第22話 真実

「カネル、お前いったい何言って……」

 


 オレが……幻? なんだ、そりゃ?



「君はね……今この世界に存在しているように見えるだけ。君の身体は未だにこの剣の中で眠っている」


「なっ……!?」


「君の心が読めるのは、君という幻を召喚したのが我だから。そして、君の本体……つまり肉体は未だにこの中にいるよ」



 カネルはそう言いながら、持っている剣を左人差し指で指さす。



「ちょっと待て、でもオレはいろんなものに触れて……」


「それも、我の力のお陰。まあ、今はその力を解いているからね。君は現在、物に触れることはできない」


「…………」


「つまり、君は我によって召喚された、単なる我の僕にすぎない。君はあくまで幻の存在」


「そっか……。いや、そうだよな」



 オレは幻の存在。存在してはいけない人。


 正直、自分の事を思い出した時から、なんとなく考えてはいた。なぜオレはここにいるんだろうって。


 それは、オレが蘇ったら、一緒に封印されている魔王も蘇っちまうから。

 本当なら、オレは、この世界に存在してはいけねえんだ……。いなくならないといけない存ざ……



「ふっ、半分冗談だ。そう思い悩むな」



 ……は?



「大丈夫。君は肉体こそは眠ったままだけど、君の意識は確かにこの世界に存在するし、存在しても大丈夫。幻って言ったけど、それはあくまでも例えばの話」


「は……!?」


「君の肉体は魔王封印のためにこの剣の中に残してある。我は君の精神だけを取り出して、この世界に召喚したんだ。つまり普段の君は、物にも触れられる、姿の見える精神状態の生き物ってことさ」


「精神状態!?」


「そう。ちなみにこれまでに君を召喚したのは。覚えているかな?」


「2回!?」



 ちょっとまて、話が追い付けなくなってきたぞ。


 あーー、えーっと……? つまり、オレの肉体は未だに魔王と共に剣の中で眠っていて、今ここにいるオレは精神だけの状態。物や人に触れられるのは、封印から解き放ったカネルのお陰。

 まあ、いい。そこはとりあえず理解し……したことにする。


 でも、2回ってのが引っかかる。いつといつだ? まさかまだ自分の事で思い出せていないことがあるってのか? 



「大丈夫。我が見るに、君はどうやら思い出しているようだ。少なくとも自分の事はね。ただ単に、2回、君を肉体から取り出したことに気が付いていないだけ」



 気が付いていない? オレがか? 


 いや、待て……2回? 



「そう。2回だ」



 2回のうち1回は、おそらくネルスやクレアと出会った時。

 でも2回目は……。


 いや、まさか……。でも、もしそうなんだとしたら、合点がいく。



「ちなみに、2回目の召喚は、1回目からだ。封印されていた君にとっては、ほんの一瞬の時間だったかもしれないけどね」


「6年……!」



 ……そうか、そういう事か。

 なるほど、合点がいった。


 じゃあもうクレアとネルスは……。



「1回目の召喚は、お前が言っていた紫色の髪をした少年、つまりネルスを助ける時。そして、2回目の召喚はそれから6年後。魔法使いの少女、つまりミーナを助ける時か」


「ご名答。一緒に送った武器も気にいってくれたかな」


「あの剣もお前発信か。まあ、助かっているけどよ……」



 でもそうか。そういう事だったんだな。あれから、もう6年経っているってことか。

 それに、あの時……2回目の時は確かに、気が付いたらマージルの町の上空に漂っていた。あまりよく考えなかったけど、あれは封印が解かれた直後だったんだな。一緒に送られた剣も、カネルからの餞別だったってことか。



「つまり、1回目の召喚が終わり、2回目の召喚までの間、君は再び剣の中で眠っていた。そして、奇しくもその間にあの事件が起こった」


「クレアが住んでいた町、サンライトの魔獣襲撃事件か」


「そう。君がサンライトの町を見て、感じていたであろう違和感は、つまりはそういう事さ」


「はあ……なるほどな」



 オレがネルスやクレアと出会ったのは実は6年前。つまり……。



「君が出会ったあの少年少女。ネルス君とクレアちゃんは、すでに17歳だ」


「…………」



 そうか。アイツら、もうそんなになってんのか……!



「嬉しそうだな」


「あ? まあ……アイツらが、6年でどんな風になったのかなって、ちょっと気になっただけだ」


「ふっ、そうか」



 んで、オレがあの景色を見てからすでに6年経っていて、その間にサンライトの魔獣襲撃事件が起こった。ギルド警察のエレカたちが若干大人びていたのもそういう事だ。


 目の前にいる魔王カネルが、勇者と呼ばれたオレの封印を解いて、再度封印して、6年後に再び封印を解いた……と。


 だが、そうなると更に気になることがある。



「なあカネル、なんでそんなまどろっこしい真似をする?」



 そもそもまだ封印が解かれた理由も分かってねえ。なんでだ?



