第18話 魔物!? その名はロイ

「いやぁ~~本当に助かったワン」


「あ、ああ、それならよかったけどよ……」


「あははは~……」



 炭酸飲料水を両手で抱えるようにして飲み干し、ニッコリと満面の笑みを見せるその子供を見て、オレもメルノも思わず苦笑してしまう。


 唐突に炭酸飲料水を要求されたオレは、当然ながらそんなもの持っているわけもなく、どうしたものかと悩んでいる最中、メルノが唐突に右腕を掲げ、バロック族長の時と同じように魔物をこの場に呼び出した。


 その魔物は大きな翼をもった鳥のような魔物で、メルノはその魔物に炭酸飲料水を買ってくるように頼んだ。

 そいつは空を飛べるわけで、移動力が高いが故に呼び出されたんだろうが、その魔物は翼を広げて即座に飛び去って行く際、どうしても腑に落ちなさそうな、微妙な表情が本当に何とも言えなかったな……。


 それで、その魔物が買ってきてくれた炭酸飲料水をこの子供に飲ませて今に至る。



「ありがとうね~、お使いお疲れ~!」



 メルノにそう言われ、鳥の魔物は目を点にしながら光に包まれ消えていった。

 きっと元いた場所に戻ったんだろうが、こういう理由で呼び出された事に関しては、本当にお疲れと言いたいな。



「いやぁ、でもあのままだと、炭酸が切れて死んでしまうところでしたワン」



 そんな中で、その子供はそう口を開く。



「炭酸が切れる?」


「はい。ボクって炭酸依存症なんですワン。定期的に炭酸摂取しないとイライラしすぎて死んじゃう(正確には死にはしないけど我慢できなくてあたふたしてもがいてしまう)んですワン」


「なんだその定期的にニコチン摂取しないと死んでしまうみたいな言い草は!?」


「えへへ、照れますワン」


「い、いや褒めてねえよ」



 んだよ、ただの炭酸ジュース好きの子供か。でもなんか、よく掴めないガキだなあオイ。

 でもまあ、とりあえずここで倒れていて、その状態で無事だっただけでも良しとするか。



「いやぁ、助けを求めて正解でしたワン」


「ん? 何?」



 助けを求めるってそれ、もしかしてよ……。



「タスケテ~タスケテ~って言っていたの、もしかしてお前が?」


「ハイ~。おかげでお二方が炭酸持ってきてくれましたワン。本当に感謝ですワン」


「お、おう……そりゃよかったぜ」



 何だよ、てっきりもっと別の……ユウレイ的な奴かと思っちまったじゃねえか。い、嫌別に怖くはねえけどよ。

 まあ、正体が分かっただけ良かったぜ。いや、マジで……。



「つーかよ、なんでこんなところに?」



 メルノの話だと、ここは廃墟となっていたはず。それなのにこんなところで、一人ぶっ倒れていたのは色々と不自然だ。



「んーっと、実は分からないんだワン」


「んあ? 分からない?」


「つい昨日、気が付いたらボクはここにいたんだワン。それで、ボクは名前と自分が炭酸依存症だという事以外思い出せなんだワン」


「んな……」



 おいおい、なんかどこかで聞いたことのある話だなこりゃ。まるでオレじゃねえか。


「って、炭酸依存症なのは覚えてるんだ~……」


「えへへ、褒められましたワン」


「いや、褒めてないよ~!?」


「んーっと、何? もしかして記憶喪失って最近流行ってんの?」


「いやいや、んなアホな~」



 まあ偶然だとは思うが、こうも記憶がないやつが出てくるとやはり同じ境遇の身としては気になってしまう。



「ワン? 赤い髪の人も記憶がないんだワン?」


「まあな。自分の事とか何も思い出せねえんだ」


「ワン~。それは大変だワン。可哀想だワン」


「いや、お前もな」


「えへへ、また褒められて嬉しいですワン」


「だから褒めてねえよ!?」



 まったく、なんかおかしな子供だな。言動と言い、服装と言い。



「そういえば君~、なんか語尾にワンってつけたり、犬の魔物のような着ぐるみ……みたいなパーカー来てるけど、もしかして魔物のコスプレか何かかな?」



 そう、メルノの言う通り、この子供は見た目は目も大きく、色白で、髪も若干眺めで、中世的な顔立ちをしてはいるが、服装は犬の魔物のような顔が描かれた帽子が付いている衣服を身に着けている。

 全身もそのパーカーの色に合わせて白に近い灰色で統一しているし、なんかの魔物の真似でもしているのか?



「コスプレじゃないワン。ボクは魔物だワン」



 と、思っていたオレ達の予想を、この子供ははるかに超えていきやがった。



「いやいや、君魔物じゃないでしょ。どう見ても普通の人間の子供~……」


「人間じゃないワン。ボクはれっきとした魔物だワン」



 あくまでもそう言い張る人の姿をした子供。ここまでそう言うってことは、もしかしてこんな魔物もいるんじゃねえか?



「メルノ、コイツは魔物じゃねえのか?」


「い、いやいや、赤い人も魔物見たでしょ? もっと毛むくじゃらだったり、牙があったり、とにかく魔物はもっと人とは異なる姿をしているわけで~……」


「だから人じゃないワン。ボクは由緒正しき魔物なんだワン!」



 魔物魔物と自分で言い張る目の前のちびっ子。オレの目から見てもこいつはどう考えても魔物というよりは魔物っぽい帽子を被っただけの子供だが、ここまで言うんならもしかしたら、もしかしたりするのかもな。



「あ~、もう分かったよ。それなら……」



 メルノは再び右腕を上に構え、オレ達にそれを見せる。メルノの右腕にも、バロックと同じように大きな翼を広げる鳥のような模様が刻まれている。



「君に右腕を近づけて、模様が青色に光ったら、君は魔物確定。だからちょっと試してみるね」



 あの腕の模様はそんな効果もあるのな。本当に、魔物つかいって色々すげえな。



「いっくよ~?」



 メルノは右腕をその子供に近づける。すると、その模様は青く光り始める。



「え~!? ってことは、君、本当に魔物!?」


「マジか……」


「えっへん! ボクは嘘はつかないんだワン」



 おいおい、じゃあ何か。やっぱりこういう人間みたいな魔物もいるってことか?



