第14話 最高の魔法使い
「……ばかな! ワレの魔法を、吸収しただと!?」
その光景を見て、私も、敵のゲルマも目を見開く。
ゲルマの言う通り、氷の刃はその人の剣の方へと吸収され、代わりにその人の剣は今の氷の刃と同じ青白い色の光を纏っていた。
「こうして魔法吸収すんのは、ネルスの魔法食らって以来だな……」
赤い髪の人は何やらうっすらとそう呟く。
けど、その一方でゲルマも何かを呟いていた。
「……そうか。アイツ、あの時の……」
ゲルマは私やその人のことを睨みつける。
でも、次第に薄っすらと不気味に微笑んだ。
「……ククク。いいだろう。ここは一度引いてやる。どうせその男はもう助からんしな。ククク……クヒャハハハハハ!」
ゲルマと名乗ったあの魔獣は、突然現れた時と同じように、今度は突然と消えていった。
不気味な笑い声を残しながら。
「…………」
ゲルマがいなくなったからか、一時的に辺りが静まり返る。でも、私は即座に口を開く。
「ねえ! 兄さんが危ないの! お願い、すぐにギルド警察の人たちを呼んできて!」
兄さんの胸の傷穴からは依然と流血が続いている。ブレイゾルを使った後で、本当はすぐにでも兄さんに流血を抑える魔法を使いたかった。けど、ゲルマの執拗な魔法で対応が遅れてしまった。
事態を悟ったのか、赤い髪の人はすぐに頷いた。
「わかった! そこで待ってろ! すぐに呼んでくるからよ!」
そう言うと、赤い髪の人はギルド警察の人がいるであろう再び避難所の方へと走っていった。
「兄さん、もう少し頑張って! 今助けが来るからね!」
目を閉じ、構造を思い浮かべ、姿をイメージする。
兄さんを助けてと願いながら、私は再び流血を抑える魔法を使おうとした……その時だった。
「もう……いいんだ……」
小さくて嗄れた声が、私の手を止め、その手に兄さんの温かい手が包み込む。
「兄……さん?」
もういいって、一体どういう事……。
「自分の……身体のことは……、自分が一番……よくわかる。俺は……もう、助からない」
「……っ!」
兄さんのその言葉に、私は大きく目を見開く。
「何言ってんの!? 馬鹿言わないでよ! 待ってて! すぐに助けが来るから!」
「ミーナ……。もういいんだ……。もう……十分だ……」
かすれ声でそう言いながら、兄さんは私の左手をぎゅっと握る。
「あの杖は……俺から魔力を奪っていった……。それにこのザマだ……。こんな身体じゃ、火の玉一つさえ出せない……」
胸から血を流し、虚ろな目になりながら、兄さんはそう話す。
「何弱気なこと言ってるの……!? 魔力なんてまたゆっくり取り戻せばいいじゃない……! 身体だって、治療を施せばきっとよくなる! 絶対に良くなるっ! だから……」
目頭が熱くなり、喉の奥が震える。思わず目を閉じると、目から再びそれが溢れる。
「だから……お願いだから……生きてよ…………」
目から雫が零れて、同時に、胸から喉にかけて震えていく感覚が襲ってくる。
そんな私の右頬に、兄さんは優しく左手を当てた。
「ミーナ……さっきの魔法……すごかった。少ない魔力で……お前は……」
兄さんは優しく頬を緩める。
「だから言っただろ……。ミーナは……兄さんの妹だって」
「うん……。うん……」
兄さんにそう言われ、自然と鼻から水も溢れそうになって、身体もどんどん震える。
鼻を啜って、お腹に力を入れて、身体を震えるのを無理やり抑えこむ。でも、目から流れる雫は、兄さんの右手の親指がふき取ってくれた。
「魔法は……お前の想いに応えてくれただろ……?」
「うん……。応えてくれたよ……!」
「皆を、守れただろ……?」
「守れた……。守れたよ……」
「魔法が……もっと、もっと……好きになれただろ……?」
「うん……! なれた……! なれたよ……!」
1年前、私は魔法を辞めた。
それ以来、ずっと私は逃げていた。1年前にできてしまった心の中の呪いの刃物から。魔力が少ないという現実から。魔法という存在から。
でも……
「私は……魔法が……兄さんが教えてくれた魔法が……大好きだよっ……!」
心のどこかでは私の本当の気持ちが、想いが生きていた。
その想いが、私の願いを叶えてくれた。それは、兄さんが教えてくれた魔法の秘密そのものだった。
おかげで私は人々を守れた。私が憧れていた存在に、一歩近づけた。
「だから……今度は兄さんを守るからっ……!」
死なせない。絶対に死なせない! 絶対に兄さんを助ける!
