第23話 ゼロの旅立ち
塔を後にして、集落に戻ったオレ達を待っていたのは、意外な人物だった。
「やあ、待っていたよ。メルノ、そして赤い髪くん」
「お、お前!?」
「お~!?」
その人を見た途端、メルノはオレ達を置いて、小走りでその人の元へと向かっていく。そして同時に……。
「炭酸の匂い!? 炭酸の匂いがするワン!」
ロイもメルノを追いかけるように小走りに……いや、こっちは全速力で集落の中へと入っていく。
「…………」
二人に置いて行かれる中、オレはゆっくりとその人へ近づく。
その人は青い生地に白いラインが所々に入った衣を身にまとい、左胸には【DEAF】と描かれた紋章が付いている、今ではとっくに見覚えのある女。
そう、ギルド警察ディーフの団長エレカだ。
「エレカさ~ん!」
「相変わらず元気だな。メルノは」
そう言いながら、エレカは寄ってきたメルノの頭の上に手をポンと置く。そして、メルノは気持ちよさそうに目を細めた。
「そういやあ、あんたらって知り合いか何かだったのか?」
テンドールの城で会った時も、エレカはメルノの事を知っているような様子だったし、今ここでもメルノはこうしてエレカに懐いているし。
「えへへ、アタシの友達のお母さんが、元々ディーフの団長だったからさ~。色々面識あるんだ」
「ほーそいつはすげえな……って、おい! ちょっと待て!」
メルノ今何て言った? さらっととんでもねえこと言わなかったか!?
友達のお母さんが元々ディーフの団長だったって……。
それってもしかして……。
「も、もしかしてそれって、クレアの母ちゃんの事か?」
「え……? え!? あれ!? もしかしてゼロってクレアの知り合い~!?」
オレの質問に対して目を丸くしながら質問で返すメルノ。おいおい、マジかよ。
「メルノ、私が城でこの人とクレアの話をしていたの、聞いてなかったのかい?」
そんなオレ達を前に、ため息をつくエレカ。そういやあ、確かにあの時はメルノの目の前でクレアとクレアの母ちゃんについて色々聞いてたっけな。
「あの時は久々の村の外という事と、しかも王様に会うって事で、なんか色々と緊張していて、お二方の会話とかそんなん全然耳に入ってこなかったっす……!」
「ふっ……、そういうところもメルノらしいというかなんというか……」
なるほど。どうやら、メルノがクレアの友達というのは本当らしい。まったく、こんなところにクレアの手がかりがあったのか。全然気が付かなかった。
「なあ、二人とも教えてくれ。レアーナさんが亡くなったってのは理解した。なら、クレアはどこ行った?」
「それは~……」
「…………」
二人とも声を詰まらせ、どことなく顔を伏せる。この様子……。まさか、クレアは……。
「その問いに正直に答えるのなら、分からない。それしか言いようがないんだ」
「分からない?」
「1年前のサンライト襲撃事件。あの日を境に、クレアは行方不明だ」
「んなっ……!?」
クレアが行方不明!? ……という事は、今生きてんのかも、そうじゃないのかも分からないってことか。
「勿論、探したさ。クレアは私らにとっては妹みたいな存在だからね。でも、見つからなかった。手がかりも何もかも」
「そう……だったのか」
クレア……まさかとは思うが、お前……。いや、そう考えるのはよそう。
生きてんのか、死んでんのか分からない。そしてどちらも証拠がない。なら、生きている可能性を信じた方が絶対に良い。カネルがそうしていたように。
「それからメルノ。バロック族長から手紙を預かっている」
「族長から?」
エレカは懐から一枚の紙を手に取り、それをメルノへと手渡す。メルノはそれを手に取ると、即座に読み始めた。
「え~っと……ふむふむ……、ほうほう……」
メルノはそれを読み終えると、オレ達にこう告げた。
「成人の儀、追試になっちゃいました~」
「は……? はぁあああ!?」
おいおい、追試ってそれはつまりまだ合格できてないってことか!?