「はっきり言って、君を野放しにするのは危険なんだ。本当に必要な時にだけ召喚したかったんだ。だから、君がネルス君を助けた後、我が再び君を封印した」


「オレが外にいると危険?」



 となると、やはり先代の魔王が復活するからか。



「君は……切り札なんだよ。我にとっても。この世界にとっても」



 と思っていたら、予想の斜め上の回答がきたな。

 切り札……?


「カネル……?」



 カネルは、はあ……とため息をつき、オレに再びこう話す。



「先ほどの話に戻そう。君たちが多大な犠牲を払って、魔王ドグマは封印され、無事に魔界は救われた。そして、戦争も無事に終わった。でもね、違うんだよ。それじゃ、ダメだったんだ」


「どういうことだ?」


「魔王を封印しようがしまいが、関係なかったんだ。彼女が……ソラが死んでしまったからね」


「……っ!?」


「君は、あの時なんとしてでも守らなければならなかった。大切な仲間を。死なせてはならなかった。彼女を」



 カネルにそう言われ、オレの脳裏にあの光景が蘇る。4つの屍。泣き崩れる男。そして、何もできなかった自分が悔しくて仕方がないという、あの何とも言えない悲しい気持ち。



「でも、仕方がない。彼女たちの犠牲を払わなければならないくらい、あのクソ親父は強くなりすぎていた。もうこればかりは仕方がないんだ。我らは……。生族と魔族は、負けたんだ」



 生族と魔族の争いなのに、その二つが負けた?



「おい、カネル。お前いったい何を知っている? オレが封印された後に何があった?」


「…………」


「おい、カネル?」


「君は、我の姉上……リーネルを。そして彼女の予知能力を覚えているよね?」



 リーネルか。もちろん覚えている。というか、思い出したというべきか。


 カネルの姉で、同じく元オレ達の仲間。付き添った時間こそ短いが、リーネルはちょっとした予知能力があったっけ。



「ああ。オレ達がまだ生きていた頃、リーネルもまだガキだったが、予知能力はすんごかったっけ」



 つっても、オレが食あたりで腹を下すとか、明日は雨が降るとか、雪が降るとか、そのくらいの事だ。

 わかることは規模の小さいことだけで……。



「姉上の予知だ。残り数か月で、生界と魔界は滅びを迎える」


「……めっちゃスケールのでけえ事予知してきてるなあおい!」



 いったいオレが封印されている間にこいつらに何があった!?

 成長しすぎじゃあねえか!!



「当たり前だ。数百年経っているんだ。それに我も姉上も、腐ってもあのクソ親父の子。魔王の子だ。その能力も計り知れない」



 カネルは頭を押さえ、深くため息をつく。まあ、実の父親が世界を滅ぼしかけたってのは、子にとってはあまり良いことではないよな……。


 でも、あと数か月で滅亡って……。



「そ、それも回避できるんだろ? あの予知能力って、回避できたじゃん? オレとか飯に気を付けたら食あたりを起こすことなく腹も下すこともなく済んだわけだしよ……」


「回避は……できないんだ……。絶対に」


「お、おいおい……マジかよ。いや、なんとかなんだろ?」


「ならない。いや、できないんだ。絶対に。ね」


「どういうことだ?」


「滅亡を回避するのに必要な条件が、ソラの生存。そう言えば理解できるかな」


「なっ……」



 あの女の人が、世界滅亡を回避するための条件? でも、あの女の人は……。



「そう。とっくに死んでいる。だから、負けなんだよ。我々はまんまとハメられたのさ」


「でもなんでその人だ? あの人と世界滅亡に何の関係がある?」


「そうだね……。君は、この世界が何によって存在が成立し、確立しているのわかるか?」



 ああ? こいつ、いきなり何を言い出す? 


 世界が何によって成立しているかだ……?



「それはアレか。魔法とか、種族の存在とか?」


「それは世界が確立した後の結果に過ぎない。正解は……奇跡だ」


「奇跡?」


「そう。世界の存在というものは奇跡のようなもの。あり得ないけど存在する。奇跡っていうのは、不確かなものだけど、確実に存在する巨大な力の源なのさ。この数百年間で、我はそれを知った」



 な、なんか難しい話だな。ちょっとスケールが大きすぎて、理解はできそうにないな。だが……。



「でも、それがあの女の人とどう関係する?」


「彼女はね……生まれた瞬間に内包していたのさ。その奇跡の源ってやつを。奇跡の力を」



 カネルは一息つくと、さらにこう続ける。



「世界には必ず一人、世界を確立させるための、奇跡を内包した生き物が生まれる。そしてその人達が世界に生きることで、世界の存在が成立し、確立する」



 あーー、なんつーか、難しい話になったな。


 まあ、要はその人がいないと世界は成り立たないってことか。


 ん?

