第20話 刹那の再会

「なんだ……? いったい何が起こってやがる?」



 目の前のその光景に、俺は思わず目を疑う。

 オレ達を瀕死に追いやったドーゲスとか言う魔獣がボロボロになっているのもそうだが、何よりも……。



「いったい何が……起こったんだ……?」


「何って、あんたがボロボロになっていたから助けただけなんだけど?」


「いや、それは、そうだけどよ……」



 すんなりと返答を返すソラという名の女。

 オレが聞いているのはそういう事じゃねぇんだが。


 だが、オレが見たあの光景。あれは紛れもなくかつて本当に起きた事実。

 でも、目の前にあるその光景は、その事実を否定しているかのように、鮮明に映し出されている。



「治癒の魔法かけておいたから、安心しなさい」


「あ、ああ……」



 ついさっきまであった、腹や背中の激痛はすっかりなくなっていやがる。それどころか身体全体が身軽になったような感じさえする。

 その治癒魔法ってのはおそらくオレ達を覆っている緑色の半透明の結界か。だとしたら、オレだけでなくメルノやロイにもかかっているんだろうな。



「はぁ……。でも、、あんな魔獣にここまでやられちゃうなんてね」


「………」



 オレの事を詳しく知っているかのような口ぶり。間違いねえ。この人は偽物なんかじゃない。

 だとしたら何だ? いったいなんでこの人が今ここにいる?



「本当に、一体どうなっていやがる……」


「さっきからうっさい! 今は目の前の魔獣に集中!」


「あ、ああ。それもそうだな」



 身軽になった身体を起こし、オレはそのまま立ち上がる。オレは大丈夫だが、依然としてメルノやロイは眠ったまま。

 確かに、この人の言う通りだ。色々聞くのは後回し。今はメルノやロイを守らねえとな。



「……まさか、まだ仲間がいたとはな」



 左肩を抑え、苦しそうに顔を歪ませるドーゲス。そして、バロックの魔物は目を閉じ、倒れこんでいる。

 オレの意識がぶっ飛んでいる間に何があったのかはよく分からねえが、少なくとも、目の前にいる青空のような綺麗な髪の女の仕業だろう。



「恩に着るわ。正直あんたがいなかったら、たぶん死んでた」


「まったく、あんたは相変わらずなんだから。無茶は程々にしなさいよね」



 どの時代でも……か。ふっ、やっぱりそういう事か。

 じゃあ、この世界は……。

 でも、もしそうなら、目の前にいるこの人は……。



「な、なにジロジロ見てんのよ……」


「いや、なんでもねえ。ただただもう一度礼が言いたかっただけだ。サンキューな」



 そう言ってうっすら微笑むと、その人は恥ずかしそうに顔をうっすらと伏せ、少し頬を赤く染めた。



「ばっかじゃないの!? 礼とかそういうのは、その……後で、ゆっくりでいいから……」


「はは、なんじゃそりゃ」



 礼を言って馬鹿と言われたのはたぶん初めてだな。なんつーか、新鮮だ。


 ただ、なんだろうなこの感じ……。

 この人と話していると、胸のあたりが温かくなる。なんだか懐かしさと安心感を覚える。



「そんなことより、あんたもう動けるよね?」


「まあな」


「片方は負傷しているけど、まだ動ける状態。そしてもう片方は一時的に昏睡状態にさせた。でも、いつ目を覚ましてもおかしくないわ」


「なるほど」



 バロックの魔物が倒れているのは、眠っているからか。



「眠っている魔獣は私に任せて。だから、あんたは」


「もう片方を相手だな?」


「うん。向こうが二体なら、こっちも二人よ」


「そうだな。頼むわ」


「それから、あんたは結界から出たらすぐに……」


「……隙だらけだ」



 その人のセリフを遮るように、ドーゲスはいきなりオレ達の目の前に現れる。更に……。



「グォオオオオオオオオオオオオオ!」



 眠っていたバロックの魔物も目を覚まし、オレ達の方へと咆哮をあげる。



「……瞬間移動魔法。我にこれを使わせたこと、誇っていいぞ」


「なっ……!?」



 こいつ、そんな魔法を使えたのかよ……。



「……終わりだ、魔法使い」



 ドーゲスは左の大きな拳を大きく握り、オレではなくその人目掛けて、振り下ろす。

 だが……。



「私が魔力の気配に気が付かなかったとでも?」



 その人は既に右手を大きく上に掲げていて、ドーゲスの真下から巨大な氷が一瞬で現れる。



「馬鹿な!?」



 ドーゲスが拳を振り下ろす直前に真下から現れた氷が、ドーゲスの巨体を一気に包み込む。ドーゲスの身体は凍り付き、拳を振り下ろそうとしている態勢のまま硬直する。


 それを確認したその人は、上に掲げていた右手をそのままに、指だけ動かして、パチンという音を出す。その音に合わせて、上空から眩い光の稲妻が、一つの大きな爆発音とともに、オレの元へと降り注ぐ。



