第16話 魔物つかいの集落
「…………」
オレは牢屋を後にし、エレカから荷物と剣を手渡され、そのままオレとメルノはエレカに連れられていく。
向かう場所はどうやら玉座の間らしい。そう、この国の王様のいる場所だ。
「オレをここに連れてきた理由はなんだ?」
「それは、玉座の間に行ったらわかるよ」
「つーか、特に何も悪いことをした記憶がねえんだけど?」
「それがどうなのかも後々わかるさ」
「そーかい。じゃあ、そっちはとりあえず今はいいや」
捕まる事をした覚えもねえし、そこはまあいい。
だが、とりあえず今はっきりさせておきたい事がある。
「それより、ちょっといいか」
「何だい?」
歩きながら、オレはさっき話してくれた内容について、詳しく問いかける。
「レアーナさんが……いや、クレアの母ちゃんが1年前に死んだってのは本当か?」
「本当さ。1年前の……サンライト襲撃事件で、団長は亡くなった」
目を若干伏せ、物ぐるしそうにエレカはそう答える。
サンライト襲撃事件。
ミーナやミーナの兄ちゃんも言っていた。
1年前に起きた、魔獣の大群により町が壊滅し、多くの死傷者を出した災厄。
だが、その時にクレアの母ちゃんは死んだってのか?
でもそいつはおかしくねえか?
「……なあ、オレ達があの山奥で出会ったのは数日前。つい最近だ。その時はクレアの母ちゃんはしっかりと生きていた。クレアが教えてくれた絶景の場所からも、サンライトの町は綺麗なまま残っていた。でも、1年前に町が崩壊していたとか、クレアの母ちゃんが死んだっつーのは、明らかにおかしいだろ?」
「ふっ、何言ってるんだキミは」
「んあ?」
「おかしいのは君の方さ。6年も前の事を、君は最近と言うんだね」
「6年……?」
コイツ、一体何言ってやがる?
「どうやら、記憶を失っている影響か何かで、色々と混乱しているようだね。それも含めて、王様に診てもらおう。さあ、ここが玉座の間だ」
「……っ!?」
連れられたまま歩いていると、いつの間にか大きな扉の目の前にあることに気が付く。
どうやらいつの間にか王様のいる部屋の入り口に着いたらしい。
「い……いやぁ、いざこうして来てみると……緊張するね~」
そう言いながら、大きくため息をつくメルノ。そういやあ、コイツも一緒に来ているんだよな。オレと一緒に牢屋にいたって事は、何かしでかしたのか?
「お前、一体何したんだ?」
「う~ん……特に何もしてはいないんだけど」
「お前もかよ!?」
なんだなんだ。オレも何もしてなくて、メルノも何もしていない。じゃあ、なんでこいつらはオレ達を牢屋に入れた?
そう考える矢先、メルノは続けてこう話す。
「でも、まあ……いろいろあってね」
「いろいろ?」
「まあ、いいじゃん!」
メルノはそう言って言葉を濁す。
さっきはうるさいくらいに明るくしていたが、今のコイツは表情もどこか固い。
なんだ? いったい何だってんだ?
「さて、扉を開けるよ。二人とも、準備はいい?」
「準備だぁ? 準備って何の」
「ふっ、決まっているだろ。取り調べの準備だ」
エレカはそう言いながら玉座の扉を開く。
狭かった通路を抜け、そこには広々とした空間が姿を見せる。真っ赤なフローリングに何メートルも先にある天井。そして、正面には玉座があり、そこには一人の男が座っていた。
「テンドール王、例の者たちを連れてまいりました」
エレカに連れられるように、オレとメルノは共にゆっくりとその男の元へと近づく。
「ご苦労、エレカ」
座りながらその男はそう答える。
その男は、王冠を被り、全身を高貴な衣装で身に包んでいる。おそらく、この男の人がこの国の王。捕まっている身とはいえ、こうして近くで王様と対面できるのはもしかしたらレアなんじゃねえか。
国王はオレとメルノの二人の顔を交互に見ると、こくりと頷く。
「なるほど。メルノともう一人か」
「はい。メルノは例の事件の被害者兼、容疑者。そして、こちらの赤い髪の男性も同じく容疑者として連れてきました」
「おい! 容疑者ってどういうことだ!? オレは何もしてねえぞ!?」
やっぱり何か疑われているんじゃねえか! オレは何もしてねえと言っているのに!