 でもそれだとよ……。



「あの女の人は……その、もういないだろ。でもこの数百年間、この世界は成り立ってきたじゃねえか」


「言っただろう? 奇跡を内包するものは世界に一人生まれるって。その人が寿命を尽きていなくなったとしても、他の世界はそうじゃない。現にまだここにいる」



 カネルはそう言いながら、自分を指さし始める。ま、まさか……。



「生界と魔界で一人ずついるってことか! んでもってそれがお前!?」


「そう。生界の存在を確立させる、奇跡という巨大な能力を内包した生族。それがソラ。そして、魔界の存在を確立させる、奇跡という巨大な能力を内包した魔族。それが、我。魔界の王、カネル」


「んなっ……」


「世界っていうのはよく出来ている。生族よりも魔族の寿命が格段に長いのも、新たに生界の奇跡を内包した者が生まれるまでの時間稼ぎみたいなもの」


「世界にそんな仕組みがあったのか……」



 世界の仕組みについてなんて、オレの記憶が正しければ、そんなの一度も考えもしなかったよ。というか、知ろうともしなかった。


 でも、それを目の前のこいつは、数百年間でやってのけたってのか。


 そうかそうか……。



「ふっ……」


「笑うな。大事な話の最中だぞ?」


「悪いな。ただ、そんなにすげえお前を守れたんなら、身を賭して封印されて良かったんだな……って。少し思っただけだ」


「…………」


「悪いな、話し続けてくれ」



 カネルはゴホンと咳ばらいを行って、こう続ける。



「ソラが死んでから数百年。数百年経った。でも、生界に奇跡を内包したものは現れなかった。あの戦いでソラが戦死したことで、その奇跡の力がクソ親父に確保されてしまったからだ」


「つーことは、その奇跡の力ってのは今は魔王ドグナが……?」


「そう。そしてあと数か月で滅亡が起きる。封印の力が弱まり、封印が解け、クソ親父が復活することによって」


「なっ……!? 魔王ドグナが復活するってのか!?」



 という事は奴の手で生界が滅ぼされるって事か?



「いや、少し違う。確かにクソ親父は後数か月で復活する。君の封印の如何に関わらずね。だが、問題なのはその後。魔王ドグマ復活によって発生する、新たなる巨大な門の出現さ」


「巨大な門って、さっきも言っていた、かつて生界と魔界をつないだ例の門か?」


「そう。それが再び出現する。そして生界と魔界、2つの世界は、新しく繋がるであろうによって飲み込まれる。それが滅亡の内容さ」


「…………」


「それを阻止するには、その扉を閉じるには、生界と魔界、二つの世界の奇跡の力を持つ者が必要。だから、彼女が必要なんだ」


「でもあの人はもう……」


「そう。すでに死んでいる。魔王ドグナによって。だから負けなんだよ。我々は」


「まじ……かよ」



 じゃあ、もう詰んでいるってことか? 折角、あいつらと一緒にこの広い世界を見て回ろうって約束したのに……それももう叶わねえってのか?


 ネルスやクレアと再会できずに、ミーナの夢を見届けてやれずに、メルノの夢を応援することもできずに……。


 もうすぐ、あいつらが生きるこの世界が終わる。


 あの時みたいに、結局オレはまた……何もできずに、この時代のやつらを守れないってのか……?

 なにもしないまま、待つしかねえってのか? 滅亡を。



「まだ話は終わっていない。話を最後まで聞かずに勝手に突っ込んでいくその性格は直した方がいい」


「いや、でもよ……」


「まだ大事な話が残っているじゃないか。どうして我が君を封印から解いたのか。どうしてあの少年少女らを助けてもらったのか。そして何よりも……ね」


「……っ!?」


「君は、あの塔で見ただろう?」


「…………」



『何があっても……諦めないで。あんたは……私たちみんなの勇者。この世界の、ゼロの大切な人達を……守ってあげて……』



 あの塔で、オレは確かに出会った。いないはずのあの人を。そしてあの人が浮かべた寂しそうな表情も再び頭をよぎっていく。

 結局あの人はまるで最初からいなかったかのように、消えてしまった。でもそれは現実。あの人は既に死んでいる。


 あの人含めた4つの屍をオレは守れなかった。



「ちっ……」



 事態の重みを知ったからか、尚更それが悔しくて仕方がない。


 でも、起きてしまった事は……。過去は、変えられ……。



「起きた事実を、我なら変えられる。もしもそう言ったらどうする?」



 ……は?