「ミーナ……」
けど、兄さんはまるで私にそうさせまいと、右手で私の左手を再びぎゅっと握りしめる。
「最期くらい……ゆっくり話をしよう……。何、昨日の続きだ……」
虚ろげだった兄さんの目に少しだけ灯りがともり、その目は私の濡れた目をまっすぐに見つめる。
ずるいよ。
そんな目で見られたら……話を聞くしかないじゃない……!
「お前は……外に出るべきだ……。でも、向かうのは……魔法学校なんかじゃない」
「学校じゃない……? え、どういう事……」
「俺は、仕事で世界中を……見て回った……。世界には、お前と同じように……魔力が少なくても魔法が好きな人……。魔法が使えない人……。魔力があるのに、魔法を使わない人もいた……。魔法を使えても……勇気が足りなくて……魔獣となかなか戦えない……。そんな人もいた……」
擦れていて小さくて、ちょっとした物音で遮断されてしまいそうな声。
そんな声を出しながらも兄さんは私に一生懸命話を続ける。
「いろんな人に……魔法を教えた……。いろんな人を守った……。いろんな人と……出会った……。いろんな……考えを持った人がいた……。でも、多くの人が……優しい心を持った人だった……。もしも、そんな人たちが魔法学校に……ミーナのそばにいれば……そう思った」
「兄さん……」
兄さん、私のことを考えていてくれていたんだ……。この1年間、私が部屋に閉じこもっている間に。
「全ての人々が……お前の……心に刃を差し向けた……ような人なんかじゃない……。世界は……広い……。魔法学校なんかよりも……ずっとずっと……広い。だから、お前には……そんな世界を見てきてほしい……。きっと、そっちの方が……魔法学校で学ぶよりも……、ずっと……ずっと……、得るものがある……」
「…………」
そんなことを言われるなんて思ってなかった。てっきり、魔法学校に戻れと言うのかと思っていた。
全ての人が魔法学校にいたような人ばかりじゃない。それは頭では分かってる。分かっているつもり。でも、過去に起きた事実が、胸の中にある呪いの刃が、なかなか心から私を納得させてはくれなかった。
そんな私でも、今日一つ分かったことならある。
昨日、1体の大きな魔獣が現れて人々がどんどん逃げていった時、この町には魔法が使える人が多いはずなのに、しっぽ巻いて逃げる人ばかりで、それがばかばかしいと思ってしまった。
自分さえ助かればいい。そんなことばかり考えている人しかいないんだ、そう思ってしまった。
だけど、今日私は知った。
全ての人が魔法を使えるわけじゃないという事を。魔法が使えても、戦うことのできない人だっているという事も。
そういった人たちには、守ってくれる存在が必要だという事も。
「だから、ミーナ……」
それを私は自分の中で確認しながら、兄さんの言葉にそっと耳を傾ける。
「世界を見て……回り……ながら、いろん……な人……を守って……あげてほしい……。魔獣によって苦しんで……いる人は沢山……いる……。でも、そんな人たちを……守れる力が……、もう、ミーナには……十分にある」
「兄さん……」
「もう……お前は……大丈夫……。なんたって……、ミーナは……兄さんの……。自慢の……立派な魔法使い……だから」
「……っ!」
兄さんにそう言われ、顔全体が熱くなる。そして同時に、抑え込んでいたはずの体の震えが戻ってくる。
「ミーナなら……できる。ミーナなら……絶対に……なれる」
私の左手を握る力がなくなり、兄さんは右手を地面に落とす。
「ミーナ……」
私の右頬に触れていた左手は、私の目から流れた雫を一つだけふき取り、そのままゆっくりと地面に落とした。
でもその瞬間、兄さんはこう言った。
「最高の魔法使いに……な……れ……よ……」
「…………」
それを言ったときの兄さんの顔は、今まで見た中で一番優しい顔だった……。
「ミーナ! ギルド警察連れてき……」
「…………」
後ろからそんな声が聞こえてくる。
でも、私の腕の中からは、既に何も聞こえなくなっていた……。