まあ、確かに例の魔物を連れてくることはできなかったけど、それは魔獣化していたんだし、仕方がねえと思うんだがな。
「族長に抗議しにいくぞ。いくら何でもそれはおかしい」
「いや、何か族長ね、今体調崩しているみたいで、暫く家に入っちゃダメって書いてある」
「ああ? なんだそりゃ!?」
昨日まで普通に元気そうだったよな?
オレ達が戻ってくるまでにいったい何が?
「……実は私も、魔物の行方不明事件の件で、バロック殿の元へと報告しに行ったんだが、確かに体調が優れない様子だった」
「そうなのか?」
「上半身を包帯で巻いて、胸に手を当てていた。そして、わずかながら流血もしていた」
「え!? 族長が!?」
「ああ。流血の跡から察するに、深い切り傷のようにも見えた。何があったのか尋ねても、教えてはくれなかったけどね」
上半身に切り傷?
つーことは誰かと争ったって事か。件の事件のこと個もあるし、魔獣と争いでもしたのか……?
「族長、大丈夫かな」
「まあ私がバロック殿に会った時は大丈夫そうだったし、あまり心配しなくても問題ないだろう。それより、他はなんて書いてあったんだ?」
「あー、え~っと……」
メルノはその手紙を見ながらオレ達にこう話す。
「成人の儀は魔物の魔獣化というアクシデントもあったため、今回は一旦中止とする。だが、危険を顧みず、メルノが例の塔まで向かった事には変わりない。よって特例措置を設ける」
「特例措置だ?」
「特例として1か月後に魔物つかい同士による試合の場を設ける。そこの試合でメルノが勝利すれば晴れて成人としてみなす」
魔物つかい同士の試合? この集落、そんなものもあんのか。
「その際に必要な魔物は4体。4体集めてくるように……うぇ~~~ん。どうしよ~」
「お、おいメルノ? どうした?」
「アタシ今2体しか魔物と契約してないよ~~」
「なっ……!?」
「後2体足りないよ~~」
おいおい、それじゃあその試合に出られないじゃねえか。一体どうすんだ。
「メルノ、他には何か書いてないのかい?」
「え~っと、ピーエス、1か月後の試合までは、好きに集落の外に出て構わない。魔物が足りない場合は集落の外で早急に集めてくるように……やったぁ~! 外に行ける~!!」
さっきまでとは打って変わって、急にテンションが高くなるメルノ。ったく、本当に調子のいいやつだ。
だがよかった。しっかりと猶予もあるみたいだな。
でも、前にメルノの魔物の1体は、魔獣になっていたとはいえ、オレが倒してしまった。
……それを考えると、メルノの魔物は元々3体いたんだろうな。
だから、本当は後1体で済んだのかもしれねえ。それを考えると、気持ち的に少し罪悪感を覚える。
「追試か……。でも、よかったねメルノ。夢に一歩近づけたじゃないか」
「うん! ありがと~エレカさん。アタシ頑張るね!」
エレカは再びメルノの頭に手を置き、そっと撫でる。すると、メルノは気持ちよさそうに目を細めた。
それを黙って見ているオレに、エレカは顔を向ける。
「君にはやらないよ……」
「いらねえよ! 突然何言ってんのあんた!?」
「いや、羨ましそうにしてたから……」
「してねえよ!」
「冗談だ。それより……」
「冗談かよ! なんなんだあんた!?」
うっすらと笑い、エレカはメルノの頭を撫でながら、オレにこう言ってきた。
「記憶、思い出したんだって?」
「ああ。一部だけどな……って、なんでそれを知っている!?」
オレが目を丸くする中、目の前のエレカは不敵に笑みを浮かべた。
オレまだこの人にそのこと話していないよな? なんでそれを知っている?