「滅亡を回避するにはソラが必要。でもソラはもういない。ならば、


「カネル……お前何言ってんだ?」



 カネルは不敵に微笑み始めると、その場から立ち上がりオレを見下ろしながらこう話す。



「君は、魔王と戦った後、こうは思わなかったかい? せめてあと一人、君と同じ力を持った勇者がいれば、もっと結果が変わったかもしれないのに……と」


「それは……」



 確かに、それは少し思った。でも、そんなことできるわけが……。



「出来る」



 カネルは真っ直ぐな目で、オレにそれをはっきりと言いのける。



「でもどうやって……!?」


「簡単な話さ。奇跡という強力な力を内包した、この我、魔王カネルの力で、



 カネルはそしてこう続ける。



「そして、


「なっ……!」



 目の前にいる魔王は、そんなあり得ない事をまっすぐな目で、真剣な表情をしながらオレに言ってくる。


 迷いのない真っ直ぐな目。それは、とても嘘や嘘を言っているようには見えねえ。



「……百歩譲ってそれが本当だとしてだ。いったい誰を送り込む?」


「誰って、決まっているじゃないか。この時代の勇者をだよ」



 この時代の勇者!? 

 ……ああ、そうか。だからオレの封印が解かれたわけか。



「わかったよ。そういう事なら話は早え。さっさとオレをあの時に送ってくれ」



 カネルの言っていることはにわかに信じがたい。それに、魔王ドグマは本当に強かった。もしかしたら今度はオレが死ぬかもしれねえ。


 でも、それで世界を救えて、あの人達の事も助けられるかもしれねえってんなら、寧ろ本望だ。一か八かだ。乗るしかねえ。


 そして今度こそは、あの悲劇を生み出させねえ。絶対に。



「おい、何を勝手に勘違いしている? 行くのは君じゃない」


「んあ……? なんだと?」


「というか、今の君は、かつて持っていた勇者の力を、微塵も使うことはできない」


「え……? ええええええ!?」



 そういやあ、確かに封印が解かれてから一回もあの力を使った試しがねえ。

 自分の事を覚えていなかったとはいえ、試したことはなかった。でも、使えねえなんて聞いてねえぞ!?



「信じられないようなら、試しに今ここで撃ってみな」


「あ……? ああ」



 カネルに言われるまま、オレは右手を前に出す。目を閉じ、自分の中にあるはずの、を意識する。



「出でよ! 勇者の力ぁああああああ!」


「…………」



 右手からは何も出ることなく、ただただシーンとした空気が辺りを包む。


 オレの声がこの部屋中に響き渡っただけで、特に何も起きないし反応もないしカネルの無表情にも変化が起きねえ。


 オレの中にあったはずのあの力は、カネルの言う通り、完全になくなっているってのか!?



「出ないに決まっている。なんせ、君が魔王を封印した後、我は、君が封印されているこの剣を流れるように手に入れ、ちゃっかり君から勇者の力を抜き取って、パパっと他の人に移し替えちゃったからね」


「何さらっととんでもねえ事言ってんの!? 何してくれてんのお前ぇえええええ!?」



 つうか何!? コイツそんなこともできんの!?



「出来る。奇跡の力を内包していた魔王に不可能はない」


「奇跡の力を内包していた魔王すげえなおい!」



 いくら何でも色々出来すぎんだろ! ぶっちゃけ目の前にいるコイツ一人で何とかなるんじゃねえの?


 つか、そしたらオレいらなくね!?



「はっきり言うと、もう君たち勇者の物語が活躍する時代は終わった。これからは魔王や、勇者の隣に居座るであろう、魔法使いや剣士などといった、いわゆる従来で言うところの脇役たちにスポットを当てた物語の展開を……」


「おい。お前それいったい誰に向かって言っている?」


「ふっ、ちょっとした魔王ジョークだ」


「魔王ジョーク完全にブラックじゃねえか!」


「それよりも……だ」


「おい!? さらっと切り替えんなおい!」



 オレのその叫びもむなしく、カネルは咳ばらいをするとこう続ける。



「君は今、勇者の力はない。だから君をあの時代に送り込むわけではない」


「でも待て。オレからあの力を抜き取ったのはなんでだ?」



 そもそもオレはそれにまだ納得はしていない。

 本人に何の了承もなく無断で人の力を抜き取って利用するのは色々と侵害しているとオレは思うね、カネルさんよ。著作権の侵害で訴えんぞ。てか、訴える。



「すまない。君が封印された後、ちょっと色々あってね。早急に君の力が必要になったんだ。勝手に抜き取ったことは謝罪する。だが、そうしないと再び戦争が起きて世界の平和が……」