「ですが……」
「おいぃ! 聞けよ話を!」
「それ以上に、この人は、あの方の名前をご存知でした。表向きでは、容疑者として連れてきましたが、あくまでもそれは建前です」
あの方? それに建前って……。
「この者を連れてきた本当の目的は、その理由について観てもらった方がいいと判断したためです」
だからあの方ってなんだ? 誰の事だ?
いや、その前にだ。建前ってことは、本気で何かの事件の容疑者として連れてきたわけではないのな。
「王様には、この者について調べていただきたい」
「ふむ。そういう事なら、二人を診てみるとしよう。まずはメルノから」
「は、はいっ! お願いしまっす!」
そしてメルノは緊張気味に少し身体を震わせながらも、左手を前に差し出す。そして王様はメルノの左手を軽く握って、静かに目を閉じる。
「おい、一体何してんだ? 説明してくんねえか?」
「そうだね。そろそろ話そうか」
エレカはメルノと王様を眺めながら、オレにこう話した。
「この国の王様はね、人の記憶を読み取ることができるんだ。この王家代々から伝わる秘伝の魔法ってやつだね」
「人の記憶を読み取る?」
「そう。それで、事件を起こした犯人などをここへ連れてくると、その人が何をしでかしたかが一瞬でわかる。小規模な事件なら、私たちギルド警察だけで済ませるが、魔獣が絡んでいる規模の大きな事件だと少し話は別。魔獣の動きを把握する為にも、こうして王様にも協力を頂いて容疑者の記憶を探っているんだ」
「ふーん……」
なるほどな。んでもって、オレの事も診るわけか。
そりゃあ、こっちとしても願ったり叶ったりだ。
この王様にオレの事を診てもらえれば、俺自身も何か思い出せるかもしれねえ。
「んで、あのメルノって魔物つかいの少女が、その規模の大きな事件の容疑者だってのか?」
「一応ね。でも、容疑者ではないだろうね。どちらかというと被害者」
「被害者?」
容疑者なのか、被害者なのか、どっちなんだ?
つーかよ……。
「その、規模の大きな事件ってなんだ?」
「さすがに君も知っているだろ。先日のマージルの魔獣襲撃事件。アレで大魔法使いシュウト殿が亡くなられた」
「ああ……」
大魔法使いシュウト……か。ミーナの兄ちゃん、ギルド警察内でも知られているくらいだし、本当に有名な人だったんだな。
「そして、その裏で起きている事件。ここ、テンドール地方の魔物つかいの集落の魔物が、突如として行方不明になるという不可解な現象。その二つが今回の大規模な事件だ」
「魔物が行方不明?」
「ああ。メルノも住んでいる魔物つかいの集落。そこの魔物が相次いで行方不明になっている。そして、その中にはメルノと契約していた魔物もいた」
「あ? け、契約?」
「あーそうか。君、記憶を失くしているんだったね。そこらへんも分からないのか」
「すんませんねー、分からないことだらけで」
「いいさ。それについても王様に診てもらえればいい」
それで何かを思い出せればいいんだけどな。
「話を戻そう。まあ、わかりやすく言うなら、メルノの仲間の魔物。それが行方不明になった。そして、その魔物は先日とある街に出現した」
「その街って、もしかしてマージルか?」
「そう。知っての通り、先日マージルの魔獣襲撃事件があった。だが、その前日に、一匹の大きな魔物が【ビースト化】し、魔獣になった」
襲撃事件の前日……!?
そいつぁ、オレがミーナと出会った日!?
