第17話 メルノの頼み
族長バロックの家を後にし、オレはメルノに連れられて外に出る。
「ったく、勝手に決めやがって」
「あはは~。ごめんごめん」
メルノは一度、軽く頭を下げそしてこう続ける。
「でも、君が一緒に来てくれるんなら、本当に心強いよ」
「んあ?」
心強いって……。オレがか?
「なあ、なんでオレだ? 護衛連れていくんなら他の……例えばギルド警察のやつとかでもよかったろ?」
「あ~、まあ確かに、行方不明事件が絡んでいる以上、普通はそう思うよね……」
「まあな」
正直、オレとしては今すぐギルド警察ディーフの……エレカのところに向かいてえのが本音だ。
色々と聞きそびれちまったからな。クレアの事とか。
それに、自分の正体も分からなかったし、それについても色々と相談してみたいところだ。
メルノには悪いが、そんな護衛になんて行ってる場合じゃないってのが本心。
だが……。
「あ、あのさ! 君、だよね!? アタシの魔物を倒してくれたの」
「…………」
まあ、オレにも一つ、メルノのいう事を聞く責任がある。
そして、まるでそれを知っていると言わんばかりに、メルノは真っ直ぐにオレの目をじっと見上げてくる。その表情は、さっきまでの、笑ったり、あたふたするものとは一変して、真剣な表情そのものだった。
「なんでわかった?」
そう、メルノの言う通り、オレはメルノの仲間の魔物を、いや、魔獣を一体倒している。ミーナと出会った日、マージルの町を襲っていた蛇のような魔獣。あれを倒したのはオレだ。
「匂い、したんだ。君の持っている剣から」
「匂い?」
「うん。行方不明になっていたアタシの魔物の匂い」
「…………」
なんていえばいいのか分からなかったし、黙ったままでいようかと思っていた。でも、まさかこんな形でバレてしまうとはな。
にしても、匂い……か。
「行方不明になったアタシの魔物ね、自慢になっちゃうかもだけど、本当はすっごく強いの。何回か魔獣と出くわすことがあったんだけど、あの子のおかげで何とかなったから。何度も何度も、あの子に助けてもらったから」
「そっか……」
「だからね、そんなあの子を倒した君は、たぶん強い。そう思って、護衛をお願いしたんだ」
なるほどな。それで、ギルド警察ではなくオレを……。
「でも、いいのか? オレは、お前にとっては仇ってやつだぞ」
オレが倒したあの魔獣。魔獣といえど、元々はメルノの仲間だった魔物。それを倒したオレは、メルノにとっては仇だ。それでも、メルノは本当にいいのか……?
「仇、かぁ。あはは……まあ、そうなっちゃうよね」
メルノは軽く微笑んでこう続ける。
「でも、あの子は行方不明になって、そしてそのまま【ビースト化】して、魔獣になっちゃった。町を襲うようになっちゃった。だから、仕方がないよ……」
「メルノ……って、お、おい!?」
目の前で、メルノはオレに深々と頭を下げる。
「あの子を倒してくれて……ありがとう。魔獣になって、理性を失って、苦しんでいたあの子を救ってくれて、ありがとう……」
「…………」
メルノの声は、どことなく擦れている。
メルノにとっては、あの魔獣は元々仲間だった。それをオレは、仕方がなかったとはいえ倒した。
だが、そんなオレにこいつは頭を下げている。声を擦れさせてまで。
「頭、上げろ。メルノ」
オレがそう言うと、メルノは頭をそっとあげる。そして、それに合わせるように、今度はオレがそれをやった。
「すまねえな……。本当にすまねえ」
オレにはメルノに謝罪をする義務がある。声を擦れさせるほどの出来事だってのに、それをオレは何も伝えようとせずに、立ち去ろうとした。
オレは……勝手な奴だ。最低だ。
「もっと、早くに言うべきだった。本当に悪かった」
「赤い人……」
メルノはそんなオレの頭に手をポンっと乗せる。
「赤い人は気にしなくていいよ。君が謝る事じゃない。だから、頭上げて」