「あーもう分かってるよ。ジョークだジョーク。ちょっとした勇者ジョークだ。色々と話聞いて、とりあえず今のお前がすげえ奴なのは分かっている。オレの力が、お前の役に立ったんならそれでいい。光栄だ」


「ゼロ……」


「それより、オレがあの時代に行かねえんなら、いったい誰が行く? そもそもこの世界の勇者って、オレじゃねえんなら誰の事だ?」


「ふっ……それは君が知っている人だ」


「オレが知っている人?」


「そもそも、君が持っていたあの勇者の力とは、どんなものだった? どんな色をしていた?」



 どんなものって……。

 確か、高熱の稲妻のようなもので、凄く禍々しい、紫色の光を帯びていて……ん? 


 紫色? 


 紫色の……光を帯びた雷……!?



『僕もわからないんだ。特に勉強をしたわけでもないし、同じ魔法を見たことすらないのに、どうしてか、生まれ時からあの魔法だけ使えるんだ……』



「……っ!?」



 オレの脳裏に、とある少年のセリフが蘇ってきた。

 そういやあ……アイツが出した魔法って!?


 あの魔法は!!?



「どうやら、気が付いたようだな。そう、彼だ」


「なんで……なんであいつが……?」


「彼は、かつて我が君の持つ勇者の力を移植した人物の子孫なんだ。だから、この時代の勇者とは彼の事だ」


「…………」



『クレアやクレアのお母さんを放っておいて、ここで黙ってご飯を食べるのは、何か違くないですか』






『僕を助けてくれたお礼、今度は赤い人にさせてください。僕がギルド警察を目指すかどうかは、その後に決めます』





『僕は、もっと強くなりたいです。あの魔法を操れるようになりたいし、もっと沢山出せるようにもなりたい』




『ありがとう二人とも。僕、本当に二人に会えてよかった』




『だ、大じょうびゅ』



『嬉しくなぁーーーーーい! 助けてぇー! クレアーーー! 赤い人ーーー!』


『ナン……デモナカッタデスヨ』



 オレの脳裏に、あいつの笑った顔が浮かび上がる。


 一生懸命だったあいつが。

 少し間抜けだったあいつが。

 優しかったあいつが。


 あの力で魔獣から一度オレを助けてくれたあいつが、オレの力を受け継いだこの

 時代の勇者か。



「我が言うのもなんだが、後半の回想、ちょっと悪意ないか?」



 悪意とかそんなの関係ねえ。

 アイツはそういうの全部ひっくるめてアイツだ。


 まあ、若干……騒がしかったが、忘れられない奴だった。


 そっか。アイツが……。



「ふっ……、そっか」


「嬉しそうだな」


「まあな……」



 ネルス、オレの力を受け継いでいてくれたのが、お前でよかったよ。



「……姉上の予知では、本当はあの時点で、ネルス君も、そしてミーナちゃんも魔獣の手によって死ぬはずだった。でも、君を解放したことでそれを阻止した」


 んな!? ネルスとミーナが死ぬはずだった!? 


 じゃあ、魔獣の襲来って本当に危なかったんだな。



「つーことは、オレの封印が解かれた理由ってのは……」


「そう。敵から彼を……ネルス君を守ってもらうためだ」


「そっか。なるほどな」



 確かにネルスの時はオレが魔獣に止めを刺した感じだったっけか。ネルスもまだあの力を制御できている様子ではなかったしな。あの場にオレがいなかったら、恐らく……。



「じゃあミーナの時はなんだ? まさかマージルの町にネルスがいたのか?」


「いや、彼女の時は少し事情が異なる。彼女に関してはネルス君とは全く関係がない。少なくとも今は」


「今?」


「生存したことで、彼女はいずれネルス君と接触する事になる。その時、彼女は君に代わってネルス君の命を守ることになる。それに、常に君がネルス君の傍にいれるとも限らないしね」


「なるほどな。ミーナはオレ以外でネルスを守るトリガーってことか」


「そうだ。君が彼を守る剣だとしたら、彼女は盾だ」



 オレが剣で、ミーナが盾か。


 確かにミーナの魔法は凄かったからな。あいつはきっとすごい魔法使いになる。あの炎の魔法を見た時にそう思った。ネルスを守ることになったとしても驚きはしねえな。



「そして、いよいよ最後の話だ」



 カネルは深く深呼吸をし、息を整えてそれについて口にし始める。



「世界滅亡を防ぐために、君の仲間の死という忌まわしき過去を改変する。それが我々の目的だ。そして君は無意識にそのカギとなるネルス君の死を未然に防いできたわけだ」


「ああ、そうなるな」



 世界滅亡を防ぐために、かつての仲間の死を改変する。そしてそのカギとなる人物、この時代の勇者ネルス。

 そのネルスの死を防ぐためにオレが封印から解き放たれた。それでオレはネルスやミーナを助け、カギとなるネルスを生かすことに成功してきた。

 