「そしてその魔獣は、マージルに現れ、襲撃事件に先んじてマージルを襲撃した」
「なっ……!?」
ちょっと待て……。
その魔獣って、その【ビースト化】した魔物ってのはまさか……。
「その魔獣こそが、メルノの仲間の魔物だったのさ。まあ、その魔物はギルド警察が駆け付ける前に、街中で何者かに倒されたみたいだけどね」
「…………」
間違いねえ。エレカが今話した内容が事実なら、オレがミーナを助けた時に倒した魔獣。あれこそが、今ここで目の前にいるメルノという魔物つかいの仲間だった魔物。
「メルノの仲間の魔物を含んだ、ここテンドール地方の魔物が次々と行方不明になり、そのうちの一匹、メルノの魔物がどこかで【ビースト化】。魔獣となってマージルに現れた。その後、マージルに大規模な魔獣の襲撃が起こり、大魔法使いシュウトが殺害された。というわけだ」
「関係しているってことか? この二つの出来事が」
「はっきりとは断言できない。でも、その可能性が高いと私たちは睨んでいる。だから念のために、その魔物の仲間だったメルノを取り調べているってわけさ。ついでに君もね」
「この二つの出来事の容疑者として……か」
「ふっ、建前さ。君をここに連れてきたのはもっと別の理由」
「別の理由?」
「そうだね、それも話しておいた方が」
オレがそう尋ね、エレカが口を再び開こうとした瞬間、王様が横切るようにこう口を開く。
「ふむ。特に悪い情報はないな。強いて言うなら、親御さんが大切にしていたコップを割ってしまって、それをひた隠しにしていることくらいか」
「ちょっ! そ、それは言わんといてください~~~」
王様にそう言われ、顔を真っ青になるメルノ。おいおい、そんな詳しいところまでわかんのかよ。この王様すげえな。
「はっはっは。まあ、というわけでメルノは白だ。魔物の件、災難だったな……」
「はい……」
さっきまで明るい表情ばかり見せていたメルノは、ここで初めて目を伏せる。一応、その魔物の仲間を失ったわけだし、当然っちゃ当然だ。
だがそうなると、だ。
その魔物を倒したのは……。
止めを刺したのは……。
「さて、では次。そこの赤い髪の男。来なさい」
「オレの番……か」
「ちょうどいい。私が話すよりも、直接王様に診てもらうといい」
「…………」
王様に呼ばれ、オレは王様の目の前へと進み、メルノがやっていたことと同じように、左手を前に出す。王様はそれに合わせて、オレの左手を軽く握る。
エレカの言っていることが本当なら、ここで王様はオレの記憶を見ることができるわけだ。オレが思い出せない記憶を。つまり、ここで全てを思い出せるかもしれないってことだ。
それを意識すると、少しずつ心臓の鼓動が早くなっていく。
「む……?」
だが、王様はオレの左手から突然手を放し、目を丸くする。
「王様? いったいどうなされましたか?」
「霧がかかって、何も見えない。なんだ……? こんなのは初めてだ」
余程びっくりしたのか、王様は額から汗を数滴流す。
「しかし、一つ分かったことがある」
王様はオレの目をまっすぐに直視し、オレにはっきりとこう告げた。
「そなたから、人だけではなく、魔族の血も感じた。《《メルノと同じよ
うに》》」
「「なっ……」」
「魔族……だと?」
いったい何のことかと聞こうとしたその瞬間……。
「団長! 大変だ! 今度は族長バロックの魔物がいなくなった!」
玉座の間の扉が突然と開き、そこにはエレカと同じく、見覚えのある顔のギルド警察ディーフの隊士アレンが、慌ただしい様子で入ってくる。
「……わかった。今すぐ持ち場に戻る」
険しい表情を浮かべると、エレカは颯爽とこの場を後にした。
おいおい、一体何が起きているんだか。
「ひとまず、そなたの素性は分からぬ。だが、魔族の血が流れているというのは間違いない」
「魔族の血……か」
「一度、メルノの住まう集落に赴き、調べてもらうがよい」
