第21話 魔王カネル

 見たことのない広くてうす暗い部屋。数本のろうそくを灯してある火だけが唯一の灯り。そんな場所に気が付くとオレはいた。

 さっきまでの涙は無くなり、感情もどこかに消えていた。目の前に、見知った顔のそいつがいるからだろうか。


 正面には大きな椅子が一つ設置されていて、そこに金髪の男そいつが座り込んでいる。

 そいつは、黒くて大きなマントを身にまとい、頭からは2つの白い角が生え、耳の先は鋭くとがっている。


 その時点で、そいつはやはりただの人間ではないと、改めてわかった。



「ようこそ。我の玉座の間へ」



 両手を広げ、その男はニヤリと不敵に微笑む。



「君は実に優秀な駒だ。我の命令をすべてこなすとはな」


「…………」


「さあ、勇者よ、この調子でガンガン働け。そして我の手足となり、この世界を大きく変えようではないか。そして我は魔界に君臨する王、否、覇王としてその歴史に深く名を刻んで」


「うるせえええええええええええええええ!」



 話を聞かずに、オレはそいつに飛び掛かり、とりあえずこれまでの仕返しとして、そいつの顔面右を力いっぱい殴り飛ばす。



「ぐっはぁああああ……!」



 オレに殴り飛ばされ、椅子から転げ落ちるその男。そいつは急いで、殴られた顔面右に手を触れ、涙を浮かべながらオレを見上げる。



「酷い! まだ姉上にもぶたれたことがないのに! これが勇者のする事かー!?」



そうブーブー言っているが、そんなものオレには関係ない。



「うっせえええええ! 人を色んな場所に飛ばしたり、脳内に直接話しかけにきやがって! てめえは自分のクソみてえな親父をどうにかしろコノヤロー!」


「してるってのおおお! その結果が君だっての! 君が今ここにいる理由!」



 はぁ……と一息つき、そいつは叫び終えると、うっすらと微笑む。



「というか、我の事は思い出したようだな」


「ああ。お前が誰なのか、前からオレの脳内に直接語りかけてくるやつが誰なのか、今この瞬間はっきりと分かったし、思い出した」



 はあ……と、オレもため息をつき、そしてそいつの名前をはっきりと呼ぶ。



「カネル、いったいどういうつもりだ? なんでてめえが新しく魔王になっていやがる?」


 そう。目の前にいるこの人物。コイツはカネル。

 かつてオレが自分の命と共に封印した先代の魔王ドグナ。そいつの実子にして、元オレ達の仲間。魔王の子カネル。


 そして……。


「ふっ、思い出してくれて何よりだ。勇者ゼクロス。いや、ゼロさん」


 オレの正体はその魔王ドグナに戦いを挑んだ人間。いや、魔族の血も混ざったハーフ。

 人々からはこう言われていた。魔界の勇者ゼクロスと。でも、それは代名詞みたいなもんであって、本名はゼロ。



 オレはついに、自分の正体と名前を思い出したんだ。



「さん付けかよ。いいよもうさんは付けなくて。今だったらお前の方が年上だろ」


「確かにな。。我はもうその分だけ生きている」


「随分と長生きだな」


「我々魔族は長生きなのさ。君たち生族とは生きる年月が圧倒的に違う。この年でも、君らの年齢で換算すると三十代ってところさ」


「そーかい。でもどのみち、オレよりは年上だな」


「ふっ、そうなるね」


 でも、やっぱりそうか。この世界は……かつてオレが生きていた世界よりもずっとずっと後の世界。カネルの言っていることが事実なら、数百年後の世界ってことか。つまり、この世界は、オレ達が守り抜いた世界。


「君の容姿は、封印された時からまったくもって変わっていないな。老人になっていたらどうしようかと思ったよ」


 そう言って、カネルは軽く笑うと、そのままこう続ける。



「それで、聞きたいことがあるんだろう? 数々の任務をこなしてくれた報酬だ。可能な限り、それらを教えてあげよう」


「そうか、そいつは助かるわ。こちとらまだ謎が多すぎて軽く混乱しているんでな」


「そうだろうね。君がここに存在している理由に、我が下した命令。それに、死んだはずのかつての仲間、魔法使いソラの出現。君にとっては、気になる事だらけだろう」


「ああ。それ全部と、あと、お前が今魔王になっている理由も追加でな」



 以前にこいつはオレの脳内でこう言っていた。魔王カネルと。


 あの時は何のことかさっぱりだったが、今ならわかる。コイツが身に着けている黒いマント。これはオレが封印したコイツの父親、先代の魔王ドグナのものだ。自分の事を魔王と言い、それを身に着けているってんなら、合点がいく。