「………っ! 兄さんっ……! シュウト……兄さんっ……! うぅうう……うううわああああはああああああああああんんっっ……!!!」
抑え込んでいたいろんな感情や想いが吐き出される。
そんな私に、優しい風が私の髪を靡き、そっと頭を撫でる。
天気は晴れ。
1年ぶりに見る太陽が私を優しく照らしだす。
兄を失い、夢みていた魔法を習得し、憧れていた存在に認められた日。
この日、私の中で、兄さんから託された、新しい夢が生まれた。
……数日後。
「これで良しっと……」
私は荷物をまとめ、鞄を身に着ける。
必要なものは全部入れた。
もしも、万が一足りないものが出てきたら、行く先々で買っていけばいい。それもきっと醍醐味だから。
「行ってきます」
誰もいなくなった家。
正確には、大魔法使いと、ぐうたらで引きこもりだった妹が住んでいた家。その家に私はそう告げる。
次にここに戻ってくるのは一体いつになるんだろう。今の私には分からない。
ただ、次にここに戻ってくるときは、もっと色々と成長した状態で戻ってきたい。
魔法の知識は勿論だけど、伸長も、そして心もね。
「よう、お出かけか」
そんなことを考えながら家を出ると、その人が家の前で姿を見せる。
「うん。家に引きこもってゲームしていたいけど、兄さんに言われちゃったからね。仕方ないわ。……最期の頼みくらいは聞かないと」
「はは、素直じゃねー奴だな」
私がそう言うと、その人はケラケラと笑った。
目の前にいるその人は、この数日間で兄さんと並んで私の背中を押してくれた人。魔獣から私を助けてくれた、いわゆる命の恩人。赤い髪をした自分の記憶も曖昧でいまだによく分からない、不思議な不思議な魅力の人。
「ありがとう。あなたに出会って、色々気づかされなかったら、きっと今も、部屋に引きこもっていたと思う」
「別に、礼を言われるようなことをした覚えはねーよ。ただただ思ったことを、そのままに言っただけだ」
「うん。でもそれで私も、ようやく歩きだせたから……」
「そーかい。だが、それはあんたが自分で気が付いて、自分で動いて、それで得た結果だろうよ。自分で勇気を出して、それで勝ち得た、夢と希望であふれた現実だ」
「夢と希望であふれた現実……か」
数日前までは考えられなかったな……。
1年前に植え付けられた心の奥底の呪いの刃物。それから逃げるように部屋に引きこもって、魔力がない、才能がないそんな現実から逃げるようにゲームの世界へと走っていった。
でも、この人に出会って私は知った。それでも私は魔法が大好きだという事を。夢を諦めていないという事を。
「あと、ごめんなさい。ここ3日間、慌ただしくて」
「それも別に気にする必要ねーよ。世話になったし、弁当食わせてくれたからな。弔いの一つや二つしねーと、化けて出てくるっつーの」
「ふふっ、そういうことは覚えているのね」
「まーな。それ以外に自分の情報がなさ過ぎて、むしろ困っているくれえだ」
「じゃあ、やっぱりまだ名前思い出せないんだ」
「ああ……。ま、別に思い出さなくてもいいんだけどよ」
「そうなの?」
「だってほら、記憶の中にはきっと思い出したくない事とかもあるだろうし。むしろ、何も覚えていない方が気楽でいいかもな。ははっ」
「…………」
でも、この人はそう言うとため息をこぼしている。
自分の事が分からない。それは、今までの自分がどんな人物だったのか分からないっていう事。そりゃ、嫌な事とか思い出したくない事だってきっとある。
でも、大切な人との記憶とか、楽しかった記憶とか、絶対思い出した方がいいこともきっとあるはず。
気にしていなさそうな様子ではあるけど、本当はきっと知りたいだろうに。
でもこの人は、そんな自分の事は放っておいて、そっと私の傍にいてくれた。
兄さんが亡くなってからの3日間、この人はどこにもいかずに、この町にいてくれた。
兄さんを弔う時も、この人は来てくれた。身内や、親戚からは不審な目で見られていたけど、この人は気に留めることもなかった。
それに私は、1年間家に引きこもりっぱなしだったから、親や親せきから距離を感じていた。特に親はあの学校の運営者。なんて話せばいいのか分からないままあたふたして、結局周りから距離をとって、私は独りでいた。