「メルノの?」
チラリと横を見てみる。すると、メルノはニンマリと微笑んでいた。
「ほい、着いたよ~! ようこそ! アタシ達、魔物つかいの集落、ライドンへ!」
テンドールの王様と会ってから数時間後、オレはメルノに連れられて、魔物つかいの集落へとやってきた。
どうやらここはライドンという場所らしい。
集落というだけあって、マージルの町のような建物が沢山な連でいるわけではなく、本当に小さな家がぽつりぽつりと建っている程度だ。おそらく、ここは町というよりも村というのが正しいんだろうな。
「しっかしまあ、君がアタシたちと同じく、魔族の血を引く人だったなんてね~」
「…………」
王様から告げられたオレに関する情報。それは、オレが魔族の血を引いているという事。
隣でニコニコ笑っているメルノもそうらしいが。
「なあ、ちょっといいか?」
「ん? な~に?」
「魔族って、なんだ?」
オレはいつものように、分からないことをそのままメルノに尋ねる。どうせ、記憶がないから仕方ないとかそんな感じの事を言われるんだろうけど、こちとら何も分かっていない。ならば聞くしかねえ。
「う~ん、それが実はアタシ達もよくわかっていないんだよね~」
「んあ!?」
だが、予想の斜め上の返答が返ってきた。魔族というものについて、メルノは分かっていないってのか?
「なんか昔、そういった人たちがいたらしいよ」
「昔の人なのか?」
「う~ん、たぶんね。その人達は色々と沢山の魔法が使えたり、魔物を好きに呼べたりして、とってもすごい人たちだったんだって。それで、ここの集落にいるアタシ達魔物つかいは、その魔族って人たちの血を引く一族らしいよ」
「なるほど。つーことは、もしかしてオレも魔物つかい……ってことか?」
「かもね~。ま、それを確かめるためにも、君をここに連れてきたんだけどね」
そう。メルノの言う通り、オレが今魔物つかいの集落にいる理由はそれ。
魔族の血を継いでいるらしいオレは、本当に魔物つかいってやつなのかどうかを確かめるため。
そして、それを判別できる人がここにいるらしい。
テンドールの王様やエレカ、そしてメルノの話を聞く限り、その人物の名前はバロック。ここの集落でのリーダー的な存在で族長という肩書を持っているとか。
「要は、オレはそのバロックって人に会えばいいわけだな」
「うん。族長にね。でも、族長の魔物も行方不明になったみたいだから、まずはそれについて話も聞かないとね」
メルノのセリフに、オレは軽くため息をつく。
「エレカさんから、お手伝い頼まれちゃったしね~」
「だな……」
礼の騒動を聞いた直後、エレカはギルド警察ディーフのメンバーが集う集会所のギルド本部へと向かった。団長としての仕事を全うすべく、本部で会議を開く必要があるとかどうとか言ってな。
それでエレカは、ライドンに向かうオレ達に、魔物が行方不明になった件について、バロックという名のここの族長に話を聞いてきてほしいと頼んできたわけだ。まあ、オレが魔族の血を引いているという件も、ついでに聞いてこいって事なんだろうけどな。
けど、結局他に聞きたい事は聞きそびれちまったな。
クレアの事もそうだが、オレをテンドールへ連れ去った理由に、6年前という意味深な発言についても気になる。
……一体、何がどうなっているんだか。
「そーいえばさ~、君って名前なんて言うの?」
バロックという部族長のいる家に向かう途中でメルノはオレにそう尋ねてくる。
「名前か……」
夢であの女の人がオレに言ったやつが正しいんなら、オレの名前は恐らくあれでいいんだろうけど……
「実はそれも思い出せねえんだ。だから、適当に赤い人とでも呼んでくれ」
あれはあくまでも夢だ。本当なのかどうかは確証がない。だから、とりあえずオレは、ネルスやクレアに言われていたそのあだ名を口にする。
「赤い人ね~! りょーかい!」