「では、話そうか。と言っても、大分最初の方からになるぞ。それと、長くなる」


「そーかい。んじゃ、楽な姿勢で聞くとすらぁ」


 カネルは再び玉座に座り、一息つく。オレも体を楽にするためにその場に座り込む。


 オレがここにいる理由。そして、死んだはずのあの女の人が現れた理由。それが分かるってんならどんだけなげえ話になろうが、聞かない理由はない。

 カネルはいよいよそれらに関して口を開く。


「君は思い出しているかもしれないが、数百年前、この世界に突然、天を覆いつくすほどの巨大な門が現れた。そしてそこから、世界が2つ存在することが判明した。一つは君たち生族が住む生界。そして、もう一つは我ら魔族が住む魔界」


「そん時の事は、オレもまだ生まれてねえからよくわからん。だがそうらしいな」



 生族に生界。それも久々に聞いたな。


 だが、確かに今この世界には魔物のほかに2種類の種族がいる。


 一つは、いわゆる生界と呼ばれる世界に住む、ネルスやミーナ達人間の生族。

 もう一つは生界の隣に存在した、生界とは異なる世界に存在する魔界。そこにおいての人間が魔族。


 そして、魔物はそのどちらにも存在する生物だ。


「今でこそ門の存在は視認できないが、当時は門を通じて、2つの世界に住む種族は互いを探り、最初は友好な関係を築いた。だが、それから十数年。我ら魔族の王。魔王ドグナは突如、生界への侵略を開始した」


「それで、生族と魔族の戦争が始まったんだっけか」


「そう。2つの種族はぶつかり合い、お互いに疲弊した。そして我が父、魔王ドグナは、生界に確実に勝利するため、あることを始めた」


「全魔族の魔力吸収……か」


「そう。あのクソ親父は、自分だけが確実に生き残り、そして生界を自ら攻め滅ぼすべく、自分以外の魔界に住む魔族の大半から魔力を吸収し始めた。クソ親父は手の付けられなくなるくらい強固になった。反対に、一般の魔族は、衰退の一途をたどった」


「…………」


「やがては門も消え去り、元の空の景色が戻った。実際には行き来こそ出来たものの、その現象自体は、もう互いの世界には行き来できないという大きな先入観を与えてしまった……」



当時の事を順序立てて話していくカネル。だが、当時の状況が状況だけに、その表情は曇っている。



「もう行き来できない。それは、他の世界に助けを求められないという事。そして独りでに衰退し、消衰し、絶望によって覆いつくされる魔族と魔界。そんな中だったな、君たちが生界から現れたのは」


「そん時だったか。オレ達が、魔王から逃げてきたガキ……お前ら姉弟と出会ったのは」


「ふっ、我の事は完全に思い出してくれているようだな。嬉しい限りだ」


「何度も何度も脳内に話しかけてきた影響かもな。ま、一応、お前ら二人の事だけは完全に思い出したよ」


「そうか。それは願ったりかなったりだよ」



 カネルは懐かしそうにそっと微笑むと、再び話を続ける。



「君たち6人の生族は、生界と魔界の争いを止めるため……いや、疲弊し衰弱していく我ら魔族を救うため、魔王ドグナに戦いを挑んだ。だが、魔王ドグナは強固になりすぎた。倒すのは無理だと判断し、君たちは魔王ドグナを封印することに決めた。そしてその勝敗の結果は君が知っている通りだ」


「…………」


は守れなかった。4人の大切な仲間を。そして、君は彼女らの死を受け入れられないまま、その命と共に魔王ドグナを封印した。この剣の中に」


 カネルは玉座の後ろからそれを取り出す。


 それは銀色に輝く刃に、紫色の光が柄の部分から剣先へと流れていく特殊な加工の剣。それはオレが魔王ドグナと戦った時に手にしていたもの。そして、オレと魔王を封印したもの。


 だが、なんでそれを今カネルが持っている?



「なんでそれを我が持っているかって?」


「んな……!?」



 カネルのやつ、まさかオレの心を読めて……。



「読めているよ。というか、君が意識を失っている間、君は無意識の中でも会話したじゃないか。我と」


「じゃあ、何か。カネルには人の心が読める力があるってのか?」


「いや、違うな。我にそんな力はない。でも我にはわかる。君の心が」



 んあ? いったいどういう事だ……?



「ふふ。どうしてだと思う? それが今、君が存在している理由につながるんだよ」


「なに?」


「そうだね……、じゃあちょっとこの剣を握ってみなよ」



 カネルに言われるがまま、オレはそっと立ち上がり、カネルが握っている剣に手を取……れない?



「おいおい、どういうことだ。オレの手が剣を透き通っていやがる」



 剣を持とうとしても、そこに何もないかのように、オレの手は剣をすり抜けてしまう。これはなんだ? 幻か何かか?



「ふっ、幻なのは剣じゃない。現に我はこうして剣を握れているではないか」


「それは……そうだけどよ」


「幻なのは剣じゃない。幻なのは……君だよ。ゼロ」


「……は?」



 カネルは衝撃の事実をオレに告げた。

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