「…………」
メルノに言われるまま、オレはそっと顔をあげる。そこには、軽く目から雫を流しながらも、明るく微笑むメルノの姿があった。
「あはは……なんだか、辛気臭くなっちゃったね」
「いや、でもオレは」
「悪いのは、魔物を魔獣化させてしまう【何か】だよ。赤い人のせいじゃない」
そう言って、メルノは一度ため息をつき、再びこう続ける。
「アタシね、知りたいんだ。どうしてこの世界に魔獣なんてものが存在するのか。どうして魔物が魔獣になってしまうのか。知りたい。そして原因を突き止めて、できれば、治したい。魔獣を魔物に戻す方法を、アタシは知りたい」
「魔獣を魔物に……か」
「今は無理かもしれない。魔獣は見境なく人や街を襲うし、そうなったら倒すしかない。それに関しては同感。でも、いつか魔獣を魔物に……元の正常な姿に戻して、人と魔物とが平和に暮らせる、そんな世界をアタシは見たい。それが、アタシの夢だから」
「夢……」
そっか。
メルノも持っているのか。自分の追いかける夢を。ネルスやクレア、ミーナと同じように、追い求めるべき夢を。
「そのために、アタシはここの集落の成人の儀を終えて、認められて、外の世界を回りたいんだ。魔獣になった魔物を、元に戻してあげられる方法を見つけるために」
「なるほどな。それで、成人の儀を」
「うん。ここの集落の掟でさ、16歳を超えたら、成人の儀を受けることができて、それを終えてようやく成人って認められるんだ~。成人になれば、この集落から自由に外の世界に出られる。だから、アタシは早く成人になりたい。犠牲になった、あの子のためにもね」
「そっか。そういう事だったんだな」
ただただ元気なだけの勝手な奴って思っていたが、メルノはメルノでしっかりと、色々考えていたんだな。そっかそっか……。
「しゃーねーな。そういう事なら、尚更断れねえな」
オレはメルノの頭に一度手をポンっと置き、そのまま歩き出す。
「ふぇ……?」
「とっとと成人の儀を終わらせて、お前を外に連れ出してやんよ。例の魔物を倒してしまった贖罪も兼ねてな」
「赤い人……!」
オレの用事はその後で構わない。今一番優先すべきは、その行方不明になっている族長の魔物を探し出して、メルノを手伝う事だな。
「待ってよ赤い人~~!」
メルノはそう言いながら、オレの隣へと駆け寄る。
「サンキューね! 赤い人! そんで、よろしくお願いしまっす!」
「ああ。まあ、サクッと終わらせようや」
「うんっ!」
擦れた声を出していたさっきのメルノの姿はそこにはなく、代わりに、夢を追いかける人の少女の笑顔がそこにあった。
目指すは族長バロックの魔物がいるらしい、廃墟と言われていた塔。
オレとメルノは共にそこへと向かった。
「ここが……噂の廃墟の塔か」
メルノと共に集落を出て約1時間半。
オレとメルノはついにそこへとたどり着く。
外はすっかり暗くなり、太陽は完全に地に沈んでいる。外は闇に包まれ、そしてソラに浮かんで見えるはずの星々は、雲によって遮られていた。
そういうのもあってか、周囲は完全に真っ暗な状態だ。その中で、目の前にあるその廃墟となった塔は不気味に聳え立っている。
「噂なんだけどね、実はね……ここ、出るみたいなんだよね~……」
少し声を震わせながら、メルノは突然オレにそう言ってくる。
「出る? 出るって何が?」
「き、決まってんじゃん……。ユ、ユウレイ」
「なっ……」
なんだ、そのワードを聞いた瞬間、なんか、足が突然……。
「そ、そのユウレイってあの、アレか? 死んだ人が化けて出る感じの……」
「そうそう、アレ。死んだ人が成仏できなくて、他の人間も連れていこうと潜んでいるアレだよ~」
「そうかそうか、アレか……」
「うんうん、ソレだよ~……」
「………」
何故だ、なぜかさっきから足の震えが止まらない。
ま、まさかオレ、ひょっとしてオレ……ユウレイってやつが苦手なのか?