「た、確かに言葉を発したり、人型のような魔物もいると言えばいるけど、君みたいに本当に人と同じ姿のは初めてだよ!? さすがにびっくり!」



 そうは言っているが、目の前のその事実にメルノは嬉しそうに笑い、目は思いっきり光り輝やかせている。本当に、メルノは魔物が好きなんだろうな。


 ん? 待てよ……魔物?



「つーことは、コイツがバロック族長の魔物か?」


「いや、バロック族長が言っていた魔物はもっと違うやつだね~。この子ではないよ」


「そうなのか」


「だから、その魔物はもっと別の……」



 メルノは上を見上げてこう続ける。



「恐らくもっと上のところにいるんじゃないかな。ここの階は広い空間があるだけで何も見当たらないし」


「そっか……」



 んじゃ、ここの塔を登って行かなきゃならねえんだな。



「お二方とも何の話をしているワン?」



 魔物と判明した見た目はただのちびっ子のそいつが、目を点にしながらそう聞いてくる。

 そう言えばこの魔物って、要はオレ達がここに来る前もここにいたってことなんだよな。だったら……。



「実はよ……」



 オレとメルノは事情を話し、ここの塔に他に魔物が来なかったかを尋ねてみる。



「来たワン」


「お!? やっぱり!? どんな魔物だったかな?」


「うーんと、おっきくて鋭い目つきの4つ足竜だったワン」


「お、それそれ! それがアタシ達のターゲットだよ~」


「そうなのか」



 つーことは、そいつを見つけて連れ戻せば任務は終わりなわけだな。なんというか、この塔に入るまではどうなるかと思っていだが、案外早く終わりそうだな。



「どこに行ったか分かるかな?」


「勿論ですワン」



 目の前にいるちびっ子……もとい、魔物は天井を指さす。



「この塔の上に登っていったワン」


「塔の上か~。という事は屋上だね」


「ん? 2階とか3階とかはねえのか?」


「うん。ここの塔は本当にただの観光スポットだったから、あるのはアタシらがいるこの階層と、屋上だけ。基本的には屋上で辺りを見渡すものだからね」



 なるほどな。それなら、屋上まで行けばいいわけだ。



「ちなみに君は屋上に行ったりとかはしてないの~?」


「その魔物が屋上に登っていった時に、気になったから付いていこうとしたワン。でも……」


「でも~?」


「ついていこうとした瞬間に、体中の炭酸エネルギーが切れて……」



 そうか。それでさっきの件に至るってことか。



「あー……ははは。そうなんだ~……」


「だから行ってないワン」


「そーかい。ま、そういう事なら仕方ねえな」



 オレはチラリと上を見上げる。この階層の右端から階段が螺旋状になっていて、それがずっと続いているようだった。その合間に別の階層があるようにも見えない。どうやら、メルノが言っていたように、ここの塔はこの階層と屋上しかないみたいだな。登っていくのは少し大変そうだが、仕方がねえ。



「んじゃ、メルノ、とっとと屋上に行くとしようや。例の魔物がいるんだろ?」


「うん。そうだね!」


「二人とも上に行くんだワン?」


「ああ、そのつもりだが?」



 オレがそう答えると、目の前にいる子供もとい魔物は、まっすぐな視線でオレ達の目を見上げてこう言った。



「ボクも連れて行ってくださいワン」


「んあ!?」



 その発言に、オレとメルノは思わず顔を見合わせる。まあ、連れていくのは構わないっちゃ構わないが……。



「二人はボクに炭酸をくれたワン。命の恩人だワン。ボクにもお手伝いさせて下さいワン」


「いや、アタシはいいけど~。赤い人は?」


「まあオレも構わねえけどよ」


「というか、こんな薄暗いところで一人でいるのは嫌だワン! お願いだから連れて行ってくださいワン! そしてまた炭酸下さいワン!」


「おもっくそ目的が最後のやつじゃねえか!?」


「えへへー、今日は沢山褒められて嬉しいワン」


「だから褒めてねえよ!」


「あ……はははは」



 まあ確かに、ここに一人で置いておくのはこちらとしても気が引ける。記憶がねえってんなら尚更な。



「わーったよ。じゃあ、お前も来い」


「本当だワン!?」


「ああ」



 オレがそう答えると、そいつは嬉しそうにニパアっと目を丸くし、両方の頬っぺたが上に上がる。



「よろしくね~! えーっと……」



 メルノは言葉を詰まらせながら、そいつの事を眺める。ああ、そういやあ名前聞いてなかったな。



「名前、なんて言うんだ?」


「ボクですかワン? よくぞ聞いてくれましたワン」



 その魔物は得意げに胸を突き出し、オレ達にこう言った。



「ボクの名前はロイ! よろしくですワン!」


「ロイか~。うん、いい名前だね!」


「んじゃ、よろしくな。ロイ」


「はいですワン!」



 人も魔物も寝静まっているであろう夜更け。目指すはこの塔の屋上。

 オレとメルノの一行に一人……いや、一匹仲間が加わった。

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