「今よ。私の魔法を吸収しなさい!」


「ああ!」



 その人の合図に合わせて、剣を上空へと掲げる。光り輝く稲妻はオレの剣に吸収されているかのように降り注ぎ、剣の中へと集っていく。



「はは、いい魔法だな! こいつは!」



 銀色無地だった剣は、光輝く稲妻をまとった黄金の色へと姿を変える。



「いっけええええええええ!」


「うぉおおおおおおおおお!」



 その人の魔法の力の重みをドーゲス目掛けて振り下ろす。光り輝く斬撃波が、凍り付かせている氷と共にドーゲスの巨体を簡単に引き裂く。同時に……。



「天空雷鳴-ソラボルト-!」



 その人は上に掲げていた右手を大きく振り下ろし、上空から爆発音を轟かせながら、光り輝く稲妻がバロックの魔物目掛けて一気に降り注ぐ。



「……ぐぉおおおおぁあああああああああ!」


「ギャァアアアアアアアアアアアアア……!」



 ドーゲスとバロックの魔物の悲鳴が同時に上がり、オレ達を襲っていた2体の魔獣は同時にその場に倒れこむ。


 バロックの魔物の身体は青白い光に包まれ、オレがマージルでメルノの魔物を倒した時と同じように、小さな粒子となって消滅していく。


 ドーゲスの方も、凍っていた氷は全て砕け散り、オレを圧倒した巨大な魔獣は石のように動かない。仰向けになっていることもあって、光り輝く斬撃波で、上半身にできた深い切り傷がオレ達の視界に入る。その様子はオレ達の勝利を物語っているようだった。