そんな私のそばに、この人はそっとやってきて、なんとなくそのまま、私の話し相手になってくれたりもした。
正直、とっても心強かった……。
「結局、ミーナは父ちゃんや母ちゃんとは話さなかったな」
「うん。昔からあんな感じなんだ。家族よりも仕事優先で、私や兄さんにも厳しかったの。息子が死んだのにもかかわらず、涙一つ見せないで、作業のように弔って、急ぎ足で学校に戻っていったし」
「ああ……正直ビビったよ。クレアの母ちゃんとは全然違ぇーなーって思った」
「クレア……?」
そう言えば、前にもこの人、その名を言っていたような。
「あの、クレアってもしかして、前に言っていた、色々教えてくれた子供の事?」
「ああ。そういやあ、言ってなかったな」
その人は、赤い髪をポリポリと掻くと、私にこう話す。
「オレは以前、どこかの山奥で倒れていてな。そん時に助けてくれたガキがいた。それがクレアってやつだった。十歳くらいの子供だったんだが……。ああ、そういえばあいつも、お前と同じように魔法に憧れていたな」
「へぇ~そうなんだ!」
「でも、勉強ができないから魔法が使えないとかどうとか……」
「なんだか、親近感がわくわね……」
私の場合は子供の時から勉強はしてはいたけど、魔力が足りなくて使えなかったというケースだけどね。でも、ここ1年間、魔法の勉強はサボってたからなぁ……。
小さい頃からずっと勉強していたブレイゾルは、兄さんの助言もあったおかげで土壇場で習得出来たけど、他の魔法はどうなのか分からない。
だから、これから色々と勉強し直さないとね。
「んで、訳あってその辺りをオレとクレア、そしてもう一人の3人で、まあ、いわゆる探検をすることになったんだが、その合間に3人で見たんだ。この世界の絶景ってやつを」
「この世界の絶景?」
「ああ! あの絶景は今にも忘れられねえ。でっけえ建物がドーーンとなっていて、それがパーーンって感じで広がっていてな、いやぁ、すごかった」
「…………」
うん。どんな景色なのか全然分からない。
「ごめん、もう少しわかりやすく……」
「んあ? だからでっけえ建物がドーーーンって」
「うん、もういいわ……」
とにかく、綺麗な景色が見えたのね。そこから。でも、大の大人が子供みたいにこんなにはしゃぐなんて、そのくらいすごかったのね。その景色は。
「んで、そこで二人が教えてくれたんだ。この世界にはいろんな奴がいて、そしてこの世界はすごく広くて、綺麗で、優しいんだ……ってな」
『全ての人々がお前の心に刃を差し向けたような人なんかじゃない。世界は広い。魔法学校なんかよりもずっとずっと広い。だから、お前にはそんな世界を見てきてほしい』
「…………」
その人の言葉と同時に、兄さんが私に遺してくれた言葉が頭をよぎる。
そっか。この世界は広くて綺麗で優しいんだ……。
「だから、約束したんだ。いつか3人でこの世界を見て回ろうってな」
「そっか、そうだったんだ」
良いこと言ってくれるなぁ……。その子たち。
「なんだか、私も回るのが楽しみになってきたな。世界を」
兄さんは私が魔法学校に戻る事よりも、世界を回って色々と見て回ることを望んだ。それに、私自身も、まだまだ知らないことが多すぎると思った。
いや、思ったんじゃなくて、知った。
世界にはいろんな人がいる。周りにいるような人ばかりが全てじゃない。この数日間で私はそれを知った。だから、兄さんが見た世界を、私も見て、そしてもっと色々学ばなきゃいけない。そう思った。
「約束、果たせるといいね」
「ああ」
記憶がなくても、自分のことが分からなくても、この人にはその約束が……目的があるのね。その人たちと、一緒に旅に出るっていう素敵な目的が。
いいな……。ちょっと羨ましい。私も混ざってみたいな……なーんて、少し思ったり。
「でもまあ、なんだ……折角の機会だし、よけりゃお前も一緒に来るか?」
「え……? へ……!?」
と、考えていたら、もしかして本当に誘われちゃった……?