メルノは立ち止まり、軍人のように右手を頭に当て、敬礼のポーズをとる。普通にこういうことをするあたり、メルノって本当に元気な奴だな。
「でも、ディーフの人から話は聞いていたけど、本当に記憶がないんだね」
「まあな。何も思い出せねえんだ」
「そっかぁ……」
メルノはそっとオレの顔を覗き込み、ニコっと微笑みかける。
「大丈夫! いつか思い出せるよ!」
「まあ、そう言ってくれるとなんだか救われるな」
「にっしっし~!」
メルノは満足そうに笑い、再び歩き出す。
そして、この集落の中で最も大きな建物の目の前へとたどり着く。
「ほい、到着で~す」
「到着ってことは、ここが部族長の家か?」
「うん! テンドール国における魔物つかいの集落、ライドン。その部族長のお家です」
「ほー……」
部族長というだけあって、その住まう建物は大きい。少なくともこの集落の中では。だが、村という印象を持つだけあって、ミーナがいたマージルの建物には及ばない程度だ。
「それじゃ、入ろっか」
そう言って、メルノはその家のドアをノックする。
「……入れ」
すると、中から低めの声が響き渡ってくる。
「赤い人、入るよ~」
「あ、ああ……」
メルノに誘導される形でオレはその家の中へと入る。
やはり家の中は大きいわけではなく、玄関を過ぎると、ドアが一つだけあり、それは既に開かれていた。
その奥には畳に覆われた広い部屋がある。そして、その真ん中で、オレ達を最初から待ち構えていたかのように、その人は座布団の上にオレ達の正面を向いて座っていた。
「やぁやぁ、族長! 元気ですか~?」
メルノがそう呼びかけると、その人は静かに頬を上に上げる。
白髪の髪に、若干細めの鋭い目。そして、ガタイのいい肩幅。見てくれは若くもなく、だが年を取っているようでもない。30代半ばといったところか。
そして、メルノがそう呼びかけるってことは、この座っている人が族長のバロックか。
「……ふっ、メルノか。相変わらず騒がしい野郎だ」
「族長~、アタシは女の子~。ガールですよ~。野郎じゃないです~」
「……細かいことはいい。それより」
「細かくないですよ!? 聞いてよちゃんと~!」
あたふたするメルノを他所に、バロックはオレをじーっと眺めるように見る。
「……お前、何者だ?」
バロックはオレの目を鋭く睨みつけるように見る。その鋭い何かを刺すような目線から、背筋が冷えるような感覚を覚える。
それは、先日マージルを襲い、シュウトを殺した魔獣と相対した時の感覚以来だ。
この威圧感、この人、恐らく只者じゃねえな……。
「えっとね、この人は赤い人! 記憶がないみたいで、とても困っているんだよね~」
オレの代わりにメルノがそう答える。説明してくれるのはありがたいが、ここで赤い人って答えるのはな……。
名前じゃねえし、ざっくりしすぎているのが引っかかるが……。
「……ふっ、まあいい。それよりも、要件はなんだ?」
まあ、そこは言及してこないっぽいし、いいか。
「え~っと、族長の魔物が行方不明になったと聞いて」
「……その件か」
バロックは、はぁ……っとため息をつくと、オレ達にこう話す。
「……ああ。俺が契約していた魔物の1体が、突然行方不明になった。呼び出そうにも反応すらない」
「ああ、やっぱり。そうなんですね……」
「……そう暗い顔をするな。案ずるな。すでに手は打ってある」
バロックはそう言うと、突然と右腕を構え、拳を大きく握りだす。そして、同時にオレの視界にはそれが目に入る。
「なんだありゃ?」
バロックの右腕には、何やら翼を大きく広げる鳥のような模様が刻まれている。そして、バロックは静かに目を閉じると、その模様が唐突に青白く光り輝き始めた。
「……召喚」
バロックがそう呟くと同時に、模様の輝きがさらに増し、バロックの家の中を一気に照らし出す。その眩しさに、オレは思わず目を瞑る。
何だ……? いったい何が起こって……?