 そこまでは分かった。



「そしてその結果がさっそく反映され始めた。あり得ないものが存在する事実としてね」



 あり得ない存在。それは、本来存在するはずのないあの人。



「我々の足掻きが一つ一つの点となって繋がり始め、それが線となり、この世界に刻まれ始めた。その結果が、君も見た通り、塔でのソラの出現さ」


「…………」


「正直、で彼女が現れるのは予想していなかった。まだ過去の改変を行っていないし、何よりも生きる時代も世界線も違うからね」


「そういやあそうだな。オレ達が生きていたのは今から数百年前なんだろ?」


「ああ。だが彼女は現れた。過去から未来へ。それも、自分が生存した世界線から、生存しない世界線へだ。でも彼女はそれらの障害や垣根を全部超えてやってきた。そうとしか考えられない」



 カネルはそう言いながら顔を緩める。



「やっぱりソラは本当にすごい。まあ最も、彼女がやって来るタイミングが〝過去改変した後〟なら話は別だけどね」


「……?」



 カネルの言っていることは、難しくてオレの頭ではイマイチよく理解できないが、それよりも肝心なことをオレはまだ聞いていない。



「でも、あの人はオレの目の前で消えてしまった。それは一体どういうことだ?」



 あの人はオレの前で消えた。それはつまり死んだってことなんじゃ……?



「安心しな。そういうわけではない」


「本当か!?」


「ああ。そもそも本来、この世界の歴史は彼女が生存しなかったもの。そして彼女の戦死という事実は、我らがこれから生という事実に変えていくものだ。だが、君がネルス君達を助けたことで、少しずつ過去改変の事実へと近づき、その結果として彼女が一時的に出現できた」



 カネルはそのままこう続ける。



「消えたのは恐らく、まだ過去改変を行っていないから。我らが過去改変を行うまでは、ソラは世界から完全に認識されないからだ。でも、今は彼女が現れたという事実を喜ぼう」



 あの人が現れた事実……か。確かに、消える前までは凄い魔法でオレ達を助けてくれたし、何より触れたあの手はとても温かかった。心臓の鼓動も感じたし、生きているって思えた。



「とは言っても、彼女がやったそれは、普通に考えれば不可能に近い。でもそんなあり得ないことを可能にしてしまう。それが奇跡。我は本当に、彼女の力を甘く見すぎていた。ソラは紛れもなく生界の奇跡の力の所持者だ」


「なんだか、そこらへんは難しくてよく分かんねーけど……でも、消えたのは死んだってことではないんだな?」


「勿論。このまま順調にいけば、またどこかで彼女は現れるだろう」


「そっか……!」



 消えたあの人は死んでいない。それなら安心だ。



「じゃあ、あの人は助かるってことでいいのか?」


「それはこれからの君次第さ」


「オレ……次第?」


「さっき言った通り、まだ過去改変は行っていない。ネルス君が死ねば、それは無効になってしまう」


「…………」


「だから、君はこれからネルス君を探しに行くんだ。そして彼を守りつつ、我が住まうこの魔界の城まで連れてきてほしい。後は、我が彼を過去へと送り込み、彼女達4人の死は改変される」


「なるほど。つまり今度はネルスを連れてこい……って内容の命令か」


「ふっ、そういう事になるな」



 カネルはオレを見下ろしながら不敵に微笑む。ったく、それなら最初からはっきり言えってんだ。まどろっこしい言い回ししてないでよ。でも……



「わかったよ。ネルスを見つけてお前の元に連れてくる。んでもって絶対に死なせねえ。だからお前はその過去改変とやらの準備をしっかりしとけ」



 カネルのやつ、本当にすげえな。

 オレは封印されてもうとっくに諦めたってのに、カネルはこの数百年間必死に戦っていたんだな……。


 まだ、諦めていなかったんだな……。



「ゼロよ、言っておくが、我は世界滅亡を阻止するために行動しているわけで……」


「だったら、それはソラって人だけが助かればいいわけだよな。でも、お前は確かに言った。彼女の死は改変される……って」


「…………」


「滅亡の阻止ってのは建前で、本当はただ単に、あいつらを助けたいんじゃねえの?」


「世迷言を。我は魔王。魔界を守る王だ。全ては魔界を含んだ世界を守るため。くだらないことを言っていないで、さっさとネルス君を探しに戻れ」


「はは、そういう事にしといてやらぁ」



 オレはその場でゆっくりと立ち上がる。その瞬間、オレの身体はうっすらと消え始める。

 恐らく、もうじき元いた場所に戻るんだろうな。



「まあ、そうだな。……これだけは言っておく」



 カネルは咳ばらいをしつつ、声を若干つまらせながらも、オレにこう話す。



「君たちがいなくなって、正直退屈だった。君達の死をなかなか……受け入れられなかった。でも君は命を賭して、我ら姉弟や魔族。そして魔界の未来を守ってくれた。だから、我はその意思を継いだだけだ」