「カネル様から連絡を受けてね。ついさっき知ったよ」
「なっ!? カネルから……?」
まあ、あいつから聞いたというのなら納得だが、そうなるとこいつらの関係が気になる。
「あんた、カネルとどういう繋がりだ?」
「カネル様かい? まあ上司みたいなものさ」
「上司?」
「元々、ギルド警察ディーフの設立を提案したのは、隣国の王様のカネル様なのさ。だから上司みたいなもの」
「そうだったのか。って、隣国……?」
「それでもって、この国の王様とカネル様は旧知の仲でね。今では、私たちもテンドールを中心に活動をしているという事だ」
「ちょっと待て、隣国ってなんだ? 魔界じゃねえのか?」
「でも、驚いたよ。まさか君がカネル様直属の部下だったなんてね」
「んあ!?」
オレがカネルの直属の部下!?
オレそんなものになったっけか!?
「今から港町ナミルに行くんだってね。君も大変だね」
「お、おい……、何の話だ……?」
聞いてねえぞそんな事。
え、なんだ? 今からそこに向かえって事なのか?
「ゼロ君」
そう思っている矢先、エレカはオレに急接近し、オレの耳元でこう囁く。
「こちらに合わせてくれ。君の正体とカネル様の正体は知っている。でも、世間に知られるわけにはいかないんだ」
「どういうことだ……?」
「この世界で、魔族という存在について正しく認識できている者は、もう少数しかしない」
「………っ!?」
ってことは、魔族の事を知らない人たちが圧倒的に多いってことか!?
おいおい、なんでそんなことになった?
本当に、オレが眠っている間に何が起こったってんだ……。
「あまり魔族というワードは言わない方がいい。そのことを知っている人は今ほとんどいない。カネル様でさえ、素性を隠して一国の王として過ごしている」
魔族を知っている人がほとんどいない……? 魔王のカネルがただの一国の王? そんな話初耳だぞ。
「なんでそんな事になっている?」
「私からは何も言えない。ただ、この世界を見ていくうちに、君もいずれ分かるだろう。魔族という種族の末路を」
「魔族の末路……?」
そう言えば、ネルスやクレアも魔族については一言も話していなかったな。ミーナも知っているような様子ではなかったな。魔族の血を継いでいるらしいメルノに至っては、その魔族をよく分かっていなかった。
それはつまり、こいつらは魔族を知らないって事か。
だが、仮にそうだとしたら、いったいなんでそんなことに……?
あー、やっぱ今度カネルに洗いざらい吐いてもらうしかなさそうだなこりゃ。
「それに、敵はいつどこで、君やカネル様を見張っているのか、分からない」
「…………」
「君はあくまでもカネル様の直属の部下。今はそういう事にしておいた方がいい」
「なるほど。分かったよ」
全ては過去改変の為。あの人達を助けるためだ。
ここはカネルに乗るか。
んで、ネルスを見つけてあいつの元に連れて行って、その時に洗いざらい吐いてもらおう。あいつが魔王になった理由含めて。
「ねえねえ、二人とも何の話してるの~?」
オレに耳打ちするエレカに不審に思ったのか、メルノがそう聞いてくる。困った。一体なんてごまかせばいいんだか。
「えーっと、その……な」
「この人に、港町ナミルまで、メルノも一緒に連れて行ってもらえないか頼んでいたんだ」
「んなっ……!?」
「え? アタシを!?」
お、おいいい!? 聞いてねえよ!? そんな話!
「あそこなら半月ほどで着くだろうし、あの町のすぐ近くには魔物だけが住んでいる集落もあるという。魔物探しにもうってつけだろう」
「なるほど~!」
エレカにそう言われ、メルノは深く何度も頷く。だが、オレはそんな話は聞いていない。
「おい。なんか勝手に話が進んでいるみたいなんだけど、何? オレそのナミルってとこに行く感じなのか?」
「ん? そう言われなかったかい? ナミルに行けって」
「いや、全然」
「じゃあ今伝えたから……それで。メルノの事頼むよ」
それで。……じゃねえよ。
「おいい! 勝手に話進めんじゃねえ! そもそもお前、あいつになんて連絡受けたんだ!?」
「何って……ゼロって人が次はナミルに行く予定だから、もし会ったら元気づけておいてって」
「あの野郎……!」
つーことは、ナミルに行けってことだな!?