「め、メルノくん、ちょっといい……?」
「なんでしょう赤い人~……」
「ここの塔って元々は何だったわけ?」
「もともとは周辺の町並み……例えば、テンドールとかマージルを観察するための観光施設だったらしいよ~。今はこんな感じだけど」
「そ、そうなんだー。んで、なんで廃墟になってんの?」
「それはまあ、アレですよ~……。事故があったらしくて、人死にが出て、そこからなんか連鎖するように、良くないことが次々に起こったとか、そうじゃないとか。それが続いて廃墟になったみたいですはい~……」
「そ、そっか……」
「はい~……」
「…………」
やっべえよ、超入りたくねえよ。
なんでこういう時に限って外真っ暗なんだ?
なんで星一つ見えねーんだ?
なんで塔の入り口に変な札張ってあるんだ?
なんで塔の入り口に赤文字で「入るなキケン」って書いてあるんだ?
なんで塔の入り口に塩が撒かれているんだ?
なんだってこんなところに族長の魔物がいるんだ?
ああ、くそう、意味わかんねーよ!
「と、とりあえず、赤い人~……。先入ってもらっても~……」
「いやいやいや、ここはやっぱり成人の儀を受けているわけだしメルノから」
「いやいやいや、ここはやっぱり男の人から~」
「いやいやいや、レディファーストって言葉オレ知っているしメルノちゃん先どうぞ」
「あはははは~……」
「はははは……」
やべえ、全然笑えねえ……。正直こんな真っ暗な中でそのユ、ユウレイだっけ? そんなのがいるところに入りたくねえ。超帰りてえ。いや、帰る家なんてそもそもねえんだけど。
って、自分で思っていてなんか悲しくなってきた。まあ、そういうのもくるめて、何かと思い出したいところなんだけどよ。
「はぁ、仕方がねえ。腹くくるか」
「おっ! さすがは男子! 頼りにな」
「二人で一気に入るぞ」
「ええ~!?」
メルノがブーブーと文句を言いながらオレの背中をつんつんつついてくるが、そんなもん関係ねえ。こんな危なっかしいところ、一人で最初に足を踏み入れたくねえ。
い、いや、別に怖くぁねえけどよ……。
これはその……あぶねえから。
そう、あぶねえからここは二人でだな。
別に怖いわけじゃないんだけど、一応な? 一応。
「うーっし、行くぞメルノ」
「ほ~~い……」
お札が張られた入り口を診て見ぬふりをし、入るなキケンと書かれた文字をスルーする。そして、その入り口の前までオレとメルノは歩幅を合わせて向かう。
「んじゃ、は、入るぞ」
「う、うん……」
塔の入り口の扉一面に大量に張られた意味深なお札は、目を閉じることで視界からシャットアウトする。その状態で、オレとメルノは一緒にその塔の扉を押し開く。
軋むような音を立てながらも、その扉はゆっくりと開かれる。
そして……
「タスケテ……タスケテ……」
そんなかすれた声が、塔の中に足を踏み入れた瞬間、オレとメルノの耳に入り込んできた。
「「ぎゃぁあああああああああああああああ!!」」
その声を聞き、オレ達は一目散で塔の入り口から一気に後ずさる。
「な、なんだよ……なんなんだよアレぇえええ!?」
「き、聞こえたよね~!? なんか、変な声が……」
あまりにも突然の出来事に、オレとメルノは思わず顔を見合わせる。
「も、もしかして本当にユ、ユウレイが~……?」
「なっ……」
そ、そんな馬鹿な、そんなわけ……。
「タスケテ、タスケテって聞こえたよね? 絶対聞こえたよね~?」
「聞こえた……。認めたくないけど聞こえたな……」
「やばいよ! 絶対ここやばいって~……!」
頭を抱え、その場でじたばたと足踏みをするメルノ。だが、そうしたい気持ちは十分にわかる。あの族長、とんでもねえ難題を課してきやがって。こんなの無理ゲーじゃねえか。
「仕方がねえ、メルノ、ここは一旦集落に戻って体制を立て直そうや。事態が事態だからな。仕方がねえ」