「赤い人、目を開けてみて」
「ん?」
メルノに言われるまま、オレは目をゆっくりと開ける。青白い光は静かに輝きを増し、それに代わるように、バロックの目の前にその光が姿を形作るように集う。そして、集ったその光は4足歩行の獣のような姿へと変えていく。
「ふっふ~ん、これが、アタシ達魔物つかいの奥義。魔物の召喚だよ~!」
「魔物の……召喚!?」
やがてその光は消えてなくなり、代わりにそこには2メートルくらいの4足の獣が現れる。
赤い皮膚に、下から大きく伸びる鋭い牙。それだけを見るなら、今にも襲い掛かってきそうな化け物だ。
だが、その獣の目は……大きくぱちくりと見開き、瞳は綺麗に輝いていて、なんつーか、優しい目をしている。
「おい、メルノ。いったいこりゃなんだ?」
「えっとね、バロック族長が契約している魔物の一体を呼び出したの」
「魔物を、呼び出した!?」
じゃあ、この獣が魔物? この族長が呼び出したってのか?
これが、魔物つかい。魔物つかいの力だってのか。
「……ふっ、魔物つかいの力を見るのは初めてか。まあ無理もない。魔物つかいは少数民族だからな。お目にかかること自体珍しいものだ」
バロックは静かに微笑むと、ゆっくりとその魔物に目を送る。
その魔物の目は変わらず大きく見開き、瞳は綺麗に輝いている。オレがこれまで出会った魔獣と呼ばれる生き物は、鋭い目つきで、相手を襲おうと、殺意を向けていたものがほとんどだったが、それと違って、この魔物という生き物は優しい目をしている。
そう言えば、本当に純粋な魔物を見るのは初めてか?
いや……。
『その後はうちで飼うことになったんだー』
あの日のクレアのセリフが脳内で再生される。
そう言えば、あのワンころも魔物だったっけ。あのワンころも、目の前にいる魔物と同じように優しい目をしていたっけな。
「……ふむ。そうか」
オレがそう思いめぐらせている中、バロックは呟くようにそう言うと、再び右腕を構える。
「……放出」
そして、バロックの声に合わせて、その魔物の身体は青白く輝きだす。一瞬大きく輝くと、青白い光は魔物の身体と共に一瞬で消えてなくなった。
「魔物が……消えた?」
「うん! これも魔物つかいの力。好きな時に呼び出したり、元の場所に帰したりできるんだよね~」
つーことは、今の魔物は元いた別の場所に戻った……ってことか。
好きな時に魔物を呼び、そして帰す。いわゆる、魔物を使役する存在。
仕組みはどうなっているのか分からんが、おそらく鍵なのはあの模様が刻まれた右腕だろう。
あの右腕の模様の力で、魔物を呼び出す。これが、魔物つかい……か。
ふっ、ネルスやクレアが見たらどう思うんだろうな……。
「ああ、あと他にも魔物と一体化できたりするよ~」
「んな!? 魔物と一体化!?」
おいおい、何だそりゃ? そんな事も出来るのかよ。
「アタシはまだ無理だけど、族長ならできるよ~! ですよね!? 族長~!」
「……メルノ、部外者に余計な情報は与えるな」
バロックはそう発しながら、メルノを鋭い目つきで睨みつける。それを見たメルノは思わず身体を硬直させる。
「す、すいませんした~」
「……まあいい。それよりも行方不明になった俺の魔物の居場所が分かった」
「お、本当ですか!?」
んな……。
おいおい、ちょっとまて。なんで今ので分かったんだ? 魔物を呼んだだけだよな?
「……俺に染み付いた、行方不明の他の魔物の匂いを嗅いでもらった。それで、奴がいる場所はここから東にある塔だそうだ」
匂いを嗅いでもらった……?
そして、その結果をバロックが知った……?