まあ確かに、これまでの事を考えると、だ。
奴の言う事をそのままこなしていたら、いつの間にか過去改変へと近づいていた。
つまり、そこに行けば恐らくネルスに関する何らかの手がかりがあるってことだ。
ったく、なんでそういう事はいつも急に言ってくるんだあの魔王は! つーかなんで直接言わねえんだ!? ダメな上司の典型的な奴じゃねえか!
「まあ、メルノもこれから外に出て追試の準備をしないとだし、それに魔獣がでたら危ない。だから君が護衛してあげてくれ」
エレカにそう言われ、オレは思わずメルノの顔をチラリとみる。
メルノはオレに気づくなり、ニッコリと微笑んだ。
「ゼロが一緒に来てくれるなら嬉しいかな~」
「…………」
まあ、メルノの魔物を一体倒したのは事実だ。その罪悪感がないわけではない。
それに、魔獣だっていつ襲ってくるのか分からねえし、メルノを一人でそこに行かせるというのも気が引ける。
ここは、オレが連れて行った方がいいのかもしれねえな。
「それに、ゼロもメルノも、共通の目的があるじゃないか」
「「共通の目的?」」
「クレアの捜索さ。もちろん、私だって独自で行っているけどね」
「ああ……まあ、そうだけどよ」
一応、本来の目的はネルスを見つけることだが、クレアの事が気になっていないわけではない。
ネルスだって、このことを知れば心配に思うはずだ。ただ、メルノもそう思っていたのは初耳だ。というか、メルノがクレアの友達だったというのが、未だに衝撃的だ。
「メルノも、クレアを探そうと思っていたのか?」
「うん。実を言うと、アタシも成人の儀を無事に終えたら、何か手がかりないか、自分で探そうと思っていたんだ。クレアは学校にいた時からずっと友達だから」
「ん? 同じ学校だったのか?」
「うん。本当は成人になるまではここの集落から外出するのは禁止なんだけど、この集落にはアタシと同世代の子が全然いなくてね。それで、15歳の時までは、サンライトの町の……クレアと同じ学校に特例として通っていたんだ」
「そうだったのか」
「クレアとは仲が良かったから……心配なんだ」
メルノはそう言いながら、寂しそうに目を伏せる。
そっか。
という事はメルノが外に出たがっていたのは、クレアを探すって目的もあったからか。
1年前に行方不明になって、それからずっとそのまま。友達なら心配にならないわけがねえ。
……うん、そうだな。そういう事なら話は早え。
「わかったよ。それならオレは今から港町ナミルってとこに行く。だから、良かったらお前も一緒に来い」
「いいの!? 本当に~!?」
「ああ。構わねえよ」
「やった~~! 心強い護衛だ~! じゃあこれからもよろしくね! ゼロ!」
余程嬉しかったのか、メルノは両手を大きく上に上げ、顔を明るくする。
だが、こうして喜ぶ姿を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなる。人がこんなふうに喜ぶ姿を見れるのは、正直言って嬉しい。
……仲間を失い、封印され、一人で孤独に過ごしていた時が嘘みたいだ。
「それじゃあ、決まりだね」
エレカも嬉しそうに頬を軽く上に上げ、オレとメルノにこう告げる。
「行方不明になった他の魔物の捜索は私たちディーフが持つ。だから、君たちは安心して港町ナミルへ向かってくれ」
確かに、ここら一帯の魔物が行方不明になる事件、その犯人が塔で出会ったドーゲスという魔獣の仕業だったのかは分からねえ。
もしかしたら他にも犯人がいる可能性だってある。
そしてあいつは言っていた。
魔物を【ビースト化】させるのは造作もない……と。
それに他にも仲間がいるような様子だった。
そしてそのうちの一体がマージルでミーナの兄ちゃんを……シュウトを殺した魔獣だ。
仮にそんな奴らが組織的に動いているとしたら……?