「……ククク。見事だ」



 だが、そいつはまだ死んだわけではなく、オレ達を突き刺すようにこう発する。



「……だが、所詮はこの程度……。我にはまだ……多くの同胞コマが……いる。所詮は……我を倒したところで……無駄……な事」



 苦しそうに呻きながらも、ドーゲスはこう続ける。



「……いずれ、我の仲間が……末裔を……。魔界の勇者の末裔を……始末する……だろう」


「魔界の勇者の末裔……だと!?」


「……ククク、恐怖するがいい……。貴様の……大事なお仲間が……無残に殺されることに……な。ククク……クククク……」


「…………」



 不気味な笑い声をあげながら、ドーゲスの身体も青白い光に包まれ、小さな粒子となって消滅していく。どうやら、オレ達はこの難関はなんとか退けたようだ。


 ドーゲスは完全に消滅し、戦った後だからか、静かな風の音だけが響き渡っていく。

 だが、一方でドーゲスのそのセリフは、オレの胸の奥に無数の霧を生み出していった。



「魔界の勇者の末裔……か」



 色々思うところはあるが、今はこの勝利をただただ喜ぶべきなのか……。奴の言葉の真意を探るべきなのか……。


 それとも……。



「ゼロ!」



 オレの名前を呼ぶ、あり得ない光景の元凶。目の前にいる例の女の人について考えるべきか。



「とりあえず、やったわね」



 オレのそんな考えなど知って知らずか、その人はうっすらとオレに微笑みかける。



「あ、ああ。まあな」



 つっても、殆どこの人のお陰だ。この人がいなかったらたぶん今ここにオレはいなかっただろう。そう、オレ達は助けられたんだ。目の前にいる、存在するはずのない人に。



「なあ、あんた……」



 敵は片付いた。これでゆっくり話せる。奴のセリフも気になるが、今はそれ以上に目の前に広がっている矛盾を明らかにしないと気が済まない。


 オレの記憶が正しければ、あの光景が真実なら、この人は……。



「あんた、いったい何者だ? なんでここにいる?」



 亡霊、なんて生易しいモノじゃない。いや、それはそれで困るが、そんなもので言い表せるものじゃない。

 この人の魔法でオレ達は助けられ、この人の助けで、オレは魔獣を退けることができた。紛れもなく、それは現実だ。虚無なんかじゃない。



「教えてくれ。なんであんたはここにいる? そもそも、なんでオレはここにいる?」



 あの光景を見て、ついにオレは思い出した。自分の正体を。


 でもそれなら尚更、オレは本来ここにいちゃいけないはずだ。

 ここに存在してはいけない人と、存在するはずのない人。

 かつて仲間だったらしいオレ達2人は、今こうしてここで顔を見合わせている。



「教えてくれ! オレ達は……なんでここにいる!?」


「…………」



 その人は無言でゆっくりと近寄り、オレの右手にそっと手を取り、両手でぎゅっと握る。

 そしてそのままオレの右手を、その人は自分の左胸にゆっくりと当て始めた。



「お、おい……!? 急に何を……」


「わかる? 私の心臓の鼓動。ちゃんと動いているでしょ?」


「…………」



 オレの右手を包み込むその人の温かい手。そして、右手から直接伝わってくる、その人の心臓の鼓動。

 自分の胸にオレの手を当てているからなのか、その人の鼓動は少し早い。

 早い……が、ドクン、ドクンという鼓動は、はっきりと伝わってくる。


 そしてその情報は、その人がしっかりとそこにいる、生きているという事を表していた。



「ゼロは確かにここにいる。そして、私も確かにここにいる。



 頬を赤く染めながらも、その人はオレの目を見てこう続ける。



「ゼロが記憶ないのは薄々勘づいていた。そして、私の事を覚えていないのも知っていた」


「なんでそれを知っている? 本当にあんた、いったい……」


「ごめん、今は何も言えない。でもはっきり言わせて。これだけは絶対に約束するから」



 その人は、オレの右手を左胸から放し、代わりに右手を今まで以上にぎゅっと握りしめる。その仕草は、その人の決意をそのまま示しているようだった。



「私は……いや、は絶対に死なない。あなた達が諦めない限り、絶対に死なない!」


「なっ……」


「そして、あなたは必ず助ける。助けて、皆の元にきっと帰すから」


「……っ!?」



 真っ直ぐな目に、真剣な表情。両手でオレの右手を強く握るこの仕草。それはとても温かくて、綺麗で、そしてどことなく懐かしい。

 どうしてか分からないが、オレの心臓は大きく大きく高鳴っていた。



「オレを助けるってお前、いったい何をしようと……」


「ゼロ……」


「……っ!?」



 そして、オレの名を呼ぶその人の声はどことなく震え、新たにその人が浮かべるその表情に、オレは思わず目を見開く。



「何があっても……諦めないで。あんたは……私たちみんなの勇者。この世界の、ゼロの大切な人達を……守ってあげて……」



 その人は目から雫を一つこぼし、その雫はゆっくりと地面に落ちる。その瞬間、その人の姿は温かい光に包まれ、粒子となって消えていく。



「おい……? お前!?」


「いつかきっと……また、会えるといいな……」


「……っ」



 右手を強く握っていた温かい感触は無くなり、震わせていたその声も聞こえなくなる。

 目の前にいたはずのその人は、まるで初めからいなかったかのように、その場から消えていなくなった。



 そして再び、辺りは静寂に包まれ、自分が激しく呼吸をする音が耳に入る。



「…………」



 なんでだ? なんでなんだ……?



 なんであの人は……あんなに寂しそうな表情をしていた!?




 なんでオレは、あの人の事をまだ思い出せていない!?





 なんで……なんで……。







「なんで……オレも涙が出てくるんだ……!」








 もっと何か言わなきゃいけないことがあった気がした。


 もっと何か話さなければならないことがあった気がした。


 なのにオレは、何も言ってあげられなかった。最後まで、あの人の事を思い出せなかった。何より……。



「なんで……オレだけ生きてんだよ……! 意味わかんねーよ……!」



 オレは守れなかった。あの人を。そして他の3人の事も。


 ……4人の大切な仲間を、オレは守れなかった。それだけは確かに覚えている。


 守れなかった。それは覚えているのに、そいつらの事を思い出せない。それどころか、オレだけがこうして今も生きている。息をしている。存在している。

 今はそれらが悔しくて悔しくてたまらない。



「オレに……どうしろってんだよ……」



 オレはその場に座り込み、ゆっくりと顔を伏せる。

 目から溢れる涙が、地面に落ちていく。


 ……その瞬間だった。



『どうしろだと? ふっ、決まっている』


「……っ!?」


『さあ、準備は整った。君を我の元へと誘おう』



 再び頭の中に直接響き渡るその男の声。その声を聞いた瞬間、視界が再び真っ暗になり、意識を無理やり抜き取られていく。


 座り込んでいたオレの身体はその場に倒れこみ、オレは再び意識を失った。

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