「あいつらもきっと、すごい魔法が使える姉ちゃんが一緒なら大歓迎だろうよ。だから、お前さえよければ、一緒に、世界を見て回らねえか?」
「ふぇ……っ!?」
ま、まさか、突然そんなこと言われるなんて思ってもいなかった。
そ、それはつまり、今からこの人と一緒に旅をするって事っ!?
まあ、兄さんと似たようなことを言ってくれるその子供二人と、ここ数日間で色々と私のことを助けてくれた、こ、この人となら、私は大歓迎……だけど……。
「わ、私は今から一人で行く気でいたから、それは……その、突然すぎてびっくりしたというか……なんというか……。い、いや、全然嫌じゃないの! 嫌じゃないんだけど、心の準備が済んでいないっていうか、そもそもいきなり男の人と二人っきりで旅をするのはちょっと戸惑うっていうか……。い、いや全然っ……嫌じゃないんだけど……!」
「そーかい、んじゃ、決まりだな」
その人は嬉しそうにニンマリと微笑む。
それに対して、顔が一気に熱くなる私。
「なっ……あ……はい……」
なんだか勝手に決められちゃったけど、でもまあ……いいのかな……。
成り行きだし、これはこれで仕方がな……
「あいつらが大きくなったら、そん時は一緒に頼んまあ」
……ん? あいつら?
大きくなったら……?
そん……時??
「えーっと、それってもしかして、今すぐにとかじゃなくて……」
「あー、そういえばそこらへんはあまり深く決めてなかったな。まあ、あいつら子供だし、たぶん早くても数年後ってところじゃねえか」
「…………」
それを最初に言え。
「だから、それまでにオレも何とか自分のことを思い出して……ん? どうしたよ?」
「別に、なんでもない……。その時を……楽しみにしてます……はい」
「お、おう……」
全く、どうしてこの人はこうやって私を勘違いさせるのかしら。危ない危ない。危うく、赤っ恥をかくところだった。家を出て早々にまた家の中に戻ってベッドの中に潜るところだった。
でも、数年後か……。
それまでに、私も色々学んで、頭も、そして心も成長させたいな。この人に胸を張って会えるように。何より、兄さんに笑われないように。
「それで、あなたはこれからどうするの?」
「あー、ちょっと行ってみてえところがあってな。お前を見送ったら、オレも行くさ」
「そっか……」
もし、行く当てがないとか言うなら、冗談半分、本気半分で、この際だから私と一緒に行かないか誘おうかなーなんて思ったんだけど、行くところがあるのなら仕方がないよね。
私には私の行く道があるように、この人にも行く道がある。それを止めることなんてできない。
「それじゃ、そろそろ私行こうかな」
結構話し込んじゃったけど、そろそろ本当に行かないと、どこかで見てくれている兄さんに愛想付かされちゃうからね。
身に着けた鞄の紐を今一度絞めなおして、私はその人に頭を下げる。
「それじゃ、色々ありがとうね。さようなら」
その人にそう告げて、私は背を向けて歩き出す。
でも、その時だった。
「ミーナ」
その人は私の名前を呼んで、私を制止させる。
なんだろう?
そう思いながら、私はそっと振り向いた。
「さようなら……じゃねーよ。お前とはいつか共に世界を見て回るんだ。だから」
その人は優しく微笑んで、こう言った。
「またな。ミーナ」
「……っ!」
さようならではない別の言葉。
ありきたりだと思っていたけど、いざこうやって言われると……。
「うん……またねっ……!」
私は再びあふれ出そうになったそれを押し殺して、無理やり笑みを浮かべる。
そして、今度こそ、その人に背を向けて私はゆっくり歩きだす。
「…………」
歩きながら、私は目から1,2滴それを流した。
苦しいからというわけでも、辛いからというわけでも、悲しいからというわけでもない。
「またな……か」
それは、また会うことを約束した、大切な言葉。
まさか、こんなにも暖かい言葉だったなんてね……。
本当に、知らない事だらけだな……私は。
「また、会おうね。赤い髪の人」
兄さんに教わった大好きな魔法で、いろんな人を助け、そして守りながら、私自身が色々と学び、成長させるための新しい第一歩。
最高の魔法使いになるという私の新しい夢への第一歩。
それは、とても温かい、うれし涙から始まった。
第2章……完
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