それを考えると頭が痛くなる。
だが……。
「ああ、わかったよ。そっちは任せた」
そんな魔獣からこの時代の人々を守る組織、ギルド警察。
その人たちが対処してくれるってんなら安心だ。オレ達も思う存分前に進める。
「そういえばゼロ~、ロイは?」
ロイ? そういやあ、まだ戻ってきてねえな。
「あいつは炭酸を求めて集落の中に消えていったよ。全然戻ってこねえけど」
「え……集落に炭酸を求めて?」
「ああ。血相変えて走っていった」
それを聞いた途端、顔を真っ青に引きつらせるメルノ。
なんだ? いったいどうした?
「集落に炭酸ジュースはあるかもだけど、それってふつ~に民家の中にあるやつだと思うよ……」
「え……」
お、おい。
それってつまり、アイツ勝手に民家の中に入って炭酸ジュースを漁っているってことじゃねえのか……?
「助けてほしいワンー!」
そうこう話しているうちに、噂の本人が今度は全速力で集落の中からこちらに戻ってくる。
噂をすればなんとやらだが……。
「ゼロさん! 助けてほしいワン!」
なぜかロイは、身体を震わせながら、オレの後ろに隠れる。
「建物の中から炭酸の匂いがしたから、そこに入って炭酸ジュースを見つけて、すぐに飲んでいたら、ホウキを持ったおばさんが現れて追いかけまわされたワン! 怖いワン!」
「やっぱりな! 絶対そうだと思ったよ!」
「ロイ~……民家に勝手に入って、勝手に飲んだでしょ~?」
「ミンカ? それってオレンジ色の果物か何かですワン?」
……なるほど。
記憶がないと、オレも下手すりゃこうなっていたかもしれねえのか。
「あ~はははは……」
思わず頭を抑えるオレに、思わず苦笑いをするメルノ。
そして、突然現れたロイに困惑するエレカ。
そう言えば、エレカにはまだ話していなかったな。
「んーと、こいつはロイ。塔で倒れているところを見つけてな。ロイも記憶を失くしているらしいんだ」
「記憶を? こんなに小さい子供まで……」
「ちなみに、ロイは人間ではなく、れっきとした魔物だ」
「え……」
それを聞いた途端、エレカは……やはり困惑している。
そして、目を細め、ロイの方をじーっと見つめる。でもエレカは、何度も何度も首を傾げる。
そりゃそうだ。見た目はどう見ても犬の格好をしただけのちびっ子。オレ達だって目を疑った。
でもこれでもれっきとした魔物……らしい。
「だから、ギルド警察の方で調べてくんねえか? ロイについて」
そう。ロイもどういうわけか記憶がないと言っていた。見た目はどう見ても中性的な見た目の犬のような恰好をしただけの子供。でも魔物だった。
それも気になるが、それ以上にあの塔にいる前はどこにいたのか、オレ達も、そして本人もわかっていない。
「そうだね。そういう事なら、君の時みたいに私たちがテンドールの王様の元へと連れて」
「嫌だワン!」
ロイはオレの背中に隠れながら、オレの服をギューッと握る。
「ゼロさん達がいないと嫌だワン……!」
「いや、でもそこに行けばもしかしたら君の事が分かるかもしれない。何より、ゼロ君達はこれからナミルに……」
「嫌だワン! 離れたくないワン! ゼロさんと一緒にいたいワン!」
ロイは目から涙を流し、オレを力強く抱きしめてくる。ちょうど下っ腹辺りがぎゅーっと締め付けられて凄く苦しい。苦しいが……。
「メルノさんもゼロさんも、ボクを助けてくれたワン! 短かったけど一緒に冒険もできたんだワン! 守ってくれたんだワン! 炭酸ジュース奢ってくれたんだワン! これからも奢ってくれるに違いないんだワン!」
「おい、後半」
「ボクは二人と一緒にいたいワン!!」
……苦しく感じるくらい、ロイの手の力は強い。
それは、そのくらいロイがオレ達と一緒にいたいと思っているって事か。
「………」
こんなに泣き叫びながら、オレをギューッと強く抱きしめ続けるくらいだ。理由はともかく、一緒にいたいっていうのは本心なんだろうな。
「……ったく、仕方ねえヤツだ」