まさか、魔物を呼び出すだけでなく、意思疎通までできるのか?
「東にある塔? という事は、廃墟のあれですか~……」
「……そういう事だろうな」
オレがそう考え巡らせている間にも、メルノとバロックは話を進める。
「またまた面倒くさいところにいますな~。でも、なんでそんなところに?」
「……わからん。だが、魔物がそこにいるんなら、行く価値はあるな」
「ですね~。んで、どうするんです? このままディーフに報告して、調査してもらいましょうか?」
「……いや、その必要はない」
バロックは不敵に微笑むと、メルノに向かってこう言った。
「……ちょうどいい機会だ。これを、お前の成人の儀とする」
「へ……? ええっ~!?」
「……行方不明になった俺の魔物を見つけてこい。無事に見つけて戻ってこられたら、お前を成人として認め、集落から自由に旅出る権利を設けよう」
成人の儀……?
なんだ? 今度は何の話だ?
「い、嫌でも不謹慎じゃないですか~? 一応、族長の魔物が行方不明になっているんですよ~……?」
「……今居場所分かったろ」
「いや、そうですけど~!」
「……ふっ、奴は丈夫だ。何かがあっても簡単に死ぬようなことはない。それを信頼しての成人の犠だ」
「う~……。あそこに行くんですか~……?」
「……嫌なら、成人の儀はまた来年に持ち越しになるが、それでいいなら断っても構わん」
「そ、それは……」
「……行くのか、行かないのか」
「う~……ああ、もうわかりましたよ~~! 行きます! 行かせてもらいます!」
「……そうか」
「ただ! それならこちらも一つ条件があります!」
メルノはオレの裾を掴みグイっと引っ張る。
「護衛にこの赤い人も一緒にお願いしたい!」
は……? ああ!?
「お、おい、メルノ! こちとら、まだ全然話について行けてねえんだが!?」
「成人の儀に使うにしても、あそこはやっぱり危険です! ですので、こちらも一人くらいは護衛がほしいっ!」
オレのセリフを無視し、メルノは話を進める。
「……ところで、さっきから思っていたんだが、そいつは何だ? 記憶がないとか言っていたようだが?」
バロックは不審そうに、オレの顔をじっと眺めるようにして見てくる。
「この人、なんかアタシらと同じく魔族の血を持っているらしくて、だからこの人も魔物つかいなのか、族長に確かめてもらいたかったです」
「……ほう」
バロックは目を閉じ、オレの方へと両手を向ける。
そして両手の掌を開き、そのまま制止する。そのまま数秒が経過し、バロックは両手を降ろし、目を開ける。
「……そいつからは何も感じぬな。少なくとも魔物つかいではない」
「…………」
「え、でも魔族の血が流れてるって王様が……」
「……確かに、それ自体は珍しい。魔物つかいだと思っても致し方があるまい。だが、少なくとも魔物つかいではない。それは事実だ」
「そう、ですか~」
魔族の血は入っている。だが、ここにいる人たちとは違って、オレは魔物つかいではない。
だとしたら、本当にオレはいったい……?
「……ふっ、まあいい。赤い人……だったか? 護衛に連れていくのならそうするがいい」
「お、おいい! ちょっと待て! オレはまだ何も言ってな」
「わかりました~! それならおっけ~です!」
「いや、よくねえよ! オレはまだ了承してねえぞ!?」
「……それならさっさと行ってこい。魔物がずっとそこにいるとは限らんしな」
「そうですね。分かりました~! それでは行ってきます!」
メルノはそう言って、再びオレの裾を引っ張る。
「よ~っし、それじゃ一緒にいこーぜ! 赤い人~!」
「放せ! おいい! 人の話を聞けええ!! 頼む~! 頼むからぁあ!」
無理やりメルノに引っ張られながら、オレは族長の家を後にする。
でも、その時……。
「…………」
族長、バロックの目は真っ直ぐ、ただただ黙ってオレの事をじっと見ていたのが、少し気になった。
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