」



 ホノカもその時のことを思い出したのだろうか。僕に対してホノカは申し訳なさそうに謝り、顔をうっすらと伏せる。



「とにかく、アレはネルスのせいじゃない。いつまでも引きずらないで」


「う、うん……」



 そうは言っても、怪我をさせたのは僕自身だ。責任を感じないというわけにはなかなかいかない。とはいえ、その時に魔法を使うように言ってきたのはホノカだ。だから、彼女もそれなりに思うところがあるのかもしれない。



「はぁ、暗い話ばっかしてたけど、よく考えたら今日剣術訓練じゃない」


「あ! そうだった!」


「ネルスの対戦相手は……レイタか」


「うん……」


「きっと大丈夫だよ。ネルスなら」


「う、うん……」


「ほら、行きましょ。遅刻したら先生に怒られるわ」



 そう言うと、ホノカは歩くスピードを速める。それにつられるように、僕もホノカについていく。


 先日、17歳の誕生日を迎えたばかりの僕は、今日もいつも通りに学校へ行く。


 でも……。



「いったい、僕は何者なんだろう……」



 僕は途中で立ち止まって、前を歩くホノカの背中を目に、うっすらとそう呟いた。


 身に覚えのない、得体のしれない魔法を使えることが、気になったからだ。



 あの時の事故。


 林間合宿での出来事。


 サンライト襲撃事件。


 そして謎の夢。



 これらが何を意味していたのか、この時、僕は何も知らなかった。

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