「ワン……?」
オレはロイの腕をゆっくりと解き、頭に手をポンと乗せる。
「そんなに来たいなら、お前も来いよ」
「ゼロ……さん?」
「それに、すぐに記憶を取り戻さなくたって大丈夫だろ。そういうのは色々見て回って、ゆっくり思い出して行けばいいんだよ」
オレだって最初は訳も分からずに森の中で目を覚ました。
ここがどこなのか、自分が誰なのかさえ分からないまま草木の中をうろついていた。
でも、そこでオレはネルスを見つけた。そしてクレアに出会った。あいつらから色んなことを教わった。
一緒に話したり、一緒に笑ったりした。あいつらの温もりがあって、記憶がなくても平気でいられた。
きっと、今のロイにもそんな温もりってやつが必要なのかもしれねえ。オレはそう思う。
「お前は、元気で炭酸ジュースが好きで好きでたまらない人間っぽい魔物。今は、それさえ分かっていれば十分だろ」
そう言いながら、オレはロイの頭をそっと撫でる。すると、ロイは涙を止め、ゆっくりと目を細めて、頬を上に上げた。
「ゼロさんの匂い、懐かしい匂いだワン……」
「んあ!?」
ロイ、お前突然何を言って……?
「安心するワン。もっと一緒にいたいワン」
「お前……」
「こんなボクですけど、よろしくお願いしますワン」
ロイはオレから一歩離れ、オレやメルノ、そしてエレカに一回一回ぺこりと頭を下げる。
「はは、そう言われちゃ敵わないな……。分かった。君はゼロ君達と行くといい」
「うん! いいよいいよ~! ロイもアタシらと一緒に行こ!?」
ロイの誠意が伝わったようで、エレカもメルノも思わずにっこりと微笑む。
「んじゃ、決定だな」
目的地は港町ナミル。そこに向けてオレは再び旅立つ。でも、今度は一人ではない。
クレアを探すという共通の目的もある一方で、魔物が魔獣化する原因を探り、それを止めて魔物と人が平和に過ごせる世界を夢見る少女メルノ。
オレと同じく記憶を失くし、そんな中でオレ達と共にいることを望む、炭酸ジュースが大好きな元気いっぱいの人間っぽい魔物のロイ。
なんだか、賑やかになりそうだな。
でも、十分だ。十分すぎる。仲間を失い、封印され、一人でずっと過ごしてきたオレにとっては眩しいくらいに。
これから共に旅立つ仲間ともいえる奴らに、こうして囲まれていると、ふと、たった一人で残されたであろうアイツの事が気になる。
カネルが教えてくれた、アイツに関する話が思い起こされる。
『君のほかに生き残った、もう一人……というと、彼か』
『ソラって人を含めた4つの屍の前で、アイツは跪いて、ただただ震わせていた。そして、オレが封印されるのを見届けた唯一の人物だった』
『そうなるな』
『カネル、アイツはあの後どうなった?』
『分からない。それが我が言える唯一の情報だ』
『分からない?』
『確かに君たちの戦いの後、彼から、君が封印されたこと、ソラ達が死んだことを聞かされた。そして、この剣を受け取った』
『オレの肉体と魔王ドグナが封印されている剣……か』
『だがそれ以降、我は彼と一言も話さなかったどころか、姿すら見ていない』
『…………』
『だから、分からないとしか言えないんだ』
『……いや、考えたくもねえけど、まさか……』
『君がそう思ってしまうのも、無理はない。君だって、未だに思い出せないくらいにソラ達の死がショックだったんだ。だが、彼の場合はそれ以上に、君が封印されてしまったという事実も加わる事になる。その中でたった一人で生きていく。それは、相当辛い現実だろう』
『悪い事しちまったよな……。オレは封印されてそれでお終い。それだけで済んだ。でもアイツは違う。オレ達がいなくなった世界で、その苦しい事実を受け止めて、生きていかなきゃならねえんだからよ』
『そうだな、その通りだ』
『オレでさえ、どうしていいのか分からなかったんだ。いっそ自分も……。そう思えたとしてもおかしくは』
『我はそうは思わない』
『なに……?』