 カネルはそう言いながら右拳を前に出す。



「元仲間だったとはいえ、肩書はあくまで。でも、その二人がこうしてタッグを組むんだ。世界滅亡なんて、余裕で退けられるさ」


「カネル……」


「我らが手を組めば、不可能なんてない」


「はは、そうだな」



 オレも右拳を前に突き出し、カネルの拳にぶつける。身体こそは半分透けているが、今度は逆にすり抜けることもなく、しっかりとカネルの拳に触れることができた。



「それと、もう一つ」



 ん? 今度はなんだ?



「君が仲間の事をまだ思い出せないのは、それだけ仲間の死と、仲間との別れがショックだったという事だ」


「…………」


「でも君は時期に思い出すだろう。ソラを含めた仲間の事を。そしてそれは、君が今から助け出す、かけがえのないものだという事を忘れるな」


「ふっ、じゃなくて、だろ?」


「むっ……」


「思い出してやるし、それに助けるさ。絶対に」


「ふっ……当たり前だ」



 オレがそう微笑むと、カネルも再び微笑む。

 おっと、そういやあ、まだ聞きたいことがあるんだった。



「最後に一つ、いや、二つ聞いてもいいか?」


「我が魔王になった経緯や理由か? それは君がネルス君をここに連れてきたら教えてあげよう」


「ちっ、なんだそりゃ。教えてくれてもいいじゃねえか」


「もう一つはなんだ?」



 無視かよ!? ったく、まあ今言いたくないんならいいけどよ。


 ま、ぶっちゃけ今は、もう一つの方が気になるしな。



「もう一つは……他でもない、オレの他に生き残ったはずの、についてだ」


「…………」



 カネルは再び一息つくと、オレにそれについて話し始めた。

 そしてオレは身体が消えゆく最中で、カネルからそれを耳にした。







「赤い人~? 赤い人~~!?」


「目を覚ますワーン」



 ん……? ここは……?


 心配そうにオレの顔をのぞき込むメルノとロイ。その光景を見てオレは元いた塔の上に戻ってきたことに気が付く。



「ん……怠いな」



 長らく固い床の上で横になっていたからか、背中や腰が痛く、なんとなく身体が重い。


 辺りは既に明るくなり、日がオレ達を明るく照らす。どうやら、カネルと話をしている間に夜も開けたようだな。



「お!? 目を覚ましたね~!?」


「大丈夫だワン? 赤い人」



 上半身を起こすオレを囲うように、メルノとロイが心配そうに顔を覗き込む。



「ああ、問題ねえ。大丈夫だ」



 オレがそう答えると、二人はほっと胸を撫で下ろした。



「ねえねえ! 魔獣は~?」


「どこに行ったワン? いつの間にか消えているワン」



 二人はあたりを見渡しながら首を傾げる。



「魔獣なら倒したぞ」



 そう答えると、二人は目を丸くする。



「魔獣2体同時を相手取ったの!? アタシらなんてすぐに気を失っちゃったのに~!?」


「まあ……一応な」



 助っ人がいたことは、今はとりあえず二人には黙っておこう。今話したら余計に混乱を生むだけだしな。というか、この二人は身体大丈夫なのだろうか。



「赤い人凄いですワン! 凄いから炭酸ジュース下さいワン!」


「おいい! なんだよ、そのねだり方は!? 理不尽すぎんだろ!」


「えへへ、また褒められましたワン」


「いや、褒めてねえよ!」


「赤い人~、アタシ喉乾いたよ~。なんか奢ってよ~」


「おめえもかよ!」


「あはは~、褒められちゃった」


「褒められちゃったワン」


「だから褒めてねえよ!?」


 うん、大丈夫そうだな。いたって元気だ。元気すぎてうざいくらいだ。



「つーかメルノ、例の魔物は倒したんだが、それでよかったんだよな?」



 バロックから告げられた任務は、あの魔物を見つけることだった。それ自体は達成しているはずだ。何よりも、あの魔物は魔獣になっていたわけだし、倒しても問題はなかったとは思うが。