そもそも魔物の行方不明事件に絡んでいる以上、ここはやはりギルド警察に任せるのが妥当じゃねえか。
そうだよ、無理にオレ達がこなす必要はねえ。
「こういうのは、エレカとかにも相談した方がいいって。だから、ここは一度戻って」
「う~……そうしたい。そうしたいけど……ダメ。それは絶対ダメ」
「メルノ?」
メルノはじたばたするのを止め、少し足を震わせながらもオレにこう語りかける。
「族長と約束したから。ここで族長の魔物を見つけられたら、成人として認めてくれるって。アタシ、一刻も早く成人になって、集落の外に出て、世界中を回って、魔物が魔獣になってしまう原因を突き止めたい。魔物を、守りたいんだ。だから……」
メルノは再び塔の入り口へと目を送る。
「アタシ、が、頑張るよ。頑張ってあの塔の中に入るよ」
そういった時のメルノは、足こそは震わせていたが、目だけは真っ直ぐ塔の入り口よりももっと先の……未来を見据えているようで、その表情は真剣そのものだ。
「……そーかい」
そっか、決心固いんだな。それに比べてオレは撤退しようとしちまった。本当に情けねえや。体や見た目こそはまだ16歳程度のそれだが、中身……信念だけは立派だな。オレも見習いたいくれえだ。
「なら、オレも行くぜ。一応、お前の護衛だからな」
メルノにチラリと目を向けると、メルノは嬉しそうにニッコリと微笑む。
「サンキューね、赤い人。よろしく頼むよ~」
「ああ。今度は一気に行くぞ。こうなりゃ、勢いだ。勢いで中に入ってそのまま突っ切るぞ」
「そ~だね。そっちの方が、怖くない」
「一緒に一気に行けば、怖かねえ。そのはずだ」
「うん!」
オレとメルノは再び塔の入り口へと身体を向け、そして無言でその入り口に近づく。入り口は愛も変わらず変なお札でいっぱいだったが、今度はそれを気に掛けることもなく、二人で同時にその扉を開き……。
「「わぁあああああああああ」」
気を紛らわすために、そう叫びながら、オレ達はその塔の中へと入っていった。
でも、入り口から数メートルほど進んだところで、オレとメルノは思わず足を止める。
「え……?」
「な……に?」
オレとメルノの視界に入ってきたとあるもの。それがオレ達の足を思わず制止させた。
視界に入っているのは、だだっ広い空間の中で倒れこんでいる一人の子供の姿。その存在が、オレ達の行く手を思わず阻む。
「子供が倒れてる……ね?」
「そーだな……」
見た感じは十歳くらいの……まあ、ネルスと同じくらいの男の子供。でも、男にしては、生えている黒い髪も若干長く、少し愛くるしい顔をしていて、遠目から見れば女子と思われるかもしれない。そんな子が、この空間で一人で倒れている。
怪しい。廃墟となったこの塔の中で、こんな子供が倒れているのは明らかに怪しい。頭では確かにそう理解している。でも……
「おい、しっかりしろ。おい!」
オレの身体は頭で思っていた事とは裏腹に、気が付けばその子供を抱きかかえていた。
体温はまだ温かい。そして、息もかすかにある。生きているのは間違いねえ。
「おい、大丈夫か!? しっかりしやがれ!?」
「う、うーーん……」
そう呼びかけると、その子供は眉間にしわを寄せ、目をうっすらと開ける。
「気が付いたか! 大丈夫か!?」
「よかった~、なんとか生きて言るっぽいね」
目を開けたその子供をみて安心したオレたちは思わずホット息を降ろし、顔を見合わせる。そして、すぐにその子供に目線を戻す。
「おい、一体何があった?」
「う……うーん……」
その子供は、何かを言おうと右手を上へと突きだす。
そして……。
「サ、サイダーが……。シュワっとはじけるようなサイダーが飲みたい……ワン」
「「…………」」
突然のその要求に、オレとメルノは呆然とした。
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