『君たちは自分の命を賭して、我らを守ってくれた。世界を守ってくれた。だから、その世界を絶対に守り抜き、そして生きようと決めた。君たちの分まで。それは、彼だって同じ心境だったんじゃないかな』
『カネル……』
『生きているのか、死んでいるのか分からない。証拠さえない。だったら、生きていると信じた方が絶対にいい。少なくとも我はそう思っている』
『そっか……。いや、そうだな』
『信じていけるのが仲間というものだ。それに君は封印される前に、彼に託したはずだ。想いを。そして意思を。だったら信じよう。君たちは、いや、我らは仲間なんだから』
ソラという人と同じように、アイツがどんな奴だったのかまでは、思い出せない。アイツはあの後、いったいどんな道を辿ったんだろうか。オレには分からない。
でも、きっとアイツは生きていたはずだ。オレ達の想いと意思を継いで。
生きているのか、死んでいるのか分からない。
だったら、生きている方に信じた方がいい。
だって仲間だから。
オレも、カネルみたいにそう信じることにしたんだ。
だから……。
「目指すは、港町ナミルだ」
「はいですワン!」
「んで、魔物を集めるのと同時に……探すぞ。クレアを」
「ゼロ……」
「ゼロ君……」
「きっとクレアは生きている。どこかで絶対に生きている。友達なら、そして仲間なら、そう信じようや」
クレアはきっとどこかで生きている。オレもそう信じることにした。
アイツやカネルが生きて守った世界が今の世界。
この世界には、ネルスやクレア、ミーナにメルノにロイ。ギルド警察ディーフ。そしてカネルと、今を生きる者たちがいる。
勝手なところもあったが、それでもみんな、自分の夢を追いかける他人想いで優しい奴らばかりだった。
オレ達が命を賭して守った結果が、こいつらが生きている今の世界だ。少なくとも、オレが封印される価値はあったのかもしれない。
今はそう思う。
そんな世界にオレは再び解き放たれた。そして、失ったかつての仲間を取り戻す可能性が残っている。
まだ終わりじゃなかった。可能性を紡いでいてくれた。
だったらオレは賭けたい。その可能性に。今度こそ救いたい。大切な仲間を。
そしてその後は……。
『だからその時は、3人でまた一緒に、今度は世界を見に行こう。そして、いろんな人たちに教えてあげるんだ。僕たちの住んでいる世界は広いんだって』
ネルスはあの日、オレ達にそう言ってくれた。
ネルスとクレアと交わしたあの約束。最初は3人だけだったが、カネルのいう事が正しいなら、そこにミーナ。
もしかしたらここにいるメルノやロイも加わることになるのかもしれない。
そう遠くない未来、再びあいつ等と会えるかもしれない。
「ふっ……」
「どうしたのゼロ~?」
「炭酸の匂いでもしたワン?」
「別に。なんでもねーよ。ただ、ちょっと楽しみになっただけだ」
一度はもう仲間なんて作らねえほうがいいのかもしれねえと思った。でもそれとは裏腹に、オレはまた……いつの間にか作っていた。仲間を。あんな想いをしたのにも関わらずに。
だから、やっぱりオレには必要なのかもしれねえ。仲間ってやつが。
こいつ等と出会って、オレはそう思った。
6年経って成長しているネルスやクレア。共に戦ったミーナ。更にここにいるメルノやロイ。オレ達が揃ったら、いったいどんな事になるんだろうか。
今は、それがちょっと楽しみだ。
かつては勇者なんて言われこそしたが、正直なところオレぁそんな器じゃねえ。
オレが思うに、本当の勇者ってのは、どんな困難があっても諦めずに、夢や目標に向かって、勇気を振り絞って立ち向かう者の事だ。
「んじゃ、行くぞ」
「オ~ケ!」
「ハイですワン!」
目的地は港町ナミル。あいつらに再び会えることを信じて。
そして、そんなあいつらを守るために、オレは再び、一歩、前に踏み出した。
第3章……完
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