「うん。魔獣になっちゃったんなら仕方がないよ……」



 そうは言いつつも、メルノは少し寂し気に目を伏せる。

 メルノの魔物も魔獣になり、そして族長であるバロックの魔物も魔獣になった。魔物つかい的には、辛く思うのは無理もねえだろう。はあ、仕方がねえ。ここは人肌脱ぐか。



「わかったよ。この塔から降りたらなんか奢ってやる」



 マージルで封印から解かれた際に、ポケットの中にはある程度の軍資金が入っていた。大方、コレもカネルからの餞別だろう。

 あまり無駄使いはしたくはねえが、せめてこの二人が元気になるってんなら、致し方があるまい。



「本当に!? やった~~!」


「赤い人、ボクにも炭酸ジュース下さいワン!」


「ああ。お前も構わねえよ」


「やったワン! 嬉しいワン!!」



 メルノもロイもその場で飛んでは寝ながら笑みを浮かべる。奢ってもらうのが余程嬉しいんだろうな。



「あと、赤い人~? ロイの事なんだけどさ~」


「んあ?」


「記憶もないみたいだし、ここに置いてけぼりにするのもなんか悪いし、集落まで連れ帰った方がいいかな~?」



 ロイか……。そうだな。確かにこんな廃墟となった塔に、たった一人でおいておくのは気が引ける。ここは、少し距離があるとはいえ、それでもここから一番近くのメルノの集落まで連れ帰るのが賢明だろうな。



「その方がいいな」


「だよね~!?」


 オレとメルノは顔を見合わせると、そのまま同時にロイの方へと顔を向ける。



「つーわけでロイ、お前もそれでいいか?」


「一緒にいこ~? ロイ」


「本当だワン!? 嬉しいワン!!」



 オレ達がそう聞くと、ロイの顔はにっぱりと明るくなり、両ほっぺたが思いっきり上に上がる。その表情は、今までで見た中で一番明るいものに思えた。相当嬉しいんだろうな。



「んじゃ、もうこの塔には用はねえし、メルノの集落に戻るか」


「ハイですワン!」


 そうと決まれば、話は早え。とっととここからずらかるとするか。オレも腹が減ったしな。なんか食べたいところだ。



「あの、その前にちょっといいかな~……?」



 そしてここから去ろうと、出入り口へと向かうオレとロイをメルノは後ろから制止する。



「ん? どうした?」


「あの……さ……」


 メルノはもじもじと身体をくねらせ、手をこする。そして、オレとロイに向かって頭を下げる。



「ありがと! 二人が手伝ってくれたから、成人の儀もなんとか上手くいった! だから、本当にありがと~!」



 ああなんだ、何かと思えばそのことか。



「気にすんな。つか、あくまでもオレはお前の護衛。メルノが頑張ってここまで来て、なんとかバロックの魔物を見つけ出したんだ。成人の儀とやらが無事に終わったのは、メルノの夢に対する強い想いと、頑張りがあったからだろ」


「赤い人……」


「まあ、ここで話すのもアレだし、とりあえずここから出ようや。無事に集落に帰るまでが任務だろ」


「うん……。うん……! そうだね!」



 メルノはそう言うと、再び満面の笑みを浮かべる。



「でも、本当にありがとね! 赤い人!」



 赤い人…か。その呼び名も嫌いじゃねえが……。



「あー、あと……」



 でもやっぱり、ちゃんとこいつらにも話さねえとな。オレの名前の事は。



「ど~したの? 赤い人?」


「何かお話ですかワン?」


 メルノとロイの顔を交互に見渡し、オレはついに、二人にそのことを打ち明ける。




「赤い人じゃなくて、ゼロ。オレの名前はゼロだ」




 それを聞き、思わず目を丸くするメルノとロイ。



「えっ!? 思い出したの~!?」


「まあな」


「そっかそっか~!」


「ゼロ……いい名前だワン!」


「うん! かっこいい名前だね~!」



 二人はお互いに顔を見合わせ、そして少しニヤリといたずらな笑みを浮かべる。



「ゼロ! ゼロ~! ゼ~ロ~! ゼ~~ロ~~~!」


「ゼロさーん! ゼロさーーん! 炭酸下さいワン!」


「今まで名前呼べなかったからってここぞとばかりに名前連呼すんじゃねえ! あとロイ! 炭酸はもう少し待ってろっての!」


「えへへ、褒められた上に炭酸恵んでくれるワン! 嬉しいワン! ゼロさん優しいワン!」


「うん! かっこいいよ~ゼロ~! だからアタシにも沢山ご飯奢って~!」


「ゼロさん炭酸!」


「ゼロご飯!」


「うるせええええええ! わかったからとっとと塔から降りんぞ!!」


「「はーーい(だワン)」」



 オレの叫び声が辺り一面に広がっていく中、こうして久々に面と向かって名前を呼ばれるのが、結構嬉しかったのはオレだけの秘密だ……。

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